37話「アルカリ乾電池」
「なんで真夏のど真ん中にエアコンが壊れるなんて漫画みたいなこと起こるのさ〜!」
「リモコン水没したんだって。あるじゃんかそういう事……」
「あるかい。なんなのリモコンが水没したって、なんで? どこに? どうやって? 水場の近くに電化製品なんて置いとくなよ」
「水場の近くってかさぁ……」
咲那と再会した翌日。桃果と結乃が俺の家に来ている。あまり進められていない課題を手伝ってほしいとのことだったらしい。
しかし、間が悪くエアコンが壊れて使えなくなっていたせいで集中力が持続出来ず全然課題は進められていなかった。扇風機の心もとないそよ風で熱を冷まそうとはしているものの、限度がある。全然暑い。全身汗だくで服が肌にはりつく。
「ダメだ〜もう無理。一抜けギブっぴ……」
「もたれかかってくるなよ暑苦しい〜」
結乃がぐでーんと桃果の背中に背中を押しつけ倒れかかっている。迷惑そうに桃果が抗議するが結乃は構わずだる絡みし続けている。胸の形が強調されてて大変よろしい。
「こよりんエアコン直してよ〜」
「直せてたらとっくにという話ではある」
「ぐぬぅ〜……こよりんお腹出して」
「なんで。嫌だよ」
「了解」
「おーいおいおい」
断ったはずなのに勝手に結乃は俺の着てるTシャツを捲って腹に手を置いてきた。結乃の手から暖かいのが伝わってきて鬱陶しい。
「あれ? こよりんって意外と」「そこから先言ったら絶交するよ」
「最近ダイエット考えてるんだってよ」
「補足という形で答え合わせしないで? あと無言で揉むな」
むにんむにんと腹肉を揺らされる。犬扱いか。
「はあ〜……エアコンもない真夏のあちあちな部屋で女三人課題を進める。虚しいなあ」
「何じゃそりゃ」
「巷では今日お祭りがあるらしいよって話よ。友達が彼氏と行くって言ってたぁ。はあ」
「結乃ならすぐ彼氏作れんじゃないの。よく話してる男子にLINEしてみなよ」
「いや別に彼氏は欲しくない」
「なんの嘆きだったん今の」
「彼氏はいらないけどそういうのいいな〜って思うの! 夏祭り、気になる男子と見上げる花火。アオハルじゃん!!!」
「ですって小依」
「まるで分からん価値観」
「なんでだよー! 感性死んでるって二人とも!」
どうでもいいけど腹揉むのいい加減やめて欲しいかもな〜。シンプル冷えてお腹痛くなるんですけど。
てか、暑いな〜……なにか冷たいものでも食べようかな。こんなんじゃ全然集中力維持出来ないや。
「ちょっと冷蔵庫見てくる」
「あたしにも何かプリーズ! 結乃まじで子供体温すぎる」
「超大型巨人まであるよな。手ぇあっついわ」
「でっしょー。ぎゅー」
「なんでくっつくねーん暑い本当に暑い嬉しさよりギリウザさが勝ってる」
「嬉しさ自体はあるんだ」
桃果につっこまれた。そりゃ中身は男ですからね、女子に抱きしめられたらわーいですよ。今だけは全然真夏の熱気で嫌気が勝ってるわ。
茹でた後に冷蔵庫の中に保存しておいた素麺を出して麺つゆとセットで机に置く。薬味はいいや、持ってくるのめんどくさいし。
「うわっ! 流しそうめんしたい!」
「子供か」
「あたしんちにあるよ、流しそうめんセット」
「玩具のちっちゃいやつだろ。あんなんでちまちま食うのはしゃらくさいよ」
「そんなん玩具関係なしに流しそうめんみんなそうじゃない? てか実際やってみたくない? 夏の間にやろうよ流しそうめん!」
「三人で??? 流す要員で一人使うから箸プレイヤー二人しかいないじゃん」
「誰かもう一人くらい呼びたいよね」
「呼びたいねー! よし! 小依、彼氏呼ぼう」
「いねえわ」
「旅行中?」
「違う違う、距離的な話でなく存在的な意味でいないのよ」
「水瀬くんだっけか」
「はい殺す。なんであいつが私の彼氏になるんすか」
「どう考えてもそうでしょ。ねえもかち?」
「いや、少女漫画で言えばまだ付き合うのは尚早かな。あとワンシーズンでの山を用意したいかも」
「そんなもんかぁ……じゃあ付き合うのは文化祭後かな!」
「付き合わんわ。てかそんなん言ったら結乃だって田中くんと何かあるかも知んないじゃんね今後」
「はっ? な、なんでそこで田中の名前が出てくるのさ」
「さぁ〜。桃果だって……桃果はぁ〜……山下とかさ」
「一番関係値無いでしょ。ねー小依、あたしも素麺貰っていい?」
「あい」
