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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
54/62

54話「けちょんけちょん」

「やっぱこれ冬浦だよなぁ」



 とある高校の部室棟にて。突然の雨が降り頻り帰ろうにも帰らず集まっていた男子生徒が4人。彼らは一箇所にたまり、iPhoneの画面を四方向から眺めながら厳かな声で話し合っていた。


 画面には強姦の映像が流されていた。登場人物は3人、全員が中学生程の年頃の少年少女であり、僅かに遠くの方から響く歌声や曲の宣伝の音声からカラオケの部屋で撮影された物だと全員が理解していた。


 赤いソファに押し倒され、乱暴に蹂躙されている少女は必死に顔を手で隠していたが、所々隠しきれていない部分を一時停止し拡大すると少女の顔は荒い画質ながらもハッキリと画面に映し出される。

 顔立ち自体は幼いものの均整の取れた顔をした少女。それは彼らの知る『冬浦小依』という少女に限りなく顔の造りが似通っていた。



「ピアスしてるし絶対そうよな」

「な。でも手首は隠してない」

「このレイプの後にリスカでもしたんちゃう? あいつが手首を隠してるのって100パーリスカ跡を隠してるからやろ」

「やろな。そうなると辻褄合うし」

「冬浦のあれ、リスカ隠してんのかー! て事はヤリマン確定じゃん! うわー俺地味にあいつ狙ってたのにヤリマンかよキッツ〜」

「なんでリスカあるとヤリマンが確定するのか分からんが、ギャル集団で固まって行動してる時点でほぼヤリマンなの確定だったろ。前から言ってるべ」

「言ってたな〜。で、どうするよ」

「どうするって?」

「この動画で脅したら絶対ヤレるじゃんって。ヤるだけタダなら熱くね?」

「アツ! あ、でもまた田中になんか言われたらダルくね? あいつモテるし」

「あいつはあいつで塩谷と仲良くやってるし、文化祭なんか2人でデートするんやろ? バレんくね」

「文化祭狙うん?」

「狙い時っしょ! 体育館系の出し物してる間は実質フリーやん。人が少なくなるからさ」

「にしてもヤッた後教師に泣きつかれたら面倒じゃん」

「バーカ。お前なんにも知らねえのな」



 iPhoneの持ち主である男子生徒が小馬鹿にするよう隣の男子の肩を小突くと、動画を閉じて悪い企みを孕む笑みを作る。



「あいつ、A組の水瀬って奴と死ぬほど仲良いんだよ。多分周りに言ってないだけで付き合ってるな。あれは」

「彼氏持ちなのかよ!」

「彼氏持ちだろ。あの顔で彼氏いなかったら引くわ」

「あー……今まで何度告られても秒で振ってたのってそういう?」

「はー。瀬之口先輩振ってる時点で怪しいって思ってたけどやっぱ彼氏持ちか。納得だわ」

「そういうことそういうこと。という事はだ。俺らが冬浦をレイプしてその動画を撮ったらさ、余計な事したら彼氏に見せるぞって脅しつけたら言う事聞くって思わん?」

「お前もしかして天才か?」

「身近にアインシュタインが居たわ。空いた口が塞がらん」

「よせやい照れるべ」

「田中は塩谷とラブラブデート。水瀬ってやつは?」

「別クラスやし、体育館移動の時は普通にクラス行動やろ? 俺らと冬浦がいなかったとして気付かねえよ」

「教師が巡回するであろうコースもどうせ限られてるしな」

「残った数日間、とりま俺らのゴールデンゾーンを探す為に校内練り歩くか」

「校内マップも頭に入れないとだな!」

「っしゃー地味にヤりたいって思ってたから熱入るわ!」

「地味にって、お前冬浦見掛けてからほぼ毎日それ言ってるやん」

「毎日は言ってねえ!! てかお前らやってそうやろ!」

「俺は別にあんまだけど? 顔が良すぎて逆にエロくないわ。貧乳だし」

「イキんなって」

「イキッてねえから」

「まあまあまあまあ。なんにせよヤれるってなったらヤるやろ? ここは協力しようや」

「まあタダマンハメれるならあり、か」

「協力してくれるよな?」

「しゃーなしな」

「よし。お前ならそう言うと思ってたぜ。お前らは?」

