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77:迷路(メイズ) - 2

 木に登り、そこから幹を蹴ってジャンプする……わけがない。

 そんなことをしてもジャングルを抜けられるほどの跳躍力は得られないし、思いっきり蹴ったら幹の方が折れてしまう。

 ……では、どうすればいいのか。


「と、鳥人間っ!?」


 キリルくんが出した提案に、わたしは思わず大声で叫んでしまった。

 驚きと、何より自分の力で空を飛ぶということに胸がいっぱいになる。


「人間は道具さえあれば空を飛べるんだよ。特にプルステラの場合はね」


 キリルくんは当然のように言ってのけた。


「設計図は僕が何とかする。以前VAHで自作グライダーが作れないか飛行テストをしたことがあるからね」

「ええ!? そんなこと出来たんだ!?」


 確かに落書きが出来るとか、リアルな物理演算で有名なゲームだったが、自作のグライダーなんて聞いたことがなかった。

 ……もしかして、キリルくんが時間をかけたら、大鷲も自作出来るんじゃないのか……?


「何でも出来るよ、あのゲームは」


 キリルくんはにこやかに答えた。


「とにかく、そいつを三人分作って、それぞれが順番に一番でかい木のてっぺんから飛ぶんだ」

「なるほど。翼が可動式のグライダーか」


 アウトドアに詳しいお兄ちゃんも納得の表情だ。


「今の俺たちなら、翼を効率よく動かせるだろうな」

「うん。我ながらとんでもない筋力があるからね!」


 人間が鳥のように飛行するためには、グライダーと自身の重さを支えられる程の筋力に加え、上昇気流を捉えながら翼を一定速度以上で動かし続ける必要がある。それさえ維持出来れば、何もしないよりか何倍も距離を稼げる……はずだ。


「さすがにペダルを付けた自転車のようなシステムには出来ないけど、腐るほどいる獣たちの素材を利用すれば、強靭なグライダーは簡単に造れるはずだよ」


 その言葉を受けて、お兄ちゃんはわたしの肩を叩いた。


「革の扱いに関しては一流のヒマリもいるからな」

「あはは。なんだか懐かしいね、レザークラフト」


 思い返すと、旅を始めてからモノ作りと呼べるような作業はほとんどやっていなかった。良くて料理か、薪割りという名のクラフトぐらいだ。

 まさか、こんなところで本格的なレザークラフトをやることになるなんて……。


「ヒマリ、道具一式はあるか?」

「もちろん。軽いからずっとインベントリに入れてる。お兄ちゃんも加工用の道具、持ってきてるよね?」

「まあな。武器を造ったり研ぐために必要だから携帯出来るやつを持参している。今回の素材は骨だし、それで事足りるはずだ」


 これで決まりだ、とわたしたちは互いに拳をぶつけ合った。



 ◆



 翼に使う素材には、やはり空を飛ぶ生き物の翼が最適だ。

 その中でチョイスしたのは、以前エリカのマントを作った時に使った、巨大コウモリの大きな翼だった。加工しなくてもほぼそのまま使える上に、ゴムのような弾力もあり、衝撃どころか水にも強いからだ。幸い、巨大コウモリの生息はこのジャングルでも確認している。

