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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
44/62

44話「感情オンオフの瞬発力半端ない」

 部活で荒れた運動場をトンボで均し終え、同じ部の仲間達と脳死で会話を交わしながらマクドナルドに歩いている最中、一人でナゲットを摘み食べていた冬浦小依の姿が遠目に映った。



「あ、冬浦だ」



 連れの一人が冬浦に気付き声を上げた。あちらは俺達の存在に気付いておらず、スマホに目線を落としたままである。



「お前冬浦の事となると一気に意識がそっちに向くよな。あいつの事は好きなん?」



 連れのもう一人がからかうように言う。冬浦の存在を一番に知らしめた連れは「ちっげーわ」と笑い半分で否定しつつ、言葉を続ける。



「好きでは無いけど意識は向くだろ。あいつ顔ばり可愛いやん」

「顔はな。でもさ、あいつって」



 小馬鹿にするようなニュアンスを匂わせながら、いつも通り冬浦がどういう人間なのかという談義が始まる。

 誰も冬浦の事をよく知りもしないのに、援助交際をしまくっているだの教師とやってるだの、下卑た憶測を疑いもしない様子で言い合う。俺もそれに合わせて適当に相槌を打つ。


 仲が良ければ彼女を庇うのだが、生憎そんなに仲が良くないし庇う義理もなく、関係値があるのはゲス話しているこちら側なのでわざわざ輪を乱す理由がない。


 あいつがどう言われようと不快な気分になる訳でもないし、加害しようって内容の話でもないしな。本人に伝わらなければ問題もないだろう。



「てか田中って冬浦と同じクラスなんだよな。なんか知らねーの?」

「俺? なんかってなんだよ」

「冬浦にまつわる噂。教師とやりまくってる、上級生とやりまくってるとか」

「やりまくってる話しか興味無いのかよ」

「当たり前じゃん。絶対そっち系の訳ありでしょ、あれ」

「そっち系ねぇ……」



 ここで話を振られるとは思わなかったな。

 どうなんだろうか。メンヘラっぽいというレッテルを貼られている理由って単に髪を上げた時とかに見えた耳にバチバチとピアス穴が空いていた事とか、舌が裂けている事とか、夏になってもいつも長袖を着ているからという外見情報から来てるのが大きいからな。


 本人は至って普通というか、特に怪しい感じにも見えなかったから過去を詮索しようとも思わなかった。出せるネタなんて皆無だと伝える。



「そういえばさ、昨日先輩からこんな動画送られてきたんだけどどう思う?」



 注文を済ませ、テーブルに食べ物が来るのを待っている時に対面に座る男がスマホを出し机の上に置いた。


 画質は荒いし映されている動画自体が暗所で撮られたものだったのでよくは分からないが、一人の女を男二人で強姦している動画が映されていた。


 女は声を押し殺しながら泣きされるがまま、抵抗する意思がないように見える。体の節々には乱暴された跡がある、抵抗したら殴られるから声を出すのを堪えているのだろう。


 歳は中学生くらいだろうか。いや、もっと幼くも見える。小学生……? 見ていて気持ちのいいものでは無い、というか気持ち悪い。



「レイプ動画とかえっぐいの見つけてくるなー……」

「な。流石にドン引きだぜ。なんでこんなん見せてきたん?」

「いや、ちょっと待ってな……ほら。このシーン、なんか冬浦に似てない? この子」



 動画を見せてきた男が一度動画を止めて俺達に再び画面を見せてくる。



「よく見えねえ……明るさとか調節できねーの?」

「よく見ろって」



 冬浦に似ている、という情報を加味した上で再び画面を見る。……似てるな、確かに。でも、似たような顔の人なんてそれこそこの世には何人もいるし、薄暗い画面じゃ同一人物かどうかを断定する事なんて不可能だ。