「当たり前に賛成だわ、絶対ハメる!!」

「だべってないでさっさと行動に移そうぜ」

「お前ら……っ!」



 男子生徒4人は絆を確かめ合うように強く拳同士を合わせ、腕を組み、決意に満ち溢れた顔で互いを見合う。


 邪悪な計画が進んでいる事など冬浦小依が知る由もなく、同時刻の彼女は能天気に自らの体操服を水瀬真に着せて声を荒らげながら抱腹絶倒に陥っていた。




 *




 水瀬との諸々があった後の月曜日。文化祭準備も最終段階に入った。

 俺は部活に所属しておらず、文化祭の出し物もクラスでやるメイドカフェ以外に参加するものは無い為、必然的に桃果と結乃とは離れてメイドカフェの準備に従事していた。


 あの二人を除けばクラスで特段仲のいい人間はおらず、俺自身積極性もなくて気まずい空気になると黙り込んでしまう性格だ。他のクラスメートとは意思の疎通こそ普通にこなせるが、会話に混ざっていても退屈さと飽きが来るのは分かりきっていたので、教室から離れて1階正面玄関の前で作業をしている。


 寂しいなあ。あの二人とセットにされる時はやたらにギャル扱いされるけど、実態はただの陰キャだもんな。教室の窓から聴こえてくる和やかな話し声を背中に受けながら、1人寂しく看板のペンキ塗りだ。



「マジで人使い荒いよな〜女子って。何様なんだっつの」

「それなー。毎回買い出しに行かされるの俺らだもんな」



 男子の声が聴こえてきて、同時に靴をペタペタ鳴らす音が近付いてくる。それに気付いた直後、俺の背中に何者かの踵がぶつかった感覚がした。



「いたっ!?」

「おわっ!? いってぇ……て、冬浦? こんなとこで何し……」



 後方に目もくれず、人と喋りながら後ろ歩きをして俺にぶつかってきた不届き者はクラスメートの西野だった。


 西野に蹴られた衝撃で前のめりになった俺のブラウスに、筆に付けていたペンキがべっとりと付着していた。



「わりぃ!!! 全然気づかんかったわ!!」

「……」



 許さんけど。なんだこいつ、そういう事故が起こるかもと思ってわざわざ脇の方に座り込んで作業してたのに当たりに来るとか喧嘩売ってんの?


 悪気がなかったのはもちろん分かる、二人してオロオロしてるし。でもそれはそれとして、どうすんねんと。俺のブラウス。まじで最悪すぎる、取れんのかこれ。



「はあ……」

「と、とりあえず着替えた方が……」

「着替えなんてない。今日体育なかったし」

「だ、よな……まじですまん……」

「すっげぇ睨んでる……」



 落ち込んだ顔で西野が言う。落ち込んでるのはこっちだよって言ってやりたい。もう片方の男子は何か言っているがその声は耳まで届かず、知り合いじゃないからって理由なのか俺から少し距離を取りこの場から逃げたそうな表情をしている。



「買い出し行くんじゃないの」

「い、いや。でもよ……じゃあ」



 西野はナチュラルに校則を違反し着用していた半袖のパーカーをその場で脱ぐ。ペラッペラなタンクトップ姿になった西野は脱いだパーカーを俺の方に差し出す。



「とりあえず、これで……」

「……袖が短い」

「えっ、あー……いや、今夏だぞ?」

「日焼けしたくない」

「なるほど。じゃあ……ジャージでもいいか?」

「あるの?」

「ある。体育ないのに間違って持ってきたんだよ」



 て事は、体育で使った後のを置いてった訳では無いのか。なら借りれるな。親切に甘えよう。


 教室までジャージを取りに行った西野が戻ってきた。


 ジャージを受け取り、それじゃあ着替えるかって思い立ち1番上のボタンをプチッと外したら男子二人が慌てた様子で「おい!?」と俺の行為を制止してきた。



「なに。早く着替えたいんだけど」

「ここで着替えるのはまずいだろ!? 外だし俺らいるし!!」

「あっ、確かに」



 言われて気付いた。頭がぼーっとしていた、俺女だったわ。危うく男子にキャミソールを露出する所だった。


 ……? 水瀬といる時はそういうのめっちゃ気にするのに、なんで西野達の前では女である事を忘れてたんだ? よく分からんが、今後同じ事が起きないよう気を付けないとな……。



