第106話 博多・山口への道 下
宣言通り土日で連続投稿させて頂きます。
後半の♢♢から三人称です。
讃岐国 宇多津
讃岐の宇多津は讃岐随一の良港だ。この地を治める聖通寺城主は奈良元信殿。管領細川晴元が頼りにする細川四天王の一翼だが、元信殿は細川氏の水軍を担う立場と言える。
塩飽水軍と呼ばれる海賊衆を傘下に収め、 周辺諸国に勢威を誇っている。ちなみに、他の四天王(安富・香川・香西)は東西讃岐の守護代と讃岐で最大の領土を与えられ互いがバランスをとっている。
しかし、宇多津で会った一番印象に残った人物は彼らではなかった。
「いやもう真某神様に微笑まれたというか天運が舞い込んできたと言うか祝着至極に存じますでは伝えきれぬと申しますか!」
息も切らさず、しかし不思議と抑揚がしっかりしている為に聞き取りにくさのない話し方で話しかけて来るこの男。名を、
「宇喜多三郎右衛門尉と名乗って居りますが実際は元城主の祖父が討たれた仇を取る事も出来ず大商人である阿部殿に世話になりっ放しの放蕩者に御座いまして此のままでは祖父も浮かばれぬと思っていた処で御座いました!」
宇喜多。その名前の戦国武将は俺も知っている。
宇喜多直家。どうやらその本人である。
「まさか阿部殿が薬屋の小西殿と取引があって典薬頭様が来られる時に偶然取引の品を受け取りに行く予定があって其れを某が受け取りに来られた上に偶然船を降りた典薬頭様と御会い出来るとは!」
目が細く笑みを浮かべると閉じているか開いているか分からない。こちらが無言なのにも関わらず、一方的に喋り続けている。
「某の様な非才な身と違い典薬頭様は世の為人の為明の医術や技術を取り入れ多くの民を救われている薬師如来の生まれ変わりという話も強ち嘘とは思えませぬな!」
「良く疲れませんね。」
「某ついつい頭で考えた事を全て口に出してしまうもので直せ直せと阿部殿にも言われて居るのですが緊張する場でも物怖じしないのが悪い方向に出てこうして話し続けてしまうのですよ。」
嘘だ。話しながらこちらの顔色をそれとなく伺っている。こちらが警戒心露わなのを理解して少し戯けた口調になっているだけだ。
「ふむふむ流石は典薬頭様某の様な非才の身にも簡単には気を許さぬ様に気を張って居られるしかし某典薬頭様を害する様な理由も度胸も御座いませぬ御安心召されよ!」
両手を挙げてまるで拳銃を突きつけられた様な格好で無害アピールをして来る。隣にいた十兵衛と新七郎(新七は元服させて新七郎武輔と名乗らせている。こやつも幼馴染と無事夫婦になった。村では出世頭だからモテたらしいが一途だったので評判は天元突破しているらしい)に目配せすると、
「先程調べた限り何も危ない物は持って居りませんでした。」
「しかし、如何にも目付きが気になります。目線で舐められる様な、何かベタ付く物を感じまする。」
十兵衛は特にその様子に警戒を怠れない何かを感じているようだった。
「悲しゅう御座いますな然れど典薬頭様の側仕えならば日頃我らでは計り得ぬ御心労を為さって居られるでしょうならば某は笑って此れを和ませるのが役目に御座いますな。」
はっはっはっ、と声に出して三郎右衛門尉はわざとらしく笑う。
その後もひたすらおべっかに加え薬の評判やら何やらと、抑揚はあるが切れ目のない言葉責めに辟易した頃、ようやく話が終わった。
「では福岡の阿部善定を今後とも宜しくお願い致します。」
腕を下ろすと深々とお辞儀をして彼は去っていった。表面上は商家が俺と縁を結びたいと願い出てきただけだ。
しかし、最後までこちらに話をさせる様子はなくこちらは聞くだけだった。おべっかは使っていたが個人的に媚を売って来ることもなかった。
三郎右衛門尉がいなくなった後、十兵衛は今だ眉間に嫌悪感を残しながら話しかけてきた。
「何者ですか?」
「さぁな。只者ではない、とだけ分かった。」
