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破壊の御子  作者: 無銘工房
燎原の章
73/537

第72話 決戦12-伝説の始まり(後)

 ボルニス近郊にて、ダリウス将軍が破れる。

 その報せは、驚愕をともなって風の速さで広まって行った。


 それは、ホルメアの首都ホルメニアの近郊にある貧民街に――。


 王都の中心を抜けて流れ出た河が大きく蛇行するそこは、常にじめじめとした湿気に覆われた土地だ。そこは、昔から河が増水するたびに氾濫(はんらん)した水が流れ込むため、誰からも見向きもされなかった土地である。

 そんな土地に、その小さな貧民街はあった。

 土地を失った農民。街を追放された犯罪者。何らかの理由で住んでいた場所から逃げてきた流民。その街に住む人の顔ぶれは様々だ。

 そして、そんな住民の無秩序ぶりを示すかのように、その街並みも混沌としている。

 ありあわせの建材をつぎはぎして建てられたあばら家は、大きさ、色合い、形のどれをとってもひとつとして同じものはない。家々の間を縫うような細い道は複雑に入り組み、さながら迷路のようである。

 そんな貧民街の中心付近にある、古びた草庵(そうあん)のような建物の中から、笑い声が響いていた。

「あーっはっはっはっはっ! これは驚いた。うん、本当にびっくりした!」

 半ば傾きかけた外観とは裏腹に、草庵の内部はしっかりとした建て付けで、そこにある調度品も質素だが実用的なものばかりが過不足なく取り揃えられていた。

 その中でも特に目を引くのは、壁一面に取り付けられた書棚だ。様々な言語で書かれた書簡、木簡、巻物などが整然と並べられている。

 そんな草庵の中で、ひとりの青年が文字通り笑い転げていた。

「本当に、勝ってしまった! あのダリウスに、本当に勝ってしまったよ!」

 床板の上に広げられたダリウス敗北の詳細な報が書かれた手紙を前にし、青年は失った両腕の代わりに足の裏をパンパンと叩き合わせる。

「ねえ! びっくりしたね、ダミア」

 そう声をかけられたのは、燃えるような赤い髪をひと房にして背中に流した長身の女性である。ダミアは顔をわずかにしかめて主人に尋ねた。

「トゥトゥ様。ここまでダリウス将軍に取り入ったのに、これでは水の泡では?」

「ああ。そう、だろうねぇ」

 様々な小細工まで(ろう)して近づき、それからも自分らの力を売り込むために、表立っては口にできない仕事を(おお)せつかってきたのだ。その苦労は並大抵のものではない。しかし、それもこれもダリウスの失脚によって、すべてが水の泡である。

「ダリウスが失脚したことは痛い。まさに、痛恨の極みだね」

 だが、その割にはトゥトゥの表情は明るかった。

「でも、私はダリウスより、こいつの方が気になって仕方ないよ。ああ、どんな奴なのかね? こいつの頭の中は、どうなっているんだろう? うん。わくわくするよ。とてもとても、わくわくするよ!」

 自分の主人の狂態に、ほとほと呆れたようにダミアはため息をつく。

「面白がるのは結構ですが、いかがされるおつもりですか?」

 そのダミアの質問に、トゥトゥの笑いがピタリと止まる。

 そして、その糸のように細い目をまるで獲物を狙う猛禽のように鋭く輝かせて言った。

「こいつのすべてを洗え。名前、顔、身長、体格、趣味、嗜好、生まれ、経歴、言動。――それだけじゃない。その日に何を食ったのか。何杯の酒を飲むのか。どんな女を抱いたのか。いつクソをひり出したのか。全部だ。全部調べろ」

