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第117話 濃尾大乱 その3 その日、合戦の変わり目

長いです。キリ所が難しかったのでご容赦下さい。


途中何度か視点が変わります。♢♢の部分にご注意下さい。

 美濃国 根尾水鳥(みどり)


 朝倉軍の先遣隊を服部の忍びが発見したのは、揖斐を離れた3日後だった。織部から根尾川を北上し、根尾西光寺付近で報告を受けた。


「敵の兵数は?」

「三百程かと。あくまで偵察と追撃が主の様です。」


 放置は悪手だ。少なくとも、今回は。


「騎兵を先行させる。先ずは其の部隊を叩く。右兵衛尉(高照)、頼む。」

「承知!」


 芳賀高照率いる騎馬兵を即座に派遣する。今大事なのはこの根尾周辺を先に斎藤の軍勢で掌握することだ。

 事前に調べた限りここは用意した策が実行できる。川が削った周辺で数少ない平野部。幅で110間(約200m)は確保できる。


「あと、近隣住民に家屋を壊す事を伝えよ。代わりに当分寒さに耐えられる周囲の砦を貸し、金子も渡す。」

「陣地に利用されるので?」

「射線の確保もだ。家を盾に逃げられぬ様に、な。」


 邪魔されぬよう準備は確実に。これは最初の一回だからこそ強烈にインパクトを残せるのだ。恐らく朝倉は火縄銃の実物をまだ手に入れていない。だから有効なのだ。


 ♢


 芳賀の騎馬隊が一掃した敵は、国枝一族に追い討ちをかけていた部隊だった。一族に死者は出たものの、国枝正利(まさとし)殿とその子息は無事だった。


「助かり申した。最早此れまでかと一族共々覚悟を決めねばならぬかと思って居た次第で。」

「御無事で何よりです。其れで、六郎様の最期は?」


 聞きたいのは鷲巣六郎様の最期だ。国枝殿は朝倉の不穏な動きに合わせて温見峠に入った鷲巣様と共に活動していた。恐らく部隊も至近にいたはずだ。


「七郎様が背後から襲いかかって来た時、某は七郎様の軍勢に当たるべく六郎様の御側を離れてしまいましたので……。申し訳ない。」

「いえ、責めたい訳では御座いません。お疲れでしょう、向こうに休める場所を作って居ります故、先ずは体と心を御休め下さいませ。」

かたじけない。一休みしたら朝倉との戦、御助力仕ります。」

「今回は最初は見ていて頂ければ大丈夫に御座いますよ。」

「其れでは……亡き六郎様に申し訳が立ちませぬ!先陣で七郎様を討ち果たさねば顔向けできませぬ!」

「御安心を。我らの策は其れを事前に鍛錬して居なければ却って上手く行かぬかもしれぬ故の事。追撃には是非加わって頂きたい。」


 怪訝な顔の国枝殿に先ずは休むよう伝え、準備を再開する。彼らは心底疲れていたらしく、その後開戦間近まで起きる事は無かった。



 そして、2日の後に朝倉の本隊が到着した。


「やはり、密集して居りますね。」


 先日から獲物を狩らんとする殺気が無表情な中にも漏れ出ていた明智十兵衛は、その漏れを大きくする。


「落ち着け。まだだ。風向きが良くない。」


 現状はこちらが風上だ。山肌に布陣した弓隊がこちらの布陣を強固にしている。この状態では無理に攻めて来ることはない。川沿いに広がった広くはない平野部。その南端に我が軍は布陣している。一方の敵は北側から平野の北半分中央部に布陣し、山肌からの射撃に警戒して縦長の密集隊形となっていた。


「食糧が足りぬ故か早く城下に町が整備された地域まで攻め込みたいのだろうな。」


 温見峠は決して物資の移動が楽というほどの峠ではない。食糧を敵地で大規模に運べるほど敵は周辺を制圧できていない。更地城も半包囲して鷹司の兵が邪魔できないようにするのが精一杯の様子だと報告が来ている。

