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現在、ピッコマ様にて『公爵さまは女がお嫌い!』のWEBTOONが始まっております!
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腕輪は一週間ほど前に行われた秋の園遊会で盗まれたらしい。
春と秋に一度ずつ、三日に分けて行われるその園遊会は、各地方の有力貴族を招いて行われる、おそらくこの国で最も大規模な社交界だ。
エリックも園遊会には毎回出席しており、その時には必ず腕輪をつけて参加していた。
腕輪が盗まれたのは、三日目。保管していた部屋から盗み出され、エリックはその日初めて園遊会を欠席することになったのである。
「園遊会開催中はいちいち宝物庫に腕輪を返したりはしないからな。基本的には控室に警備を置く形で保管する。そのことを知っている誰かに盗まれたとみて間違いはないだろうな」
ヴァレッドは廊下を歩みながら、エリックからもらった資料を指で弾く。
その資料には園遊会で腕輪が盗まれたとわかるまでの経緯と、犯人の候補の名前が書かれていた。
ヴァレッドの隣にはティアナ、その後ろにはカロルとレオポールの姿があった。
エリックとダナはいち早く王都にある屋敷へ戻っていた。一応、管理は使用人に任せているのだが、あまり頻繁に使っている屋敷ではないため、現状を確かめに行ったのだ。――というのは表向きの理由で、国王に呼び出されたことによる緊張状態で、ダナが体調を崩してしまい、その看病をするために元公爵夫婦には先に屋敷に戻ってもらうことにしたというのが本当のところである。
レオポールは口を開く。
「園遊会に国王様が顔を出されるのは、最後の最後。つまり、腕輪は園遊会の最中に盗まれたということになりますね」
「だからこその、このリストか……」
資料に書いてある犯人の候補は全部で五人。
アミルル・デサイ男爵
サミュエル・ベン・カリファ伯爵
マロリー・ラナベロー侯爵令嬢
ナヒド・ラジュ・シャズワン公爵
そして、フレデリク・バートン準男爵
その五人は腕輪が盗まれたときに控室付近で目撃されていて、盗まれたと思われる時間帯前後にちょうど会場にいなかった者たちだそうだ。
園遊会では供にも厳しく制限があり、一人の貴族に一人までしか侍従や侍女を付けてはならないとされている。五人の中ではマロリー・ラナベロー侯爵令嬢、ナヒド・ラジュ・シャズワン公爵、フレデリク・バートン準男爵の供のアリバイがないが、侍従や侍女が勝手に王族に歯向かったとは考えにくく、やはり首謀者はこの五人に絞られるということだった。
「ちなみに、盗まれたときにいた警備員は二人とも亡くなっているみたいですね。二人とも急所を一突き。即死だったみたいですね」
資料を覗き込みながら発したレオポールの言葉に、後ろにいるティアナとカロルは同時に眉を寄せる。あまり血なまぐさい話は、二人とも得意ではないのだ。
ヴァレッドは渋い顔で資料を見下ろす。
「これはまた厄介そうなメンバーが揃ったもんだ……」
「確かに。これはまぁ、どの方も面倒くさそうな方ばかりですね……」
「そうなのですか?」
「はい。特にこのナヒド公爵は面倒くささの極みですね。同じく公爵であるヴァレッド様を常に目の敵にしていて、国王様が進めようとしている民主化にも反対の立場を示しています」
「あと、サミュエル伯爵も食えない方だ。爵位自体はそうでもないが、彼が裏で率いている自衛団の規模は大きく、彼がにらみを利かせているおかげで隣国との戦争が起きてないとも言われている。おそらく、エリックが最も敵に回したくない貴族はこの人だろうな」
資料を指先で弾きながら、ヴァレッドは苦々しくそう言う。
宝物庫は王宮の深部、王族が住まう棟にあり。その棟には月に一回開かれる園遊会でしか王族以外の貴族は立ち入ることができない。そして、腕輪が盗まれたのはその園遊会の最中だというのだ。
「この中から月末に行われてる予定のエリック様の誕生祭までに犯人を見つけるなんて、無謀にも程がありますよ」
胃が痛むのか、レオポールは腹部をさすりながらほとほと困ったような声を上げる。
そう、この任務には期間があるのだ。十月の最終日、三十一日に、なんとエリックの誕生祭があるのだ。収穫祭とも合わせて盛大に行われるその祭りの最終日までに、ヴァレッドたちはなんとしても腕輪を取り戻さないといけないのである。まだ十月は始まったばかりとはいえ、あと一ヶ月弱でこの中から犯人を見つけて腕輪を取り戻せだなんて、無茶もいいところだ。
ヴァレッドの隣を歩くティアナは今までの話を頭の中で纏めながら、小首をかしげた。
「この五人の方は全員、国王様が王都に足止めをしているのですよね? でも、園遊会は一週間前の出来事ですし、盗んだ本人がもう腕輪を持っていないということもありうるのではないですか? 隠したり、人に渡したりした方が安心ですし……」
「そうだとしてもこの王都の外には出ていない。腕輪が盗まれたとわかったときから街への出入りは厳しくチェックされているからな。特に王都から出る馬車は隅々まで荷物をチェックされるらしい。それに、王族と公爵家に堂々と喧嘩を売ってくる奴だ。逃げも隠れもしないだろう。腕輪も自身が持っているか近くに置いていて、こっちの動きもある程度予想してると思っていた方がいい」
レオポールは後ろからヴァレッドの持つ資料を引き抜くと、片眼鏡を押し上げながら中身にじっと目を凝らした。
「この中でやはり一番怪しいのはナヒド公爵かサミュエル伯爵ですよね。残りのメンバーは後回しでいいかもしれません。時間もないことですしね。特にフレデリク・バートン準男爵という名前はどこかで聞いたことがある程度ですし、無視してもよろしいかと……ん? フレデリク?」
「フレデリク・バートンか。俺もどこかで聞いたことがある名だな。フレデリク……フレデリク……。なんだか、腹が立つ名前だな。ムカムカしてきた」
ヴァレッドが胸元を押さえながら心底嫌そうな顔をする。
そんな彼の隣で、ティアナと後ろにいるカロルは互いに顔を見合わせた。
「……フレデリク・バートン……。ま、まさか」
「懐かしい名前ですわね! なんだか久々にフレデリク様にお会いしたくなってきましたわ!」
頬を引きつらせるカロルとは対照的に、ティアナは嬉しそうに頬を桃色に染め上げている。
その時だった。ティアナが前を見据えながら「あ」と溢し、立ち止まった。
すると、前方からも同じように「あ」という声が聞こえてくる。
ティアナの視線を辿るように、一行は前方へ視線を向けた。
そこには茶色いフワフワの髪をした、可愛らしい青年がいる。
ヴァレッドとは真逆で、中性的な顔立ちをした彼は、ティアナを見つけ嬉しそうに破顔してみせた。
「ティアナ!」
「フレデリク様、お久しぶりですわ!」
まるで、離れ離れになっていた恋人たちの再会のように、二人は駆け寄って手を握り合った。
その様子を見ながら、ヴァレッドはこめかみを引くつかせる。
「ティ、ティアナ、そいつは……」
「あ、はい。私の前の夫、フレデリク・バートン様ですわ!」
その言葉を聞いて、ヴァレッドは思わず天を仰いだ。