「それだけで、よろしいのでしょうか?」

 ダミアは言外に、それ以上のこともできるのにと進言する。しかし、トゥトゥは首を横に振った。

「まだ、早い。だが、いつでも動かせるように手配しておけ」

 その後、さらに細かな指示を受けたダミアはトゥトゥに一礼をしてから、指示を実行するための手配をしに草庵から出て行った。

 ひとり残されたトゥトゥは、床に広げてあった手紙の上に身を乗り出して食い入るように、その文面を見つめる。

 そこに書かれていたのは、生還した兵士の口からホルメア国に広まりつつある反徒を率いていた者の呼び名である。

「……『破壊の御子』。君はいったい何者なんだい?」

 そのトゥトゥの問いに答えられる者は、まだいない。


                 ◆◇◆◇◆


 そして、ホルメア国とロマニア国を隔てる河の手前にある国境の街にも――。


 激しく土煙を上げて、騎竜に乗った兵士が街を駆け抜けて行った。

「何だか、ずいぶんと騒々しいな」

 通りの屋台で、干した山葡萄を買い求めていた行商人のホプキンスは、肩に降りかかった砂塵を手で払いながらぼやいた。

「無理もねぇや。兵隊さんたちも、びっくり仰天ってもんだからね」

 何か知っていそうな口振りの屋台の主人に、ホプキンスは干した山葡萄を詰めた袋を受け取りながら尋ねた。

「何かあったのかい?」

「ここだけの話だけどね。うちのお得意の兵隊さんが言うには――」

 そう前置きし、周囲を気にする素振りをしてから声を潜めて言った。

「何と、あのダリウス将軍様がボルニスって街の近くで負けちまったって言うんだから、俺らも聞いてびっくりさ!」

「あの、ダリウス将軍様がか? 本当かい?」

 ホプキンスもにわかに信じられなかった。

「本当も、本当さ。2日前に、それを伝えた早馬が来てからと言うもの、毎日のように、ああして早馬がやって来ているんだよ」

 それ以外にも、ボルニスとか言う街が奴隷たちに占拠されたとか、その奴隷を率いていたのは、恐ろしい死と破壊の女神の御子だとか、ダリウスが失脚したとか。

 よほど言いたくてたまらなかったのか、屋台の主人はこちらが聞くまでもなく、べらべらと様々な話を教えてくれた。

 その礼に、干した山葡萄の代金に数枚の銅貨を上乗せして払ったホプキンスは、妻子を待たせてある幌馬車へ足を向けた。幌馬車に戻ったホプキンスが幌のかかった荷台へ声をかけると、中から妻が不安に曇らせた顔を覗かせる。妻は周囲を(うかが)いながら、ホプキンスに尋ねた。

