序章-4 驚愕(前)
「み、みんなって?」
半ば茫然と聞き返すエーリカに、キサはきっぱりと断言した。
「もちろん、捕まっている君の姉さんたちもだ!」
「でも、どうやって?」
今度は淡い期待を込めて聞き返す。エーリカとて、好き好んで野盗たちに身を投げ出そうと言うわけではない。叶うことならば、捕まっている姉たちも含め、皆でボルニスの街に行きたいのが本心だ。
しかし、キサの返答はエーリカの期待していたものではなかった。
「それは今から考える!」
「はぁ?」
いっそ清々(すがすが)しいと思うぐらい無責任な物言いに、さすがにエーリカも呆れ返り、つい気の抜けた声を洩らしてしまった。
だが、キサはそんなエーリカを気にも留めずに、自分に問いかけ始める。
「さあ、どうやって、捕まっているエルフの女の人たちを助ける?」
一番簡単なのは、遭難した自分を捜索に来るであろう人たちに協力してもらうことだ。みんなの協力が得られれば、いかに凶悪な野盗たちだろうと、物の数ではない。
だが、問題はみんながいつ来るかだ。
遭難する直前まで同行していた者たちから、自分の遭難の報せがボルニスの街に届くには、早馬を使ったとしても一両日はかかるだろう。おそらくは今夜か明日ぐらいに自分が遭難したことが伝わり、それからようやく大騒ぎになるはずだ。
そこまで考えたとき、その大騒ぎの中心にいるに違いない人の顔を思い浮かべ、キサの背筋に冷や汗が流れた。
「……やばい。黙って抜け出して来たから、怒られる」
全身の毛を逆立てて怒り狂う彼女の姿を想像したキサの顔から、音を立てて血の気が引く。そうなった彼女をどうやってなだめれば良いのかを考えると、キサは野盗たちと戦うよりも絶望的な気分になった。
しかし、すぐに頭を左右に振って、今は野盗たちからエルフの女性たちをどうやって救出するかに意識を集中させる。
とにかく、自分が遭難したと伝われば、みんなはすぐに捜索隊を出してくれるはずだ。少なくとも自分が良く知る彼女ならば、自分を助けるためか締め上げるためかはともかく、取るものも取りあえず飛んでくるに違いない。
だが、どんなに急いで駆け付けたとしても、街からはさらに一両日はかかってしまう。つまり、捜索隊がこの辺りにやって来るには、今日から三日後か四日後になる計算だ。それでは野盗たちが告げた期日に間に合うかどうか怪しい。
「それに、みんなとどうやって連絡を取るかも問題だな」
ホルメア国の勢力圏と河を挟んで接するこの地域で、派手に部隊を動かせば、無用にホルメア国を刺激してしまう。そのため、どうしても捜索隊は小規模にせざるを得ない。それでは、河に流された自分を探すのに広範囲を捜索しなければならない現状では、いかに皆が精鋭揃いとは言え、そう易々(やすやす)と巡り合えはしないだろう。
それでも時間をかければ連絡の取りようもあるのだが、その肝心な時間の余裕がない。
おそらく野盗たちがエーリカたちに三日という期限を付けたのも、どこかに助けを求めに行くのを防ぐためだろう。
キサは、自分の衣服の襟に手を触れた。すると、襟の中に硬貨ほどの大きさの固い感触がいくつも感じられる。
それは、緊急時のために衣服の襟に縫い込んでおいた狼煙の丸薬だ。これを火に投じれば、色のついた煙が上げられるようになっている。
この近くまで捜索隊が来た頃を見計らって狼煙を上げれば、すぐに駆けつけてくれるはずだ。
しかし、それと同時に野盗たちにも、狼煙は見つかってしまうだろう。
それが、逃げたエルフが上げた狼煙とは思わなくても、誰かが何者かと連絡を取ろうとしているぐらいは察するはずだ。
野盗たちは、これまで何度も捕縛の手から逃れてきた用心深い連中である。エルフの子供たちを捕まえるのに固執して危険を冒すような真似はせず、エルフの女性たちだけを連れて逃げる可能性が高い。
もし、そうならなかったとしても、自分を探しているであろう人たちは、こちらからも見つけやすいように、わざと目立つようにやってくるはずだ。そんな武装した目立つ集団がやってくれば、野盗たちは一も二もなく逃げ出すに決まっている。それで河を越えられてしまったなら、もはや手の出しようがない。
やはり今いる自分たちだけでやらなければならないと、キサは決意した。
「考えろ、考えろ! まず、僕たちの戦力は?!」
いきなり叫んだキサに、エーリカは目を見張って驚いた。しかし、そんな彼女には目もくれず、キサは自分の考えに没頭する。
「僕たちの武器は、弩がひとつだけ!」
たったひとつの弩だけで、どうやって戦う?
