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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
82/537

第1話 統治

 ボルニスを得る。

 セルデアス大陸では、「大望に向かって躍進する」という意味の言葉だ。

 古代から近代に至るまで、大陸の西域に覇を唱えんとする諸侯や君主たちは、こぞってボルニスの街を手に入れようとした。

 それは、ボルニスの街が北の広大な穀倉地帯であるソルビアント平原の玄関口という地理的に重要な拠点であっただけではなく、はるか古代から学問・芸術・産業の中心的な役割を果たしてきたせいでもある。

 ()わば、ボルニスこそが西域の心臓と言っても過言ではないのだ。西域制覇を目指す者たちにとって、ボルニスを手中に収めると言うことは、まさに「大望に向かって躍進」することに他ならなかった。

 そして、歴史上、最初に「ボルニスを得た」のは、あの破壊の御子ソーマ・キサキである。

 当時のボルニスの街は、ただの辺境の一都市に過ぎなかった。

 現在では世界有数の穀倉地帯となっているソルビアント平原も、大半が人の手が入らぬ草原や荒れ地でしかなく、人間と敵対するゾアンたちによって開拓もままならない状況だった。

 そればかりではない。当時は大陸の中央地帯に位置する列強国こそが文化や産業の中心であり、かつ先進国であった。それらに対して、遠く離れた西域の、しかも一地方都市に過ぎなかったボルニスの街は、文化や産業と口にするのもおこがましい水準でしかなかった。

 ところが、破壊の御子ソーマ・キサキによって、このボルニスの街は大きな転換を迎える。

 北の広大なソルビアント平原の原野は肥沃な穀倉地帯となり、ボルニスの街は辺境の貧しい一地方都市から、平原から得られる莫大な農産物の輸出拠点へと姿を変えた。

 しかも、変化はそれだけに留まらなかった。

 破壊の御子ソーマ・キサキの施政となってから、わずか数年を経ずして、ボルニスの街には、学問や芸術などの文化が大輪の華を開き、技術や産業が次々と飛躍的に進歩したのである。

 これについて問われた破壊の御子ソーマ・キサキは、こう述べたと言う。

「当然であろう。私は他の者たちとは、世界が違うのだ」

 何と言う傲慢(ごうまん)さであろうか。

 単に優れているのでもなく、単に幸運に恵まれたのでもない。他の者とは世界すら違うと言い切れる破壊の御子ソーマ・キサキの自負心には戦慄すら覚える。

 しかし、それを否定できぬほど当時のボルニスの発展は常軌を逸したものだった。

 だが、この常軌を逸した発展には、それだけ過酷な施政があったと思われる。

 それを(うかが)わせるのは、哲学者セネスが書き記した「風聞禄(ふうぶんろく)」の一節だ。この「風に聞くところによれば」という有名な書き出しから始まる「風聞禄」は、当時の(ちまた)に流れる噂などをセネスが編纂(へんさん)したものである。

 そこには、破壊の御子ソーマ・キサキがボルニス決戦直後に、街に入ったときの様子が、次のように書かれている。

「風に聞くところによれば、ダリウス将軍を打ち倒した破壊の御子ソーマ・キサキは、亜人類の軍勢を従えてボルニスに入った。

 領主の座を我が物にした破壊の御子は、まず街の名士や官吏(かんり)らを引き出すと、彼らに『従わざる者は、首を()ねる』と言い渡し、臣従を()いた。これには街の名士や官吏らは大いに恐れおののき、平伏して臣従を誓わざるを得なかったと言う」

 あくまで巷の風聞に過ぎないが、後の破壊の御子ソーマ・キサキの所業を(かんが)みれば、決して根も葉もない噂ではないと思われる。

 しかし、実際に彼がいかなる施政を()ったかは、千数百年という時の流れと、大改革時の焚書によって歴史の闇の彼方へと消え去り、現代ではわずかに残った資料などでしか(うかが)い知る(すべ)はない。

