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2023/12/25より、第三部更新再開しました!

更新再開に際して各話書き直しております。

以前のバージョンを知っている方は申し訳ありませんが、一話から読んでいただけると助かります!


現在、ピッコマ様にて『公爵さまは女がお嫌い!』のWEBTOONが始まっております!

皆様どうぞよろしくお願いします!

https://piccoma.com/web/product/151469

 それから一週間経って夜会の当日がやってきた。数日前に届いた黄色いドレスと、ヴァレッドにもらった耳飾り、指には彼からもらった指輪を輝かせて、ティアナは王宮に向かう馬車の中で、ヴァレッドと向き合っていた。

 ティアナはこれからのことはあまり聞かされていない。と言うのも、夜会に出ることがティアナの役割であり、それ以降のことはジルベールたちの役割になってしまうからだ。ただ、この夜会は失敗できないものだとも聞かされており、ティアナはその緊張で身体をこわばらせていた。

「緊張しているのか?」

 その言葉に顔を上げれば、いつもどおりのヴァレッドと目が合う。

「緊張なんかしなくていい。君はいつも通りにしていてくれ。そのほうが俺も助かる」

「そうなのですか?」

「あぁ。……こういう場はどうしても女性が多いからな」

 言いにくそうにそう言ったあと、ティアナの方を見る。

「君がそばにいてくれると、とても助かる」

 それが自分の緊張をほぐすために履かれた言葉だということが身にしみて、ティアナは口角を引き上げた。

「わかりましたわ。いつ何時、ヴァレッド様が倒れてもいいようにずっとおそばにいますね」

「そういうわけじゃないんだが。……でもそうだな。そばにいてくれ」

 放たれた言葉の甘さに頬が熱くなる。そういう意味で『そばにいてくれ』と言われたわけではないと解るのに、ティアナの心臓は律儀に大きく脈打った。

 ヴァレッドの視線はティアナの耳に移る。

「イヤリング、つけてきたんだな」

「はい。落としてしまいそうで、少し心配ですが」

「落としたら、今度は一緒に買いに行こう。それは俺の趣味で選んだやつだからな。君がどういう物が欲しいかその時に教えてくれ」

 その言葉にティアナの頬はますます緩んだ。

「ヴァレッドさまは天才ですね」

「なにがだ?」

「落とした後にも楽しみを作ってくださるなんて」

「……そうか」

 こんな時にでもいつも通り、ヴァレッドは優しい。

「今日はその、綺麗だと思うぞ」

「ありがとうございます。ヴァレッド様はいつも以上にかっこいいですわ!」

「そうか」

 そんな会話を交わしていると、いつの間にか停まっていた馬車の扉が開いた。顔をのぞかせるのは、きっちりと清掃したレオポールである。主人よりも華美ではない服を選んでいるのに、きっちりと様になっているところがさすがである。

「お二人とも、そのへんにしたらいかがですか? 会場につきましたよ」

 少し呆れたようにそう言われ、二人はどちらも少しだけ頬を赤らめたまま「あぁ」「はい!」と返事をするのだった。

 

 会場はまさに豪華絢爛と言った感じだった。ティアナも幼い頃に数回社交界に出たことがあるが、そのどれもと比べるのもおこがましいぐらいの豪華さだった。さすがこの国で一番の権力者が主催のパーティである。

 ティアナは花のようなドレスがひしめき合う空間を見回して「すごいですわね」とほぉっと息を吐いた。ヴァレッドも「……張り切ってるな」と少し呆れたようにあたりを見回した。そのつぶやきからも、これがすごく豪華な夜会なのだということがわかる。

 ヴァレッドはティアナを連れ立って会場の中心に行く。すると、すぐさま様々な人間がティアナたちを取り囲んだ。彼らのお目当てはヴァレッドのようで、みんな柔和そうな笑みを浮かべ、彼に挨拶をしていた。その中には社交界に詳しくないティアナでも知っている有名貴族もいれば、まったく知らない貴族もいる。