「ねえ、あなた。さっきから兵隊さんが慌てているみたいだけど、まさか……」

 続きの言葉は口にはしなかったが、ホプキンスも妻の言いたいことはわかっていた。

 ゾアンたちに協力したことが露見して、自分らを捕えようと兵隊が追ってきたのではないかと(おび)えているのだ。

 ホプキンスは、ことさら明るい表情を作り、妻を安心させる。

「そうじゃないみたいだぞ。どうやら、ボルニスの人たちがダリウス将軍様に勝ってしまったみたいだ」

「あの、ダリウス将軍様にですか?」

「ああ。それで、兵隊さんたちは大慌てになっているみたいだよ」

 ホプキンスは、よいしょと声をかけながら御者台に上がった。

「あなた、どうするの? 戻る?」

「いや。予定通り、ロマニアに向かおう。まだ大丈夫だと思うけど、いつばれるかわからないからね。――それに、あの子に頼まれたこともある」

 ホプキンスの答えに、小さくため息をついた妻の脇から、幼い男の子がひょっこりと顔を出した。

「ねえ、ねえ。シャハタのおじさん、大丈夫なの?」

 人質となっている間の世話をしてくれたゾアンになついていた息子が、舌足らずな口調で尋ねて来た。それにホプキンスは干した山葡萄の袋を渡すと、その頭を()でる。

「ああ。きっと大丈夫だよ」

 その答えに、ニパァと笑みを浮かべる息子の頭をもう一度撫でた。

 それからホプキンスは荷竜の尻に一鞭くれると、幌馬車をゆっくりと走らせる。

 ガタゴトと揺れる幌馬車の御者台に座ったままホプキンスは、先程屋台の主人から聞いた話を思い出していた。

「『破壊の御子』ねぇ……。とても、そんな怖そうな子供には見えなかったんだがな」


                 ◆◇◆◇◆


 そして、隣国の王宮にも――。


 冬だと言うのに一面の花が咲き乱れる王宮の庭園。

 そこはロマニア国王が愛する姫のために、季節ごとに花を植え替え、1年を通して花が咲き乱れるようにした花園である。

 その中で無邪気な笑みを浮かべて花と(たわむ)れる幼い姫の姿に、目を笑みに細めて眺めていた老王のもとに、廷臣がやってきた。

「陛下。至急、お伝えしたきことが……」

「無粋な奴め。わしと姫の憩いのひと時を邪魔するほどのことなのか」

 その廷臣は、老王の耳に口を寄せる。

「ホルメアで亜人類の奴隷たちが反乱だと? しかも、その鎮圧に向かった、あのダリウス将軍が破れたと言うのか?!」

「御意。あのダリウスを打ち破ったのは、『破壊の御子』と名乗る輩だそうでございます」

「ふむ。――すぐに皆を集めよ」

 そう言いながら花園から立ち去る父親の姿を見送っていた小さな姫は、なぜだか気にかかる今耳にしたばかりの言葉を呟いた。

「……『破壊の御子』?」


                 ◆◇◆◇◆


 それは陰謀渦巻く小国の王宮に――。


 開け放たれた窓からは、明るい陽射しが射し込んでいると言うのに、なぜか薄暗い雰囲気を漂わせる部屋に、その青年はいた。

 その青年が一心不乱に向き合っているのは、壁にかけられた木の板である。木の板には、まだ塗られて間もない漆喰(しっくい)が、生乾きの状態になっていた。青年はその漆喰に、絵筆や自分の指まで使って何色もの顔料を乗せ、見事な風景画を描いている。

「陛下……」

 部屋の片隅の暗がりに、いつの間にか人影が膝をついて頭を垂れていた。

「ホルメアにいる『根』より、緊急の報告が上がってまいりました」

「いかがした? 申せ」

 陛下と呼ばれた青年は、その間も手を休めずに動かす。

「ホルメア西部の街ボルニスでゾアンと奴隷どもが蜂起。これを討伐に向かいましたダリウス将軍が率いる討伐軍7千が――」

 青年は水に溶かした赤い顔料を小指につけると、それを漆喰の上に乗せようとする。

「――『破壊の御子』を名乗る輩を相手に、兵の半数以上を失うと言う大敗を喫しました」

 小指が震え、顔料が雫となって漆喰に散った。

 しばらく青年は漆喰の上に散った赤い雫を見つめていたが、ひとつ舌打ちを洩らすと、漆喰を塗った板を床に放り投げる。大きな音を上げて床に叩きつけられた板から乾きかけていた漆喰が粉々に砕けて床に散らばった。

「あのダリウスが破れるとは、な……」

 青年は椅子から立ち上がると、近くの机の上にあった布で指についた顔料を(ぬぐ)う。

「狭量なワリウスのことだ。ダリウスを失脚させたか?」

「ご明察にございます。ワリウス王の勘気に触れたダリウスは、将軍位と朝議に参内する権利を剥奪されました」

 青年は手で口許を覆って笑いを噛みこらえる。指についていた顔料が頬を汚すが、青年は気にも留めない。

「愚かな、ワリウスめ。ダリウスは、ホルメアを描く上では、欠かせぬ色。下塗りともなる大きな色を取り除いて、美しい絵画が描けるはずがないではないか」

 青年は絵の具にまみれた手のまま、ぞんざいに数通の手紙をしたためた。燭台の蝋燭を手に取り、熱い蝋を垂らすと、そこに指輪の印章を押しつけ封をする。

「これをホルメアとロマニアに張った『根』たちに届けよ」

 青年が手紙を床に放り投げると、まるで蟲のように床を這いつくばって部屋の暗がりから人影が姿を現した。そして、人影は床に落ちた手紙を拾い上げると、それを(うやうや)しく(ささ)げ持ってから、再び部屋の暗がりの中に消えて行く。