「明日洗って返す。貸してくれてありがとね」

「いや。むしろすまん、こっちの不注意で」

「それはそう。看板に付いてたらブチ切れてたよ」

「目ぇ据わってたもんな……まじでごめん」

「青筋ピキピキよ? 私じゃなかったら普通に嫌われてたからね」

「申し訳ない!」

「いいけど。じゃあ私が着替え行ってる間にこれ……あ、買い出し行くんだっけ?」

「あぁ」

「じゃあ代わりに塗らせるわけにはいかないか」

「後でこっちに戻ったら一応手伝えるぞ」

「いいよ別に、もう少しで塗り終える所だし。さっさと仕上げて着替えるから」

「そ、そっか。ごめんなまじで」

「謝りすぎ。もういいって」



 流石に謝られすぎて気の毒になってきた。これ以降会話が発展しても謝罪されると思いガン無視を決め込むことにした。二人は少しすると俺に頭を下げてそそくさと校門の方へ歩いていった。


 看板を仕上げ、乾かす為に人が近寄らないような校舎の影にそれを置いて放置し、更衣室に行って服を着替える。

 洗濯機ポチッの洗濯様式しか知らない俺には塗料のついた衣服の洗い方なんて分かるはずもないので、とりあえず体育準備室に置いてあった用途不明の洗面器を拝借してウォータークーラーの水を貯め、階段に腰掛けて制服をじゃぶじゃぶと洗う。



「ついでに洗剤も借りてくりゃよかったか。水洗いだけで絶対落ちないよなーこれ……」



 数分間じゃぶじゃぶした所で気付きを得てやる気が削がれる。とりあえず、看板のペンキが乾くまでの数十分間は根気強くじゃぶじゃぶしてみるか。果たして意味があるのかは分からないけど、もう体育準備室まで移動するのは面倒だし。



 文化祭に向けて飾り付けやらなんやらで行き交う生徒や先生達を眺める。

 普段は桃果や結乃、水瀬と話しながら歩いていたり明確な目的を持って移動する事しかないからあまり周囲に目を向けていなかったが、こうして1人無駄な時間を過ごして眺めてみると案外人を観察するのって楽しいんだなぁと思ったり。余程暇なんだなって思いも抱き合わせだから趣味にはならなそうだが。


 高校生にもなってかけっこやら肩パンやらしている男子の集団、教師と対等かのように和気藹々と会話する女子、若い男性教員を取り囲み話す女子の集団、絶対音ゲーをやっている仕事サボり中の男子。


 グラウンドの端の方ではなにやら洒落た服装をした集団がキレキレなダンスを踊っていた。ダンス部の出し物か、それか有志で集まったキラキラ陽キャ集団だろうか。1人寂しく制服を洗いながら人を眺める俺との対比で輝いて見える、直視していたら目が焼けそうだ。



「いやでもやっぱ俺はピアスしてる子が好きだわ。型にハマらないって感じやし」



 西野達が帰ってきた。校門に入ってきた時点でこちらから姿は確認できていたんだが、近くに来た途端急に声がでかくなったな。主に西野の。


 ピアスがどうとか言ってる。好きなタイプとか性癖の話か? コンビニ帰りに友達とそんな話するとか青春じゃん、いいなあ。



「冬浦! まだこんな所に居たのか」

「なんで驚いてんの? いまさっき目合ったじゃん」

「そ、そうだっけ」

「一瞬ね。で、どうしたの」

「あ、あぁ。制服汚したお詫び買ってきた」

「お詫び?」



 言葉を反復すると、西野は袋からピンク色のモンスターとストローを出して俺に手渡してきた。



「こういうの好きだろ?」

「え。別に」

「そうなのか!? よく飲んでるイメージなんだけど」

「桃果は好きだね。私はそこまでだけど」

「間山か……」

「リサーチ不足だったねぇ。てかなんでストローなの? 直飲みでしょこういうのって」

「ストローもまあ、イメージで。あった方がいいかなと」

「イメージ……?」



 俺、ピンク色のモンスターをストローで啜ってるイメージ付けられてんの? 桃果だろそれ、いつも一緒にいるからイメージもセットになっているのだろうか。



「……冬浦はここにずっといる感じか?」



 話すこともなくて少しだけ無言になっていたら話題を振ってきた。相方は先に校舎に入っていったんだが、着いて行かなくていいのかな。



「そのうち戻るつもり。看板持ってかなきゃだし」

「だよな。手伝おうか」

「いいの? ラッキー」



 なんと! 上まで看板を抱えていくのはめんどくさいなあと思っていたら神の手が差し伸べられた。何気に上から持ってきた時、俺みたいな小柄な人間が持つには少ししんどいサイズ感だなって思ってたんだよあの木製看板。



