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78:迷路(メイズ) - 3

 西暦二二〇四年一月二十三日

 仮想世界〈プルステラ〉???サーバー ???????



 作業を開始してから三日目の昼。嘘か誠か、今日の木漏れ日は晴れを示している。

 熱帯特有のムシムシとした若干悪条件の中、お兄ちゃんの予想通りのスケジュールで人数分のグライダーが完成した。

 あとは巨木のてっぺんでコイツに乗って飛べば、恐らくはジャングルを越えられるだろう……という算段だ。


「ここで問題がある」


 各自が一旦グライダーをインベントリに仕舞った後で、キリルくんがきっぱりと述べた。


「まず、僕らはグライダーのプロじゃない。例えグライダーを設計した僕でさえ、この手作りのグライダーを上手く飛ばせるか分からないんだ」


 それは三日前にもお兄ちゃんが言ったことだ。

 失敗すれば大きな時間のロスに繋がる。一つ壊せば翌日に、二つ壊せば二日後に。……そう何度も作っている暇なんてない。


「けど、一番の問題はそこじゃない。『伝書鳩』が予定通り使えるか、が問題なんだ」

「そっか。三人のうちで『伝書鳩』を持っている人が失敗したら、結局月末に集合する意味が無くなっちゃうんだもんね?」


 その通り、とキリルくんは頷いた。


「それに、落下位置によってはここから遠ざかってしまうかもしれない。だから、順番に飛ぶことにしよう」


 ──順番?

 わたしは眉に皺を寄せた。それって、最悪のケースでは一人になっちゃうかもしれないってことだ。

 露骨にイヤそうな顔に見えたのだろう。キリルくんは「心配しなくてもいいよ」と笑った。


「いいかい。まず、飛ぶ順番の人が『伝書鳩』を持つんだ。そして、飛ぶ前にあの遠隔リードを付ける」


 何かに気付いたお兄ちゃんが顔を上げた。


「そうか。失敗しても待っているメンバーがリードをたぐり寄せればここに帰って来れるというわけか」

「その通り。大事なのは行方不明にならないということだから、DIPが使えないこのエリアではぐれちゃうのは最も危険な行為だしね」


 と、そこでキリルくんは責めるような目をわたしに向けてきた。


「こ、この前みたいなことはもうしないってば!」

「うん。まあ、そのためのリードだから」


 キリルくんはそう言ってクスリと笑い、またマジメな顔に戻った。


「でも、ブレスレットは個体で親子が定められているから、引っ張る権限の譲渡も出来ないんだ」

「じゃあ、三人にそれぞれ輪のようにリードを付けたらどうなるかな?」


 これは我ながら名案だった。

 例えば、わたしが親でお兄ちゃんが子、お兄ちゃんが親でキリルくんが子、キリルくんが親でわたしが子……という風にリードを繋げば、互いに引っ張りあって元の位置に戻れるはずなのだ。

 ところが、キリルくんは「良い考えだけど」と残念そうに首を振った。


「遠隔リードはね、既に『親』扱いになっていると、『子』には出来ない仕組みなんだ。それが出来たら本来の使い道で親の権限の意味が無くなっちゃうだろ? だから、両腕に一つずつ付けても、『親』役は常に一人ってことになる。

 だから、こうするんだ──失敗した場合はブレスレットを二回叩いて『親』に報せ、引っ張って貰うのさ。もし成功したら三回叩いて、待機メンバー全員がリードの先を追って走ればいい。多少遠いかもしれないけど、確実にジャングルは抜けられる。……つまり、最初にやったのと同じ原理だよ」


 なるほど。これで失敗だろうが成功だろうが、取るべき行動は決まったわけだ。

 あとは、三回しかないチャンスを如何に失敗しないようにするか、だけど……。


「で、誰が最初に行くんだい?」

「そりゃあ、お兄ちゃんでしょ。アウトドアには詳しいんだし」


 と、わたしが指名すると、当人は苦い顔をした。


「やれるって言った後でこんなことを言うのは心苦しいが、グライダーは一度しか経験がないぞ?」

「それでも経験者じゃない」

「……ん、まぁ、そうだけどさ」


 順番とは言っても、誰が最初に飛ぶかぐらいしか違いはないのだ。

 グライダーはそれぞれの体格に合わせて作ったから、成功しなければ全員に順番が回ることになる。


「失敗しても恨むなよ?」

「ダメで元々じゃん。とにかくやってみようよ」


 意を決したお兄ちゃんは、キリルくんから『伝書鳩』を受け取ると、それをインベントリにしまった。

 そして、一呼吸整えてから抱えきれないほど大きなあの巨木にしがみつき、ロッククライミングよろしくガシガシと登り始める。……その姿は実に様になっていた。

 お兄ちゃんの腕に取り付けられたブレスレットから伸びたリードはぐんぐん伸びていき、やがて、お兄ちゃんの姿と共についには見えなくなってしまった。……この木はどれほど高いというのだろうか。


