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第102話 今川の終焉 下

今週も繁忙期の為火曜はお休みします。ご理解頂けると幸いです。

 美濃国 稲葉山城


 今川義元の死という一報が美濃に届いたのは、宗牧殿がお満の文才に唸りながら俺の和歌に溜息をついていたその時だった。

 名目上はあくまで関東漫遊である宗牧殿は各地に寄る必要があり、結果として彼は間に合わなかったことになる。話を聞くと宗牧殿は肩を落としていた。


「惜しい人物を亡くしました。風流というものを解した御仁が戦で亡くなる。出来れば止めたくありましたが。」

「今川と斯波は因縁がありすぎました。何方か一方はいつか滅びる定めだったかと。」

「小田原住まいとはいえ、彼の御仁の子が生き延びられただけ幸いだったやも知れませぬな。」


 今川義元の子・龍王丸は寿桂尼と共に小田原で生活することになった。名目上彼は駿河の主のままだが、実際は近隣の賤機山しずはたやま城・持舟もちふね城などに北条家臣が入ることになっているそうだ。


 特に街道沿いは北条氏が抑えるようで、駿河の差配は玉縄から北条為昌殿が入るそうだ。体調面も考えて一応美濃に近い上、戦場になりにくい駿河を任される形らしい。玉縄については北条綱成殿の弟で福島くしま氏を継ぐ予定の綱房殿が入るらしい。

 遠江に所領を持つ朝比奈や松井の生き残りは斯波氏に従わず駿府に仕える事を選んだ。遠江は国人不在の弾正忠家直轄領が増えることになりそうだ。


「太原雪斎殿は降伏の交渉後其の首を刎ねられたと聞きましたが。」

「今川は執権殿が要也、と言われる程の御方でしたから。……御本人も其れを条件にして降伏条件を緩めたそうで。」


 ゲームでも特筆すべき能力の持ち主だった太原雪斎。結局会う事もなく彼は死んでしまった。この世界だと彼は未来評価されるのだろうか。三国同盟も潰してしまったし微妙な扱いになるかもしれない。


「久野・孕石はらみいし・瀬名といった今川を支えた将は皆亡くなりました。今後は北条の庇護下で名を遺すだけになるでしょう。」

「御子息の才覚次第でしょうが、其の方が無駄に背負う物が無い分良き一生を送れるやも知れませぬな。」


 龍王丸という子が史実の誰かはわからない。ただ、義元の息子で有名な今川氏真(うじざね)蹴鞠けまりの達人だったと前に聞いた。本人かはわからないが、蹴鞠で楽しく遊び続けられるような一生を送ってくれれば良いと思う。


 また、今回の件で活躍した佐々政次や柴田権六勝家、下方弥三郎は遠江で城主となるらしい。

 柴田勝家は果たして史実より出世が早いのか遅いのか。領土は拡大しているのだからきっと早いだろう。山本勘助も織田にいると聞いたので武田は大丈夫かと心配になる。


 ただ、既に歴史は徹底的に変わってしまっている。もう今川氏が歴史上の主役になることはないだろう。桶狭間の戦いは運も大きな要素だったと聞く。運が左右する戦は俺の存在でどう変わるか分からないから絶対に避けたかった。

 これからは歴史知識なんて(元々殆どないけれど)使えないと思ってやるしかないだろう。受け身では歴史上の名将たちに呑みこまれる。自分から歴史を変えていく覚悟が一層必要になる。


 悲しそうな表情の宗牧殿を元気づけようと和歌の話を振ったところ、


「先程の会で詠まれた句、思い返せば打越とやや近い句になって居りましたな。余り反復しかねない句は宜しくありませぬぞ。」


 と、藪蛇なことになって小一時間講義を聞かされることになった。連歌はただでさえ難しい歌の世界を更に複雑にしている気がする。何故これが武士のトレンドになっているのか。理解しがたい。


 ♢


 11月。若狭で地震があったらしい。ちょうど遠江で降伏して若狭に向かった武田信虎が若狭に到着したところでの地震だったらしく、若狭の武田氏では早くも肩身が狭い思いをしているそうだ。


