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91:あの空の向こう側で

この日。2017/7/7に最終話を書き上げたことを嬉しく思います。

 わたしは……ずっとオオガミ ユヅキのアニマを宿したミカゲ ヒマリになっていたんだ、と思っていた。

 けど、それは間違いだって言うのだ。


「お前は俺の分身だったユヅキに、記憶を上書きされただけに過ぎん。父さんと、カイの考えた浅はかな計画のせいでな」

「嘘だ、と言いたいけど、もしそれが本当なら……ユヅキの記憶を失くせば、ヒマリは帰ってくる?」

「無論だ。サーバから正常な記憶を抽出し、その肉体へと再転送する。今までの記憶については保証致しかねるが、ヒマリとしての記憶は正常に蘇る。それに、選定を完全に終えた後は、本来のプルステラに戻る。お前が探し当てたように、裏技を使って武器を造ることもなくなるだろう」

「……そっか」


 この一年間、偽者のヒマリと過ごしてきた「僕」は、その全てがずっと心の奥底で引っかかっていた。

 もし、自分を犠牲にしてでもヒマリが元通りになり、平和に暮らせるのなら、僕はもう、ここに残り続ける必要はないだろうなって。


「ディオルクが選んだのはお前(ユヅキ)だったが、その役目は私が引き継ごう。お前の意志は元々私のものだったのだからな」


 ……でも、やっぱり悔しい。

 この一年間、出会った人みんなと別れてしまうだなんて。


 これからのヒマリはきっと幸せに暮らすだろう。

 わたし(ユヅキ)なんかよりずっと自然な姿で、出会ったみんなとまた、新しく友達になれるだろう。


「僕も……ヒマリと話がしたかったな……」


 冥主は軽く頭を下げると、「すまない」と一言謝り、


「可能な限り、その想いは伝えよう」


 その言葉を最後に、僕は何も話せなくなった。

 この身体から、僕だったものが抜き取られていく。


 あらゆる思い出が、走馬灯として一度ずつ脳裏に蘇っては、失われていく。


 肉体があれば、きっと涙を流していただろう。


 心の中であらゆる人々に別れを告げ──


 ──そして、僕は消えた。



 §



 朝の木漏れ日を受けて、ほんのり薄い紅のかかった白い花弁がひらひらと舞っている。

 目の前を歩く親友は嬉しそうにはしゃぎ回り、わたしは感動のあまりにポカンと口を開けてしまっていた。


「これ、サクラって言うんでしょ!? すっごくキレイ!」


 ──うん、とてもキレイだね!


「もうあれから一年経つんだね。新学期、楽しみだなぁ」


 一年……か。

 わたしにとっては、空白の二年が経つんだ。


 あれは、ほんの二カ月ほど前のことだった。

 わたしがふと目覚めると、目の前にお兄ちゃんがいて、その周りには、何故か見知らぬ人や、ドラゴンがいっぱいいた。


 よく分からないまま帰って来た新しいお家にはママとパパがいて、わたしの無事をとても喜んだ。ハグもしてくれた。

 何があったか全然分からなくて……何度か泣きだして。


 それでも、お兄ちゃんがゆっくり、いっぱい、説明してくれた。


 ……気付いたら、いつの間にかわたしは飛び級して中学生。

 今日から新しい学年で勉強することになってる。


 行きたくなければ、別に真面目に学校に行かなくてもいいらしい。

 何せここは、天国なんだし。


 でも、わたしはいろんなことを経験したかった。それが二年前からの願いだったんだ。

 せっかく、真っ白くて狭い部屋から、こんなにも色鮮やかな世界にやって来れたんだもの。隅々まで、世界を楽しみたいでしょ。


 例え、ここが天国だとしても。

 わたしが既に、死んでしまったとしても。


 それでも構わないじゃないか。


 ここには永遠の時間がある。

 全てが新しくて、全てが生まれたての世界。

 わたしも生まれ変わり、新しい人生を楽しんでいる。


 永遠の時を過ごし、変わらぬ平和の中で新しいことを学び、経験し、ただただ、楽しむ。──それが、生まれたての人類(プルステリア)という種族なんだから。


「あ、そうそう! 今日ね、新作の春物、作ったんだ!」


 新しく出来た親友は、相変わらず服を作るので忙しい。

 わたしは裁縫がとても苦手で、どちらかというと料理に興味を持っていた。

 だから今は、革を切るより、生地を切っている。……なんてね。


「学校が終わったら、コーデしてみよ!」


 ──うん、いいよ。


 わたしは二つ返事で頷く。多分、明日も明後日も、同じように答えると思う。


「そうそう、実はね、エリカさんとキリル先輩の服も──」


 他愛のない会話。尽きない話題。

 あの人達が守ってきた世界は今、本物の楽園になっている。

 そのことに、わたしは──わたし達は、感謝しなくちゃいけない。


(いつか、必ず会えるよね)


 わたしの留守を務めたあの人は、今もあの遠い空の向こうで生きている、だろうか。


 もし、願いがひとつ叶うなら、わたしはその人に会って、一言言いたい。




 友達をいっぱい作ってくれて、ありがとう──って。




「ヒーマーリーちゃーーーん!」

「ほら、ヒマリちゃん、走るよ!」


 ──わ、待ってよう!


 元気なあの子と、先日出会ったばかりのあの子。



 ……わたしはまだ、長い微睡みの中を彷徨っているのかもしれない。

ここまでお読みいただきました読者様、本当にありがとうございました。

本来なら昨年に完成予定でしたが、色々とやる気を失ったり、仕事があったりで集中出来ず、このような延期になってしまったことを深く反省し、誠に申し訳なく思っております。


何はともあれ、拙い文章ではございますが、初の超長編が完成いたしました。

恐らく手直ししなければ、な箇所は多くあると思いますが、今はこのまま、コレを完成とさせていただければと存じます。


とにかく最終話を書き上げたことがステータスとして残りました。

長い旅は一旦幕を閉じますが、また別の作品でお会い出来れば幸いです。


──ああ、やっと言える!


三年間、プルステリアをご愛読いただき、誠にありがとうございました!


 2017/7/7 野鳥がくつろぐ静かな街 自宅にて

 杏仁蜜柑

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