 それを見届けた青年は、ひとりごちた。

「『破壊の御子』か。――はてさて、いかなる(ひと)か……」


                 ◆◇◆◇◆


 それは海原にも――。


 海洋交易国家ジェボアの南にある、ベネス内海に浮かぶ大きな島。

 大小さまざまな岩礁(がんしょう)が帯のようにして取り囲むその島は、船が容易に近寄れない難所として知られている。

 その島を取り囲む岩礁のひとつに、ひとりの娘の姿があった。

 いまだ冷たい北風が吹き荒れ、水は突き刺すように冷たい季節だと言うのに、娘は貝殻を魚の鱗のように縫い付けた幅広の革帯で胸を覆っているだけで防寒着ひとつ身に着けていない。しかも、波をかぶる岩礁に下ろした腰から先は、今も海面の下にあるのだ。

 後頭部でひとつに結わえられた銀髪の先からは、海水が滴り落ち、今まさに海から上がってきたばかりという風情であったが、それでも娘は寒がる素振りすら見せず、ひたと遠い陸地の方を見つめていた。

 不意に、その娘は岩礁の上に横たえていた三又鉾(トライデント)に手をかける。

「……姉さん。こちらにいらしたのですね。探しましたよ」

 そう言って波間から頭を覗かせたのは、娘をやや幼くした印象の少女である。姉と呼ばれた娘は三又鉾から手を退()けると、その少女に問いかけた。

「どうかしたのか?」

「陛下がお呼びです。なんでも陸で、異種族の奴隷たちが人間に反旗を(ひるがえ)したとか」

 娘はわずかに目を見張ったが、すぐに納得したように小さく吐息をついた。

「ついに起きたか……」

 それは以前から娘が予見していたことだ。

 陸地で起きている人間による他種族への迫害と、その執拗さは、娘の耳にわずかに届く話だけでも眉をしかめるものだった。

 そんな非道に、他の種族がいつまでも我慢できるはずがない。いつか必ず人間に対していっせいに蜂起するときが来るだろうと、思っていた。

 しかし、続けて聞かされた妹の言葉に、娘は驚かされる。

「でも、その反乱を率いたのは、人間だそうです」

「人間? 馬鹿な。人間が異種族たちを率いて戦ったと言うのか?」

 信じられないと言うように首を小さく横に振る娘に、妹は続けて言う。

「はい。なんでも恐ろしい力を持つ、『破壊の御子』を名乗る人間だそうです」

「『破壊の御子』だと……?」

 どきりと、心臓が大きく鼓動を刻んだ。

 初めて聞いた言葉なのに、なぜか激しく胸が騒ぐ。

 いきなり黙り込んでしまった娘に、妹が不思議そうな顔をする。

「……姉さん? どうかされました?」

「――! いや、なんでもない」

 取り(つくろ)うように早口で答えた娘は、小さく頭を振って雑念を払うと、三又鉾を手にした。

「とにかく、女王陛下の許に行こう」

 そう言うなり、娘は岩礁から滑り降りるようにして海へと潜った。妹もその後に続くように、頭を海に沈める。

 娘とその妹が潜った後、一瞬だけ波間から巨大な魚の尾鰭(おびれ)のようなものが見えたが、それもすぐに海面に沈んでしまった。


                 ◆◇◆◇◆


 それは熱砂の国に――。


 頭上から聞こえる話し声に、そいつは目を覚ました。

 そこは、ムッとする熱気と異臭が立ち込めるガレー船の漕ぎ場である。

 頭上を覆う甲板の隙間や節穴から太陽の光が帯のように幾筋も射し込む薄暗い漕ぎ場には、自分と同じ境遇の奴隷たちが鎖につながれたまま(かい)にもたれかかって、泥のように眠っていた。