 ていうか、同級生の女子に似てる顔の女がレイプされてる動画を共有するとかこいつ趣味悪いな。これはライン超えてるだろ、周りにドン引かれる流れだぞこれ。



「確かに似てるな。てか、本人なんじゃね?」



 あれ。引く流れじゃないみたいだ。



「だよな! 絶対そうだよな、だってあいつがずっと長袖なのって多分リスカを隠してるからだろ? なんでリスカしてるかって考えたらさ」

「! 繋がったな!」

「そういう事よ! このレイプ事件が原因でメンヘラデビューしたってわけ。絶対そうやろ」

「ホームズやん! 100それだわ!」

「やべぇ〜。とんでもない代物を手に入れたな、俺にもその動画送れよ」

「タダで?」

「きっしょ金取んのお前!? じゃあ次のマック奢るから」

「必死すぎお前の方がきっしょいわ」



 おいまじか。俺を除く全員がこの動画の少女に冬浦を結びつけたぞ。それどころか動画送り合ってるし。まじかよ……。



「田中は?」

「なんだよ」

「動画。いらねーの?」

「いらねーよ!? そんな胸糞悪いポルノ、持ってるだけで罪だろ!」

「とか言っちゃって、この女の子めっちゃ可愛いし抜けるから貰っとけって」

「いいって。萎えるわ、そんなの見てても」

「そうかあ?」



 動画を送ろうとしてた男は腑に落ちない感じでスマホを取り下げた。本気でそんなもの欲しがると思っていたのかよ、流石にこんなのをネタにするなんて便乗出来ないって。


 見れたものではなかったため、目に焼き付いた先程の動画の様子を脳内から消去するのに努める。意識を逸らすために連れから視線を外していたら、移動を始めた冬浦の揺れ動くスカートが視界にチラッと映った。


 勝手に視線が彼女の顔の方に移動する。……言われてみれば確かに、思い返すと益々冬浦に似ていた気がしてきた。けどきっとそれは記憶がそう補完しているだけに過ぎない、そう思わないとちょっと脳内のエロがグロに変換されてしまう。知り合いがレイプされてるのはきついぞ……。



「てかさ、仮にこれが冬浦だとしたら、これ使ってゆすればやらせてくれるんじゃね?」



 連れの一人が、悪意に満ちた発言をする。他の連中も同様に確かに、と相槌を打っている。それは流石に、と言って反対意見を出す奴もいはしたが、冬浦を脅そうという意見がマジョリティに傾いていた。


 どうかしてるんじゃないだろうか。普段から確かに下品な会話はしてはいるものの、ここまで具体性を持った話になったのはこれが初めてだ。どうして冬浦関連の話の時に限ってこんな流れに?


 冬浦と仲の良い人間は他クラスの水瀬を除くと女子だけだ。それも一部の、うちのクラスで言うギャルポジションとかほぼ中心人物になってる子らだけで、三分の二くらいの割合で女子連中に疎ましく思われてる節あるんだよな。

 もしこんなのが拡散されたら、うちのクラスは冬浦にとって居心地の悪い空間になる事は自明の理だ。



「お前ら、そんな馬鹿げた事やめろよまじで。取り返しつかんくなるって」



 どんどん悪い方に話題の舵が切られていたので口を挟む。普段は下品な話をしても相槌を打ったり笑ったりしているだけだったから意外に思ったのだろう、盛り上がってた三人は白けた様子で「冗談に決まってるやん」と言い繕っていた。


 冗談なら別にいい、本当に冗談だったのなら。

 でも、さっきの盛り上がりようと今の白け方を比べてみるとどうしても冗談だった風には思えなかった。とは言え冗談だと口にされたらそれ以降は悪くなった空気を正常化させないと関係が拗れるので、俺は「だよな。なら良かったわ〜」と安心した様な素振りを見せつつ、いつもするような脊髄反射の脳死トークに身を任せた。


 ……先輩から送られてきたってことは、あの動画は学校内の人間複数人に拡散されてる可能性が高いよな。今後、冬浦の身に何も起こらなければいいけど。





「じゃーなー」

「あいよー。とっとと童貞卒業しろよー」

「うるせー! 性病なっちまえクソヤリチン野郎!!」

「当面やる予定ないのでならんね〜。また明日なー」

「ちんぽっ!!」

「別れ際が最悪すぎるな」



 最後まで一緒にいた連れと別れ、一人遊歩道を歩く。自然の中に造られた人工的なレンガ道を抜け、鯉の見える池の上に架かった橋を渡ると同じ学校の制服を着た女子がベンチに座ってるのが見えた。



