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破壊の御子  作者: 無銘工房
燎原の章
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第49話 訓練

 ホルメア国王よりボルニスで起きた奴隷の反乱の鎮圧を拝命したダリウスは、下城したその足で郊外にある国軍の駐屯地に赴いた。

 これに驚いたのは駐屯地を任されていた将軍である。同格の将軍とは言っても、相手は退いたとはいえかつての大将軍だ。その経歴ばかりか、家柄と年齢においても足元にも及ばない相手である。跳び上がって驚いた彼は、せめて多少なりとも恰好をつけようと礼装用のマントをはおって迎えに飛び出したのだが、ダリウスは「邪魔をする」とだけ言うと、将軍たちを尻目にズカズカと駐屯地の中を歩き出した。

 その先にあるのが一般兵士たちの寝起きする兵舎だと気づいた将軍らは、慌てて引き留めようとするが、ダリウスは「口出し無用」の一言で将軍らを追い払う。

 ダリウスは兵舎の壊れかけの扉を手ずから開けて薄暗い屋内に入る。

「ボーグスはおるかっ!?」

 簡素な寝台が所狭しと並ぶ兵舎の中に、ダリウスの声が響き渡った。

 突然のダリウスの来訪に、ぎょっとする兵士たちの中から、無精髭を生やして胡麻塩頭を短く刈りこんだ中年の男が進み出る。ここが国軍の兵舎でなければ、どこぞの山賊の頭目にしか見えない粗野な風貌の男だ。

 彼は、かつてダリウスの下で一般兵士たちをまとめ上げていた古参の兵士である。

「こりゃ、大将軍閣下。こんな豚小屋に、一体何の御用で?」

 兵舎の中にいた兵士たちの反応は、二通りに分かれていた。自他ともにごみ溜めと認める自分らの兵舎に、まさか大貴族の将軍様が訪れるとは思いもしなかった比較的若い兵士たちは、驚きのまま固まっていた。しかし、かつてダリウスの指揮で戦った経験がある古参の兵たちは、「俺たちは豚かぁ!?」「豚小屋の方がマシだぜ」などと野次を飛ばしている。

「もう、わしは大将軍ではないぞ。――しかし、相変わらずで何よりだ」

「そりゃ失礼しました、将軍閣下。まあ、人間なんてものは、そうそう変わりはしませんって」

「それは、違いないな」

 懐かしそうに、ふっと表情を緩めたダリウスだったが、すぐにそれを厳しいものに一変させる。

「ボルニスの話は聞き及んでいるか?」

「それは、まあ……」

 それだけでダリウスの言いたいことを察したボーグスは、続けて言った。

「あっしらに何かさせようってんですかい?」

「これから討伐軍の編成を行うが、おまえには二個中隊ほど率いてもらいたい」

「あっしは構いませんが、また貴族のお坊ちゃん連中は良い顔しやせんよ」

 ダリウスの口ぶりからすると、何か特別な任務を行うための部隊を編成し、その隊長を自分にさせようとしているようだ。しかし、そうした特別な任務を遂行する部隊というのは、それだけ手柄を立てやすい。手柄を挙げたい貴族の将校たちにとっては、咽喉から手が出るほど欲しい役目だ。それを平民出の人間がかっさらえば、彼らは決して良い顔はしないだろう。

「かまわん。血筋だけで戦ができると勘違いしている子供のご機嫌を取る必要はない」

「はぁ……。ですが、その不満が向けられるのは、こっちなんですがねぇ」

「だから、おまえに頼むのだ。そうした世間知らずな馬鹿のあしらい方は心得ているだろう」

 ダリウスが将軍として華々しく活躍していた頃から、何かとこのボーグスを重用していた。それは大貴族のダリウスに対しても歯に衣着せぬ物言いをする胆力や部下の一般兵士に慕われている度量を買っただけではない。何よりも買っていたのは、ダリウスが重用するのをやっかんだ貴族出の上官たちからの嫌がらせをのらりくらりとかわす、そのしたたかさにある。

「まあ、そりゃそうですがね。――で、何でわざわざここまで足をお運びに? そんな話だけなら編成が整ってからでもいいでしょ?」

「それでは遅い。すぐにやってもらいたいのだよ」

 そう言うと、ダリウスは従者に持たせておいたホルメア西部の地図を広げ、詳しい任務の内容を語った。それにボーグスは、内容は理解できるが腑に落ちないと言った表情を作る。