桃果にも箸を渡し二人でちゅるちゅると素麺を食べる。結乃はうにゃ〜と鳴きながらソファーの上でゴロゴロしている。
三人で素麺をすすりもちゃもちゃしながらボーッとテレビで映画を見る。10年くらい前に上映していた悲恋系の映画だ。誰かの趣味という訳でもなくただ適当に選んだ映画なのだが、見始めたら以外に面白くて見入ってしまう。
もう課題に手つけられなくなったな、今日はこれを見終えたらお開きって所か。
「二人とも今日は泊まってくの?」
「あたしは明日用事あるから帰る〜。結乃は?」
「私は泊まろうかな! あ、てかこれ食べ終えたら祭り行こうよ!」
「えー。暑いよー……」
結乃の提案に桃果は難色を示した。意外だ、デッサンの参考になる画を集められそう! とか言い出しそうなのに。空になった器を軽く片して手を拭きながらヨギボーに腰を落とす。
「日が落ちてきたら暑さはそんなにじゃない?」
「いやいやいやいや。ジメッとしてて蒸し暑いじゃんか今日なんか特に。それに明日出掛けるから体力温存したいよー……」
「うぇー。こよりんは?」
「はいなんでしょう」
「祭り行こ!」
「んー……」
「興味なさげだ」
「んー、だって祭りって場所変えたらまだあるべ」
「あるけどさ!」
「てか行くなら花火やるでかい方の祭り行きたいやん?」
「両方行けばいいじゃん!」
「気力がねぇ」
申し訳ないけど行く気が起きないのだから仕方ない。俺の返しに対してプンスカと文句を垂れる結乃の言葉をスマホの画面を眺めながら流す。
「二人ともつれないなー。いいじゃんかちょっとぐらい!」
「ちょっとって言ってあれ見たいこれ見たいってどんどん時間が長引きそうなんだもん」
「子供扱いか!」
「一緒に買い物すると毎回そうなんだもん」
「ぐぬぬ……」
「まあ本当にちょっとなら付き合ってもいいけどさ。あたし本当に明日早いから、遅くなる前に帰るからね」
桃果がそう言うと肩を落としていた結乃が顔を上げて「よっしゃ!」と喜んだ。一喜一憂がわかり易すぎる。桃果の奴、こういう反応を見たいがために一度提案を断ったんたろうな。性格的にそうとしか思えないわ。
「という事は、こよりんは!?」
「私はどのみち行かないよ〜」
スマホを弄りながら答えると、結乃が俺の足を掴んできた。
「こよりん」
「……祭りとか楽しかった思い出ないし、私みたいな陰キャには敷居高いと思います」
「そんな事ないよ」
「そんな事あるんよ。どうせ着いて行っても縦一列に並んで人混みの間を歩くだけの時間になるだろ。何が楽しくてそんひゃっ!?」
何故行きたくないかの理由を丁寧に説明しようとしていたら結乃の爪の先が親指の付け根の筋張った所を擦り上げてきた。くすぐられて変な声が出る。
「ちょっ、いひひっ! 離せっ」
「一緒に行こーよー」
「あぐぐ……ぐひひひっ! セコいぞおまっ、あひゃひひゃひゃっ!? やめろい!!」
なんとかくすぐってくる結乃の手から足を脱出させると、膝を折りたたんで足の裏を手のひらで守るように持った姿勢をとる。
「ふっふっふ。足を掴んだら首筋がお留守になるぞ〜」
「ぎゃー!?」
結乃が俺の上にのしかかってきて首筋や顎の下を指でくすぐられる。悲鳴混じりの笑い声を上げながらも結乃の攻撃を身を捩らせて逃げようとする。全く効果はなし。
腕の長さも結乃に負けてるので突き放す事が出来ず、一方的にフィジカルで組み伏せられてくすぐられてしまう。
「桃果〜〜〜助けて〜!!!」
「ちょっと待って、落書き完成させて」
「落書き如きに優先順位負けるのまじ!? あうっ、うひひひゃひゃっ!! くるじっ、ひゃめ」
その後桃果は微塵も俺を助けてくれようとする素振りすら見せること無く10分近くくすぐられ続けた。くすぐりから解放され、息も絶え絶えになりながら俺は結乃から距離を取る。
「ここまでしてもダメか〜。強情だなあこよりんは」
「それ以上近付いたら泣きます」
「行こうよ〜」
「うわああぁぁ桃果あ!!!」
背後にきゅうりを置かれた猫のような挙動で跳ねるようにして桃果の背後に逃げる。足裏くすぐりダメ絶対、次されたら心肺停止する気しかしない。
「た、助けて桃果! あいつまだ指ワキワキしてる!」
「別に着いていくくらいならいいんじゃない? 帰りたくなったら勝手に帰ればいいじゃん。ね、結乃」
「そうそう。後で私もこの家に戻ってくるしさ。途中まで一緒に遊ぼうよ〜」
