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破壊の御子  作者: 無銘工房
胎動の章
79/537

序章-5 驚愕(後)

「ねえ! ナールさんは、持っていなかった?!」

 野営をしていた岩まで駆け戻って来るなりキサは、その場に居残っていた少女たちを捕まえて、そう尋ねた。激しく興奮しながら詰め寄るキサに、少女たちは小さく悲鳴を上げて後退(あとずさ)ると、互いをかばうようにして身構えた。

 しかし、少女たちが(おび)えているのにも気づかぬ様子で、キサは手振り身振りを交えて探しているものの形や大きさを説明する。

「ナールさんって、あの亡くなったドワーフだけど、腰にこれっくらいの小さな瓶! すっごく頑丈にできていて、絶対に失くさないようにしていたから、きっとあったはずなんだけど!」

 それに心当たりがあった少女のひとりニーナは、震える指先で焚き火の脇を指し示した。そこに目をやったキサは、すぐに目的のものを見つけて歓喜の声を上げる。

「あった!」

 それは、片手に乗るぐらいの大きさの陶器の小瓶であった。

 キサは拾い上げると、まず小瓶の口を固く縛っていた紐を(ほど)き、その下から現れた木栓を引き抜く。ポンッと小気味いい音とともに木栓が抜けると、小瓶の中から独特の臭気が漂ってくる。

「よし! よし! あと必要なのは、えっと……そうだ、箱っ!!」

 素早く周囲を見回してナールの背嚢(はいのう)を見つけたキサは、目の前に肉が置かれた飢えた虎のように飛びついた。最初は、背嚢の中に手を突っ込んでガサガサと中を漁っていたが、目当てのものが見当たらなかったのか、いきなり背嚢をひっくり返して中身のものを全部地面にぶちまける。

「あった、あったっ!!」

 地面に転がった道具類の中から、なめした革で作られた小脇に抱えられるぐらいの小さな箱をキサは引っ掴んだ。箱の蓋を開けると、まず背嚢と同じように中身のものを地面にぶちまけた。そして、空になった箱をためつすがめつ観察しながら、ブツブツと独り言を口にする。

「大きさは良さそう。それほど厚くないから加工もしやすいかな?」

 その姿に、少女たちは不気味な怪物でも目の前にしたように、さらに怯えてしまう。

 そこへエーリカが遅ればせながら戻って来た。

「おい、キサっ! みんなに何をした?!」

 キサに怯える少女を目にしたエーリカは、まなじりを吊り上げてキサに食って掛かる。しかし、手にした箱に目を落としたまま、キサはエーリカの糾弾をすげなく跳ね除けた。

「そんなことしている暇なんてないよ」

 気弱そうなキサならば、きっとおろおろと弁解するかと思っていただけに、エーリカは驚きのあまり言葉を失ってしまった。

「それより、みんなも手伝って欲しいんだけど」

 そう言ったキサだったが、驚きに固まっているエーリカばかりか、少女たちも怯えて声も出せない有様だった。それにキサは箱を観察するのをやめて顔を上げると、少女らへ向き直る。それだけでも、びくっと身体を震わせる少女たちに、キサは噛み砕くような口調で訴えかけた。

「僕を怖がってもいいから、話だけは聞いてくれ」

 少女たちは返事すらしないが、それでも逃げようとはせず、話だけは聞いてくれそうだった。それを確認したキサは、はっきりと告げる。

「エーリカは、君らを僕に預けて、ひとりだけ野盗たちのところに行くつもりだ」

 その言葉に、少女たちは激しい動揺を示し、真偽を確かめるようにエーリカに視線を向ける。

 もし、すでにエーリカの決断を聞かされていれば、少女たちはエーリカに対して反発したり、嘆き悲しんでいたりしていたはずだ。それがなかったのは、おそらくエーリカは少女らには黙っているのだろうというキサの予想が的中した。

