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第107話 山口では祝福の風と不穏な風が同時に吹く

山口編です。

 周防国 築山ちくやま


 富田とだで出迎えてくれた陶隆房すえたかふさ様は戦国ゲームで見たような優男風ではなかった。むしろ顔が濃い。ややふっくらした顔でありながら目元の濃さはかなりのものだ。



 そして、案内されて向かった山口の築山で出迎えてくれた相良さがら武任たけとう様は雅やかな服装で小顔のナイスミドルだった。ちょっぴり生やした髭とかかなりダンディズムあると思う。


 村上水軍に会ったり河野氏の所領を通り津野氏の降伏やら当主の死やらでなかなか落ち着かないという話を耳にしたりしたが、概ね大きな混乱もなくこの周防まで来た。

 安芸国では毛利と尼子が戦っているそうだが、毛利元就とか会ったら覇気で潰されそうな気もしたので会わずに済んでよかった。

 本願寺の勢力が強くてある意味助かったところだ。


 そんな道中を経てやって来た山口は、流石というべきか壮麗な物だった。凌雲りょううん寺は石垣が組まれ、城に近い威容を放っていた。龍福寺も本堂がこの時代にしては頭一つ大きく、城下に入った時点でその姿が視認できる物だった。


 大内義隆という人に挨拶した時、まずその事を伝えると彼は目を細めて上機嫌となった。


「流石典薬頭殿、京だけでなく今や日ノ本全土に名を轟かせる御仁だけに、余のこだわった部分が理解して頂けるか。」

「いえいえ、あの素晴らしい姿を見れば誰であれ其の見事さに感嘆する事でしょう。」

「ほほほ、褒めても何も出ませんぞ。」


 と言いつつ、小姓の1人に耳打ちして蜜柑を持って来させている。

 橘や柚子は畿内で手に入るので食べていたが、蜜柑はかなり久しぶりだ。しかも相当甘い。果物の甘さじゃない。


「実は其れ、蜜柑を砂糖漬けにした物でな。余の大好物なのよ。肥後の蜜柑は博多を通じて手に入れているが、時期が限られる故砂糖漬けを作って何時でも食せる様にして居るのよ。」


 そう言って自分の分を小姓に口に運ばせている。ちなみにこの小姓もややふっくらした顔つきで濃い。そういう趣味なのか、とすると俺は典型的醤油顔だから大丈夫だろう。


「さて、本題なのだが。産婆を連れて来ると事前に聞いて居る故、用件はお分かりの様子。」

「はっ、大宮様の御息女が懐妊為されたと堺の商人から伺いまして。」

「うむ。此の前月山富田で負けた折に余の愛する義房(晴持)が身罷ってな。出家も考えたが跡継ぎが居らぬでは家臣が困る。何とかせねばと思って居った処、おさいが身籠ったのよ!」


 そこで天下の名医と謳われる俺を呼んだらしい。まぁ子供がもう出来ないのではと思っていたところでの事だったので万全を期したかったのだろう。


「周辺の名医という名医を集めたが恐らく夏に産まれると言うでな。典薬頭殿にも其れに合わせて頂いたのよ。勿論書状で伝えた通り礼は弾ませて下され。」

「博多と赤間関の通交自由、関税の免除だけでも有難い限りです。其れに加え薬と鏡も買って頂けるとか。」

「薬は何より家中の者から良く効くと評判でな。弘中も足のむくみが取れたと喜んで居ったので、今後は小西とやらに直接取引を任せる事にしたのよ。」


 小西はうまく儲けているらしい。そのまま日本中の病を少しずつ対処できるようにすれば結果的に領内の衛生環境の改善に繋がり、結果俺の長寿に繋がるのだ。

 あとは如何に薬草の供給を安価でできるようにするかだな。やはり薬草園を広げねばなるまい。


「では、出産前に一度おさいを診て頂きたい。鷹羽、案内をせい。」


 先程蜜柑を食べさせていた小姓にそのまま案内され、おさいの方の元へ向かう。事前に聞いた限り悪阻も酷くはなかったそうだが、彼女にかかりきりだった為大内義隆は政務をその間全て相良武任に任せきりだったそうだ。



 部屋に入ると、中には大内様がいた。


「驚かれたかな?余の大事な子が腹に居るのだ。いくら典薬頭殿でも余の居ない場では会わせられぬぞ。」


 先程お近づきの証に献上した狩野元信様の扇で口元を隠しつつ上品に笑うが、目はいたずらっ子がドッキリに成功した時のそれである。


まつりごとは宜しいので?」

「余の臣は皆余より優秀での。戦は陶や内藤に、政は相良や黒川に任せれば良い。そして、互いの間を冷泉れいぜいが取り成せば万事上手くいくのだ。」


 なんというか、この人は宇喜多直家と違って邪気がない。なさすぎると言っても良い。


「流石に余がおさいに付いていた時にやり過ぎてしまった故、相良には少々休んで貰おうと思うが、二、三年もすれば頭も冷えるであろう。」


 身内と思った人間にはとことん優しいタイプだ。だが、優しすぎて少し甘くなっている気がする。これが本当に西国最大の大名なのか。



 聴診器でお腹の中の音を確認するなどの診断を終えると、先程の小姓が外まで案内してくれた。大内様はおさいの方の側を離れず彼女の居た部屋で見送られた。



 滞在する寺までは冷泉隆豊(たかとよ)殿が案内してくれた。


「御会いして如何思われましたか?」


 輿に乗せられ何とも居心地の悪い気分を味わって寺に着くと、冷泉殿からそう尋ねられた。


「優しい御方である、と。そう思いました。」

「然り。大殿はお優しい方です。お優しすぎて、義房様の事を今でもお悔やみ為さって居られる。何故あの時自分と同じ道で逃がさなかったか、と。船の手配は某の仕事でした。本来は某を責めて頂けば良いのに。」