「確かに。目元が細すぎて分からぬのに、何故かずっと此方を見ている様な不気味さを持って居りました。」
「彼の者は利用しても信頼してはならぬ。父上よりある意味性質が悪そうだ。」
「日頃から悪口を隠さぬ大殿様より警戒なさるとは、余程に御座いますな。」
「阿部なる商人とはあまり深く関わるな。品物の売り買い以上に関わっては碌な事に成らなさそうだ。」
「御意」
戦国ゲームではそこまで詳しくなかったが、主君やライバルを暗殺しまくって成り上がったことくらいは見た事がある。史実なら浦上氏に仕えるらしいが、同じになるかは別としてあの男だけは召し抱えたくない。ぱっと見では軽薄で底が浅そうに見えるだけに、余計そう思った。
♢♢
備前国 福岡
数日後。豪商・阿部善定の屋敷の裏手から宇喜多三郎右衛門尉が隠れるように邸内にやってきた。
離れのような小屋にそのまま入る。埃臭さの強い室内で、彼は待っていた人物を見て細い目を更に細めた。
「おかえりなさい、兄上。如何でしたか、典薬頭様は。」
会えたかはわざわざ聞かない。兄の才覚を弟の七郎兵衛忠家は疑っていない。
「いやいや素晴らしい方でしたよ仕官出来るかそれと無く聞いてみましたが此方を随分警戒して居ました彼れはそう簡単には闇討ちも出来ないでしょうね少し遠目でしたが忍びながら身を守っている者も居ましたきっと某が首を獲らんとすれば飛び出してきたでしょう。」
「兄上、此処には誰も居りませぬよ。」
その言葉に、流暢に言葉を紡いでいた三郎右衛門尉の動きが一瞬止まる。
「そうか、ならば普通に話すとしよう。」
「ええ、此処には貴方と貴方の影たる某だけ。」
「ちっ、名を名乗ってから露骨に我の事を警戒して居った。まさか既に浦上に御仕えして居ると知られて居ったのか?城主とはいえ城もまだ完成して居らぬのに。」
「さぁ」
「まぁ良い。典薬頭だろうが赤松だろうが殿だろうが尼子だろうが関係ない。」
「左様。最後に勝つのは兄上で御座いますよ。」
「分からぬがな。だが、負ける心算は無い。誰であろうと我の言葉で呆けるその時に本性が出る。聖人様と煽てられて居ても我の言葉を聞けば民への嫌悪や優越心が覗く物だ。」
彼がマシンガントークを相手にぶつけるのは相手が呆気に取られる瞬間を作りだす為。その瞬間に浮かべる顔は無防備だ。だからこそ彼は日頃それを自らの癖とする。相手を知るために、軽薄さを演じる。それを利用して彼は浦上氏当主の弟である浦上宗景に仕える様になったのだから。
「我も父上が死ぬ迄父は阿呆だと信じて疑わなかった。」
「我ら二人にだけ仰って居りましたね。『演ずるなら死ぬ迄演じよ』と。」
彼らの父である宇喜多興家は父が討たれ、城を失っても商家に逃げ込んで復帰しようとしなかった。今では宇喜多は臆病者の一族だと誹りを受ける程だ。しかし、それ故に仇である島村盛実は彼を警戒しなくなり息子らが元服まで命を狙われずに済んだのも確かなのだ。
「だが甘い。やるなら死して尚演じる心算でなくばならぬ。」
「父上に厳しいですね、兄上は。」
「当たり前だ。最後まで無能だったのだ。例え我らの為であっても、其れだけの才覚が有れば再び城主に成れたであろうに。」
彼は呟くように、
「我はああはならぬ。典薬頭も、島村も、浦上兄弟も、赤松も、尼子も、大内も、三好も、細川も、皆我が演目で騙してくれる!」
そう弟に告げた。
宇喜多直家は1529年生まれ。主人公より2つ年下です。
弟は2歳年下ということにしてあります。直家の仕官が確認できるのが1543年、翌年には乙子城を任されたと伝わりますが、乙子城の築城がこの年とされているので何とも難しいところ。
個人的な考えとして1544年に乙子に築城許可が与えられ、阿部善定の支援で築城し始めたくらいかな、と考えております。なので本作では城主ですが備前・福岡との繋がりは残っている設定でこのような話を作りました。
明日の次話からいよいよ大内義隆のお膝元・周防に入国します。




