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現在、ピッコマ様にて『公爵さまは女がお嫌い!』のWEBTOONが始まっております!

皆様どうぞよろしくお願いします!

https://piccoma.com/web/product/151469


『ティアナ、今日は遅くなると思うから、先に寝ていてくれ』

 そう言ってヴァレッドが寝室を後にしたのは、三時間ほど前のこと。いつもならもう寝ている時間だし、夜会で身体は疲れていたが、ティアナはとても眠る気になれなかった。自分が起きていても仕方がないのだから何度も寝ようとベッドに横になったのだがそれでも眠気はやって来なかった。ヴァレッドがいなくて寂しいのかと聞かれればそうだと答えるしかない。でもそれ以上に、あれからずっとレオポールの話を聞き、色んなところに指示を出しているヴァレッドの身が心配だったのだ。彼だって夜会で体が疲れているだろう。休まなくてはいつか倒れてしまうのではないか。そうでなくても王都についてからの彼は、いつも忙しそうにしていたのだ。でもそんなことを言い出せるような雰囲気でもなく、ティアナはただ彼が帰ってくるのを自分も起きて待っていることしかできなかったのだ。

 寝室のベランダから空を見る。夜空には星がまたたいていた。

「起きていたのか」

 そんな声が聞こえて、ティアナは扉の方を見た。そこにはヴァレッドがいる。彼は扉を持ちながら少しびっくりしたように目を瞬かせていた。

「ヴァレッド様」

「なんで先に寝ていないんだ? 今日はつかれただろう?」

 ヴァレッドは、椅子の上にかけておいたティアナのカーディガンを手に取り、彼女の肩にかけた。その気遣いにティアナの胸は温かくなる。夜会のときとは打って変わって私服姿のヴァレッドは、クローゼットの中にある上着を手に取った。

「どこかに出かけるのですか?」

「あぁ、病院に」

「病院!」

 ティアナの顔がさっと青くなる。まさか無理がたたってヴァレッドが身体を壊したのだろうか。そんな考えが透けて見えたのだろう、ヴァレッドはふっと表情を緩めた。

「違う。俺の身体はどこも悪くない。もちろんカロルやレオが体調を悪くしたわけでも、怪我をしたわけでもない」

「そ、そうなのですね。安心しました。……でもそれならばなぜ病院へ?」

「ナヒドが病院に運ばれた。……というか、運んだ、だな」

「え?」

 ティアナの脳裏に舞踏会で見たナヒドの顔が思い浮かんだ。彼のことは別段好きではなかったが、嫌いでもなかった。そんな彼が怪我をした。

 一瞬にして曇ったティアナの表情に、ヴァレッドはちらりと時計を見たあと「ここで説明している時間はないな」と難しい顔をする。そして、こちらを見下ろしてきた。

「……一緒に来るか?」

「いいんですか?」

「あぁ」

 ヴァレッドは優しい表情になる。

「君を巻き込まないようにしても、君は勝手に巻き込まれに来るからな。それなら最初から巻き込んでおいた方がいい」

 彼の言っていることはよくわからないが、以前のように隠し事をされていない事実に、なんだか嬉しくなってくる。

「それでは急いで支度をしますね!」

 ティアナは立ち上がり、カーディガンを脱いだ。そして、着替えるためにネグリジェに手をかける。その瞬間、ヴァレッドは勢いよく彼女の腕を止めた。ヴァレッドの顔は赤い。

「今すぐカロルを呼んでくるから、今ここでは脱ぐな!」

「あら、そうでした。すみません」

 ティアナがそう恥ずかしそうにはにかむと、ヴァレッドは「まったく……」と、どこかつかれたように眉間の皺を揉んだ


 ティアナは馬車の中で、いきさつを聞いた。

 ナヒドは夜会のあと、あれからすぐに馬車を走らせたらしい。そして、たどり着いた先はティアナたちがドレスを仕立てに行った仕立て屋だった。後を追ったジルベールたちはしばらく外で彼の動向をチェックしていた。この段階で腕輪はここにあるだろうということは予測できたが、いきなり突撃して乱闘になってもいいことはないと判断したらしい。なので、ナヒドが出てくるまで彼らはじっと待っていた。

 事態が動いたのは、彼らが見張りを初めて十分後だった。

 最初に聞こえたのはなにかが割れるような音だった。そして、中から争うような声。ジルベールたちが慌てて突入すると、中でナヒドが倒れていた。それをみとめると同時に馬のわななく声。