 細かい報告を受ける側で布陣の図を眺めていた平井宮内卿が口を開く。


「春先で水量も少し多く。歩き難い河原と何とか越えられる程度の水嵩の川。此れ以上無い条件ですな。」

「うむ。強烈な印象を敵味方問わず与えられるはずだ。だからこそ、敵が攻めると決めるだけの何かが欲しい。」


 俺が待っているのは風だ。春先のまだ完全に暖かくなっていない時期、美濃の山間で寒さを感じる風が吹く。北北西の風。



 そして、


「来た」


 目の前にかざしていた風見鶏が、北北西からの風を指し示した。


 ♢♢


 大野郡司・朝倉景鏡は舌打ちを止められずにいた。

 鷲巣の軍勢との勝利で一気に周辺の国人が靡くと思っていたところ、あっという間に斎藤の本隊がこちらに向かってきたためである。


「親殺しと仇討ちごっこでもしてくれれば良いものを。」


 彼らが思っていた以上に、斎藤氏の地盤は固く強かった。

 本来なら後継者となるべく早期に至近距離にある大桑城を攻め、その後自分達と相対するだろうと朝倉景鏡は考えていた。


 しかし、斎藤道三の生存と土岐頼芸の嫡男を救出できた事で斎藤氏の行動は正当性を得た。

 しかも彼らが自領のみで動員した兵数は大桑や長島を牽制してもなお朝倉軍を叩くべく派遣できる程の兵数だった。

 先鋒を務めてきた印牧美満が口を開く。


「如何する?また先陣を切るか?」

「明らかに弓隊を此方が攻めにくい場所に配置している敵に、で御座いますか?徒に兵を失うのみですな。」


 隈の深さが益々強くなった、面白くないと書かれた顔つきで答えた朝倉景鏡だったが、ふいに風向きが変わったことに気付く。


「此方が風上になった……天は我らに味方したか。」

「山からの弓も此の風なら余り怖くない。否、此の風では弓兵がまともに射る事も出来まい!」


 準備万端で待ち構えていた敵に苛立ちを見せていた諸将が活気づく。


「土岐勢を前面に押し出して進ませろ。盾代わりにして肉薄し、斎藤の本隊と接近戦に持ち込む。」


 応、という声と共に、諸将が散らばった。


「天運が足りないねぇ、典薬頭様。薬師如来様に見放されたかな?」


 隈の奥に蠢く瞳がどす黒い歓喜の色を湛える。


 ♢♢


 朝倉軍が活気づく。


「来るぞ。十兵衛は?」

「気づいたら既に鉄砲隊の元に向かって居られました。」


 新七郎の答えに、流石だなと呟き前を見る。

 風はこちらに向かって吹いている。吹きおろしのため山の斜面に陣取っている弓隊が姿勢を保つのに精一杯な様子が視界に入る。

 近付いてきた大久保新十郎忠世に声をかける。


「平野部である此処は其処まででは無いが、山に近づくほど強烈な風になる様だな。」

「ははっ。三河兵は何とか射るまでは出来まするが、狙いを付けるのは難しいかと。」


 相変わらず足腰頑丈だな。


「敵が崩れたらまず芳賀の騎馬が出る。その後其方の足軽で一気に崩すぞ。」

「承知。三河の精兵、美濃に在りて尚健在と見せつけましょう!」


 頼もしいなと思っていたその時、敵が動き出したと報告が入った。

 一礼して足早に足軽隊の元へ戻る新十郎を見つつ、十兵衛のいる方向を見た。


「頼むぞ、十兵衛殿」


 新七郎が呟いたその時、朝倉軍が鬨の声を上げ攻めかかってきた。


 川も物ともせず、全力で山を越えた少数の騎馬を前面に出して突撃してくる。

 旗指物は土岐の家の物。二郎頼純と裏切った七郎頼満が先陣だ。一部の騎馬が七郎頼満の騎馬だろう。

 しかし、彼の兵は火縄銃を見たことが無い。だから何も考えずに突進してくる。


「十兵衛にはボーナスステージだな。」

「ぼ?」

「気にするな」


 かなり至近距離まで敵が来るが、こちらは散発的な弓での応戦しかできない。敵は弓隊による射撃を既に止め、前衛の土岐兵に任せる様子だ。


 十兵衛がおもむろに立ち上がるのが見えた。

 与えた指揮棒を強く振り上げた瞬間、戦場に腹の底まで太鼓になった様な重い重い銃声が鳴り響いた。


 ♢♢


 あまりの轟音に、朝倉景鏡は思わず頭を抱えてうずくまった。


「な、何事か!?山の煙火が近いか!?雷か!?」


 頭を抱えたまま叫ぶ彼に、側に居た兵も何が起きたか分からず景鏡の上に覆いかぶさって何かから身を守ろうとするしか出来ない。

 時間が止まったかのように陣幕の中で人が動かなくなった数瞬後、


「お、収まった様に御座いますな。」


 1人がそう呟いて顔を上げた瞬間、再び轟音が彼らを襲った。


「ひいいいいいいいい!?」


 景鏡の側に居た小姓があまりの音に情けない声を上げるが、普段なら戦場でのその声に叱責を飛ばすであろう周囲の人間もその余裕がなかった。

 4度目の轟音の後、陣幕に腰砕けになりながら走りこんできた伝令の兵の声で全員が正気に戻るまで、彼らは完全に機能不全に陥っていた。


「て、敵の攻撃です!恐らくですが、種子島に届いたという火縄銃なる物かと!」


 再びの轟音で流石にうずくまるのを止めた面々も、この報告に耳を疑った。