 隠していた決断を暴露されたエーリカは、動揺からキサに怒声を浴びせる。

「キサ! 余計なことは言うなっ!」

「だけど、僕はそんなことは嫌だ」

 しかし、キサはエーリカの怒声を無視して、少女らに語りかける。

「街に行くなら、みんな連れて行く! 君たちだけじゃない。エーリカも、今は捕まっている人たちも一緒に、だ」

 その言葉に、少女らの顔から怯えが薄れ、代わりに困惑と期待が浮かび上がる。

「でも、それには君たちの協力が必要なんだ! だから、僕を手伝って欲しい!」

 それに、エーリカは焦った。

 キサが言うことは、理想である。しかし、それは決して手が届くことはない蜃気楼のような理想なのだ。エーリカとて最初から諦めていたわけではない。いくら考えに考え抜いても、あの野盗たちから姉たちを助け出す方法がなかった上での決断なのだ。

 それなのに、安易にみんなを助けると言い出したキサに、エーリカは怒りすら覚えた。

「黙れ! おまえは、この子たちを街へ連れて行く! それだけで良いんだ!」

 そんな怒りをあらわにするエーリカに対して、キサも真っ向から言い放った。

「なら、僕に三日くれ! どうせ野盗たちが寄越した猶予は、三日あるんでしょ?! その三日で、僕が本当に野盗たちを追い払えるか確かめてくれ!」

 しかし、エーリカは鼻で笑った。

「はっ! たった三日で何ができる?!」

「やってみなければ分からないじゃないか?!」

「勝手にやってろっ! あたしたちは協力なんてしないからな!」

 互いに一歩も譲らず、鼻先を突き合わせてふたりは睨み合う。

「ねえ……」

 そんなふたりの横合いから声をかけたのは、それまで黙ってふたりの言い争いを聞いていたエルフの少女のひとりだった。

「あたしたちは、何をすればいいの……?」

 少女の言葉に、キサの顔に喜色が浮かぶ。それとは逆に、エーリカは顔に焦りを浮かべて、少女を叱りつけた。

「ニーナ! 馬鹿なことを言うなっ!」

 ニーナと呼ばれた少女は、エーリカの叱責に身体を縮こまらせるが、その横にいた少女が代わって声を上げる。

「でも、エーリカ姉。あたしだって、みんなが助かる方が良い」

「パウラもっ!」

 ニーナだけではなくパウラまでキサの味方に回ったのに、エーリカは衝撃を受ける。

 しかし、三人目の少女イルザが他のふたりを押しのけて前に出て来ると、エーリカの顔にぱっと明るい表情が浮かぶ。目覚めたばかりのキサを殺そうと提案したイルザならば、他のふたりを(いさ)めてくれると期待したからだ。

「早く教えて。あたしたちは何をすれば良いの?」

 だが、イルザの口から飛び出したのは、エーリカの期待とは真逆(まぎゃく)の内容だった。

「イルザまでっ!!」

 少女たちの思わぬ反逆に、エーリカは涙目になりそうになる。

 そんなエーリカを尻目に、キサは少女たちに次々と指示を出して行く。

「じゃあ、君は葉っぱのついたままの枝を集めて来て欲しい」

 いったいどんな難題を頼まれるか不安だったニーナは拍子抜けしてしまい、きょとんとした顔になる。

「枝を?」

 そう言って小さく首を傾げて尋ねるニーナは外見相応に子供っぽく見える。それにキサは思わず笑みを洩らしながら答えた。

「そう。できるだけいっぱい葉っぱがついている細い枝が良い」

「うん。わかった!」

 そう言うなり駆け出したニーナをキサが見送っていると、今度はパウラが何を頼まれるのかと期待いっぱいに目を輝かせてこちらを見つめていた。

「君は、(つた)を集めて来て。集めてきたら、それを石で叩いて柔らかくして欲しい」

「蔦だね。いっぱい集めてくる!」

 パウラもまた、ぱたぱたと足音を立てて蔦を集めに走り去る。

 最後に残ったイルザは、まるでキサに挑みかかるように上目づかいに(にら)んでいた。怒っているように見えるが、さっきは協力してくれると言っていたので、キサは少女の顔色を(うかが)いながら恐る恐る言う。