「いやまじでいいって。絶対行っても欲しいものとか無いだろうし!」
「らしいですよ結乃さん。もう諦めたら?」
「諦めたくない!」
「ですってよ小依さん。どうする?」
「行かない!」
大きな声を出し威嚇しながら桃果の背中に隠れる。こっちは真剣だってのにやり取りに対してなのか俺の言い方に対してなのか、桃果がフッと笑い混じりの息を吐いた。
その後少しの間言い合いをしていたが、そうしている内に結乃の方もいい加減諦めが付いたようで「はぁ〜……わかったよ」と折れてくれた。良かった、ただでさえ帰宅後のエアコンもないのに外出なんかしてられないからな。
「本当に来ないの?」
ソファーに寝転がりスマホを弄っていたら廊下に立った結乃が最終確認を寄越してきた。答えは勿論YES、俺は扇風機のぬるま湯みたいな風を当たりながら答えた。
「行かないよ。二人で楽しんでおいて」
そう返していたらスマホから通知音が鳴った。反射的に指で上にスワイプして通知の内容を見る前に消してしまったのと、結乃が苛立ったり怒ったりしていないか伺うために意識のリソースを結乃方面に多く割いていたから何が来たのか全然見ていなかった。
座面を上から下にスワイプし通知の一覧を見る。
「……っ」
それは水瀬からのLINE通知であった。実に三日ぶりの返信である。
12:27『お前今日ひま?』
8/12
10:24『おはよ』
メッセージの送信を取り消しました
メッセージの送信を取り消しました
昨日
2:01『生きてる?』
8:12『おはよ』
メッセージの送信を取り消しました
今日
メッセージの送信を取り消しました
メッセージの送信を取り消しました
6:08『おはよ!』
『ごめん!』17:46
『同じ寮の奴にスマホ奪われてた!!』17:46
同じ寮の奴にスマホを奪われる、とは。そんな事ある? どういう状況なんだよそれ。
『絶対うそやん』
『嘘じゃなくて! 小依くんとのツーショットバレちゃってさ……』
『ツーショット? バレたらスマホ取られんの? 意味不だけど』
『男子寮は魔窟なので。匂わせなんかしようものなら死刑なんですよ』
『こわあ』
まるでバカバカしい理由で音信不通になっていたらしい。まあそれならいいや、嫌われてブロックされたと思ったらスタンプ自体は送れるってなったからすごい混乱したもんな。謎が一応は解けたようなので胸のつかえが取れたぜ。
『それでさ。小依くんって今日なにか予定ある?』
? 水瀬から予定を聞かれた。今日は……まあ結乃を家に泊めるから予定はあるか。そう伝えるために文字をタップしていると、先に水瀬の方から追加のメッセージが飛んできた。
『今日小依くんち方面で祭りあるんだよね? もし良ければ一緒に行こうよ』
まさかの誘いであった。結乃の言った事と全く同じ内容の誘いが水瀬からも送られてきた。
まだ結乃と桃果は玄関で靴を履いている所だ。今向かえば全然二人の元に間に合って一緒に祭りに迎えるが、先程のやり取りがある手前「やっぱり一緒に行く!」とはすんなり言えない……。
でも……。いわ、でもこんな蒸し暑い中外に出るのもな……虫とかに刺されるのも嫌だし、桃果の言った通り結乃の興味関心が向くと絶対想定してた通りのタイムスケジュールにはならなくなるし。
まああんなに駄々こねて行かない行かない言ったんだから、ここは断っておくべきか。現地で結乃と遭遇したらそれこそ喧嘩になりそうだし。水瀬には『また別の日に祭り行こうぜ』とでも返しておくか。
「小依ー」
「おー。鍵はかけないどくよ、行っといでー」
「じゃなくて、本当にいいの〜? 来なくて」
桃果が声を掛けてきたから一体何の用だろうと思ったらまさかの誘いであった。結乃の祭り行きたい欲が伝染したのだろうか。
「だから」
「今さ、水瀬くんからLINE来たんだけど祭り行くんだってよ」
「は?」
「小依仲良いでしょ? 合流してみたら?」
「あ、あぁ。うん」
あ、そっか。そういえば桃果と結乃は水瀬と交換してたか、連絡先。なんかめちゃくちゃびっくりしたわ何故か。てか休みの間も一緒に居るって思われてるんだなー俺ら三人って。
……。
普段からよくLINEしてたりするのだろうか。水瀬と桃果とか、結乃とか。まあ、別にそんな事どうでもいいか。なんで今ふと気になったんだろ、くだらね。