「へぇ、なるほどね。しかし、ゾアンがそこまでやりますかね? そんな話は、とんと聞いたことがありやせんぜ」

「無駄足ならば、それでいい。それならば、ただひねりつぶすだけのことだ」

 ダリウスがそれを承知しているのならば、ボーグスに否やはない。首を突き出すように軽く頭を下げ、「わかりやした」と答える。

「率いる兵の人選は、おまえに任せる。兵装と兵糧は、軍務の者にわしから話を通しておく。好きなようにやれ」

「そりゃ、ありがてぇ」

 ボーグスは、自分らの会話に聞き耳を立てていた兵士たちに振り返ると、声を張り上げて言った。

「聞いたか、野郎ども! 老い先短い元大将軍閣下の最後の花道を勝利で飾って差し上げるぞ!」

 兵舎を震わせるような賛同の声が上がった。


                ◆◇◆◇◆


 ボルニスの東にある平地で、太鼓の音が響き渡る。

 それに合わせて、いくつもの怒号のような叫び声とともに、地響きのような足音が轟いた。その叫び声と足音を上げているのは、千人近い数のゾアンたちである。

 そして、ゾアンたちから少し離れたところで、ドワーフやディノサウリアンたちがその光景を眺めていた。

 そんな彼らに向けて、ガラムは得意の大声を張り上げる。

「良いか! 今のように、太鼓を激しく、どどどんっ、どどどんっと連続で叩くのが突撃の合図だ。次に、待機の太鼓を叩く!」

 ガラムの言葉を受けて、彼の後ろに付き従っていたシシュルが持つ太鼓が、どんっどどんっと鳴らされる。すると、駆けていたゾアンたちがいっせいにピタリと立ち止まった。

「これが、待機の合図だ。――では、皆も実際に参加してくれ!」

 ガラムの言葉に、ドワーフとディノサウリアンたちはぞろぞろと歩き出し、ゾアンたちの間に入っていく。全員がそろったのを確認してから、ガラムは大声で言う。

「では、始めるぞ!」

 それを受けて、シシュルは太鼓を叩き始める。

 彼らのやっているのは、号令を統一するための訓練であった。

 これまで蒼馬が従えていたのは、ゾアンのみであった。しかし、ボルニスを攻略し、解放した奴隷たちを自らの勢力に吸収した今、早急にその号令を統一する必要に迫られたのである。

 その号令に使う太鼓の拍子は、ゾアンのものをそのまま採用した。広い平原で生活していたゾアンたちは、太鼓を叩く拍子の組み合わせだけで驚くほど多様な情報を伝える技術を持っていたのだ。もちろん、そのすべてを全員がいきなり覚えられるわけではない。今は、突撃と待機の二つだけを徹底的に覚え込ませるにとどめていた。

「地味だが、何度も反復して身体に覚え込ませるしかない。そのうち、頭で理解するよりも先に太鼓の音を聞いただけで身体が動くようになる」

 近くに立つ蒼馬に、そう説明したガラムは手振りで指示を出す。すると、シシュルが待機を意味する拍子で太鼓を叩く。

 すると、ゾアンたちはすぐさまその場に立ち止まった。しかし、まだ太鼓の合図が理解できていないドワーフやディノサウリアンたちはゾアンの反応を見てから、ようやく自分らも立ち止まるため、どうしても何拍子か遅れてしまう。さらに、ガラムはまた同じ待機の太鼓の拍子を打たせると、今度はゾアンたちが一歩も動かない中で、ドワーフとディノサウリアンだけが太鼓の音に反射的に駆け出してしまい、慌てて立ち止まるといった光景がいたるところで見受けられた。

「まあ、始めたばかりだ。仕方あるまい」

 苦笑するガラムに蒼馬もまた苦笑で返した。

 そんな蒼馬の背中に、不躾な声が投げかけられる。

「おい、ガキ」

 それは蒼馬たちから少し離れた場所にある平たい岩の上で、腹這いになったディノサウリアンの戦士、ジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージだった。

