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第114話 織田三郎信長

♢♢は2つとも三人称です。

 尾張国 那古野なごや


 1546(天文15)年を迎えた。今年、ルターが死ぬ。あまり早い段階で知らせるとタイムラグの関係で不自然になるので、来年あたりにでもポルトガル人に話題を振るか悩む。


 新年の挨拶に二郎サマは居なかった。あれから太守様も会っていないらしい。父は思案顔で挨拶でも上の空だった。


 新年が数日過ぎた頃、吉法師が元服した。史実通り名前は三郎信長。織田信長の誕生である。これと同時に弾正忠信秀殿は遠江守護代の地位を信長に譲った。5月には信長が遠江へ向かい、領国経営の実地研修的な形になるそうだ。

 その直前に当たる2月には蝶姫との婚儀を予定している。これで俺と信長は名実ともに義兄弟となるわけだ。長かったような、短かったような。


 畿内ではいよいよ将軍に複製された火縄銃が献上され、橘屋又三郎という商人が製造を開始した。

 管領細川晴元は最初献上された火縄銃を国友の馴染みの鍛冶職人に頼もうとしたが、人が減りすぎた国友では武具の修理以外は受け付ける余裕はなかったらしい。


 結局日野の鍛冶職人に鉄砲の複製を依頼したそうで、伊勢に近い日野で火縄銃を大量に作るのは鉄の供給面で大変らしい。道の整備が進んでいない場所では量産に向かないのだろう。


 元服の儀が終わった後、お祝いの使者として那古野に初めて行った。弾正忠信秀殿には婚儀の件くれぐれも宜しく頼むと言付けを預かった。


 一方の織田三郎信長となった本人は、


「義兄上、醤油とやらを売って欲しい。最近美濃で食されていると聞く鰻の蒲焼きが食べたい。」


 と、開口一番に頼まれた。


「いや、遠江で鰻は獲れるのか?」

「天竜川で獲れる。余り多くはないがな。」


 弾正忠家が進出した頃に聞いたら、浜名湖で鰻が獲れるわけではないらしい。前世で食べた鰻は養殖か?浜名湖で育つのか?ちょっと調べていなかったのが悔まれる。


「まぁ、別に送っても良いが。だがなかなか値が張るぞ。簡単に造れる訳でも無いからな。」

「うむ、では尾張で義兄上の助言で作り始めた炭団を安く売ろう。美濃に売る分は弾正忠家の利益無しで良いぞ。蝶も故郷の味を楽しめた方が過ごしやすいであろうしな!」


 尾張の褐炭はもはや美濃に無くてはならないものだ。炭団となった物が大規模に流通しており、互いに重要な生活物資を分担している状況は正に相互互恵関係と言える。


「ならば其れで頼む。其れと、堺だけでなく日野でも火縄銃が作られだしたぞ。」

「うむ。我が家も義兄上から買った火縄銃で信の置ける鍛冶に作らせ始めた。三好も阿波で作り始めたそうだが、殆どの者が此れの面白さを分かってやって居る訳では無い。」

「面白さ?」

「うむ、面白い。此れは少数で狙うより数を揃えて撒いた方が強い。近付いてくる敵に撒けば其の歩みは鈍るであろう。逃げる敵に撒けば周りに当たる事で恐怖を更に煽る事が出来よう。面白い。」


 十兵衛クラスの実力があればある程度狙った場所に飛ばせるが、今修練させている鉄砲隊はそこまでのものではない。確かに大量に火力を撃ち込むイメージの方が良さそうである。


「其処を最初から分かって居った義兄上は、種子島で態々最初の火縄を買い、暫くの間自分達だけ先行で造っていた訳だ。流石義兄上強かよな!」


 そこまで考えていたわけではないが、まぁそういうことにしておく。


「蝶との文は如何だ?」

「最近は文に僅かに香りを付けて居りますな。何れが好みか返事をしたのですが何故か怒られました。」


 最近お香に拘りだした蝶姫の匂いが微かに文に移っていたのだろう。匂いが残るくらい斎藤と織田は頻繁に手紙で遣り取りし、その為の通行路が自然と整備されてきている証拠だ。

 蝶姫からすれば自分の匂いを嗅がれたような気持ちなのだろうからまぁ怒るのも当然か。しかし最近2つくらいのお香を使う頻度が増えていたな。そういう事か?