「じゃあさ、もうそろ乾いた頃合だろうし上まで持ってってよ! 看板こっちに置いてあるからさ」

「えっ」

「手伝ってくれるんだよね?」

「手伝う、というか」

「というか?」

「……いや。なんでもない」



 何か物言いたげな様子だが結局言いかけた言葉を飲み込む西野。彼はどこか落胆したかのような雰囲気を匂わせつつ看板を持ち上げた。



「……じゃ、先上がってるな」

「うん。ほんとありがとね! ナイス優男!」

「ははは。……一緒に行くつもりだったんだけどなぁ」

「? なんか言ったー?」

「なんもー!」



 言葉尻に力の入った声でそう言うと、西野は靴を履き替えて廊下を歩いて行った。

 西野の事はよく知らないので会話する時の感じや見た目、あと山下とかと仲良くしてる所からどことなーく小うるさいひょうきん者って印象を持っていたのだが、周りにうるさくする奴が居ないと落ち着いて話せるんだなと意外な発見ができた。


 そういえば数日前にもダンボール運びを手伝った時二人で会話したっけ。もっと前にも体育の時間中、寝不足だかで倒れかけた西野に肩を貸した時も今みたいに落ち着いて話してたな。根っからの賑やかし屋って訳じゃないんだなー。


 1人に戻り、グラウンドの人間観察を再開する。一度ブラウスを引き上げてみると付着した塗料は若干滲んで色が薄くなっているものの、まだまだ色素が頑固に留まり続けていた。

 気合出して時間かければ取れそうな気がしてきたな。今日はこれに時間を費やして、他の作業は全部サボり倒してやろうかしら。



「……あ」



 水瀬だ。少し離れた所で友達と談笑してる水瀬がいる。何の話をしてるんだろ、楽しそうだな。



「おーい」



 ボソッと、聴こえるはずもない声量で水瀬に声を投げる。当然無反応。俺の存在など気付く様子もなく、水瀬は男友達から何らかの発言を受けて笑いながら友達の背中を叩いていた。


 水瀬も水瀬で、俺と話す時と他の友達と話す時とでかなり様子が違ってるんだよな。俺と話してる時は妙に大人しいし真面目ぶった事言うけど、男と話す時はノリがバカ男子寄りになるし、割と手出ししてリアクション取る方だしな。


 体もでかくて筋肉もあって、若干運動部ノリな所を見るに本来はデカい声でちょける系男子なのが透けて見える。教室ではそうなんだろう、何故か俺にはその片鱗を隠しているが。


 あ、目が合った。離れた位置にいるから声掛けはしないけど、一応ここに居るよって意思表示の為に片腕を上げる。



「は?」



 え、無視されたんですけど。明らかに目が合ったし相手も数秒間こっち見つめてたよな? 気付かなかったことは絶対にない。じゃあなんで素っ気なく顔を逸らされた?


 ……いや、まだ見てるな。こっちをチラチラ。人前だからってリアクションを控えてるのか? 


 水瀬が何を考えてそんな態度を取っているのかは分からないが、一瞬目を向けるだけでこっちの仕草になんのアクションも起こさずほぼガン無視されるのはむかつくな。


 友達とのノリを楽しみたいって感じなんだろうけど、スマホで文字打ったり片腕上げるくらいのことは出来るはずだ。なんかむかつくので、どうにかして意識をこっちに向けたくなった。電話でもかけてやるか。