 彼らは皆一様にヴァレッドに挨拶した後、隣のティアナを見てこんな反応をするのだ。

「ドミニエル公。もしかして、彼女が?」

「妻のティアナだ」

「お初にお目にかかります。ティアナ・ドミニエルです」

 丁寧に頭を下げれば、彼らは少しだけ驚いた表情をした後「なるほど」と口にする。その「なるほど」が自分に向けて放たれているらしいということは解るのだが、どうして、「なるほど」なのか、何が「なるほど」なのか全くわからない。

 挨拶が一通り終わり、ティアナはその疑問をヴァレッドにぶつけてみることにした。

 ティアナはヴァレッドの袖をついついと引く。

「ヴァレッド様。あの、私、なにか変でしょうか?」

 そう聞いたのは、やっぱり「なるほど」の意味を測りかねていたからだ。「なるほど、こんな田舎娘が」と思われていたら、たまらないと思ったのだ。

「あの、なんだか皆様の様子がおかしかったので。それに、少し視線も感じますし……」

 会場を彩っている色とりどりのドレスを着た女性たちは、ヴァレッドの噂を知っているからかこちらに挨拶橋に来ない。かわりに視線だけはしっかりこちらを向いていた。しかも、気のせいでなければヴァレッドでなくてティアナの方を見ているようなのだ。

 不安げなティアナの様子に、ヴァレッドはどこか申し訳無さそうに眉尻を下げた。

「あぁ、気にしないでいい。あれは――」

「女嫌い公爵の生贄になった女性はどんな方なのか、みんな興味津々なんですよ」

 背後から聞こえてきたその声は、ヴァレッドの言葉に重ねるように放たれた。

 ティアナとヴァレッドは同時に振り返る。そこには長身の男性がいた。年齢はヴァレッドと同じぐらいだろう。どこか藍色に艶めく黒髪を後ろになでつけた彼は、ティアナに深くお辞儀をした。

「はじめてお目にかかります、ドミニエル夫人。私、ナヒド・ラジュ・シャズワンと申します」

 気障ったらしい態度でティアナの手を取り、彼は甲に口をつける。その瞬間、ヴァレッドの空気が硬直した気がした。腕を引かれて、まるで隠されるように彼の背に回される。

「なにしに来たんだ? ナヒド」

 そこで初めて、ティアナは目の前の男性が腕輪を盗んだ容疑者の一人、『ナヒド・ラジュ・シャズワン公爵』だと認識した。驚くティアナをおいて、ヴァレッドとナヒドは会話を続ける。

「そこまで怒らなくてもいいじゃないか、ヴァレッド。俺はただ夫人に挨拶しに来ただけだよ。君は結婚式にも呼んでくれなかったからな。……それとも結婚式なんてしなかったのか?」

「結婚式はした。貴殿を呼ぶ理由がなかっただけだ」

「それにしてはまったく噂を聞かないじゃないか。もしかして、教会でサインをするだけの簡易な式を結婚式と呼んでるんじゃないだろうね」

 性格を的確に捉えたような言葉に、ヴァレッドの鼻筋にシワが刻まれる。

 ナヒドはヴァレッドを目の敵にしていると聞いていたが、やはり話の通りあんまり仲はよろしくないみたいである。噛みつくナヒドにうんざりしているヴァレッド。二人の間には妙な緊張感が漂っている。