「既に遠江の我が居城には蝶の為にけん玉もあやとり用の紐も色々と用意して居ります。最初は先ず其の辺りの手解きをしてやろうと思って居りますぞ!」

「いや、夫婦に成るのだから先ずは……いや、何でもない。」


 なんというか、信長の方はまだ友達感覚が抜けていない気がする。蝶は大分意識している様子なので、男より女の方が成長が早いというのがよく分かることだ。

 特に他意はないが我が愛する正室の肉付きを思い出しつつ、俺は2人がこの乱世では不思議なくらい順調に仲良くはなっていることを喜ぶのだった。


 ♢♢


 河内国 若江城


 一つの手紙を読んだ男は、小さく溜息をつきつつ小さく口の端を上げた。


「やっと動くか土岐の暴れん坊。腰が重かった御蔭で大分金を使う事になったぞ。」

「河内守様、氏綱様には何と御返事致しますか?」

「未だ大和の情勢平穏成らざる物故、表立っては動けませぬ。武具と兵は揃えます故何としても京に御進み下さいます様にお願い申し上げます、とでも返しておけ。彼れは三好の本隊を削る為の駒でしかない。」


 男の名を遊佐河内守長教(ながのり)という。河内守護代にして木沢長政亡き畠山氏の実権を握った男である。


「数年かかったがやっと美濃が此方に介入できず、しかも四国勢も動きにくくなる状況が作れるな。」

「大野郡司(朝倉景鏡)殿へは乱波を送りました。恐らく大和守家と合わせて美濃へ兵を進められるでしょう。播磨の本願寺も秘かに一部派遣出来て居ります。」

「美濃が危うくなれば三好の使える金も減る。四国の兵を援軍に出すか悩むであろうな。乱が起こったら三好の若造に文を出せ。何時でも紀伊の水軍でお手伝い致します、とな。」

「助けられるので御座いますか?」

「違う。此れで四国の三好は四国から動け無くなるのだ。我らを警戒して、な。」


 吉良・織田大和守・朝倉を結びつけたのはこの男である。いわば、二郎サマを誘導したもう一人の男。その存在自体、土岐二郎頼栄は知らない。知られない様に、この男は立ち回っていた。決定的な証拠は残さないで世間の流れに自分に都合の良い毒を少しずつ流し込もうとする。それがこの遊佐長教のスタイルである。


「あのマムシのせいでなかなか土岐家中には触れなかったが、漸く僅かだが流れに関われた。此処で一気に混乱を作る。そして、三好一族悉く公方様の周辺から除いて呉れ様ぞ。」


 その目には、三好家中への強い敵愾心が炎の様に揺らめいていた。


 ♢♢


 美濃国 稲葉山城


「と、其の様に申して居りました。」

「成程。実に都合が良いな。」

「しかし、敵も流石ですな。大殿の守りを破るとは。」

「実に良い腕よ。わしが用意しておいた穴を見抜く程度にはな。」

「……道理で驚かぬ訳ですな。で、如何されるので?」


 顎髭を撫でながら、男は夜陰でも強い光を放つ様な眼力で天井に潜む話し相手の耳役の方向を見る。


「子の不始末は親が責任を取らねばならぬ。」

「御子息ですか?しかしそういった事を考える人となりでは無かったと思いますが?」

「わしとて色々と考えが変わる。其れに、不始末をしたのは利芸では無い。」


 視線が大桑城の方角を向く。


「太守様よ。最早太守様が二郎サマを誅すか、二郎サマが太守様を害するかでしか事態は収まらぬ。」

「成程。では太守様に此度の流れを伝えるので?」

「まさか。自覚が無いのでは此の件は何も収められぬ。気付けなかった時点で太守様は終わりだ。……最近、子育てとは難しい物だと知ったわ。利芸を育てずに済んだわしは幸運だった。」

「親とは難しき物に御座います。そして其れ以上に、人の心とは難しき物に御座います。」

「そう言えば娘が年頃だったな、其方。人の心とは、斯くも分からぬ物よな。」


 蝶姫が三郎信長に対し怒っていたのに同調したら逆に怒られた理不尽な出来事を思い出しつつ、道三は次の為にどう動くかを思案していた。

二郎サマ中心で美濃・尾張・三河・遠江の諸勢力は結びつくことは出来ません。裏には遊佐の対三好政策があるよ、というお話。


国友は鍛冶がもう本来の2割ほどしかいませんので、これまでの顧客への対応以外は出来ず、結果鍛冶の多い日野へ役目が移りました。しかし日野の主要街道の整備は春日局の御代参街道まで微妙なライン。城下町と鍛冶職人はいます。ですので結果として史実より大規模に日野で造られますが、物資のキャパシティ的に当然国友程ではありません。


物資の流通が膨大になった尾張―美濃ルートは街道が逆に整備されてきています。日野が街道整備をするとしても時間がかかりますが、こちらは積年の経済的な結びつきがもたらしたものです。

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― 新着の感想 ―
信蝶だけラブコメ時空、なんと微笑ましい
[気になる点] 今までもちょくちょく場面があったけど、正直耳役が便利超人すぎると思う。そうそう重要人物の話を盗み聞きできるところに近づけるわけなかろうと。 諜報って市井に紛れて噂話を集めたり寝床で寝物…
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