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第109話 情報戦において我が軍は圧倒的じゃないか

 筑前国 博多


 神屋かみや寿禎じゅていの屋敷に戻り、改めて自己紹介をし合った。通訳を介した会話は何とも冗長になりやすい。

 椅子や絨毯、机を最初から用意していたことに驚いていたが、そちらの風俗に合わせられる程度にこちらも準備をしてきているという先制パンチだ。


「ジョルジェ・デ・ファリアです。7人の仲間と日本に来ました。」

「博多の年行司、神屋寿禎で御座います。此方が斎藤典薬頭様。会いたがっていた鏡を作らせている美濃の御領主様です。」

「御会いできて光栄です。神に感謝したいですな。」


 こんなかんじの挨拶をしたところで、寿禎と隣にいた息子たちが「神?」と疑問を口にした。

 この時代の日本人は神より仏の方が身近だし、明らかに異国の人間だからどんな神かと疑問が生じるのも当然だろう。


「彼らはキリスト教という我が国にはない信仰を持っているのですよ。」

「きりすと……何とも面妖な名前ですな。」

「世界の救世主であるイエス・キリストに救いを求める……でしたっけ?其の様な教えだったかと。」

「救いを求めるですか。堕落した者も救うのですか?」

「左様です」

「まるで一向宗ですな。南無阿弥陀仏で救われる様な。」

「キリスト教ではアーメンと言うらしいですよ。」


 そんな会話をしていると、所々の言葉に気づいたのか此方をじっと観察するように見てきた。


 この時代のキリスト教はちょうど宗教改革の真っただ中だ。歴史でも習うシュマルカルデン同盟の設立がこの時期。ドイツ語の旧約聖書が完成したのも10年ほど前である。ルターは流石にそろそろ死ぬかくらいだろう。

 混迷するキリスト教の中で対抗宗教改革の流れが生まれ、イエズス会はアジアに進出し日本までやってくるわけだ。

 彼らの信仰心は凄いと思うがキリスト教も良い面と悪い面がある。ラス=カサスが訴えたコンキスタドールのようにキリスト教の信者ではない人間を奴隷扱いしたり奴隷として売買する人間もいる。


「斎藤様はイエス様を御存知ですか?」

「コロンブスもマルティン=ルターも知っていますよ。」


 彼らの顔色が変わった。

 情報は武器だ。本来は相手の事情なんか知らなかっただろうから情報の格差があったはずだ。でも俺は世界史の授業の範囲ではあるが当時の各国事情を知っている。ポルトガルとスペインの海洋進出も分かっている。

 だからこれを使ってまずは彼らに一方的に有利な形は許さない。


「この国には生涯一度参れば極楽浄土……天国(Paradies)へ行けるというお寺もあります。お金など払わずともね。」


 ドイツ語と英語でParadiesはほぼ同じスペルだ。スペイン語やポルトガル語でも通じるかと思ったら、案の定そこで大きく反応した。通訳を受けて更に焦った顔をする。贖宥状のことも知っているぞ、と伝えているわけだ。


「貴方は何故我々の事を其処まで御存知か?」

「モスクワはまだ王が若いそうですね。」


 雷帝イヴァンは授業で聞いた限りこの頃はまだ子供だ。そこから暗に「うちはロシアと関係があるぞ」と伝える。ロシアの正教会との関係を仄めかすことで牽制する。このあたりは鉄砲伝来の前から考えていたストーリーだ。


 キリスト教の布教自体を止めるのは無理だ。宣教師と南蛮商人は貿易による旨味が大きい。明が正式な貿易をあまりしてくれない事や倭寇がそれを実質補っていることはここにきて分かった。授業で聞いただけじゃ分からない、ある意味生きた授業になった。

 だからこそ南蛮商人による中継貿易は九州各地の大名を潤す。だからそれを遠い美濃から止めようとしたって無理だろう。実際キリシタン大名とかで名前の出る大名は貿易の利益目当てだった者も多いと聞いた。