 とはいえ彼を斎藤にも土岐にも迎えるわけにはいかない。信濃に隣接しているうちが彼を召し抱えれば甲斐の武田に疑念を持たれかねない。


 支援を申し出たが浅井の混乱もあって断られた。若狭武田氏が対立している一色氏と土岐は親戚なのもあって警戒されているようだ。

 朝倉氏は今年小競り合いで終始したが、最後の地震で一部に被害が出たそうで雪が降り始める前に情勢は落ち着いた。


 地震か。この時代でも地震は起こると再確認させられた気分だ。

 耐震性の高い建物はどういう構造なのだろうか。柱が多い方が良いのか?それともあえて余裕のある造りの方がエネルギーを上手く逃がせるのか?建築の専門家ではないし記憶にもない。一軒家を建てる夢すら見る間もなく過労死したのがここに来て響いている。


 石灰はあるのでセメントは造れるかと思い立って試させようとしたら、普通に漆喰ではダメなのかと言われてしまった。

 セメントは水を使うが配分も分からないので失敗する。同じ素材を使うなら造り方を知る職人がいる漆喰で良いのではと言われてしまった。


 頑丈な建物を造るのが一番の目的なのでそれで建物が頑丈になるなら良いかということで稲葉山城や城下の屋敷、それに各地の施設の強化を進めさせた。理想は鉄筋コンクリートだが、地震に強い建物というのが第一だ。

 少しずつセメント造りの研究を孤児院を卒業した部下に任せつつ、子供の為にも安全安心な国と社会を目指そうと決意するのだった。



 年末。豊が産んだのは男の子だった。12月に産まれると扶養控除が1年分になる時代があったな。この時代に扶養控除はない。どちらかといえば斎藤氏が税金を徴収する側である。

 彼女は女医というか看護師というか、そういった地位で俺を支えてくれている。そのためか妊娠中も日々体調について日記をわざわざ記していた。女性視点でのこういうものは貴重だ。


 甲斐や信濃でも販売を始めた薬売りは、同時にこれらの地域の情勢も伝えてくれていて助かっている。父道三もかなり手広く情報が集まると喜んでいた。甲州金が一部領内に入るようになってきて蔵に集められている。


 服部一族には領内の防諜や技術の秘匿をしてもらっているが、石鹸のように大部分の作り方が漏れてしまったものもある。今は火縄銃関係を最重視して秘匿を進めているが、完全な秘匿は不可能だ。出来る限り量産していることとその方法は秘匿しなければならない。せめて最低300は揃えたいところだ。

 すっかり名人となった十兵衛光秀に今は部隊を率いらせている。硝石は生産中で今は一枚鏡などを売って不足分の硝石を買っている。



 硝石を薬用で扱っていた堺の小西が定量を買ってきてくれているのだが、豊の子供が生まれる直前に息子を稲葉山に送ってきた。


「博多に来てほしい?」

「左様に御座います。実は博多の商人を使って朝鮮と南蛮人に鏡を売っているのですが、神屋かみや寿貞じゅてい殿が典薬頭様に是非一度御会いしたいと。されど彼の御方はかなりの高齢。故に御会いしたいが動けぬとのことで。途中の大内様や他の博多商人も一度御会い出来ないかと申しておりまして、お忙しい中申し訳ないのですが、博多にお越し頂けぬかと。」


 大内義隆は尼子氏の本拠月山(がっさん)富田とだ城を2年前に攻めたが失敗し、逃げ遅れた跡継ぎを亡くしたと聞いた。

 その後は家臣の相良武任さがらたけとうに政務を任せて半隠居状態と聞いていたが。


「大内様は出来れば夏の初め頃にお願いしたいと。最近(しき)りに医者が屋敷を出入りしている様で、我々を通じて薬も多種多様に御買い上げ頂いております。」


 小西から薬を買っているとなると大内義隆の体調面かと思ったが、それならば時期をわざわざ指定するのは不自然だ。一刻も早く来てもらいたいわけではない。不思議な話である。


「豊の出産予定が間もなくの年末で、太守様の子も冬の間に産まれる筈だから……首がすわるのも間に合うか。硝石や磁石の輸入でも協力してもらっているし、断るわけにもいかないか。」