 養子だった跡継ぎの大内晴持(死後義房の名を贈られたそうだ)を失ったのが3年前だ。彼は冷泉殿が手配した船で尼子の軍勢から逃げる途中、船乗りのミスで鎧を着たまま水面に叩きつけられるように投げ出されたそうだ。


「其れ故か、以前より余計に家臣の失敗を御許しに成る様に。相良殿も其れを見越して横暴な振舞いをして居られた。」


 そんな話を何故自分にするのか。


「滞在される間におさい様と話す機会も在ると存じます。ですので、おさい様から大殿に今のままでは良くないと仰って頂ける様頼んで頂きたく。書状にしてあります故、此れをお渡し願います。身内の恥を晒す様ですが、今ならまだ何とか収められるのです。」


 頭を下げ、震える声で訴える彼に、思わず受け取った手紙は重さ以上に重みを感じるものだった。


 ♢


 山口滞在中は博多商人とも鏡の売買などについて事前に協議を進めた。助才門すけざえもんという博多商人が特に明との交易で主導的な役割を担っているらしいが、時期悪く今は明の双嶼そうしょ港へ商談に向かっているらしい。なので中心は朝鮮との交易関係だった。


 朝鮮貿易は対馬のそう氏が幕府の代理人、実質大内氏の代理として行っているらしい。得た利益で彼らは生活の糧を得ているらしく、定期的に朝鮮に使者を送る際の贈り物として一枚板の鏡を欲していた。

 山口までわざわざやって来た宗氏の現当主・宗晴康(はるやす)殿は朝鮮人参を土産に一枚鏡を今後定期的に欲しいと頭を下げに来た。

 朝鮮人参は国内で育てるには厳しいものだ。安定的に供給されるなら諦めていた漢方薬も高価にはなるが一部用意できるようになる。互いに今後も良い関係が築ける様約束し合った。


 明との交易については結局助才門が明での案内役と共に帰国する初秋に博多で直接話をする事になった。

 助才門も本来は山口に来る予定だったが、明の王直という男との打ち合わせもあってどうしても必要だったらしい。その分相手に事情を説明し早めに帰国できるよう予定を変えているそうだ。


 ♢


 暑さのピークが過ぎたと感じるその日、大内氏待望の嫡男が産まれた。


 事前に用意していた天秤の秤で赤子の重さを量ると豊の子供よりやや重い子供だった。取り上げたのは産婆だが、彼女も「殿の子より頭がずっしり来る子です」なんて言っていた。


 大内義隆様も首が据わっていない為一度しか抱いていないが、その子を文字通り宝として喜んでいた。渡した書状がどうなったかは分からないが、恐らくこの様子では諫言は頭に入っていないだろう。

 慶事だからと筑前に蟄居させた相良武任殿を赦免しようと言い出したが、陶隆房殿がその場で凄い形相で反対したので止めたらしい。あの濃い顔で迫られたら俺ならビビる。間違いない。



 無事に産まれたので大内様からは大いに感謝された。産婆は礼にと銀を貰ったそうで畏れ多いと俺に渡そうとした。良いから受け取っておけ。チップの文化は日本にないが、それは貴女への正当な報酬だ。臨時ボーナスだと思ってありがたく受け取れ。



 博多での商談が終わり次第また寄るようにお願いされたので約束して博多へ向かった。

 富田の湊で見送ってくれた陶隆房殿は、濃い顔に寝不足の隈を作って更に凄みを増した顔であった。


 大大名であり後継者も無事産まれ順風満帆のはずの大内氏。


 しかし俺は、決して一枚岩になれない本質の一端を今回の滞在で見ることになったのだった。

大寧寺の変については主人公も多少知っていますが、他家の事に必要以上に口を挟んで自分たちに過度な影響が出る事が怖いので手紙の受け渡し以外は関わっていません。


大内晴持は亡くなった後義房に名を変えているので大内氏の人々は義房と呼んでいます。わかりにくいですが大内晴持=大内義房です。


助才門は助左衛門とは違うみたいです。


色々な人名が出て申し訳ありませんが、これでも最低限に絞ってはいます。大内氏とか主だった家臣だけでも10人以上いますし……。大大名は厄介ですね。


火曜日は現状では投稿できる予定ですが、もしダメそうなら活動報告や後書きでお知らせします。

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― 新着の感想 ―
[一言] こないだNHKで吉宗公が朝鮮ニンジンの国内生産を可能にした話やってました。生育方法がすごい繊細で驚きましたね。むしろよくあんなの思いつくもので。 吉宗は苦難の末に得た生育方法を幕府の機密にせ…
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