 そして、翼を支えるための骨組みには、文字通りの骨を利用する。こちらの加工はお兄ちゃんの作業だ。


 しかし、そこで問題が浮上した。

 一つは、あの大きな木がどこにあるか分からないということ。

 もう一つは、肝心の巨大コウモリがいつ、何処に出てくるか分からないということだ。


「倒した連中の素材を持ってくれば良かったな……」


 半日ほど探し回った後でお兄ちゃんが呟いた。

 仕方のないことだ。何せここから出ることで必死だったから、スキニング属性の刃物は全く使っていなかったのだ。

 あるとしても、せいぜいキャンプに必要な薪木、枯れ枝ぐらいなもので、今回の制作に必要そうなものはほとんど持ち合わせていない。


「縫い合わせるにしたって糸は足りないだろうしな……」

「うん。耐久性も考えるなら、糸はなるべく使わないようにするのがいいと思う」

「止まって、二人とも」


 キリルくんが腕を真横に伸ばして立ち止まった。

 彼が指差した先、重みでしなった太い木の枝に黒い何かが止まっている。


「コウモリか」


 ……と呟きながら弓矢を取り出すお兄ちゃんの腕をわたしは制した。


「翼に穴を開けたら台無しになっちゃうよ。ここはわたしに任せて」

「……よし、分かった。()()()気を付けろよ?」


 先ほどの失態を思い出して、わたしは苦笑する。


「今度はただのコウモリだよ」

「それでもだ」


 ほら、約束、とお兄ちゃんは小指を差し出す。……まったく。すぐ子供扱いするんだから。


「はい、指切りっ!」


 それをスタートの合図に、わたしは土を蹴って駆け出した。

 湖を走るボートのように盛大に落ち葉の飛沫を上げながら、あっと言う間に距離を詰めていく。

 ところが、あと少しというところでコウモリがこちらに気付いた。ただならぬ何かを感じたのか、ソイツは襲ってくるよりも身を翻した。


「待てえっ!」


 片足で高く跳躍する。と同時に、コウモリは翼を広げて飛び立った。

 一拍遅れて枝に飛び乗ったわたしは、その勢いを利用して枝を蹴った。音を立てて折れる枝の音を聞きながら、既に次の枝に飛び移っている。


 コウモリは急降下し、地上近くへ逃れた。

 わたしは掴まった次の太い枝を鉄棒の要領で前に一回転し、弾みを付けて浅い角度で降下していく。


 ――ジャングルを騒がせていた音が、一瞬止まる。


 一呼吸の後、また盛大に落ち葉が舞い、追いかけっこは再開した。

 木の葉を蹴散らして走り、跳躍し、太い根や岩を飛び越え、蔦の垂れ下がる枝を飛び移り、また地上へ――

 繰り返すうちに体が次第に速度に慣れていくのが分かる。距離も次第に縮まっていく。

 ここで速度を落としでもすれば、二度と追いつけない。……その緊張感が、わたしを更なる高みへと導いていく。


 しかし、なかなかタイミングの波長が合わない。思った以上に相手の飛行技術は巧みと言える。

 狙うは、相手が翼に力を入れて加速するタイミングか。


(……ここだっ!!)


 コウモリが翼を上げた瞬間に地面に到達したわたしは、今までに以上に力を込めて大地を蹴った。

 跳躍の軌道から僅かに逃れようとするコウモリの頭を、ほんの一瞬飛び越えるタイミングで上から拳で殴り付ける。

 ピィッと高い声を上げ、そいつは落ち葉の中へ墜落した。


「無茶するなあ」


 何とか追ってきたキリルくんが呆れたように言った。

 わたしはもう一度苔むした幹を蹴って落ち葉の中へと急降下した。


「へへ、捕獲成功ー!」


 埋まっているコウモリの首を引っ張り上げる。コウモリは今の一撃で気絶していた。あとはスキニングナイフを使うだけだ。


「恐らく、今のヒマリはプルステラで一番の野生児になってるぞ……」


 からかうお兄ちゃんにわたしは頬を膨らませる。


「……むー。そんなガサツみたいな言い方しないでよ」


 ……とは言え、その冗談もあながち過言ではないと自覚している。

 ここに来たばかりの頃は、武器を持っていても危うかったぐらいなのだ。

 当時出会った小型の怪物が目の前にいるとしたら、一撃で仕留められるはず。……そのぐらいの算段も出来ていた。


「しかし、これだとまだ一人分だよ。コレと同じぐらいのを、最低でもあと二匹ぐらいは倒さなくちゃ」


 スキニングナイフで翼を解体しながら言うと、お兄ちゃんは困ったような表情になった。


「それはそうだが、今の追いかけ方だとお前が何処へ行っちまうか分からないじゃないか。今回は俺たちが全力でお前を追ってきたからいいものの、後二回続ける間に誰かを見失うこともあるかもしれないんだぞ?」

「う……」


 そうは言っても、仕留めるための道具が圧倒的に足りないのだ。

 唯一飛び道具として役に立つ弓矢は翼に当たれば台無しになるし、スリングも一撃で仕留められる程の腕はない。


「要は迷子にならなきゃいいってことでしょ?」


 キリルくんが後ろからやって来て言った。


「オフラインでも二人を追跡出来る、丁度いいモノがあるよ」


 と言って彼が取り出したのは二つのブレスレットだった。

 プルステラでは珍しく、つるっとした現代的なデザインをしている。……つまり、システムとして元々在るものらしい。


「こいつは子供用の遠隔リードさ。互いに色の違うブレスレットを腕に装着するだけで、実体のないロープが現れる。

 赤いのは親、青いのは子供用だ。赤を引っ張るだけで青の持ち主は赤の位置に戻るし、青がブレスレットを叩けば反対側に合図を報せることも出来る。だから迷子になることは絶対にないよ」