「君は、毛皮を河で洗ってきて……もらってもよろしいでしょうか?」

 一言ごとにどんどんと目が険しくなっていくイルザに対して、キサの言葉は途中から声が尻つぼみに小さくなり、最後にはなぜか敬語になってしまう。何が彼女を怒らせているのかわからず不安だったキサだが、イルザは聞き終わるなり力強く(うなず)いて見せた。

「わかった! 毛皮を洗って来ればいいのね!」

 どうやら怒っていたのではなく、彼女なりに真剣に耳を傾けてくれていたようだ。

 キサはホッとするのと同時に、毛皮を引っ掴むなり走り出そうとしていたイルザを慌てて引き留める。

「ついでに僕を拾った河岸に、こういう絵を描いて来て欲しいんだけど」

 そう言ってキサが地面に描いた奇妙な絵を見つめながら、イルザは言う。

「何これ? お花? それとも四葉(よつば)?」

「見る人が見れば、僕からだってわかる(しるし)かな」

 イルザは自分の手の平の上で、その印を描く練習を何度かしてから、今度こそ毛皮を引っ掴んで河へ走って行く。

 イルザの後姿が茂みの向こうに消えるのを確認したキサは、エーリカに向けて「どうする?」と視線で問いかけた。

「もう、あたしも手伝えばいいんでしょ!」

 そう言いつつ、エーリカは地団太を踏んで悔しがる。

「でも、三日だ! 三日後までに、おまえが何をやろうとしているのか、あたしたちに見せろ! それで納得がいかなければ、あたしの言うことに従ってもらうからな!」

「うん。わかった」

 いきり立つエーリカとは裏腹に、キサはにこやかに応じる。

「それじゃあ、さっそくで悪いんだけど、この箱に穴を空けてもらえるかな?」


              ◆◇◆◇◆


 河へ毛皮を洗いに行っていたイルザが戻ると、すでに先に戻っていたニーナとパウラと一緒にエーリカは縄を作っていた。

 まず、パウラが持ってきた蔦を石で叩いて柔らかくする。そうして潰れて繊維がほどけた蔦を今度はニーナが縦に(ほそ)く割く。そして、エーリカは割いた蔦を何本かまとめて手に取って束ねると、その一方の(はし)を足で押さえてから両手をこすり合わせるようにして縄をなう。

