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現在、ピッコマ様にて『公爵さまは女がお嫌い!』のWEBTOONが始まっております!
皆様どうぞよろしくお願いします!
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「久々に女性水入らずでお買い物ですね」
文字の最後に音符マークが付きそうなほど上機嫌で、そう言ったのはヒルデだった。護衛をするために、少年のような格好をした彼女は、ティアナとカロルの後ろで紙袋を抱えてホクホクとほほを緩ませている。紙袋の中には、お祭り特価で買ったお菓子が沢山詰め込まれていた。
エリックの生誕祭を楽しむため、ティアナとカロルもヒルデほどではないが動きやすい恰好をしていた。少しつばの広い帽子を被っているのは、身体がそこまで強くないティアナをカロルが慮ったからであった。夏は過ぎ去ったといっても、まだ日差しは強い。
街はいつもより活気づいていた。収穫祭と一緒になったエリックの生誕祭は一週間かけて行われる祭りで、その初日が明後日に控えているためか、全体的にどこか浮足立っていた。
「そういえば、いつもの癖でヒルデさんしか誘いませんでしたが、ハルトさんは誘わなくても良かったんですかね?」
ふと思い出したかのようにそう言ったのはカロルだった。その言葉にティアナは「そうですわ!」とたった今思い出したかのような声を上げた。
そんな二人に、ヒルデは不服を表すように少し唇を尖らせる。
「いいんですよ。ハルトはいま、父様から頼まれた仕事をしているので」
「仕事?」
「今回の相手はべワイズで、ペイル人でしょう? だからこの近くにあるペイル人の縁の地を色々調べさせられてるみたいなんです。ほら、もしかしたらそのどれかが彼らのアジトになってるかもしれないじゃないですか」
それは確かにありえそうな話ではある。
ヒルデが不服そうにしているのは、ハルトがしている仕事が彼女の敬愛する父親から下った仕事だからだろう。きっとヒルデは自分もその仕事をしたかったに違いない。相変わらずのファザコンぷりだ。
「でも王都の近くにペイル人の縁の場所ってあるのですか?」
「そうですね、結構色々ありますよ。ペイル人って、昔はすごくたくさんいたみたいですからね。一番近いところだと……」
ヒルデは南の方角を指さした。
「王都を出て少し行ったところに、とんでもなく切り立った崖があるそうです。昔はそこでペイル人の処刑が行われていたそうですよ。目隠しした状態で、一人ずつ崖から落とすんです」
「え!?」とひきつったような声を上げたのはカロルだ。ティアナは口元を押さえて青い顔をしている。そんな二人の様子に気がついていないのだろう、ヒルデは相変わらずな調子で話を続ける。
「表向きは罪人の処刑場だったそうですが、文献を見る限りただの虐殺に使われたところですね、あそこは。姿が違うだけで迫害する人は今も昔も居ますからね」
「それは……」
「幸い、と言っていいのか分かりませんが、そこから落ちた人は苦しむ間もなく死ぬことができたそうですよ。崖の下にはまるで剣山のようになっていたそうですから。落ちた瞬間に串刺しだそうです」
「ひっ!」
「あ、あのヒルデさん……」
暴力的な話に耐性がない二人はそろそろ話を止めてほしいというようなオーラを出すが、耐性があるヒルデはそんなことには気が付かない。
「あ、そう言えば! 一人だけいたそうですよ。あの崖に落とされて生還したペイル人が。どうして助かったのかわかりませんけどね。その後、ペイル人の中で彼は奇跡の人として生き神のように生涯崇めたてられたみたいですよ?」
そこまではなしおえてから、ヒルデは二人の様子に気がついたみたいだった。
彼女は口元を押さえ「すみません。つい……」と苦笑いを浮かべる。
「こんな生々しい話はやめて、次行きましょう、次!」
ヒルデは二人の間に漂っている嫌な空気を振り払うように、楽しそうな顔でティアナたちに問いかけた。ヒルデほどではないが、ティアナたちも色々露天を見て回っていた。正直見たいところは回れたと思うので、正直今は休みたい。先程聞いた話の衝撃が残っているのだ。ならば後は広場に行って大道芸人たちの匠の技を楽しんでもいいだろう。そう思っていた時だった、一陣の風が吹いて、ティアナの帽子が空に舞い上がる。