「では、船は我々で用意させて頂きますので、宜しくお願い致します。」

「あぁ。神屋殿にもよしなに伝えておいてくれ。」


 最近は四国や九州でもうちの漢方薬が売れている。販路は関東~甲信・東海~畿内~四国・中国~九州まで非常に広範囲だ。薬包の紙も斎藤の家で作っているので販路が広がるほどうちが儲かる。蜜蝋が安定的に採れるようになってきたので塗り薬も徐々に外部に売り始めて行こうと画策中だ。

 念のために効用と共に製造年月日を記載し一定期間が過ぎた物は使わない様伝えさせているが、先日製造日がない薬が見つかった。中身に使われている材料や粉末の状況から明らかに偽造品だと分かった。典薬頭の名を騙って偽物の薬を造った者がいるのだ。


 幸い被害はなかったがこれの調査も服部党に依頼している。薬包の紙が悪用される場合もあるらしい。とりあえず取り扱う正規の店にはプルシアンブルーの青で一部を染めたのぼり旗を使わせている。偽物の流布を防ぐためだが綺麗な青色のため旗自体が盗まれそうといって店内に置いているらしく、大きな効果があるかは疑問だ。



 豊が出産間近でも働こうとしたので休養を命じた。産休と育休は今の段階から広めねばなるまい。ついでに男も育休がとれる制度をつくっていこう。薬の調合を専門とする女性陣にも産休育休を奨励してホワイトな職場を目指していく。医師と看護師は絶対数が少なすぎてまだ無理があるのでもう少し人員が揃ったら導入しよう。この時代の人間は働こうとしすぎだ。


「そう仰いますが、殿が一番お休みが少ないのでは?」

「豊、こうして耳かきをして貰ったり囲碁をしたり出来ているから意外と休んでいるのだぞ。」

「夜はある程度お休みでしょうが、お天道様が見られる時は殆ど休みがないと思いますよ。」

「仕方ない。裁量労働は成果に応じて給与が支払われるのだ。父があのマムシである以上仕事は際限なく増える。インターバル制度の導入が待たれるな、全く。」

「さいりょ……?いんた?ばる?」


 よく分からないという顔の豊に何でもないと告げる。夜は短い蝋燭1本分以上仕事はしない様にしているが、もう少し休みが欲しいのは事実だ。最近孤児院を出てうちで働き始めた一期生は頑張ってくれているが、仕事は増えているので手がまだ足りない。畿内から来た大量の子供が卒業するのは2年後。そこまでは当分人手不足が続くか。


 こればかりは給与待遇を良くして人手募集をすれば良い問題ではない。信用できる人材はこの時代金では買えない。地縁と血縁は大事だ。「かばん・かんばん・じばん」が欲しいのは政治家だけではない。弟妹たちとは仲良くしていかなければ。


「兄上!つぎの絵本はどこじゃ!?福姉さまがまだ読んでいるからと言ってかしてくれぬ!」

「兄上!蝶姉様が『みにくいアヒルの子』を貸してくれぬのです!あれを姉様が貸してくれたら勘九郎に絵本を貸してあげたいのですが!」

「兄上!吉法師がまたわっちの贈った折り紙より上手い物をこれ見よがしに贈って返してきました!悔しいので新しい物を教えてください!!」


 一斉に部屋に入ってくる弟妹達。お前ら仲良くしろよ。あと騒ぐな。うちの子達が泣くでしょう。

史実の桶狭間の戦いは起きません。歴史が変わった以上博打は打てないので運の要素が絡むことはさせないというのが主人公の基本方針になっています。


史実より柴田勝家・佐々のお兄ちゃんたちなどの出世は早くなります。勝ち戦続き&弾正忠家の所領増えまくりなので当然ですね。


今川は駿河の北条配下の一勢力となりました。朝比奈・岡部・関口あたりの生き残りが支えています。遠江で最終的に斯波についたのは井伊・飯尾・犬居天野くらいです。駿府は名目上今川ですし今川に継続で仕える将が管理しますが周辺で北条家臣が睨みを利かせています。このままなら再起は不可能でしょう。氏真君は生きていますのできっと蹴鞠や和歌で名を遺してくれます。


大和守家の混乱などは次の次の話でまとめて出てきます。次話から1545年に入ります。

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[気になる点] 典薬頭の偽薬って朝敵に一直線だよなぁ
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