 慌てて外を確かめれば何者かがまるで逃げるように馬を走らせていたらしい。

 ジルベールたちはその後を追ったが、見事に巻かれてしまったというのだ。

「どうやら、ナヒドは中で待ち伏せをされていたらしいな。それでナヒドが腕輪を確認した直後に襲われ、逃げられた」

「つまり腕輪は?」

「取り戻せなかった。おそらく馬で駆けていった人間が取っていったんだろう」

 ティアナは頭の中で状況を整理しつつ、唇を開いた。

「つまりこれは、仲間割れ、でしょうか?」

「さあな。しかし、ナヒドは襲ってきた人間のことはなにも知らないと言っているらしい」

「それで、ヴァレッド様が直接赴くことになったのですね?」

「あぁ。だが、俺が行ったところで素直に口を割るかどうか」

 ヴァレッドはつかれたようにため息をつく。

「それで、ナヒド様のお怪我の具合は?」

「腕を折られてはいたが、命に別状はない。運がいいやつだ」

 その言葉にティアナがほっと息をつくと、窓の外に病院が見えてくる。

「ティアナ、ナヒドは今強い興奮状態にある。君は無理に近づかなくていい。俺の後ろに隠れていろ」

「わかりましたわ」

 ティアナはしっかりと首を縦に振った。


「俺は盗ってない! 本当だ、信じてくれ!」

 ヴァレッドが言ったように、ナヒドは病院で暴れていた。暴れていたと言っても腕は折れているし、足もくじいているらしく、大した事もできずにベッドでうめいている。

 ティアナはヴァレッドの背から覗き込むようにして、ナヒドを見る。

「ヴァレッド! 本当だ信じてくれ!」

「それなら、本当のことを話すんだな。お前はあの腕輪を持っていた。そうだな?」

「それは持っていた。だけど、拾ったんだ!」

「拾った? 馬鹿なことを」

「本当だ!」とナヒドはベッドの上で気炎を上げる。

 ナヒドの話しやすさを考慮して、病院の関係者にはしばらくこの部屋には近寄るなと言ってある。だとしても、彼の声は大きかった。それもそのはずだ。彼は今、王家の秘宝を盗んだという重罪の容疑者なのだから。

 ナヒドは唾を飛ばす。

「たまたま部屋の前を通ったときに、倒れている人影を見たんだ。それで、覗いたら警備兵が倒れていて!」

「それでそいつらが腕輪を落としていったとでも言うのか?」

「そうだ!」

「そんなデタラメ信じられるか」

 ナヒドの話を総合すると、こうだ。

 園遊会の日、ナヒドは少し気分が悪くなりサロンで休んでいた。そこは人があまり来ない場所で、安心して休んでいたのだが、そろそろ出ようかというとき外が騒がしいことに気がついた。サロンから出て声のした方に行ってみると、部屋の前に兵士が二人倒れていた。慌てて駆け寄ったが、兵士たちはもうすでに事切れていた。ナヒドは何が起こったのかわからないまま、死んでいる彼らが警備していた部屋を覗き、腕輪を盗もうとする男たちをみつけた。――とのことらしい。

「何がサロンで休んでいた、だ。どうせ使用人に手でも出していたんだろう」

「う……」

 ヴァレッドの軽蔑するような目に、ナヒドが喉の奥で声を漏らす。この反応を見るどうやら図星らしい。しかも、ヴァレッドが知っているということは過去に何度も同じようなことをやらかしてもいるらしい。

「そもそも、その言葉を信じろという方が無茶だろう? その話だと、なんでお前が行きていて腕輪を持っているんだ?」

「だから! そっちのやつにも言ったが、落としたんだよ。俺の目の前で! 俺が見ているとは思わなかったんだろうな。んで、腕輪を慌てて懐に入れたら暴行されそうになったんだが、その前に鐘がなって……」

 鐘というのは王宮の中心にある時を知らせる鐘のことだろう。

 確か、園遊会のときにも鳴っていた。午後の三時を告げる鐘が鳴ったので、エリックの近衛兵が腕輪を取りに向かったところ、兵士が殺されており、腕輪が無くなっていたというのだ。

「いろいろな偶然が重なったとしても、相手は人を殺すのに躊躇がないやつだ。お前を殺すのに数秒もかからない状況なら、やっぱりお前が生きてるのはおかしい」

「そんなこと言われても知るか! とにかく俺は殺されなかったんだよ!」

 ヴァレッドとナヒドがそんな言い合いをしていると、間にレオポールが割って入る。

「つまり、ナヒドさんの言葉を信じるのならば、相手にはナヒドさんを殺すわけにはいかない理由があるということですね」

「俺を殺す訳にはいかない理由?」

「現に、今回も大怪我はしましたが生き残ったじゃないですか。相手が最初に腕輪を持ち去ろうとしたメンバーと同じグループなら、そう言った理由がない限り貴方は殺されていたでしょう」

