第111話 使えるモノは何でも使うべき
火曜日は当分投稿できないと思います。ご理解頂けると幸いです。
豊前国 門司
門司は九州と本州の境であり、大内氏の博多支配の生命線だ。豊前は大内と大友の二大勢力が鎬を削る最前線だが、それはこの門司を押さえた方が博多への道を開くからに他ならない。対岸も押さえないと博多の確保までは大変だが。
そんな門司では連絡してあった人々が待っていた。天台宗の九州における重要拠点の1つ東明寺の偉い御坊様方だ。
この東明寺、一時は大伽藍を持ち周囲に広大な荘園を有していたらしい。しかしこの数十年にわたる大内・大友の争いに巻き込まれ、戦火で伽藍を焼失した。今では寺域を守るのが精一杯らしい。
比叡山にいる僧たちとは状況が違い過ぎて何とも言えない。酒食に耽っていた連中は同門の彼らの苦境をどう見ていたのか。
「先日は太宰大弐(大内義隆)様に御執り成し頂き、恐悦至極に存じます。流石京で薬師如来様の生まれ変わりと名高い典薬頭様に御座います。」
「大した事はして居りませぬ。此れも大内に属する諸将の尽力によるもの。」
「お陰様で伽藍の再建費用が用立て出来申した。本山からの金子もお持ち頂き何と御礼を申し上げれば良いものか。」
こちらに来る前、九州で貧しい人々を支えているか比叡山に問い合わせたところ、そもそも中核寺院の片方が寺領を失い本堂すらないと聞かされた。
彼らも支援できる距離ではないとか言い出したので、俺が金を預かるから再建支援しようと伝えた。
放置していたのが俺経由で天台座主に報告されるのを恐れたらしい比叡山は紀ノ湊まで使者を派遣して来た。そのまま僧に金を持たせてここまで連れて来たわけだ。
「その代わり、例の件お願い致しますね。行願寺とも連携して。」
「分かって居ります。施餓鬼は博多と門司で定期的に進めさせて頂きます。孤児院は博多に、派遣頂く医師は下関に場所が用意されるとの事。」
彼らには北九州での施餓鬼を依頼した。日本に来るイエズス会の中には孤児院や病院を設立した人もいたと聞く。福祉活動で人気を得たならば、日本に今ある宗教にも同じ事をやらせれば良いのだ。
博多の比叡山系寺院である行願寺に博多を、豊前北部を東明寺に任せる。大内家中にも手伝ってもらえば、彼らの活動は特別ではなくなるのだ。
「座主にも此方で頑張っていれば医師を通じて報告させて頂きますので、精進なされませ。」
「我ら一同、典薬頭様の御厚意は無駄に致しませぬ。」
頭を下げる彼らに、目指す比叡山改革のステップが順調に進んでいるのを感じた。地方の方が法主の権威は効くし薬師如来の生まれ変わりという評判も効く。地方を健全な宗教団体にして中央の腐敗への圧力とするのだ。イエズス会だって腐敗した中央から地方へ再布教で健全化していこうとしているのだ。同じことを俺がして何が悪い。
門司を離れる日も彼らは見送りでいつまでも港にいた。頼むぞ。本願寺みたいに信長に敵対しない、政治に口を出さない天台宗になってくれ。
♢
周防国 築山館
富田の港で龍造寺の人間を船の留守番として残し、産まれた赤子の様子見も兼ねて再び山口へ向かった。
残っていた乳母たちから順調な経過を聞き、相変わらずほぼ表に出てこない大内義隆という人と挨拶をした。
「忙しい中我が子の事、重ね重ね気にかけて貰い有難い。此の子も喜んで居ろう。」
「いえいえ、大事な跡取りの出産をお手伝いしたのです。産まれた後も気に掛けるは当然の事。」
「有難い。貴殿と会えて良かった。」
邪気のなさすぎる笑顔で乳母の抱く我が子を見つめる大内義隆はただの子煩悩パパである。しかし本来のこの人は数か国に跨って影響を与えられる大大名だ。違和感しかない。