「縄なんて、どうするの?」

 イルザが問いかけると、ニーナが集めてきた葉のついた枝をなっている縄に差し入れながらエーリカは露骨に眉をしかめた。

「あたしには、さっぱりだ。こんなのを何に使うんだか……」

 それでも根が真面目なエーリカは、休まず手を動かし続けている。

 イルザは、きょろきょろと辺りを見回したが、肝心なキサが見えない。

「で、あいつは?」

「向こうで箱をいじくっている」

 エーリカが(あご)をしゃくって示したのは、ちょうど岩の影になった暗がりであった。

 イルザは「箱?」とおうむ返しに尋ねながら、小首を(かし)げる。

「ああ。いきなり箱の横に丸い穴を空けろとか、そこにねじ込んだ革の筒の箱の内側に出ている部分は邪魔だから切り落とせとか。ったく、自分でやれって言うんだ」

 よほど、そのときのことが腹立たしかったのか、エーリカの口調に棘がある。

「そうしたら、あいつは何て言ったと思う? 『不器用だから』だってさ」

 確かにイルザから見ても、あのキサと言う人間は鈍臭く、とうてい器用そうには見えなかった。しかし、エーリカが言うにはそれだけではなさそうだ。

「信じられるか? ナイフで紐ひとつ切れないし、箱にも傷ひとつつけられないんだぞ。あれは不器用って問題じゃないぞ」

 まさか、とイルザは笑ったが、エーリカの顔は至極、真面目なものだった。

 ちょうどそこへ、岩の影の中からキサが難しい顔をしながら出て来る。エーリカの言うとおり、その手に革の箱を持っていた。

「キサ、洗ってきたよ!」

 まだ水が滴り落ちる毛皮をイルザが差し出すと、キサはパッと顔を輝かせて、持っていた箱をいったん地面に置いて毛皮を受け取る。

「ありがとう。助かったよ」

 キサは受け取った毛皮を地面の上に広げると、そこへ手でかき集めた泥をなすりつけ始めた。せっかく洗ったばかりの毛皮を泥で汚されたイルザは、その小さな拳でキサの後頭部を叩く。

「何するのよっ!」

 頬をパンパンに膨らませて怒りを表すイルザに、キサは慌てて弁解をする。

「もともと、こうするつもりなんだよ。脂があると泥水を弾いちゃうから、一度洗わないといけなくて……」

「それならそうと、早く言ってよね!」

 早合点したのが恥ずかしかったせいもあり、すねてしまったイルザに、キサはひたすらぺこぺこと頭を下げてご機嫌を取ろうとする。

 その姿を眺めていたエーリカは、ぽつりと言った。

「あたしたちは、あんな奴を頼って大丈夫なのか……?」

 それを聞いたニーナとパウラも苦笑いを返すしかなかった。


              ◆◇◆◇◆


 その翌日の昼下がり。

 泥で汚した毛皮を膝に乗せたまま舟を()いでいたキサの首が、不意にガクンッと落ちた。その衝撃で目が覚めたキサは、激しく目を(しばたた)かせると、居眠りなんかしていないと周囲にアピールするように、千枚通し(アイスピックのような道具)で毛皮にいくつも空けた穴に蔦で作った紐を通す作業の手を速める。

「ずいぶんと眠そうだな」

 しかし、一部始終を見ていたエーリカに皮肉られ、キサは頬を羞恥に赤く染めた。

「ちょっと寝不足気味でね」

 そう弁解するキサだったが、エーリカは「ちょっと」どころではないことに気づいていた。

 昨日、エーリカたちは日暮れとともに作業を中断したのだが、キサはやることがあると言って、離れた場所でひとり作業を続けていたのだ。しかも、まだ日が昇る前の早朝にエーリカが目を覚ましたときも、かすかな物音が聞こえて来たので、おそらくキサは一睡もせずに作業を続けていたのだろう。