 その巨体を縛りつけていた太い鎖をジャラジャラと鳴らし、そいつは話し声がする頭上へ目を向ける。すると、板の隙間から甲板で立ち話をしている水夫たちの姿が垣間(かいま)見られた。

「――でよ。ホルメアと――奴隷が反乱――だとさ」

「それが――で、そいつ――なんだとよ」

 途切れ途切れに聞こえる水夫たちの会話に、しばしそいつは耳を傾けた。

 どうやら、この次に向かう港がある地域で、人間の王国相手に異種族の奴隷が反乱を起こしたらしい。しかも、その反乱は成功して、街ひとつを制圧したと言う話だ。

 しかし、そいつはすぐに興味を失った。

 自分は、生まれながらの奴隷である。自分は奴隷以外の生き方を知らないし、奴隷以外のものになれるわけがない。自分には関係ない話だ、と。

 それは、(あきら)めではなかった。

 そいつにとっては、それはただの事実確認でしかなかったのである。

 今は少しでも身体を休めて、次の出航に備えなければならないと考えたそいつは、再び手垢で黒ずんだ(かい)に身体をもたれかからせた。

「――で、―御子――なんだとよ!」

 すぐに訪れた睡魔の誘いに身をゆだねながら、そいつは今しがた耳にした水夫たちの言葉を無意識に口にした。

「……『破壊の御子』」


                 ◆◇◆◇◆


 ついには、時をかけてはるか大陸の中央部にある帝国の地にも――。


「おい、聞いたか?! 西域で亜人類の反乱が起きたそうだ」

 部屋に入るなり、挨拶の言葉もなく、いきなりそうまくしたてた若い騎士に、同年代と思われる青年は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「君は、礼儀と言う言葉を知らないのか? (やぶ)から棒に、いったい何だ?」