 だが、少なくとも、後の破壊の御子ソーマ・キサキの進撃を支える基盤は、このボルニス統治時代に築かれたものであることは間違いないだろう。


 『ボルニス史より見る破壊の御子』より抜粋


               ◆◇◆◇◆


 ボルニス決戦の翌日。

 領主官邸の一室で、寝台に腰を下ろした蒼馬は、低い(うめ)き声を洩らしていた。太腿に肘を立て、頭を抱えるようにし、うつむかせた顔には苦悶の表情が浮かんでいる。

 ボルニス決戦によって、ホルメア最高の将軍と(ほま)れも高いダリウス将軍を打ち破り、名実ともにボルニスの街の支配者となったと言うのに、その顔には喜びの色は一切なく、ただただ苦悶の表情だけしかなかった。

「くそっ! 馬鹿だ、馬鹿だ、大馬鹿だ! こんなことになるなんて……!」

 蒼馬の口から洩れるのは、激しい後悔の言葉だった。

 そこに、小さな壺を手にしたゾアンの娘――シェムルが部屋に入って来る。

 シェムルは苦しむ蒼馬の姿に、見ていられないとでも言うように小さく首を振ってから、その隣に腰を下ろした。

「水だ。これを飲んで、少しは落ち着け」

 蒼馬はシェムルの差し出した小壺を受け取ると、それを一気に(あお)った。

「どうだ? 少しは落ち着いたか?」

 空になった小壺を受け取ったシェムルに尋ねられた蒼馬は、(うる)んだ瞳をシェムルに向けると、かすれた声で答える。

「……まだ、気持(ぎぼ)ち悪い」

 シェムルは腰に手を当てると、盛大にため息を洩らした。

「酒の呑みすぎだ、バカ」

 蒼馬のボルニスの街の統治者としての初日は、二日酔いで始まった。


               ◆◇◆◇◆


 ボルニス決戦後、負傷した者たちの手当や捕虜たちの無力化などを指示した蒼馬は、主だった者たちを引き連れて、堂々とボルニスの街に帰還した。

 それは、住民らに自分らが一時的に街を支配しただけの無頼の徒ではなく、これから長期に渡って街を統治していく支配者であると誇示するためである。

 そんな凱旋(がいせん)をした蒼馬たちを待ち構えていたのは、酒や肉などの戦勝祝いを(たずさ)えた街の名士や顔役たちだった。

 それまでは()れ物に触れるような扱いだったと言うのに、へりくだった態度で満面に笑みを浮かべて戦勝祝いの言葉を述べる名士らに、命がけの戦いを制したばかりで、やや(すさ)んでいた蒼馬は「なんて調子が良い連中だ」と苦々しく思わずにはいられなかった。

 しかし、彼らの行動も致し方ないものだった。

 激しい戦の後では、興奮した兵士たちによる乱暴や略奪が起きるのが常である。それらから住民らを守るためにも、勝利した軍の将軍に進物を渡して庇護を求めるのは、ごく当たり前のことなのだ。

 あまり良い気はしなかったが、これから付き合っていく相手を無下にするわけにもいかない蒼馬は、いたずらに住民を傷つけはしないと改めて街の名士たちに確約を与えてから追い返したのだった。

 それから献上された肉や酒を前にし、これをどうしたものかと悩んでいたところに、どこからか嗅ぎつけて来たのか、ズーグとドヴァーリンがやって来た。

「酒をもらったそうじゃな!」と、ドヴァーリン。

「肉をもらったそうだな!」と、ズーグ。

 それから、ふたりは示し合わせたように口をそろえて言った。

「戦勝の宴を開くぞ!」

 そして、それを聞きつけたガラムやジャハーンギルも加わって、いそいそと戦勝の宴の準備を始めたのだった。いつもは角を突き合わせる我の強い面々が、こういう時だけは一致団結するのに、蒼馬は思わず苦笑してしまう。