「思ったよりうまくできなくてね……」

 あくび交じりにぼやいたキサだったが、すぐに自分の失言に気づいて弁解する。

「でも、あとちょっとだから、大丈夫!」

 エーリカは短く切り詰めた弩の矢を焚き火で焼け残った炭で黒く塗っていた手を休めると、キサに向かって挑発的な笑みを浮かべた。

「期待しないでおくよ」

 わざと怒らせて諦めさせようというエーリカの魂胆は見え透いていたが、それでもキサは寝不足から来る不機嫌もあってムッとした。

「大丈夫! 今夜中に、きちんと作るから!」

 しかし、そうは言ってみたものの、夜になってエーリカたちが眠った後もひとりで箱をいじくっていたキサだが、やはりうまくいかない。

「くそっ! ダメだ! やっぱり足りないのか……」

 すでに深夜をとっくに過ぎている。あと数時間もすれば東の空から日が昇り始めてしまう。

 だと言うのに、どうしてもうまくいかないのだ。

 やはり無理だったのかという想いが、ジワジワと沸いてくる。

「ダメだ、ダメだ、ダメだ! ここで弱気になっちゃ、ダメだ!」

 そんな弱気を振り払うようにキサは頭を激しく振ったが、つい力が入りすぎて頭がクラクラしてしまう。

「少し落ち着こう……」

 いったん小休止を入れて頭を冷やそうと考えたキサは、岩の影から出ると、エーリカたちが寝ている焚き火の方へと歩いて行った。

 そのときである。

 焚き火の灯を受けてキラリと光るものが、キサの視界の片隅に映った。

「あれは……?」

 キサは慌てて駆け寄ると、それはナールの墓の上に置かれた大兜であった。

 キサは大兜を手に取ると、ひっくり返して中を覗いた。内部はクッション代わりの布が詰められていたが、それを取り除くと金属板が顔を出す。手首まで伸ばした袖を布巾(ふきん)代わりにして磨くと、金属板は多少歪んではいるが顔が映るぐらいの光沢があった。

「これ、使えるんじゃないか?」

 キサは革の箱を兜の首の部分に突っ込んだ。すると、ちょうど兜は、箱がすっぽりと収まる大きさだった。

「多少、ぶかぶかだけど布を詰めれば固定できそうだ」

 キサは兜と箱をそれぞれ小脇に抱えると、エーリカたちが寝ている岩の根元へ駆けて行った。

「起きて、エーリカ! お願いがあるんだ!」

 焚き火の脇で毛皮を引っかぶって寝ていたエーリカの肩を激しく揺すりながら、キサは声をかける。

「いったい何だ? まだ日も昇っていないのに……」

 キサに叩き起こされたエーリカは、目許を手の甲で擦りながら、不機嫌そうな声で言う。近くで寝ていた少女たちも、何事かと起き出してくる。

「この箱のこっちの側面を切り取って欲しいんだ」

 寝ぼけ眼のエーリカに、キサは先に穴を空けたところとは反対の側面を指し示した。

「今度は箱を壊す気なの?」

 呆れるようなエーリカの言葉に、キサは躊躇(ちゅうちょ)した。一度切り取ってしまえば、失敗だったとしても元には戻せない。エーリカが言うように、結果として壊してしまうこともあり得るのだ。

 しかし、キサは自分の思いつきに賭けた。

「うん! やってくれ」

 あくびを噛み殺しながらエーリカがナイフで箱の側面を切り取ると、キサは「ありがとう!」と言い残して、箱を小脇に抱えて作業をしていた場所へ取って返す。

「頼む。うまくいってくれよ」

 兜の中に箱を押し込めると、隙間に布を詰め込んで動かないように固定する。可動式だった兜のバイザーが、蓋の役割をしてくれたのは、予想外の幸運だ。

 すべてを仕掛けてから、キサは兜のバイザーを祈るような気持ちで閉めた。

 そして、その成果を目にしたキサは、思わずその場に膝をつき、すべての道具の持ち主であった今は亡きドワーフへ感謝の言葉を捧げる。

「ありがとう! ナールさん」


              ◆◇◆◇◆


「みんな、ちょっと来て!」

 寝なおそうとしていたエーリカと少女たちが、ようやくウトウトとしかけた頃、再びキサの大きな声が響いた。

「今度は、いったい何なんだ?!」

 せっかくの眠りを二度にわたって妨害されたエーリカは、険悪な口調でキサを問い質す。しかし、キサは悪びれることなく興奮した口調で、一気にまくしたてた。

「できたんだよ! やっとできたんだ! すぐに見てよ!」

「……何が?」

「秘密兵器さ! 野盗たちを追い払う、秘密兵器! これを使えば野盗たちをびっくりさせて追い払えるっ!」

 まるで子供のように目を喜びに輝かせるキサに、これは何を言っても無駄だと思ったエーリカは、ひとつ大きなため息をつく。

 朝日が昇るどころか、いまだ東の空も白みすらしていない時分である。まだ、一番鶏(いちばんどり)すら寝ているだろうに、非常識だと怒鳴りつけてやりたかったが、キサが自分らのために頑張ってくれていたのを知っているため、そうもいかず、エーリカは妥協案を示す。