 LINE通話をかける。少しして水瀬の方に動きがあり、ポケットからスマホを取り出すのが見えた。



『もしもし? 小依ちゃん、そんな所で何してんの?』



 遅ぇーわそれ言うの。人を腫れ物みたいにチラチラ見るだけでシカトかましやがって。



「いまなにしてんの」

『生徒会の手伝いで各出し物の進捗を聞いて回ってたんだけど、空き時間が出来たから友達と話してた所だよ』

「そうなんだー」

『そっちは?』

「人眺めてた」

『人眺めてた、か。神の視点じゃん』

「水瀬、こっち見て」

『? わかっ……おーいおいおい!!!』



 スカートを捲りあげる。シンプルに露出狂でしかない行為ではあるが、まあこの距離感ならあんまりパンツも鮮明には見えないだろうし。動揺させるのが目的だから良しだ。



「問題。今日のパンツは何色でしょう」

『なに? 変態さんになっちゃった? どんな転機を迎えたらそうなる???』

「正解は?」

『えぇ……黒?』

「ぶぶー。今日は青な」

『見えんわ!』

「今必死こいて見ようとしたよな、人のパンツ。きっも」

『やばすぎやばすぎ。それはトラップじゃない? 見せてきたのそっちよね!?』

「見ろとは言ってない、クイズ出しただけやし。俺のパンツ見ようとしたのはお前の判断な。変態野郎」

『やっば!? それで変態扱いは悪質でしょ!? てか僕以外にも人いるのになに平然と』



 長文ツッコミの気配を感じたので通話を切る。狙い通り、動揺で友達との会話が途切れたようだった。ざまあみやがれ、妨害成功だぜ。



「やばい、こっち来る!」



 友達に一言挨拶を交わすと、水瀬はこちらに向かって歩み寄ってきた。洗面器から水だけ捨てて立ち上がり、校舎の方へと逃げる。


 水瀬が走ってくる。靴を履き替えて廊下に出て走ると、少し遅れて水瀬が後方に現れた。



 *



「なぜ逃げる! 待ちなさい!!」

「嫌だねっ」



 文化祭の準備でそぞろに人が配置された廊下を走って逃げる小依くんを追跡する。彼女との差は少しずつ縮まっており、5分もしないうちに捕らえることは出来るだろう。



「待てい!」

「無理! お前は友達とお話でもしてろ!」

「あんな事されて会話続行出来るかい!! てかなんで洗面器なんか持ってんの!?」

「かくかくしかじか!」

「伝わらんけど!? それ口頭で言うやつじゃないから! 一種の技法だから!」



 三階に登って棟を繋ぐ渡り廊下を走っていた所で小依くんの肩を掴み捕らえることに成功した。



「はぁ、はぁ……女子相手に全力で追いかけるとかっ、お前まじ? 引くんだけど」

「スタート地点のハンデあったでしょうが」

「俺が小柄なのを考えればさらなるハンデが必要だろ。早歩きで追いかけるぐらいで丁度だろ」

「日が暮れるのよそれは。こら小依くん、こら!」

「なんですか」

「青空の下でスカートをめくって男にパンツを見せつける。こら!!!」

「うざい。お前が無視してくるのが悪いんだもん」

「無視してないよ! 会話を切り上げてからそっち向かおうとしたの!」

「ふん」



 本音を言うと、先日のキスの件でちょっと顔を合わせずらかったというのが真相なのだが、それを言うとまた『童貞じゃん』と馬鹿にされそうなので言わないでおいた。

 というか、小依くんこそそういう事があった後なのに平然と出来るんだなって驚きがある。一応寝ていて気付かなかった事にはしてるけどさ、僕が目を瞑った後も何度かキスしてきたしシラフな感じで話せるのが不思議でならない。



「てかまじで疲れたわ。休憩しよ」



 小依くんはそう言うと、その場に腰を下ろして洗面器を床に起いた。よく見ると、洗面器の中には女子制服用のブラウスが濡れた状態で入っていた。ブラウスはなぜか若干赤に塗れている。



「なにこれ、刺された?」

「その場合は元気すぎるだろ俺。事故でペンキぶっかかっちゃったの。それで、西野って人にジャージ貸してもらった」

「だからか。にしても夏場に長袖ジャージは見てるだけで暑苦しいなあ」

「今更すぎない? 学校にいる時は大体デフォルトで長袖じゃん俺」

「初めの頃は半袖に包帯スタイルだったよね?」

「あー。アレ、よくよく考えたら絶対リスカ隠してるって推理されるから辞めたんだよな。長袖ブラウスかカーディガン着た方が日焼けしたくないってこじつけれるからそっちにシフトしたわ」