 そんな緊張状態に口を挟んだのはティアナだった。

「ナヒド様。ご心配してくださり、ありがとうございます。けれど、ヴァレッド様はとっても素敵な式をしてくださいましたわ! 今でも夢に見てしまうぐらいの」

 その言葉に目をむいたのはナヒドだけではなかった。ヴァレッドもわずかに驚いたような顔をしている。

「本当に? ヴァレッドに意地悪されてない?」

「えぇ。先日は新婚旅行にまで連れて行ってもらいましたわ」

「へぇ! それはそれは……」

 ナヒドは最初こそ純粋に驚いたような顔をしていたが、次の瞬間にはまた意地の悪い笑みを顔に貼り付けていた。その目がヴァレッドを捉える。

「……随分と従順な女性を捕まえたみたいじゃないか、ヴァレッド。君のことだからどうせ視察にでも一緒に連れて行っただけだろう?」

「お前には関係ないだろう」

 相手をするのも面倒だと、ヴァレッドは息をつく。そんな彼の態度に、ナヒドは「まぁ、そう邪険にするなよ」と唇の端をまた引き上げた。

「お前がいつも変なからみ方をするからだろう?」

「変って。俺はヴァレッドと仲良くしたいだけなのになぁ」

 そう言ってにっこり微笑むナヒドをヴァレッドは今度こそ無視をした。

 その反応が面白くなかったのか、ナヒドは肩をすくめてティアナに向き合った。そして腰を折る。

「私はお邪魔のようなので、ここで失礼しますね。またお話しましょう。ヴァレッド夫人」

「えぇ。またご一緒しましょう」

 ティアナがにこやかにそう微笑むと、ナヒドは踵を返し去っていく。結局のところ、彼はヴァレッドをいじりたいだけだったのだろう。

 ナヒドが人混みに完全に消えた後、ヴァレッドは息をついた。そして、ティアナに軽く頭を下げる。

「悪かった。嫌な思いをさせた」

「なにがですか? ナヒド様のことですか?」

「ナヒドのこともそうだし、見られているのもな。ナヒドも言っていたが、あれえは俺のせいだ」

 その言葉にティアナは先程のナヒドの台詞を思い出した。『生贄』という言葉が生々しく耳の奥に蘇ってくる。ティアナは最後まであの言葉の意味が分からなかった。どうして自分を指して『生贄』なんて話になるのかそこがまったくわからない。

「みんな『あの女嫌いと結婚した可哀想な女性は誰だろう』と眺めているんだ。居心地が悪いかもしれないが、耐えてくれ」

「可哀想?」

「ナヒド的にいうのならば『生贄』だな」

 その言葉にティアナは大きく目を見開いた。

「まあ、それはいけませんわ!」

 その声に驚いたのか、先ほどまで少し俯いていたヴァレッドの視線がティアナに向く。

「私、まったく可哀想な女性ではないですもの! ましてや生贄だなんて! ヴァレッド様のそばにいらられて、とっても幸せですわ! これは、皆様にきちんとアピールしないといけませんわね。……そうですわ!」

 ティアナはヴァレッドの腕を引いて、ダンスホールの中央に躍り出る。ティアナの行動にヴァレッドは「なっ!」とひっくり返った声を上げた。その声が聞こえたのか会場の注目が一気に二人に集まった。

 ティアのヴァレッドの手を取る。

「ヴァレッド様、踊りましょう!」

「俺は――」

「駄目ですか?」

 ティアナが笑みを浮かべると、ヴァレッドはなにか言葉を飲み込むようにした。しかし、これだけは言っておかないといけないと思ったのだろう、彼は低い声を出す。

「……だめではない。だめではないが、君が恥をかくかもしれないぞ」

「あら? なぜですか?」

「ダンスは一応心得として身に着けてはいるが、こういうところで踊ったことはない。女性と手と手を取り合って踊るなんて考えたこともなかったからな」

「それなら、私と一緒ですわね! 私もこう言うところでダンスを踊ったことはないのです! 初心者同士ですね!」

 そう言って満面の笑みを浮かべると、ヴァレッドはむず痒いような顔をした。しかし、それも罰に嫌そうな顔ではない。

 ティアナはヴァレッドの手を取った。

「転けるときは一緒に転けてくださいますか?」

「俺は、君のそういうところが、すごくいいと思う」

「うふふ、ありがとうございます」

 新米夫婦は、ぎこちなくステップを踏む。ふたりとも初心者なので慣れているとは言えない所作だったが、その表情はどこまでも楽しそうだった。


 それから二、三曲続けて踊ってからティアナたちはテラスに出た。会場の熱気と裏腹に、テラスは涼しく、二人以外、人は誰もいなかった。時計を見れば夜会も半ばに差し掛かっている。