「へぇー……って、そこで何でわたしの方を見るの? そこまで子供じゃないんだけど!」


 キリルくんはわたしの抗議を爽やかに笑い飛ばした。


「迷いの森じゃ誰だってそんなもんさ。つべこべ言わずにこいつを試しなよ」


 馬鹿にされている気がするけど仕方ない。確かに迷ってしまったら二度と合流出来ない危険性はあるのだ。


 青いブレスレットを手首に取り付けると、そこから青い光の帯が伸びた。帯の先はキリルくんの持つ取っ手に繋がっている。

 少し離れてみたり跳んでみたりしたけど、帯は途切れなかった。それに、障害物に阻まれても上手い具合に避けたり貫通して大丈夫らしい。


「ねえ、コレ、空間が歪められていても機能するのかな?」

「少なくとも、このジャングルでは平気だと思うよ」

「……やけに自信たっぷりに言うね?」

「何故なら、この森のワープシステムは後を追えば誰でもついていける仕掛けだからさ。

 ロシアサーバーに来る時、ペンシルリードを通っただろ? アレは人によって出口を選ぶタイプだから、コイツは役に立たないんだ」


 万人が通ってもポータルの行き先が変わらない場所――ということはやはり、このジャングルはくねくねと入り組んだ迷路ってことになる。


「もう一つあるから、お兄さんにも付けて貰うよ」

「ああ」


 ブレスレットを嵌めて何か言いたげな顔に、わたしはえへへ、と意地悪な笑みを見せる。


「兄妹揃って仔犬さんだねー」

「あのなぁ……」


 どうやら同じことを考えていたらしく、お兄ちゃんはこめかみを押さえた。


「馬鹿なことを言ってないで、とっとと素材を集めに行くぞ。ついでに、でかい木を見つけたらブレスレットを叩いてキリルに報せるんだ」

「はーい」


 わたしとお兄ちゃんは、ほとんど同時に別々の方角へと駆け出した。

 振り返ると、キリルくんは切り株に座ってDIPを弄り始めている。

 試しに後ろ向きに走っていくと、リードはどこまでもぐんぐん伸びていき、障害物さえもすり抜けていく。それを見て少しだけ安心した。



 ◆



「ふう……これで大体集まったかな」


 三時間が経過した。

 わたしたちの目の前には色とりどりの骨や羽が重ねられていた。

 巨大コウモリはわたしの方で……と思ったら、どうやらお兄ちゃんの行き先にも現れていたらしい。わたしは二体、お兄ちゃんは一体の巨大コウモリを倒し、更には中型の獣から太くて丈夫な骨を採取していた。

 一方、キリルくんは黙って待っていたわけでもなく、リードを付けたまま大きな木を探してくれていた。

 さすがというべきか、キリルくんはわたしたちに理解出来ないような効率のいい方法で木を見つけたらしい。


「それなりに高い木はいくつかあったんだけどね、どれが一番出口に近いのかは実際に試さないと分からないな」

「だが、グライダーを作るのに三日はかかる。失敗して壊せば、更に時間のロスになるな」


 失敗と聞いて、途端に不安になった。

 気が付けば、約束の日まであと十一日しかないじゃないか。

 それまでにエリカ達と合流もしなければならないし、少なくとも、このジャングルを抜けなければ誰とも通信が出来ない。もちろん、「伝書鳩」だって──。


「やることに変わりはないさ」


 キリルくんはそれでも動じなかった。


「グライダーを作るしか選択肢はない。今はそれに賭けるんだ」


 心配性のお兄ちゃんも、これには納得せざるを得ないようで……。


「……分かった。作業を始めよう」


 むしろ、今こうして議論している時間の方が勿体ないってことに気付いたらしい。

 わたしも、色々不安な事を考えるよりは手を動かしていたい気分だった。

2016/05/06 改稿

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