「毎日暑いだろうにご苦労様すぎるな……」

「実は熱さまシート腰に貼ってるからある程度相殺出来てんだよね」

「そこまでして隠す物なん?」

「クラスメートが手首スルメ焼きにしてたらどう思う? 悪い噂が絶えないと思うけど」

「現状メンヘラ地雷ギャルって言われてる時点でって話ではあるね」

「まじその噂流した第一人者本気で許さん。見つけ出してシバいてやる」

「まあまあ。てかさ、西野って、アツヤの友達の西野?」

「いや知らん、誰だよアツヤ。西野に関してはお前とも面識あると思うぞ」

「ほーう?」



 なるほど、西野ってやっぱりあの西野か。小依くんの事好きって言ってたもんな、そんな事故を目の当たりにしたら率先して手助けしようってなるよな。


 西野の服を、小依くんが着てるのか……。心中穏やかじゃないなそれは。



「小依くん」

「はい」

「更衣室に行きましょう」

「えっ。覗くの? キモイなお前」

「なわけあるかなぁ!? そうじゃなくて……」



 あれ、衝動的に着替えを提案しようと思ったけどなんて伝えればいいんだ? 彼女が自然に納得してくれる言い方がまるで思い浮かばないぞ? 僕の我儘を察してくれってのは無理な話だし、仮に察してくれたとしてめちゃくちゃ恥ずかしいな。子供の駄々みたいじゃないか。



「なんで更衣室に行くん?」

「うーん……」



 キョトンとした上目遣いで僕の表情を観察しながら解答を待つ小依くん。彼女の着用しているジャージの胸元に書かれた『西野』という名前につい目が行く。その視線の動きに合わせ、小依くんも自らの胸元に目を落とした。



「……なるほど?」



 察しのついた様子で彼女がそう言うと、不意に僕の手首を掴んでどこかへ連行される。

 辿り着いたのは保健室だった。保健医の先生は居らず、無人のまま施錠がされていなかった。


 小依くんはカーテンによって中が見れないようにされているベッドに腰掛け、目の前に立つ僕のシャツを摘んでクイクイと引っ張った。



「下、なんか着てる?」

「下? Tシャツ着てるけど」

「ならいいか。それ脱いで」

「カッターシャツ?」

「そう」

「……透けない?」

「キャミ着てるから大丈夫」

「なら、交換しますか」

「してほしかったんだろ」

「っ、いや〜それは」

「西野の事好きなら初めからそう言えよシャイボーイ」

「歪曲したなあ!? 絶対にそうはならないよなぁ!!」

「水臭いぞ。西野の温もりに包まれたいんだろ?」

「違うと言ってるでしょうが!! そっちじゃないのっ!!!」



 小依くんはニヤケ面でクククと笑いを押し殺している。こっちの気持ちを察してる癖に、意地悪だな本当!


 シャツを脱ぎ、からかってくる小依くんにそれを手渡してカーテンを閉める。すぐに中から衣擦れの音がして、僕のシャツに着替え終わった小依くんがカーテンを開けて出てきた。



「ほれ、愛しの西野くんのジャージ」

「その誤解やめてね」

「いいと思う。俺はそれを変だとは思わないぜ」

「だからそういう事じゃなく! 分かってるだろ!?」

「なんのことー?」

「白々しいな!?」



 飽きずに僕と西野の恋模様を描こうとする小依くん。彼女は僕の必死に訴えを聞くと小さく笑って下を向いた。



「俺が他の男の服着てるの嫌だったん?」

「……その通りですけれど」

「なんで?」

「なんでって……今じゃないでしょ、それを言うのは」

「そっか」



 顔を上げた小依くんは先程のニヤケ面とは異なる、笑みと気恥しさの入り交じった顔で僕を見上げた。



「また舐めた事言ったりしたら、キッ……黙らせるつもりだった。命拾いしたな」

「黙らせる? ……ほう」

「んだよ」

「いや〜。どういう手段を用いるのかなと思いまして」

「うるさっ。…………てかお前さぁ、寝たフリしてたよね」

「おっ……と」

「寝たフリしてたよな? 言え」

「してましたね……」

「だよね。普通、あんな事されたら起きてるよって伝えるべきだろ。なに寝たフリ突き通してんの、もっとされるかもって……期待? みたいなの? してたん、かなって」

「……」



 てかさぁ、と会話を方向性を切り替えた辺りからいつもの詰めてくる感じの雰囲気を出した小依くんだったが、本人からしても恥ずかしい記憶だったのか段々と歯切れが悪くなる。