「戦いは、まだか?」

 いかにも不機嫌そうな声で尋ねるジャハーンギルに、蒼馬は律儀に答える。

「はい。まだホルメアという国の出方を待っているところです」

「そうか……」

 ジャハーンギルは、もう興味がないと言うように、その牙の生えた大きな口を開いてあくびを洩らす。しかし、しばらくするとまた蒼馬をガキ呼ばわりして声をかける。

 もともと自分のことをガキだと思っている蒼馬は気にもしていない。だが、彼の護衛として付き従っていたシャハタからは、蒼馬がガキ呼ばわりされるたびに殺意にも似た険悪な気配が漂っていた。苦笑いを見せてシャハタをなだめながら、蒼馬は律儀に答える。

「何でしょうか?」

 自分から呼びかけておきながら、ジャハーンギルは言葉を探すように少しの間沈黙してから、唐突に言った。

(われ)は、強いぞ」

「……そうですか。僕もそう聞いてます」

 実際、ガラムとズーグからは、このディノサウリアンの戦士には気をつけろと注意を受けていた。蒼馬がゾアン最強の戦士と信じるふたりが口をそろえて、「俺たちふたりがそろっていない時は、あいつには決して近寄るな」と言うぐらいなのだから、よっぽどのものなのだろう。

「そうだ。我は強いぞ」

 蒼馬の答えに気をよくしたのか、ジャハーンギルは鼻の穴を大きく開いて鼻息を荒げた。

「まったく、あ奴は何なのだ……」

 そんな蒼馬とジャハーンギルのやり取りを背中で聞いていたガラムは、ふたりに聞こえないように声を潜めて言った。言外に、そんなに暇をしているのならば、他の者と一緒に訓練に加われという怒りが感じられる。

 それにズーグは呆れたような苦笑いを顔に浮かべて言った。

「ソーマ殿をある程度は認めたようだが、先のこともあって素直に従えんのだろう。だが、やる気はあるみたいだぞ」

「……どういうことだ?」

「あいつの尻尾を見ていろ」

 シシュルが、突撃の太鼓を叩く。

 尻尾の先が、激しく前後に振られる。

 シシュルが、待機の太鼓を叩く。

 激しかった尻尾の動きがピタリと止まる。それから、ゆらゆらと揺れて次の太鼓を待っていた。

「……なるほど」

 そう呟いたガラムの隣で、ズーグが「俺の言った通りだろう」とでもいうように軽く肩をすくめて見せる。それが何となく癇に障ったガラムは、意地が悪い笑みを浮かべた。

「さすが、経験者。かつての自分のことは、良くわかるようだな」

 ズーグが蒼馬に従うのを渋っていた時のことを当てこすられ、ズーグは顔をしかめる。

「馬鹿を言うな。俺は最初からソーマ殿を買っていたぞ。――なあ、シシュル」

 そう叔父に同意を求められたシシュルは、そのおとがいに指を当て、しばらく考えてから言った。

「確かに、叔父上はソーマ殿を最初から買っていました。何しろ、ソーマ殿を〈牙の氏族〉から奪い取れば、どれほどガラム殿に吠え面をかかせられるか楽しみにしていたぐらいですから」

「……ほう。それはとても興味深い話だ」

 ガラムは、ぎろりとズーグを見やる。

「シ、シシュル! 裏切ったな!」

「ひと度ガラム殿の副官となったからには、己の氏族よりもガラム殿を立てねば真の信頼は得られぬと言ったのは、叔父上ではありませんか!」

「そ、それは……」

 まさに、ぐうの音も出ないとはこのことだ。叔父を言い負かしたシシュルは、「どうですかっ!」とでも言うように、ガラムに小さな胸を張って見せるが、ガラムは頭痛を覚えたのか額に手を当てて言った。

「皆が次の指示を待っているぞ」

 いつまでも太鼓が叩かれないのに、何事があったのかとこちらを見上げている同胞たちに気づき、シシュルは慌てて太鼓を叩くのだった。

 奴隷の反乱と見下すことなく全力をもって蒼馬たちを叩き潰そうとする名将ダリウス。

 ゾアン、ドワーフ、ディノサウリアンを従えて、それを迎え撃たんとする蒼馬。

 いまだ互いの存在を知らず、遠く離れた地にいながらにして、この両雄の戦いは始まっていたのである。

 早くも布石を打ち始めたダリウス。

 それに対して蒼馬は、ある大胆な作戦を提案する。


次話「対策」


 この世界に「破壊の御子」の名を広く知らしめることになる「ボルニス決戦」の火ぶたが落とされようとしていた!


6/20 誤字修正

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