「田中くんじゃん」



 座っていた女子は冬浦だった。彼女は飲み口にストローを突っ込んだエナドリを片手に俺の存在に気付いた。てかさっきマクドナルドで遭遇したばかりだし、今日はやけにエンカウント率高いな。



「なにしてるん、こんな所で」

「水瀬のバイトが終わるの待ってる」

「水瀬? バイトしてるんやあいつ」

「んー。大通り沿いのボロ本屋にいるよ」

「へぇ知らんかった。冬浦ちゃん、この後あいつと遊ぶん?」

「え? 別に」

「なんで待ってるの……?」

「日課?」

「日課なの? あいつを待つのが?」

「まあ。一人だと帰り道暇だって言うから」

「わざわざ付き合ってやってんだ」

「私は優しいからな!」



 彼女は自信満々にそう言った。優しいからって理由だけでバイト上がるまで一人で時間潰してやれるもんなのだろうか。俺だったら絶対日課にはしないけど。一緒に帰るとしたらこっちの予定と相手のシフト上がる時間が被った時くらいだろ。



「てかそれならバイト先で待ってりゃよくね?」

「それはどうでしょう」

「出禁にでもされてんの?」

「されてないわ!」

「じゃあバイト先で待ちなよ」

「ひ、一人で長時間何も買うことなく店の中に居座るのはなんか、なんかだろ!」

「気にしないやろ。本屋なんて長居前提みたいな所あるじゃん」

「店員からしたら迷惑でしょ」

「知り合いなんだしいいやん?」

「……」



 冬浦は反論を辞め、ストローを咥えた。……中身入ってないだろ、ストローの色変わらないんですけど。



「隣座ってもいい?」

「なんで。帰るんじゃないの?」

「もう暗くなってんのに冬浦ちゃんみたいなロリっ子がこんな所で一人で居たら危ないだろ」

「同い年ですけどね。ロリではなく」

「見た目ロリじゃん」

「喧嘩売ってんの???」

「どっこいしょ」



 ベンチの空いている方に腰を下ろしたらさりげなく少し距離を取られた。俺、嫌われてる? 傷付きました。



「……最近結乃とどうなの」

「? 結乃と?」

「うん」

「どうなのって、別に何も無いけど」

「最近仲良いじゃん」

「昔から仲良いよ。……そういえば、一回疎遠になり掛けてたけど最近また話すようになったかな」

「ふーん。そんだけ?」

「そんだけ」

「そう」



 冬浦はそう言うとスマホの入っているであろうポケットに手を忍ばせた。こーれ、会話が途切れて気まずくなるパターンだ。


 どうしよ、別に話す事なんか無いけどただ無言で隣に座ってるのもなんか変だしな、鬱陶しがられる寸前まで話しかけまくってやるか。



「冬浦ちゃんっていつもスマホで何見てんの?」

「え。別に」

「受け答え一旦ゴミか」

「なんだよー。別にこれと決まってるわけでもなく色んなの見てるから別にって答えたの!」

「色んなの見てるーって答えた方がまだ会話が成立してたって。何見てるのって問いに別には意味分からないやん」

「一々うるさいな……わ、ばり可愛いこのウサギ。見てこれ、可愛くない?」



 話しながら冬浦が手をこっちに伸ばしてスマホの画面を見せてきた。手足を懸命に伸ばしているウサギの動画が流れていた。確かに可愛い。



「いいな〜。こういうモコモコしたやつ飼いたい」

「ペットとか飼ってないの?」

「飼ってない〜、飼った事ない〜。田中くんはなんか飼ってんの?」

「ちなみに犬も猫も飼ってたりする」

「まじ!? ダブル!? すげー!」

「食いつきすごいな。今度見に来る?」

「それはいいや」

「なんでやねん」



 即断された。やっぱり俺この子に嫌われてる? 何かしたっけな、思い当たる節が体育祭の時の髪触り事件以外無いんだが。それか?