 レオポールの推測に、ヴァレッドは神妙な面持ちで口元に手を当てた。

「まさかお前。べワイズとなに関わりがあるのか?」

「べワイズと? それこそ、まさかだ! というか今回のこと、べワイズの仕業なのか?」

「聞かれたことだけに答えろ。べワイズとなにか関係があるのか?」

「ないって言ってるだろ!」

 まるで心外だというように、ナヒドは声を荒らげる。

 そこで、口を開いたのはティアナだった。

「あの、もしかしてなのですが。ナヒド様の母方のお祖父さまは、ペイル人ではありませんか?」

「は?」とこちらをにらみつけるのはナヒドだ。もう夜会で見せた気障ったらしい表情はどこにも見られない。

「それと、父方のご親戚にもペイル人の血が流れている方がいたと思うのですが……」

「いや! 確かに母方の祖父はペイル人だが、どこでそんな――」

「以前見た貴族名鑑の本にそう書いてあったのを覚えていまして。シャズワン公爵家は由緒正しいお家柄ですから、貴族名鑑にも家系図が乗っているでしょう?」

「覚えていまして、って……。あれに書いてあるのは名前だけだぞ? ペイル人だってことはどこにも……」

「えぇ。ただ、ペイル人の名前は発音が独特なので。もちろん、理由はそれだけなので、当てずっぽうだと言われればそうですが……」

 ナヒドが困惑を顔に貼り付けてティアナを凝視する。

「もしかしてお前たちは、最初から俺が怪しいと思って調べていたのか?」

「あら、違いますわ。たまたま読んでいた本を覚えていただけです」

「まさか、そこにあった全員の家系図を覚えているんじゃないだろうな?」

「覚えておりますが?」

 さも当然とばかりに頷くと、ナヒドの頬がヒクヒクとひきつった。彼はまるで助けを求めるようにヴァレッドの方を見る。

「自慢の妻だ」

 ヴァレッド派がティアナの方を自分の方に寄せながらそう宣言すると、ナヒドは苦々しい顔で「変人夫婦め」と吐き捨てた。

 そうこうしている間にレオポールは話をまとめる。

「つまり、ナヒド様にはペイル人の血が流れており、だから相手はナヒド様のことを殺さなかった、ということですか? まぁ、考えられない話ではありませんね」

「そうなのか?」と反応したのは、ナヒド自身だった。

「えぇ。ペイル人は血の繋がりを最も尊びます。それは彼らの宗教観から見てもそうです。彼らの信じているチェゼド教の経典では、この世界は元々ペイル人しかおらず、ペイル人こそが神である父が作り給うた最初の人類である、とされています。その後できた他人種は神である父の力を削ぐために悪魔が作った人種である、とも」

「同族は尊ぶべきものだが、他種族は敵ってことか。結構過激な思想なんだな」

「といっても、多くのペイル人はそこまでの思想は持っていません。せいぜい神が作り給うた我らなのだから、恥ずべき行いはしないようにしよう、と心に留めているぐらいです」

「しかし、べワイズは違うんだな?」

「元々宗教観で迫害されてしまったからですかね。彼らの大半は敬虔なチェゼド教徒です。思想が偏っていてもおかしくない」

 レオポールの言葉に、ナヒドも自分がどういう状況に置かれているのか理解したのだろう、先程よりは随分と落ち着いた様子で息をついた。

「というか、アイツラはペイル人で、べワイズなんだな……」

「その調子だと脅迫状の件も知らないんだな」

「脅迫状?」

「知らないなら、いい」

 ティアナから見てもナヒドは嘘をついているようにには見えなかった。それほど先程までの彼は必死だった。これが演技だとしたら、名俳優どころの騒ぎではない。しかしながら、そのままでは説明できないこともあった。ティアナの考えを代弁するかのように、ヴァレッドが口を開く。

「本当にたまたま入手したのだとしたら、どうしてさっさと名乗り出なかったんだ? そうすればこんな面倒な事態にはならなかったはずだ」

「お前を出し抜くチャンスだと思ったんだよ」

 ナヒドは苦々しげに下唇を噛む。

「腕輪が盗まれればいずれ騒ぎになる。そのときに一芝居うって返却すれば、国王に恩が売れるとおもったんだ!」

「お前、そんなことのために……」

「うるさい! 途中まではうまく言ってたんだ。途中までは」

 そう言って彼は親指の爪を噛んでいた。

 その後、ナヒドは王宮の客間に世話になることになった。と言っても、客人というわけではなく、軟禁という形である。もしかしたら、もう一度狙われるかもしれないから保護をするのと、ナヒドの証言が嘘だった場合に逃げられないようにするためである。


 そうして、ティアナたちが一息つけたのは、もう明け方近くなっていた。

「ティアナ、眠くないか?」

「いいえ、大丈夫ですわ」

「君がいてくれて助かった。ありがとう」

 朝日を背負ってヴァレッドは微笑む。

「お役に立てたようで何よりですわ」

「君には、なにかお礼をしなくてはな」

「あら、それなら、一つだけねだってもよろしいですか?」

 ティアナの珍しい返しに「なんだ?」とヴァレッドは少しだけ驚いたような顔になった。

「肩を貸していただけませんか? もう、ちょっと、限界で」

 頭がくらくらする。限界なのは眠気だった。ティアナはよほどのことがない限り徹夜なんてしたことがないのだ。それに昨晩は夜会にも出ている。ティアナの小さな体には過ぎたる疲労だった。

「そんなものはいくらでも貸してやる」

「ありがとうございます」

 ヴァレッドはティアナの頭を自らの方へ引き寄せた。彼女の頬は染まる。

「うふふ、温かい」

「そうか」

 ヴァレッドの大きな手がティアナの頭を撫でる。

「ヴァレッド様」

「ん?」

「私、ヴァレッド様に頭を撫でられるのが好きなのかもしれません」

「……そうか」

 ティアナの頭のそばでヴァレッドが優しく笑う気配がした。


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