「疲れましたね」

「そうだな」

 苦笑を浮かべながらヴァレッドが応じる。穏やかな時間が流れていた。

「でも、こんなに楽しい夜会もはじめてだな」

「そうなんですか?」

「俺にとって夜会というのは、我慢大会みたいみたいなものだからな」

「我慢大会?」とティアナは首をひねる。

 ヴァレッドは表情を一転させて苦々しげに奥歯を噛んだ。

「厚化粧で香水を狂ったようにつけまくっている化け物が、こぞってこちらに声をかけてくるんだぞ? しかも、邪険にするわけにもいかない。これが我慢大会以外の何だと言うんだ。苦行と言ってもいいかもしれない。何も得るものもない修行だがな」

「……大変でしたのね」

「でも、それも今日はまったく気にならなかった。……君のおかげだな」

 苦笑を浮かべながらそう言われ、ティアナは頬が熱くなる。

「だめですね」

「ん?」

「最近、ヴァレッド様がすごく優しいので、なんだかヴァレッド様の特別になったような気分になってしまいます」

 自分たちは政略結婚で、気持ちがあるのは自分だけ。

 わきまえている。わきまえているが、浮ついている唇は思ったままを言葉にした。

 ティアナの言葉に、ヴァレッドわずかに息を呑んだ後、手すりに置いた彼女の手に自分のそれを重ねてくる。

「ティアナ……」

 ヴァレッドがなにかを言おうと口を開いた瞬間、会場のほうが騒がしくなる。

 二人は振り返り、会場の方を見る。ヴァレッドの目には先程まではなかった真剣さがあった。

「始まったか」

 会場ではもうダンス用の曲は流れていなかった。その代わりにトランペットの音が聞こえる。幾重にも重なった目が覚めるようなその音は、今夜の主役の登場を意味していた。

 会場の最奥、数段高いその場所に、注目が集まっている。そこに通じている階段から降りてくる人影。一週間と少し前に会った彼は、その時よりも豪奢な服を着て、玉座に腰掛けた。肘掛けに置いているその手首には――

「ちゃんとつけてるな」

 盗まれたはずの腕輪があった。

 もちろん、それは本物ではない。『NOBLE』の主人であるイーサンが作ったイミテーション(偽物)である。

 会場に戻ったティアナとヴァレッドは視線を巡らせる。きっと別の場所でカロルもレオポールも招待客を観察しているだろう。招待客の中には、容疑者の五人もいる。彼らの挙動を見ているのだ。もし、彼らの中に犯人がいる場合、自分が持っているはずの腕輪を国王がつけていたら動揺するだろう。そして、腕輪を隠している場合、それを確認しに行くために何らかのアクションを起こすだろう、というのが、ヴァレッドの考えた作戦だった。

 といっても、近くで見れば偽物と本物の違いは一目瞭然だ。腕輪の真ん中にはまっている宝石は特別なもので、中に星が瞬いているのだ。あれだけはどうやても、どんな技術を用いても真似できないものだった。しかし、遠くで見るぶんには、変わらないし、わからない。

 そして、その作戦に引っかかったのは――

「……ナヒドか」

 彼は先程までヴァレッドに向けていたニヤついた目をこれでもかと見開いている。

「ヴァレッド様」

 気がついたら、ヴァレッドの隣にレオポールがいた。彼は正面に顔を向けたまま声だけをヴァレッドに向けている。

「動揺が見られたのは、ナヒド様だけのようです。ジルベール様を付けるのはナヒド様でいいですか?」

「あぁ、頼む。一応他の者にも別の人間をつけておいてくれ」

「わかりました」

 真剣な顔で腰を折る。そして、その場をさろうとしたレオポールは、なにかを思い出したかのようにティアナたちを振り返った。

「そう言えば、久しぶりのダンスにしては、お上手でしたよ?」

「……うるさい!」

 からかうような口調のレオポールにヴァレッドは低い声を出した。



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