「冬浦ちゃんは飼うなら猫派? 犬派?」

「断然猫派だね。めっちゃ可愛いし、鼻の下のふぐり触りまくりたい」

「ふぐりて」

「なんで猫だとあんなに触りたくなるくらい可愛い形状してんだろうね。人間の人中なんてなんにも可愛くないのに」

「そんな比較しなくても。猫と人間じゃ可愛いの方向性がそもそも違うでしょ」

「そうなんだ〜」

「急に興味なくすのやめてくれますか」

「興味なくした訳じゃないよ。スワイプしてたからボーっとしてただけだよ」

「シングルタスクだ」

「殴るよ」



 心ここに在らずといった感じの腑抜けた声で脅しをかけてきた。片手間にそんな事言えるくらい悪態を吐き慣れているのか、ちっこい小動物みたいな見た目に反して結構凶暴だよなこの子。


 アイドル出来そうなくらい顔が整ってて性格も普通に接する分には当たり障りない良い子なのに、どことなく避けられてる理由ってこういう所が原因なんだろうな。人が隣に居るのにスマホを弄り始める辺りとか。


 俺は気にしないからいいけど、人によっては反感買う行為だろうし。



「……」

「……」



 やっべ、一旦会話が途切れたせいで互いに話せる話題なくて無言になっちゃった。気まずくはあるな。


 することも無いので橋の向こうの自販機まで行って飲み物を買って戻ってきたら相変わらず冬浦はスマホに目を落としついついと指を動かしていた。何十分も同じ姿勢で、腰とか痛くならないのだろうか。



「おかえり」

「おす」

「……」

「あー、冬浦ちゃんはゲームとかすんの?」

「するよー」

「どんなの? FPS?」

「もやるけど、対人ゲームだとスマブラとかポケモンとか」

「結構ガッツリゲーマーだな」

「あいつとずっと遊んでるもんで」

「あいつって? 水瀬?」

「うん」

「本当に水瀬の事好きなんだな〜」

「はっ?」



 あ、やーべぇ。つい口滑って頭の中で思ってた事をそのまま言ってしまった。


 謝ろうと思い冬浦の方を向く。彼女は先程までと変わらずスマホを眺めているので横顔しか見えないが、サラサラの髪が分かれて露出した耳が赤くなっていた。



「なんなん。どいつもこいつも。なんで俺、おれじゃなっ、あっ、私があいつなんかの事を好きだって思い込んでるわけ? まじで意味分かんねぇんだけど」

「テンパりすぎじゃない? 今自分の事俺って言ってたよ」

「言ってねえ耳腐ってるだろあほ死っ、クソアホ!!!」

「おっ、おーう……? なんかごめん」



 剣幕すごいな。大声を出した後に息を整えると冬浦は小さな声で「ごめん」と言ってくれはしたが、俺がなにか言おうとしたら横目で睨んできた。怖い。



「私は水瀬の事なんか好きじゃないから。勘違いやめてマジで」

「ごめんて。そういうのは迷惑か」

「大迷惑」

「大嫌いで大迷惑な存在なんでしょ」

「……歌うっま。でも知らないしそんな歌」

「大迷惑星って曲。聴く?」



 冬浦は何も返してこず、ただ黙ってこくりと頷いた。ヘッドホンしかないのでそのままスマホから垂れ流す。



「冬浦ちゃんってこういう曲好きそう」

「どういう意味」

「雰囲気がな〜」

「失恋ソングがお似合いって意味?」

「ある種そうかも」

「悪口じゃん」

「だって」「だって何?」

「睨むなって」



 だから反射速度イかれてるって。すぐ殺気出すじゃん、手に刃物を持っていなくて本当に良かった。



「冬浦ちゃんって恋愛した事とかあるん?」

「またそういう質問や。なんで男がそんなん気にするんだよ」

「俺の前にも同じ質問した人いるんだ」

「うん」

「同じクラスの奴?」

「…………言わない」

「残念」



 誰かが勇気を出して冬浦にアタックを仕掛けてるみたいだから聞き出してやろうと思ったが、冬浦があまりにも警戒心バリバリだったので深掘るのはやめておいた。寿命縮めたくないし。


 さて、いよいよこの無言の間もしんどくなってきたぞ。

 今回話してみて分かった事だが、どうやら俺と冬浦は相性がかなり悪いらしい。一人にしたら危ないと言った手前放って帰る事は出来ない。胃が痛いなあ、冬浦の知り合いで誰か丁度いい人、ここを通りがからないだろうか。