『よし、てっぺんに着いたぞ』


 お兄ちゃんがグループチャットで話しかけてきた。わたしも喉元をなぞってモードを切り換える。

 どうやら、同じジャングルの中同士であれば、グループチャットのような通信機能は使えるらしい。


『どう? 飛べそう?』

『ああ。足場には余裕があるな。グライダーを広げてもぶつかったりはしない』


 ひとまず、飛ぶには問題ないようで、わたしたちはほっと一安心する。


『よし、飛んでいいよ!』

『了解!』


 キリルくんの合図から数秒後、リードが物凄い勢いでグングンと伸びていった。

 角度は徐々に浅くなっていき、その動きを見るにおよそ順調かな、とは思うが……。


「お、地面に到達したみたいだぞ」


 リードは前方に真っ直ぐ張られている。これだけでは成功したのかどうかが分からない。

 しばらくすると、キリルくんの腕にブレスレットを叩く感触が伝わった。


「どう?」

「……失敗らしい」


 言いながら腕を引き上げる。お兄ちゃんは直ぐ目の前に現れた。


「思ったより難しいぞ。バランスを崩すと一気に横倒しになってしまう。何度か持ち直したが、あっと言う間に脇に逸れてコースアウトだ」

「力任せに翼を動かすだけじゃダメなんだね?」

「ああ。風の影響もあるが、無理にコースを引き戻そうとすれば翼の方が折れちまう」


 どうやら一筋縄ではいかないようだ。これだと、わたしも上手く飛べるか分からない。


「次はどうしよう?」

「ヒマリからどうぞ」


 キリルくんは即答でわたしに順番を譲った。レディーファーストのつもりだろうか。


「ヒマリのが上手そうだからモニタリングしておこうと思って。いざって時に役に立つからさ」

「よく分からないけど……なんかずるいよ、それ」


 まぁ、それで確率が少しでもアップするのなら、とわたしは仕方なく木に登ることにした。



 お兄ちゃんから『伝書鳩』を受け取り、地道に木を登っていくと、そのてっぺんは清々しい光景だった。

 背後にはセントラルペンシルがあり、前方にはジャングルを抜けた先に大きな川がある。

 その流れを追っていくとやや下流ぐらいに集落と思われる家々が見当たった。まずはここを目指すべきだろう。


『準備はいいかい?』


 キリルくんから声がかかった。


『うん。集落が見えたから、なるべくそっちを目指すよ』

『それがいい。とはいえ、多少遠くてもいいから、まずはジャングルを抜ける最短ルートを選んでくれ』

『もちろんそうする』


 ジャングルは正円ではなく、若干窪んでいる箇所がある。半径を目測で測ると、そっちの方が近いことが分かった。


『じゃあ、飛ぶよ!』

『こっちはいつでも構わない』


 インベントリからグライダーを取り出す。それだけで少しばかり浮き上がるのでわたしは慌てて取っ手を掴んだ。

 目指す方向と真っ直ぐが理想だが、風はどうやら右後ろから吹いているようだ。追い風というだけでもありがたいのだが、これがどの程度飛行に影響するのか。

 太い枝先に立ち、グライダーを構える。微妙に揺らぐ風の方向を肌と腕で感じながら、良い風が吹くタイミングを待つ。


(……来た!)


 後方から強い風。わたしは迷わず枝を蹴った。

 順調な滑り出しだ。速度は速くないものの、一直線に飛べている。

 ……ところが、横凪の突風が吹いた。ぐらりと傾き、グライダーは左へ大きく旋回する。

 お兄ちゃんの言葉を思い出し、わたしはそれになるべく逆らわず、傾きを整えつつそのまま飛んだ。

 左へ右へと複雑な風を受けながら同じペースで飛んでいると──


「あ……!」


 再び横凪の突風が、わたしのグライダーを左に傾かせてしまった。進行方向は……いつの間にかジャングルの中へと向かっている。

 しまった、と思う頃にはもう遅い。前方を気にするあまり、自分が何処を飛んでいるかを見落としてしまっていたのだ。

 高度はあまり足りていない。このままだとジャングルへまっさかさまだ。


 このまま落ちるわけにはいかない。せめて足掻いてから、落ちなければ。

 グライダーが垂直になってしまうと、上昇気流を受けられずに落下してしまう。まずは機体を真っ直ぐに保たねばならない。

 お兄ちゃんは翼が折れることを心配したが、わたしは強引に持ち直すことだけを考慮した。

 右側の翼をひたすら動かし続けると、ビキビキとイヤな音はしたが、まず何とか姿勢は水平に戻った。

 だが、高度は間もなく木の上にまで達する。何とか、強引に、方向を戻さないと……!


 ──ベキッ!! と音がした。


「…………ぎゃっ!!」


 落ちるのは非常に簡単だった。

 体中を強打し、いくつも枝葉を折り──


 気付けば、大の字で倒れてしまっていた。


 わたしは何とかブレスレットを二回叩き、何ともみっともない姿でキリルくんに召還されたのだった。


「お帰り」

「……もうやだ、こんなの」



 ──この後。

 わたしの飛行データを参考にしたキリルくんがあっさりとジャングルを抜けてしまい、残されたわたしたちは全力でそれを追うのだった。

 結局、この中で一番無駄に動き回っていたのはわたしだけなのかもしれない……。

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