「馬鹿な!?てつはうは音こそ大きいなれど此の様な重い物では無かったぞ!?」

「其れに、一発や二発では目の前の馬でも無い限り驚かぬと聞いたぞ!?」


 そこで、彼らにとって驚愕の事実が伝令によって告げられる。


「敵の火縄銃らしき物を持つ兵の数は少なくとも三百!五百近くは有ると思われまする!」


 その瞬間、再び鳴った轟音は、しかし彼らの耳には届かなかった。


 ♢♢


 十兵衛光秀と共に1年半みっちりと鍛え上げられた火縄部隊は500人。

 斉射の技能をひたすらに磨いた彼らは、その発射と共に鼓膜を突き破らん程の轟音を鳴らす。


 ファクチスの耳栓を大量に用意する事になったのは予想外の事態だった。馬もひっくり返るので、ある程度後方でかつ音に慣れた馬しか使えない。

 その分、先遣隊を追い払った騎馬たちは既にこの戦場を離脱して敵の後方裏手に回る準備をしている。


 1発目の轟音で敵の騎馬兵は馬がダメになった。未知の音に馬が気絶したり、ひっくり返ったり、音から逃げようと騎馬武者を振り払って朝倉軍の方へ逃げ込んだり。

 あまりの音に足が止まった敵兵は2射目でその轟音と周りで倒れる味方に恐怖して背を向けて逃げ出した。彼らの中には逃げるな戦えと叫ぶ指揮官もいたが、前線で耳をやられたらしく誰もその声に耳を傾けようとはしなかった。


 4射目までにそういった優秀で立ち上がる事の出来た者は十兵衛ら狙いが定まる将兵に討たれた。川に飛び込んでもがきながら逃げる兵も、動きの鈍い的になった。


 5射目で射程距離の動く敵がいなくなった十兵衛から合図があった。煙が自陣に流れてくる中、赤い旗と青い旗を使った手旗信号は実に分かりやすい交信手段となった。周囲の兵が青の手旗に一斉に耳栓を取り外したのを確認し、俺は叫んだ。


「全軍突撃!!敵は既に崩れたぞ!!」

「おおおおおおおおおおおおお!!!!」


 後方から一気に突進して追い抜いていった騎馬と、彼らに負けじと足を動かし突撃していく大久保隊。

 既に敵は戦意という言葉すら存在できない程に精神を摩耗し、武器を構えることさえ思い出せないものもいた。


「降伏するなら今のうちぞ!!邪魔する者は容赦せぬ!!」


 本陣まで響く大声で大久保隊が土岐次郎頼純の馬廻りに切り込むのが見えた。

 平井宮内卿が側に寄ってくる。


「終わりですな。もう、既に追撃より酷い戦になっていくでしょう。」

「ちらほらと降伏する敵が出ているな。」

「降伏できるだけ心が残っていたのは幸運ですな。魂ごと音に吹き飛ばされたような者も多い。」

「やりすぎたか?」


 犠牲を増やしたいわけではないのだが。


「御安心召されよ。此れで斎藤の、それも若様の軍勢と戦おうという敵は大きく減る事でしょう。戦わずして勝つ事も大いに可能となるかと。」


 足をとられ川の中に差し込まれた槍で朝倉兵だけが傷つき、倒れていく。

 後方を追いかける新設の救護兵は動けなくなった朝倉兵をひたすら収容していく。


「大久保新十郎様、次郎頼純、討ち取ったとの事!」

「芳賀右兵衛尉様、印牧美満の首級をとった由、鬨の声を上げられました!」

「先程突撃された国枝殿が一族で七郎頼満様と交戦中。馬廻りは既にほぼ討ち取ったとの事!」

「大沢次郎左衛門殿、富田五郎左衛門を討ち取ったとの事!馬から振り落とされ足を負傷して居たとの事で、他の敵将も同じ様な状況かと!」


 その後も次々と敵将を討ったという報告が入ってくる。

 そして部隊単位で降伏する敵も。



 僅か半刻ほどだった。

 本当にあっという間に敵は崩壊し、後はひたすら抵抗できない敵を組み伏せ、抵抗する敵を多勢で押し潰す。


 味方の負傷者は100にも満たず。死者は片手に収まる程。

 それほどの圧勝だった。


 勝ち鬨すら忘れていると、日暮れと共に諸将と兵が戻ってきた。

 後方に回った騎馬隊が、敵の副将格だった魚住景栄を討ち取り、合戦は終わった。


 朝倉景鏡は単騎で山に逃げ込んだのを兵が見ていたが、夜闇の中で探すのは危険と判断し撤収させた。


「追わなくて良いので?」

「先ずは更地の城を解放する。其の後国境を固めたら稲葉山に戻る。」


 そう、これは所詮火事場泥棒を追い払うための戦でしかない。


「敵は二郎様だ。朝倉は当分動けん。捨て置く。」


 そう、反撃はまだ始まってすらいないのだ。

朝倉軍、壊滅。

火縄銃が史実より普及が遅れたことで朝倉軍が火縄銃にとことん無知なのを大量に揃えた火縄で初見殺ししました。

火縄銃は撃てば煙が出ますが、これも強烈な風の力でクリア。風下でも敵兵が壁となって火縄の射程には大きく影響しないなど、良い条件が揃ったからこその大勝です。二度は出来ません。

だからこそインパクトは大きいでしょうが。


合戦図も描こうと思っていましたが多忙で用意が間に合わず。余裕が出来た頃に用意します。わかりにくい部分があれば申し訳ありません。

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