「てか、前に私答えたよね。それ系の質問」

「そうだっけ?」

「そうだよ。彼氏作った事ないって言ったじゃん」

「あー……」



 確かにそうだ、夏休み前に聞いたな。とんと忘れてた。



「…………なんで私が水瀬の事好きだと思ったの?」

「ん? 見てたらそう思うだろ普通に」

「ざけんな」

「ふざけてねーわ。至って真面目」

「意味分かんない」



 結局自分からそういう話題を持ってくるのか。気にしてる証拠やん、本当になんの感情もなかったら話を広げようとしないだろ。


 単純に自覚してないんだろうな。見た目はアイドル出来そうなくらい整ってるけど性格が所々苛烈だったりするから、案外恋愛経験は無いのかもしれない。となると、好きという感情に自分で気付けないのも頷けると言えば頷けるか。



「じゃあ冬浦ちゃんはさ、自分の思いつく限りで、水瀬に対してどんな感情を抱いてるの?」

「普通」



 少し考える間があった後、冬浦はこちらを向かずに下を見たまま答えた。



「普通か。じゃあ俺は?」

「田中くんも普通」

「その他大勢の知り合いと何ら変わりない感じ?」

「うん」

「じゃあ、水瀬に対する感情は俺と同じくらいなん? 俺がゲームとか誘ったら、わざわざ予定空けたり毎日付き合ったりしてくれるの?」

「私と毎日遊びたいの?」

「それは一旦置いといて。冬浦側の感情的にどう、付き合い切れる?」

「……誘われた以上は、考えるとは思うけど」

「じゃあ仮に俺が週5でバイト入ってたとする。毎回迎えに来てくれる? それを日課に出来るん?」

「それは……無理だと思う」



 おっ。答えた瞬間にまた耳が少し赤くなった。分かりやすいなー。



「でも私はっ、水瀬とも、そういう事とかしたいとは思わないし!」

「急にどうした。そういう事とは」

「……セックスとかしたくないし」



 飲み物を吹き出した。方向転換すごいな、遠心力で外に投げ出される勢いで話題性が変わったぞ今。



「いきなりぶっこみますね」

「好きってそういう事だろ!」

「価値観穿ちすぎやろ。ヤレるかどうかで好き嫌いを判断するのかよ」

「お……私の母親はそうやって好き嫌いを判別してたもん」

「極端な人だな。まあそういう人もいるやろうけどさ」

「普通は違うの?」

「どーうなんやろ。でも、結婚するまでそういう事しないでカレカノ作る人とかは全然いるでしょ」

「見た事あるの? そういう人」

「友達に一人居たよ。そういう奴」

「……まだ付き合ってんの? その人は」

「付き合ってるよ。二年付き合ってまだした事ないんだって」

「そうなんだ」



 冬浦がスマホを触る手を止めて、ボーっとなにか考える。その様子から、セックスしたいと思える相手じゃないと好き判定にならないと信じ込んでいたのは本当なんだと思った。セックスしたくならないイコール好きじゃない、その固定観念が揺らぎつつあるようだ。


 その考え方も悪くないとは個人的には思う。けれど、傍から見る分にはあからさまに冬浦は水瀬の事を誰よりも気にしている様に見えるし、固定観念のせいで結論がロックされているのならば考えに趣味趣向が合わないって事だから、冬浦にその価値観は合っていないんじゃないかとも思う。


 冬浦はかなり小柄だし、体も細いしそういう行為に慣れるのにはきっと時間がかかる。体が未熟なんだから、そういう行為に痛みや不快感といった負の印象がセットになるのは当たり前だと思うし、セックス自体を忌避してもおかしくないだろう。


 あれ? 彼氏作った事ないのに経験した事あるって考えるのはあまり良くないか? 不健全か?