 綻びそうな表情を必死に取り繕い睨んではいるものの、僕の顔を見上げるのが辛くなったのか気まずそうに目を逸らして再び口を動かした。



「なんで寝たフリしてたの」

「……逆に何も言えなくないですか。あの状況だと」

「いつものお前なら『夜這いですか?』みたいなツッコミしてきてただろ」

「それはどうでしょう。僕も男なので」

「……」

「……」



 堪らず目を逸らす。学校なのに妙な雰囲気になってない? 今の所奇跡的に誰もこの状況を目撃していないけど、誰かに見られるのを過度に嫌う小依くんはこの状況をなんとも思わないのだろうか?


 ……頭の中で色んな思考がぐるぐる巡ってるんだろうな。一点を見つめて唇を震わしていることからその程度は窺えるが、それ以上の事は何も分からなかった。


 事実上のスリープ状態に陥っているようなもんだし、ここは僕から仕掛けて会話を進めるべきか。



「小依くっ」



 とりあえず場所を移した方がいい、そう言おうと思って彼女の名を呼んだ瞬間。小依くんが僕の顎に両手を添え、一瞬だけ唇同士を当ててすぐに顔を離した。



「小依くん、今のは」

「……舐めた口を叩こうとした気配を感じ取ったから黙らせた。それだけ。他の意図はない。変な事考えんなよ」

「いや。今のは人が来るかもだから場所を移した方がいいよって言おうとしただけで」

「……」

「別にここで告ろうとかそういうのは」「黙れ黙れそれだろそれ言ったら駄目だろアホボケ!!!」



 僕の口に勢いよく手を当てて強引に言葉を中断させた小依くんは、そのまま手を下ろし怪訝な顔を浮かべた。



「いや待って。こんな日に保健室なんて誰も来なくね?」

「とは限らなくない? 校内だしさ」

「校内って、じゃあどこに人の来ない安全地帯があるんだよ。ぶっちゃけこの期間の保健室が1番安全だろ」

「……確かに?」

「確かにって。土壇場で思い浮かんだ言い訳かよ」

「言い訳というか……」

「水瀬」



 少しだけ声を震わせながらも、頑張って冷たい声音を維持しつつ、小依くんは僕の名を呼んだ。



「なんでしょうか」

「……いや。やべぇ、今めっちゃキモい事言おうとしたわ」

「なに? 僕が言ったら黙らされる系のやつ?」

「じゃないけど。なんつぅか、うーん……」

「気になるな。教えてよ」

「……引かない?」

「引かないよ」



 僕の返しに小依くんは「まあそう言うよな。お前は」と分かりきっていた様に言い放った。彼女はチラッとドア付近に目を配らせてから僕の方に向き直り半歩ほど身を寄せた。



「お前、言葉が軽いよな。軽率にそういうこと言うのマジで良くないよ」

「えっ、説教されてる!? 小依くんが相手なら本当に何言われても引かないと思うけど」

「言ったからな。引いたりキモがったりしたらまじ、眼球に塩酸かけるから」



 こわっ!? ただでさえ容姿がメンヘラっぽさに極振りしているのにその脅しは質感が高すぎて怖いよ! 本当にやりそうって思わせる凄みがある、しかも眼球を潰すってのが確実に人生終わらせに来てて余計怖いんだよな……。