「我々は商売をしに来て居ります。其れ以外は何もありません。」

「そう信じたいですね。カボットがこの国に現れないとも限りませんし。」


 カボットはイギリスの探検家だ。ポルトガルが不当な暴利を日本から貪るようならライバル国家との貿易も考えるぞ、と伝えたつもりだ。


「誠実な商売をお約束しましょう。」

「では、其の旨書面に残して頂きたい。」


 紙に残すのは後ではぐらかすのを許さないためだ。博多の商人と予め話し合って用意しておいた商売する上での約束を書いた書面だ。既に博多商人たちの直筆の記名と印章の入った物だ。

 漢文に同様の内容が書かれた物も用意しており、そちらを彼らに渡す。通訳が一文一文内容が同一かも含めて確認していく。


「大型の一枚鏡は定量を定期的に売って頂ける。運搬義務は博多が受け持ち、運べなかった場合は損害を博多が補填する。」

「受け渡し時に品を毎回確認して頂き、受け渡し完了後の責任は全て其方にお願いします。」


 博多の面々は書かれた内容をきちんと把握している。最後には違反した場合は違約金として日本にある資産を没収すると書いてある。相手が破れば南蛮船だって取り立てる。


「玻璃の扱い、刀剣の扱い、硝石の扱い量は150日前に必要量を相手方に伝えなければならない。」

「いきなり互いに欲しい量を増やすのは無理。相互に事前の連絡をしなければならない。」


 内容を確認したジョルジェは分かりやすくジェスチャーでこちらにお手上げといった様子を見せた。


「我々は今後貴方方とは誠実に商売をしなければなりませんね。」

「左様。同じ物は取引のある各地に御送りします故、日ノ本では誠実にお互い儲けましょう。」


 追加で一言忠告もしておくことにする。


「宣教師についてはこの件とは一切絡めない様願いますよ。キリスト教の布教許可は個別に商売とは関係なしでお願いしたい。」

「勿論。しかし、ならば貴方様もくれぐれも正教の布教は簡単に許さないで頂きたい。」

「お約束しましょう」


 これで商売目的で布教を許可する人間がいなくなれば良い。純粋にキリスト教を受け容れる人はいても良いが、金目当てでキリシタン大名になる様な考えでは色々な人が結果的に不幸になるだけだ。


 ♢♢


 ジョルジェは博多からの帰り道、船員の1人と話していた。


「ゴアとマラッカに報告だ。モスクワのカボットが日本に既に辿り着いている可能性が高い。」

「奴隷売買も書面で禁止されましたね。代わりとなる商品があるので問題はないですが。」

「あの大鏡は必ずやバリャドリッドの王子が欲しがる。既に明のエンペラーは密貿易で明に渡った鏡を買い集めているそうだ。」

「朝鮮からの捧げ物ですね。文定王后ぶんていおうこうなる王母が自分の息子をエンペラーに認めさせるのに贈ったとか。」

「断片情報だけでは有るが、エンペラーは大層気に入ったそうだ。我らが正規ルートでそれをエンペラーに渡せれば……」

「市舶司を通じて、どこか別の貿易拠点を得られるかもしれません。」

「明との交易が安定するなら充分旨味がある。何としてもモスクワより先に航路を拓くぞ。」


 ジョルジェは不敵に笑いつつ、同時に今日会った貴族のサイトウについて含め日本の情報を集めなければならないと強い危機感を抱いていた。

本当は助才門の話も書いていたのですが、操作ミスで消えてしまったので日曜日までに書きます。

結構ショックです。自分のミスなので仕方ないのですが……。


カボットはこの時期実はモスクワで活動していますので、イギリスを示唆したつもりがよりモスクワとの繋がりが疑われる形となっています。

なのでジョルジェは迂闊なことができないと勘違いを強めている形です。


中朝関係は助才門の話とセットなので日曜日に書きます。しかし失敗した……。申し訳ありません。

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