 ここは発想を転換して、セックスは汚いものという先入観があるから忌避している、といった風に解釈しておいた方が失礼が無いか。でも雰囲気的に、なんとなく処女では無さそうな感じするんだよな……。



「ヤれるかどうかは一旦忘れて、それ以外の所で水瀬の事をもう一度考えてみなよ。人を好きになるのって色んなパターンあるんだしさ」

「……まるで私があいつの事好きだと思ってる前提で話してる」

「そうとしか見えんしそりゃそうよ」

「う。なんなんだよ、まじで」

「てか、これ言おうかどうか迷ったんだけどさ。好きでもなけりゃ、男が告られてるの見て逃げ出して長時間泣くなんて事有り得ないから」

「!!?!?!? 水瀬か! 水瀬に聞いたんかそれ!!!」

「いや、一部始終見てたよ」

「はあ!? きっしょ!!!」

「お前みたいなロリっ子が一人になったら危ないだろて。監視してたんだよ」

「こ、声掛けろよ!」

「嫌だよ。一息ついた後ならともかく、進行形で萎え散らかして泣き喚いてる女の子に触れたら何されるか分からんし」

「ぐぅぅうう……! 他にも見てた奴いるの!?」

「いないんじゃね? 俺はその時は単独で行動してたから分かんね」



 俺の言葉を聞き少しだけほっとするが、すぐに強い眼光で俺を睨みつけると冬浦は「もう二度とすんなそんな事!」と言った。



「冬浦ちゃんがすぐ声掛けられそうな雰囲気してるから悪くないか?」

「悪くないかってなんな!? そんなにナンパされそうに見えますか!」

「見える。実際されてたじゃんあの時」

「……ネットで、怖そうな見た目してたら痴漢とかナンパとかされなくなったって見たからこういう風にしてるのに」

「なんじゃそりゃ。言い方悪いけど、性にだらしなさそうな印象の方が強いぞ」

「なんでだよ!?」

「ピアスとかベロとか髪色とか」

「地味な子の方が危ないって聞いたんだけど!?」

「別に今の冬浦も派手って感じじゃないからな。そもそもそこらの人より可愛いんだから一人になったら狙われ放題だろ」

「かわっ……!?」



 驚いた顔のまま赤面する冬浦。なんでだよ。自分で自分の事可愛いやんね私って言ってるの聞いた事あるぞ。ナルシストタイプだと思ったのになんで初々しい反応してんだこいつ。擬態したエイリアンか?



「可愛いって言ってもあれだからな。タヌキ見た時に抱く感じだからな」

「………………うざ」



 よーし。顔色が普通に戻った、目は細くなったけども。しかし今日はやけに素直に悪感情をぶつけてくるな、普段猫被ってるの丸分かりじゃん。



「あっ、LINE来た」

「水瀬からのラブコール?」

「ラブじゃないから!!!」

「そうね。そのバイト先はここから遠いん?」

「真っ直ぐ歩いてればすぐだよ」

「なら付き添いはいらんか」

「病人か私は。一人で大丈夫だから。ありがとね、長々と」

「あいよ。夜道やし気を付けろよ」

「はいはい。じゃーね」



 冬浦は腰を上げて鞄を持ちトテトテと早歩きで去っていった。今すぐにでも会いたいやんそのムーブは。それか俺が猛烈に嫌われているか、その二択。前者だと思いたい。


 俺も立ち上がろうとベンチの板に手をついたら何かが手のひらに当たった。


 スマホや。え、スマホ置いてく事ある? 令和のこの時代に? 水瀬からのLINE見て行こうってなってその場にスマホを置いてくとか神経どうなってんの、たこ足配線なん???


 あ、ラブじゃないからって言った時に勢いよくベンチに叩きつけてたなそういえば。あの時か。まじでシングルタスクじゃんあいつ。うーわ、画面バキバキになってるし。買い換えたばっか言うてたのにな。



「二人の空間を割って入るのか……行きたくねぇ〜」



 このまま帰りたい。でも流石に落としたスマホを置いてくのはちょっとやばいよな。行くか……。


 気は進まないが、冬浦が去っていった方をなぞる様に駆ける。あの二人の一定の距離を保ったまま好意を撃ち合う感じのもどかしい空気、どちらかというと苦手なんだよなー。


 今日は二人とも賢者タイムになってる事を願っておこう。あいつらの痴話喧嘩マジで胃もたれするからな、頼むぞ本気で。

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