「あっ!」
声を漏らしたときには、もう帽子は空高く舞い上がってしまっていた。その高さはティアがいくら手を伸ばしても届かない。しかし、風に流されていくその帽子を掴む者がいた。彼はとても長身の男性だった。真っ白い外套を着た男性にティアナは見覚えがあった。
「すみません! 」
ティアナが駆け寄ると、男はこちらに帽子を渡してくる。「どうぞ」と発せられた声は、思ったよりも低かった。
男は外套により全身が白に包まれていた。フードを被っていないのは、先程ティアナの帽子を掴むために手を伸ばし、風に脱がされてしまったからだった。
「貴女は、フレデリク様の……」
「侍従をしております。ガラム、と申します」
ティアナは驚いたように目を瞬かせる。彼女が驚いたのには、理由があった。まずは、彼の容姿だ。銀髪に褐色の肌。今までフードを目深に被っていたから気が付かなかったが、彼の容姿は彼がペイル人だと告げていた。そして、目元の眼帯。今まではフードに隠れてみとめてなかったが、彼は顔を半分覆うような黒い眼帯をしていた。
彼はすぐさまフードを被り直す。もしかすると、彼がフードを被っているのは、この特徴的な見た目を隠すためなのかもしれない。
(でも、この顔。どこかで――)
ティアナがそんなふうに考えた時だった。
「ガラム!」
一般的な男性よりは少し甲高い、少年のような声が男の名を呼んだ。ガラムが振り返ると同時に、ティアナもそちらに視線を向ける。するとそこには、フレデリクがいた。彼はこちらまで走ってくると、ティアナの前で息をつく。
「なにしてるんだよ。ついてきてないから、びっくりしたじゃないか」
「すみません。御婦人の帽子が飛んでくるのが見えたので」
そこにいるティアナと帽子を見て、フレデリクも何がどうなったのかを察したようだった。
「それならそうで、一言声をかけてくれよ。置いて行くところだったんだぞ?」
「すみません。フレデリク様」
「あの、フレデリク様。ガラム様って……」
そのティアナの困惑した声に、フレデリクもティアナが何を言いたいのか察したようだった。
「そう、彼はペイル人だよ。実は彼、父から託された使用人なんだ。『とても優秀で色んな国の言葉が喋れるから、通訳代わりにもなる。連れていきなさい』ってね? フードを被ってるのは、ティアナの考えているとおりだよ。本人の申し出でね。ペイル人を差別する人間も少なくないから」
「そう、なんですね」
ティアナは見上げる。目があったガラムは困ったような顔で会釈した。
こちらを見下ろすガラムの優しい顔は、やはりどこかで見た覚えがある。
「フレデリク様は何をしているんですか?」
「馬車の荷造りだよ。そろそろ検問が緩和されるみたいだから」
「え!? そうなのですか?」
現在の王都の検問がこんなにも厳しいのは、腕輪を王都の外に出させないためだ。荷物は全部隅から隅まで改められ、馬車も入念に調べられる。それを緩和してしまうということは、腕輪を取った犯人に逃げるチャンスを与えるようなものである。
「うん。なんで今の王都の検問がこんなに厳しいのかは知らないんだけど、明後日からはエリック様の誕生祭があるだろう? 最も街が活気づくってときだから、このままじゃだめだって思ったんじゃないかな? 流通を止めるということは人々の営みを止めると同じことだからね」
「そう、なんですね」
なにも知らないフレデリクになんと言えばいいか分からずそう返すと、「だから、今はちょっと忙しくてさ」とどこか彼は嬉しそうに頬をかいた。
「そうなんですね。お忙しいところ、すみませんでした」
「あ、ごめん。そういう意味じゃないんだけど。……でもそうだね。今日はここらへんで退散しようかな? なんだか睨まれてるし」
フレデリクの視線をたどるようにティアナは背後を振り返る。そこにはウジ虫を見るような目でフレデリクを見るカロルと、どこか殺意の籠もった冷たい視線を送るヒルデがいた。
「そう言えば、先日の夜会でのドレス、とても良く似合ってたよ。……じゃぁね」
フレデリクはガラムを連れてその場を後にした。そんな彼らの背中を見送りながら、ティアナは先程見たガラムという男の顔を思い出していた。