「失明のリスクを背負ってまで聞きたいのか? ここらで退いといた方がいいだろ」

「いや、気になるから聞く。なに?」

「……あっそ。アレだ、さっきの下りに話を戻すんだけど」

「さっきのくだり?」

「うん。友達との会話に夢中だから俺をシカトしたくだり」

「シカトはしてないんだけどね」

「…………シカトしてないのは分かったけど、でも俺からしたらシカトされたって受け取ったし。水瀬に限ってはそういうの、めっちゃ嫌だから今後は辞めて欲しい、というか」

「なるほど」

「あ、あと、女子と仲良さそうにしてるのも、嫌だ。それで1度桃果に、キモいブチ切れ方しちゃったし」

「ヤキモチ焼くって事?」

「ちげーわハゲ誰がそんなこと言った頭沸いてんのやば開頭手術してやろうか今ここで黙れよお前」

「勢いすごいな……でも今のは違くないでしょ。そういう事じゃん」

「だから違うから! ヤキモチとかそんなん、クソめんどくさいキモ女やんふざけんな死ね!!」

「僕的にはヤキモチ焼いてくれた方が嬉しいし可愛いなって思うんだけど」

「は!? ……はっ? そうなん? 他人の人間関係にごちゃごちゃ言う女、キモくないの?」



 不安そうな顔で小依くんが僕の言葉の続きを待つ。



「僕はキモいとは思わないよ、てか僕だって普通に嫉妬とかするし。服交換のくだりとか如実じゃん」

「そうなんだ……」

「うん。小依くんのその火力強めな価値観がどこから来るのかは分からないけど、相手が小依くんなら僕は可愛らしいなって思うよ」

「じゃあ、良いんだな。そういう苦情を直に当たり散らしても」

「口で言う分なら」

「……分かった」

「それと、僕もヤキモチを焼いてしまうので西野のジャージは預かってもよろしい?」

「えっ。いいけど何すんの? かけるん?」

「馬鹿なの!? そのネタまだ擦る!?」

「くひひっ、おもろ。じゃあこれあげる」



 小依くんから西野のジャージを受け取る。さっきまで小依くんが着ていたからか温もりが残っていた。こんな事でまた嫉妬心が少し芽生えるのだから、小依くんなんかより僕の方が余程ヤキモチ焼きだと思う。



「じゃ、俺は教室戻ってブラウス仕舞ってくるから。シャツありがとな」

「僕もそろそろ生徒会の方戻らないとだ。じゃあ小依くん」

「待て」

「どうしたどうしたどうした?」



 僕の方がよりドアに近かったので先に保健室を出ようとしたら小依くんに腕を掴まれ引き止められた。振り向くと、また顔を赤くした小依くんが僕を上目遣いで睨みながら口を開いた。



「あ、あと一つだけ。俺はさ、お前が舐めた事言おうとしたらさ、黙らせるやん?」

「やばいけどね、その行為」

「うるせえよ。でさ、それ逆も然りにしてほしいというか」

「うーん? ……ふむ、今の発言はどう解釈したらいいのだろうか」

「まんまだろ」

「まんま……小依くんが舐めた事言いかけたら黙らせろって事?」

「そう」

「なるほど」

「うん。……じゃあ、水瀬」

「はい」

「ばーかばーか」

「……」

「……」

「……?」

「ばーか。童貞。ちんこミニ男」

「おーーーーい。いきなり喧嘩を売るなー」

「違うじゃん。そうじゃないやん」

「はい?」

「そうじゃないやんって」

「……はい?」

「もういいわタコ!!! じゃあね!!」

「えっ。じゃあね……?」



 何故か顔をむくれさせ、不機嫌MAXな感じでドスドス足音を立てながら小依くんは保健室から飛び出して行った。


 ……いやいやいや、無理でしょ。僕からキスして黙らせろ的なニュアンスだよね? 伝わってますよちゃんと。伝わった上で、そんな事出来るわけがないので素知らぬフリを貫いてたんですよ。さっきキスされた時の動揺をまだ引きずってるのに、自分からだなんて無理ゲーがすぎる。


 てか今の会話の流れ、して欲しかったって解釈でいいのかな? 僕の方からそういうのをしてほしくて、だから急に流れを作ったと?


 うわっ、死ぬほど可愛いな小依くん。途中、メンヘラというかヤンデレに進化する兆しが見えたのかなって思って戦々恐々としていたのが吹き飛んだわ。



「……ブラウス置いてってるやん」



 遅れて保健室から出ようとしたら、置き去りになった洗面器とそこに入っていたブラウスが目に入った。小依くんの所まで届けに行くか……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >小依くんの所まで届けに行くか……。 だから、好感度を上げる必要があったんですね。
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