「あまり羽目を外さない程度に、楽しんでくださいね」

 戦いに勝利したとは言え、少し前までは敵だった多数の捕虜たちが街の外にいるのだ。酒に酔い潰れたところを捕虜たちの逆襲を受けて負けてしまっては、笑い話にもならない。

 そう思って軽く釘を刺すつもりで言った蒼馬だったが、その途端、皆は一様におかしな表情を浮かべて顔を見合わせる。しばらく奇妙な沈黙が続いた後、皆を代表してシェムルが蒼馬に言った。

「何を他人事のように言っている。おまえも参加するのだぞ、ソーマ」

「いや、僕は遠慮するよ」

 しかし、蒼馬自身は、宴には参加する気はなかった。

 今回の戦いでは、敵であるホルメア国の兵士だけではなく、こちらにもそれ相応の被害が出ている。

 遠からず息を引き取る重傷者を含めれば、その被害は二百人足らずという話だった。そして、その大半が、自らの数倍にもなる重装槍歩兵大隊に突撃したゾアンたちだと言う。

 ところが、被害状況を確認したガラムらは、五倍以上の敵と戦ったにしては驚くほど死傷者が少ないと、むしろ喜んでいた。

 だが、それでも自分の采配(さいはい)で少なからず人が死んだことに負い目を感じていた蒼馬が、そう簡単に割り切れるものではなかったのである。

 そんな蒼馬を(いさ)めたのは、やはりシェムルであった。

「勝利を祝わなくては、戦士たちが何故死んだのか、分からなくなるではないか」

 なるほど、と蒼馬は思った。

 戦勝の宴とは、ただ戦の勝利を祝い、生き残った者たちを慰労するだけではなく、死んだ者たちへの(とむら)いでもあるのだ。

 そう理解した蒼馬は、それならば自分も宴に参加すると決めたのだが、初めてこの街を訪れたときに酒に酔って失態を演じたこともあり、静かに宴の端の方に加わるつもりでいた。

 だが、それは甘い考えであった。

 戦勝の宴ならば、当然、その戦いで大きな功績を上げた者が主役となる。

 たとえば、単身平原に現れるや否や、滅ぼされる寸前のゾアンの危難を救い、次いで三〇年来の悲願であった平原奪還を成し遂げさせ、さらには理不尽な暴力で奴隷に落とされた異種族たちを解放し、ついには自分らの兵数の数倍にもなる討伐軍を撃退するような空前絶後の功績を上げた者だ。

 宴の片隅で静かに戦死した人たちを弔おうとしていた蒼馬だが、宴が始まると、あっという間にみんなに囲まれ、そのまま宴の主役に担ぎ上げられてしまった。そして、間断なく酒を注がれると、Noとは言えない日本人である蒼馬は、ものすごい勢いで杯を重ねた結果、見事に酔い潰されてしまい現在に至ると言うわけである。

 しかし、二日酔いだからと言って、休んでいるわけにはいかない。

 捕虜の処遇も決めなくてはいけないし、ホルメア国への対策も考えなければならないし、これから街をどうやって統治していくか方針も定めなくてはいけない。やらなければいけないことは、山ほどあるのだ。

 心臓の鼓動に合わせて鈍痛が響く頭を抱えながら、山積している諸問題の中で、まず蒼馬が手を付けたのは、ボルニスの街の官吏たちを抱き込むことだった。

 街からの退去の自由を認めていた住民とは裏腹に、街を占拠したときに拘束していたホルメアの役人のうち、政務に(たずさ)わっていた官吏たちを自分の前に引き出し、蒼馬は次のように言い渡した。

「僕は、あなた方を首にするつもりはありません。できれば、これまで通りの職務を果たしてもらえればと思っています」

 これから街を統治するには、彼ら官吏の力が必要不可欠だと蒼馬は考えていたのである。

 現代日本では、ごく普通の高校生でしかなかった蒼馬は、当然ながら街を統治するような知識も経験もない。そんな蒼馬が頼れるのは(果たしてそれが頼りになるかは別問題として)、主人公が現代知識を用いて街や国を発展させる内政ものの漫画やライトノベルで覚えた知識しかなかった。

 しかし、そうした知識があったからと言って、簡単な話ではない。漫画や小説の中では、主人公が使った知識については書かれていたが、実際にそれを実行するにあたり、どうやって予算を組み、どのような資材や人材を手配したかまでは書かれていなかった。