「朝になってからじゃ、ダメなの?」

「今じゃないとダメなんだよ!」

 即座に、キサは断言した。

 たった数日の付き合いだが、こうなったキサには何を言っても無駄だと思い知らされていたエーリカは、渋々と立ち上がる。そして、まだ寝ぼけ眼の少女たちを連れて、キサの後について行く。

 岩が壁のようにそそり立つ場所まで来ると、キサは小脇に抱えていた兜を足元に置いて何やら準備を始めた。

「それで、秘密兵器と言うのは、どこにあるんだ?」

 そこにあるのはキサが持ってきた箱が突っ込まれた兜だけで、武器らしきものは見当たらない。

「それは見てのお楽しみってね」

 そこで、キサは何かとんでもない悪戯を思いついた悪ガキの表情を浮かべた。

「そうだ! もう一工夫しておくか。――ねえ、ナイフ持ってる?」

「ああ。おまえに襲われた時のために、肌身離さずな」

 エーリカは挑発するように言うが、キサはあっけらかんと「襲うはずないよ」と答える。

「それより、僕の指先をナイフでちょこっと切ってもらえる?」

「指先と言わず、首でも切ろうか?」

 襲わないと断言されたのが、何故だか(しゃく)(さわ)ったエーリカが剣呑なことを言うのに、キサは「指先だけでいいから!」と冷や汗をかいた。

 エーリカのナイフで軽く傷つけた指先をしぼり、玉のように血をにじませたキサは、兜の中から何かを取り出して、ゴソゴソと細工を始める。しばらくして取り出したものを再び兜の中に戻すと、自分で納得するように何度か(うなず)いた。

 そんなキサに、エーリカは念を押す。

「おい! 約束を忘れるなよ、キサ。何をしようとしているのかは分からないけど、あたしたちを驚かせることができなかったら、あたしの言うとおりにするんだぞ」

 さらに、少女たちにも言っておく。

「おまえたちも、わざと驚いたりするなよ」

 姉たちを救出したいあまり、驚いたふりをしてキサに協力しようとしかねない少女たちに釘を刺す。

 そして、エーリカ自身は自分に対して、決して驚いてやるものかと気合を入れた。

「それじゃあ、ちょっと火を消すね」

 そう言うとキサは松明代わりに持って来ていた火のついた木の棒を大きく振るって、その火を消した。すると、周囲を照らすのは、かすかな月明かりのみとなる。

「おい、キサ! 何を見せるかしらないが、これじゃあ暗くて良く見えない……」

 キサに文句をつけていたエーリカの言葉が、途中でピタリと止まる。

 そして、次の瞬間、絹を引き裂くような少女たちの悲鳴が響き渡った。

「風の神様! 風の神様! お助けください! お助けください!」

 顔を蒼白にしたエーリカたちが口々に風の神へ謝罪や祈りを捧げながら、それこそ転がるようにして岩の影から飛び出してきた。

 あまりに慌てていたため、そのうちひとりが足をもつれさせると、それに巻き込まれる形で四人全員が転倒してしまう。四人は転んだときに身体を打ち付けてしまい、しばらく痛みに(うめ)いていたが、自分たちを追って誰かがやって来る足音に跳び上がる。そして、皆で身体を寄せ集めると、ガタガタと震え出した。

「どう? びっくりした?」

 それは、エーリカたちを追いかけてきたキサだった。

 しかし、キサだと分かってもエーリカたちの恐怖と混乱は収まらない。

「お、お、お、おまえは神の使いなのか? それとも魔法使いなのかっ?!」

 エーリカの言葉に、キサは「とんでもない」と苦笑して首を横に振った。

「僕は、多少おかしなことを知っているだけの、ただの弱い人間さ」

ここまで書いたら、キサが何を作り、エーリカたちは何に驚いたかは分かったという人。それはきっと (; ゜Д゜)キノセイデス


つい本編そっちのけになってしまったので、次その次あたりで序章を終わらせる予定。もうしばらくお付き合いください。

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