キサは自問自答する。
「狙撃は、どうだ?」
敵に姿が見えない場所から弩で狙撃する。
幸いなことに、ドワーフお手製の弩は精度と威力ともに申し分ない。しかも、それを使うのは少女とは言え、弓の名人として知られるエルフだ。武器と使用者ともに、達成できるだけの力は十分ある。
だが、すぐにそれを否定した。
「いや、そう簡単なものじゃない」
仲間が射殺されたと知れば、野盗たちは逃げたエルフが仲間を奪い返しに来たと、すぐに気づく。それで、囚われている女性たちを盾にされ、出てこいと脅されれば、エーリカは野盗たちに従うしかないだろう。
そうならないためには、人質となっているエルフたちの身を先に確保するか、こちらの襲撃に気づかれないうちにすべての野盗を倒すしかない。
「人質を助けられないで困っているんだから、その安全を確保ってのは最初から無理だし、あれだけの人数の野盗を気づかれないうちにすべて無力化なんて、もっと無理だ」
キサは、ガシガシと自分の頭をかきむしる。
「どうせ気づかれるなら、いっそのこと逆に驚かせてみる? それで混乱させれば、こっちの襲撃も誤魔化せるし、うまくすれば戦わずにすむかも?」
キサは再び狼煙の丸薬に触れた。
これを火に投げ入れれば、大量の赤い煙が出るようになっている。それで、野盗たちを驚かせられないだろうか?
しかし、それもすぐに否定する。
「ダメだ。その程度じゃ、驚いてもパニックにはならない。せいぜい不気味に思うぐらいだ」
せっかく手に入れたエルフという宝物を投げ捨ててまで逃げ出すくらい驚かせるには、もっと野盗たちの度肝を抜くようなものでなければならない。
荒くれ者ばかりの野盗たちですら、恐怖するようなものだ。
しかし、そんなものがあるのか?
くじけそうになる心を奮い立たせるように、キサは自分に言い聞かせる。
「考えろ、考えろ! 何かないか? 野盗たちを驚かせるようなものは?!」
だが、いくら頭をひねっても、そんなものは思い浮かばない。そのうち知恵熱で脳みそが茹で上がりそうになり、頭がぐらぐらしてきた。
そんなキサの姿に、エーリカは小さく苦笑を浮かべる。自分らのために必死に考えてくれているのは嬉しいが、現状はそんなに甘くないことは彼女も良くわかっていた。
「そんなに悩まなくていい。もう、神でも現れない限り、どうにもならないことぐらいは、あたしも良くわかっています」
それは苦悩するキサを見るに見かねて言った言葉である。
しかし、助けようとしていたエーリカ本人から諦めようと諭されるとは思っていなかったのか、キサは茫然自失としてしまう。
そのままピクリとも動かなくなってしまったキサに、エーリカがしだいに心配になってきた頃、ようやくキサの唇が動き、ぽつりと言葉を洩らした。
「……神でも現れない限り?」
エーリカは、そんなに変なことを言ったかと首を傾げながら答える。
「あ、ああ。それぐらい絶望的な状況ってことだけど……」
よく使われる言い回しのはずだが、キサの住んでいるところでは、そうは言わないのかとエーリカは不思議に思った。
しかし、そのエーリカの言葉を聞いているのかいないのか、キサは独り言のように呟いた。
「そう言えば、エルフの崇める風の神様って、大きな樹だっけ?」
七柱神がどのような姿をしているかなど、子供でも知っていそうなことをわざわざ訊いて来るのに、エーリカは眉根を寄せる。
「樹に似ているんじゃない。樹の方が、風の神の形にならっているだけだ」
どちらが似ているかなど大した問題ではないように思えるが、やはり自分らが崇める神のことになると、そこは譲れないものだ。
「神が助けに現れる……神が現れる……」
しばらく同じことを繰り返し口の中で呟いていたキサだったが、視点が定まらず虚ろだったその目に、不意に強い意志の輝きが灯る。
「そうだ!」
キサはひとつ声を上げるなり、自分の持ち物を改めて確認し始めた。
彼の手許にあるものは、ひとつひとつはまったく無関係のものである。しかし、それらがキサの脳裏でジグソーパズルのようにして、ひとつの絵を形作ろうとしていた。
「これ、できるんじゃないかな……? これと、これ……。ああ、でもダメだ。あれが……いや、待てよ。そう言えばナールさんが……」
次々と欠けていたピースが埋められて行き、ついに一枚の絵となる。
「で、できるかな? できるはずだ! いや! きっと、できる!」
まるで自分に言い聞かせるように言い放ったキサは、その場で踵を返すと、いきなり走り出した。
「急いで、戻ろう! 確認しなきゃいけないことがある!」
転がるようにして山の斜面を走り出したキサに圧倒されていたエーリカだったが、はっと我に返ると慌ててキサを呼び止めた。
「おい、馬鹿! そっちじゃない! 方向が違う!」
レビューもいただいたので、生存報告もかねて前半部分のみですが更新。
後半部分は、もうしばらくお待ちください。
あと、キサが作ろうとしているものがわかったと言う方。
たぶん、それは
(; ゜Д゜)キノセイデス