 そのため、自分の知識を現状に合わせて調整し、それを実行できる能力を持った人を蒼馬は何としてでも仲間に加えなくてはいけないと考えていたのである。

 そして、その白羽の矢が突き立ったのが、これまで街を運営していた彼ら官吏たちだったのだ。

 ところが、蒼馬の言葉に、目の前で平伏している官吏たちのみならず、隣にいたシェムルまでギョッと身をこわばらせた。

「……な、何か変なこと言ったかな?」

 恐る恐るシェムルに尋ねると、彼女は少し躊躇(ためら)ってから答えた。

「その、なんだ。――さすがに降伏した奴の首を()ねると脅すのは、どうかと思うぞ」

 蒼馬は自分の失敗に気づいて、あっと声を上げた。

 官吏たちを罷免すると言う意味で「首にする」と言ったのだが、彼らはそれを自分に従わなければ「首だけの状態にしてやる」という意味で(とら)えていたのだ。もしかしたら、こちらの世界では罷免することを首にするとは言わないのでは、と気づいた蒼馬は慌てる。

「ち、違うんです! 首にするって言うのは、僕のいたところでは首切りって言って――いや、そうじゃなくて、仕事を辞めさせてやるっていう意味なんです!」

 もはや手遅れである。

 何しろ、蒼馬は二日酔いのせいで目が()わっていたのだが、そんなこととは知らない官吏たちには、(にら)みつけているようにしか見えなかった。そんな目つきの人に、「首にする」と言われれば、誤解するなと言うのも無理な話である。

 今さら蒼馬が必死に弁解しても、怯える官吏たちには、さんざん人を脅しておきながら最後に「今のは冗談だ。本気にするなよ」と言う悪人のやり口にしか思えなかったのだ。

 官吏たちは震え上がり、ひとり残らずその場で蒼馬への忠誠を誓ったのだった。

 その様子に、もはや何を言っても無駄だと諦めた蒼馬は、どうせなら怖がらせついでに懸念していたことに、ひとつ釘を刺しておこうと思いついた。

「僕は、横領や不正を許しません。もし、それらが見つかれば、厳正に処分します。これだけは、きつく言っておきますから」

 現代でも、発展途上国などにおいて当然のように役人たちへの賄賂(わいろ)が横行していると言う話は、よくニュースなどで目にしていた。こちらの世界に来てまで、すべて四角四面に行っていくつもりは蒼馬にもなかったが、賄賂の多寡(たか)で商人たちへ不当な圧力をかけたり商売の邪魔をされたりしてはたまらない。

 それに、自分がボルニスの街を落とすため、そうした賄賂による抜け道を利用した経緯もあり、蒼馬はあえて厳しい態度に出たのだ。

 もちろん官吏たちは、一も二もなく(うなず)くしかなかった。

 そうして臣従を誓った官吏たちが辞去した後、蒼馬の前にひょっこりと現れたのは平原の砦を指揮していたマルクロニス中隊長補佐である。

 ボルニスの統治者として動き出した蒼馬。

 そこで蒼馬は、ひとりの女性と巡り合う。

 それは、もっとも小さく、もっとも輝ける角。

 後に、破壊の御子ソーマ・キサキが、もっとも功績を上げた臣下の名を問われ、その名を真っ先に挙げた人物。

 破壊の御子の第一角と呼ばれ、三本角の筆頭とされる女傑(じょけつ)

 氷血の女長官ミシェナ・エルバジゾである。


(今度こそ!)第2話 第一角-邂逅


***************************************


おまけ――

シェムル「しかし、ソーマは今まで見たことも聞いたこともないことを次々とよく思いつくものだな」

蒼馬「そりゃ、僕は違う世界から来たから、当然だよ」

周囲の人「(破壊の御子、半端ねぇー! 俺たちとは世界が違うってよ)」

周囲の人「(おまえらごときとは、次元が違うのだってことか!)」


2014/6/15 誤字修正

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