「ところで、典薬頭殿に少しお願いが有ってな。」
「一体如何な物に御座いますか?」
「我が娘の事よ。」
咄嗟に少し身構えてしまう。もう奥さんは増やす気ないぞ。フラグじゃないぞ、フリでもないぞ。
「御息女というと、珠光様で御座いますか?」
「うむ。娘も大層愛らしい子でな。其れは種痘の時に会った故分かるであろう?」
「ええ。まだ幼きといえど礼節に通じた器量良しかと。」
話しつつ全力で自分に関わってこないように牽制する。年齢が違いすぎますよアピールからだ。
「其処で、娘にも縁談をと思ってな。」
「ほう、御相手に御所望は我が太守様の御子ですか?其れとも縁戚の上司である武衛様の御子ですか?」
間髪容れず此の前産まれた頼芸様の子と武衛様の子で御年5歳の斯波岩竜丸様を挙げる。同時に、「その子は7つより下の子が御似合いだぞ」と言外で主張していく。
「いや、其方が山口でも文の遣り取りをしていた一色よ。」
「一色。とすると、先日元服されたという五郎様。」
「然り。元々一色と我らは仲が良いとは言えぬ。しかし父が京に上った時は一色とは共に結んで三好とも戦った仲でもある。」
大友氏の次の当主と目される大友義鎮は先日一色氏当主である一色義幸様の妹を娶ったばかりだ。大友と大内が休戦中とはいえこの縁は軽くない。
とはいえ表面上は和睦している以上、旧来の縁から一色との結びつきを強くするのは悪いことではないのだろう。一色義幸の嫡男が一色五郎義道様。信長の1つ年上で今年元服されている。
「何より、其方の主である土岐は一色と血縁。土岐に適当な婚姻相手がいない以上、一色と結ぶは博多の為にもなろう。管領との関係を改善するにも、幕臣として忠節を尽くす一色との婚儀は良い方向に働こう。」
「確かに、我らの商いにも天下の安定にも期する縁になりましょう。」
「其れに、一色への良い土産になろう?」
これだけ色々と俺のやりたいことが読めているのに、その無邪気な様子は「器じゃない」としか言いようがない。
俺が一色と連絡を取っているのが二郎サマ関連なのを目の前の御仁は見抜いているのだろう。
「優しい男よ。確かに御家騒動は家中に貯めた力を無駄にする。我が家の様に多くの意見を均衡させるが大事よ。」
「肝に銘じまする。何とかして皆が争わずに済むようしたい所存。」
とはいえ、彼は反面教師だ。彼の文武バランス体制は崩壊する。珠光様は史実でどうか知らないが、乱より前に関係ない家に嫁げれば巻き込まれずに済むのではなかろうか。
「此方で文を用意して有る。其方の文と合わせて送って欲しい。」
「御預かり致します。今後も良き縁と成るよう微力を尽くします。」
「家臣ではないのだ。畏まらずとも好い。其れに、御礼も兼ねて居る。遠慮せず使って欲しい。」
頭を下げつつも、イマイチ一色当主相手に提示しきれなかったメリットが手に入ったことに俺は狂喜していた。今回の博多行き、収穫の大きいものに出来たのではなかろうか。領外に出ていたおかげで二郎サマにも気づかれずに一色との遣り取りも出来たし、博多との商談も上手くいき、龍造寺の人材も手に入れたのだ。もうすぐ2ヶ月になるが、それ相応の成果を出せたと自信をもって言えるだろう。
薬師如来パワーと施餓鬼パワーで九州での布教に楔を打つ方針です。
一応言っておきますが親族にカトリックがいる程度に私にはキリスト教に含むところはありません。
一色氏と大友・大内が不思議な縁で繋がりました。これも史実と大きく変わっていくポイントになります。
そしてきちんと出先でも二郎サマへの策を進めているという話。
次話が帰り道になります。行きとは別の地での話になります。