 しかし、飛び込んできた若い騎士はそれに構わず、勝手に椅子に座り、卓の上に置かれていた小さな酒壺から断りも入れずに杯に酒を注ぐ。

 その傍若無人な振る舞いに、しかし青年は呆れたようにため息をつくだけだった。

「やはり俺が思ったとおりだ。いつかは起きるのではないかと確信していたんだ! そもそも聖教の神官たちが、国に口出しするのが間違いなんだよ!」

 一方的にまくしたてる若い騎士に、青年は(あきら)め顔になる。

「それで、いったい何をしようって話なんだ?」

 その言葉を待っていましたとばかりに顔を輝かせた若い騎士は、酒を飲み干した杯をどんっと卓に叩きつける。

「当然、俺たちの手で、この腐った帝国を立て直そうって話だ!」

 酔いではなく興奮に頬を赤くする若い騎士に、青年は「やれやれ」という風に肩をすくめて見せた。

「まったく。――そんなことが外に洩れれば、反逆罪で首が飛ぶぞ」

「もちろん、おまえだから言っているんだ」

 青年は「いつから私がおまえの仲間になったんだ?」と抗議するが、逆に若い騎士から「仲間だろ?」と聞き返される始末だった。

 毎度のことながら、こいつには何を言っても無駄だと悟った青年は、やむなく話を合わせてやることにする。

「我らが帝国については、さておこう。――君は、はるか彼方の西域で起きた奴隷の反乱の影響が、この帝国まで及ぶと思っているのか?」

「もちろんだとも!」青年の疑問に、若い騎士は断言する。「この反乱を起こした奴の影響は、きっと大陸中に広がる! とんでもない混乱が起きるに違いない!」

 そこまで言い切ってから、不意に若い騎士は首を傾げ始めた。

「あれ? えっと、なんだっけかな。この反乱を起こした奴。何て言ったっけ……」

 しばし宙に視線をさまよわせながら記憶を探っていた若い騎士は、ぱっと顔を輝かせる。

「そうだ! 『破壊の御子』だ!」


                 ◆◇◆◇◆


 こうして、ついに世界は「破壊の御子」を知った。

 しかし――。


 蒼馬とダリウスが雌雄を決したボルニス近郊の丘。

 宙天高く上った満月の白々とした光に照らされるその丘には、数えきれない土饅頭が整然と並び、それぞれに打ち捨てられていた剣や槍が突き立てられていた。

 それは墓である。

 ボルニス決戦で散った多くの兵士らが、そこで二度と覚めない眠りについているのだ。

 そうした死者たちをはばかるようにして、土饅頭が並ぶ丘は静寂に包まれていた。

 しかし、それは風の音ひとつ虫の鳴き声ひとつ聴こえない、異様な静寂である。本来ならば居てしかるべき鼠などの小さな墓荒らしも姿を見せず、まるで丘全体が何かを恐れているようだった。

 そんな静寂の中で、不意に土饅頭の上に青白い火がひとつ(とも)った。

 鬼火である。

 それを皮切りにして、あちらにも、こちらにも、鬼火が現れた。そして、まるでキャンドルナイトのようにして土饅頭の上で踊る鬼火に照らされ、白い人影が現れる。

「ああぁ! 私の可愛い、可愛い蒼馬!」

 それは、白いワンピースのような貫頭衣を身に着けた、ひとりの少女だ。

 その少女は大きく腕を広げ、鬼火の中をクルクルとクルクルと舞う。

「世界は、あなたを知ったわ! でも、これはまだ始まり。あなたの名前は、もっと広く知られる。恐怖とともに! 怒りとともに! 絶望とともに! 憎しみとともに!」

 少女が広げた腕に巻き取られるようにして、戦場に漂う青白い鬼火が吸い寄せられる。

 もし、このとき真上からこの場を見下ろせば、少女を中心とした青白い火の渦が見えただろう。無数の青白い火をまとい、少女は歌うように言葉をつむぐ。

「私のやさしい蒼馬。あなたは多くの人々を救うでしょう! 私の賢い蒼馬。あなたは多くの人々を豊かにするでしょう! でも、きっとあなたは裏切られる。この世界に裏切られる。そのとき、偽りの英雄という卵の殻が割れ、中から本当のあなたが解き放たれるわ!」

 少女の白い顔の中で、ばっくりと口が笑みに割れる。

「必ずや、あなたは伝説となる。誰も彼もが恐れる伝説の人となるわ!」

 少女は白い咽喉を反らし、ケタケタと笑い声を上げた。

「ああ! なんて、恐ろしいのかしら。なんて、おぞましいのかしら。私の可愛い蒼馬! 私の愛しい蒼馬! 私の恐ろしい蒼馬ぁ!!」


――しかし、その本当の恐ろしさを、世界はいまだ知らない。

「はいはい。ど~せ、無理と言ってもダメなんでしょ、ソーマ様。やりますよ、やればいいんでしょ」

 そうぼやく、そばかすを頬に散らす女性。


「坊主! おまえは面白いのぉ!」

 からからと笑う、白い髭の老人。


「あぁ~あ。おいしいものが食べたいなぁ……」

 パンをかじる、ふくよかな頬の少年。


 来るべきホルメア国との戦いに備え、ボルニスの街で力を蓄えようとする蒼馬。彼の知識がボルニスにもたらせるのは、発展か? それとも混迷なのか?

 そして、その中で蒼馬は、ふたつの角と1枚の舌を手に入れることになる。


 新年より、新章開幕(予定)!

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 約1年がかりで、ようやく「破壊の御子」第1章「燎原(りょうげん)の章」が終了しました。

 拙作に気長にお付き合いいただいた読者の方々には、深く感謝いたします。

 年末年始は多忙なため、本編は年明けを終えてから再開を予定です。年内には少し本編の手直しなどはしますが、本編の更新はこれが今年最後になります。

 新章では、予告にもあるように、破壊の御子の2角1舌が登場。また、現在の登場人物の中にいる第3の腕将も明らかにします。


 読者の方々には、これからも引き続きご愛顧くださいますようお願いいたします。


 では、皆さま良いお年をお迎えください。


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