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PULLUSTERRIER 《プルステリア》  作者: 杏仁みかん
Section9:VR・AGES社
71/94

70:二つのファイル

ようやく後半戦の開始です。

半年ぶりの投稿第一発目はオーランド視点のおさらいから。

 ――二二〇四年一月十日。イギリス、ロンドン市内。


 民間の航空会社はこの半年でほとんどが運行を停止していた。結局のところ、我々はアメリカへ飛ぶために軍用機を使うしかない。

 いくら仕事とはいえ、たった一機の小型機を借りるのにも少々手間がいる。私が仮想世界のジュリエットと連絡している間、エリックには空軍基地へ交渉しに行ってもらっていた。


「借りてきましたよ。今夜十八時発です」


 エリックが報告してきたのは、一月十日の昼過ぎのことだった。

 デスクで書類の整理をしながら挽きたてのコーヒーの香りを楽しんでいた私は、口に含んだ一口を飲み干すと、以前よりも幾分か痩せ細った彼の顔を拝んだ。

 作業に集中していたせいか、ノックの音には気付かなかったが、まぁ、コイツのことだ。きっちり三回鳴らしたんだろう。


「空軍は渋っていただろう?」

「ええ。我々がVR・AGES社の鼻を明かす、ということには概ね賛成でしたが、直接乗り込むことには懸念を抱いている様子でした」

「だろうな。あいつらは保守しか考えておらん。一年も経てば手遅れかもしれないというのに」

「今の軍はお役所ですから……。それと、大佐が依頼していた、ジュリエットと行動している仲間のデータをまとめておきました」


 と、エリックはさりげなく毒舌を交えながら書類ケースをデスクの上に差し出してきた。軽く封を開けてみると、分厚い紙束が入っている。データにしなかったのは、うっかりオンラインにして情報漏洩をしないための配慮である。処分も、ただ燃やすだけで何も残らない。私は満足に頷いた。


「色々ご苦労だった。こいつは機内で読むとしよう。ポートランドに着くまでは充分に時間があるからな」

「後で私も目を通しますが宜しいですか? エリカの傍にいる連中を知っておきたいので」


 やはり、律儀な男だ。

 データをまとめながら読めばいいのに、わざわざ私の許可が欲しいらしい。


「別に構わんよ。キミじゃなかったら断るところだがね」

「……恐縮です」


 いずれエリックにも直接関わり合いになるかもしれない連中だ。今のうちに知っておいた方がいいだろう。


「さて。まだ時間もあるから仕事の続きをしようかね」

「手伝いましょうか?」

「私の暇潰しを奪うつもりかね、エリック」


 エリックは呆れたような困った顔をした。まぁ、彼も暇潰しを探しているのだろう。


「そんなつもりはありませんよ」

「ハハ、冗談だ。キミは今のうちに適当に休んでおきたまえ。これから休めなくなりそうだからな」

「……承知しました」



 ◆



 空軍から借りたのは最新型の旅客機だった。デザインは一新され、これでもかと「青」が目立つ。

 この頃の人々の青への執着は末期症状と言っていい。


「てっきり、尻には黄色いハートの痣が付いているかと思ったが」

「一体いつの時代のデザインですか……」

「若いお前には解らんだろうな……」


 などと冗談を述べながら、我々は搭乗口へ向かった。

 添乗員は全て空軍の人間だ。一般人でないだけ扱いやすいところもあるが……。


(……まあ、少しだけ利用させてもらうだけだ)


 彼らもこの件に関してはあまり関わりたくないに違いない。

 何せ、終焉を迎える世界だ。何もしなければそれでハッピーエンドだと信じている。

 それを私が、これからぶち壊しに行くわけだ。彼らにとってはいい迷惑である。


「ファーストクラスが広すぎますね」


 乗り込んで最初に洩らしたエリックの感想がソレだった。


「居残った者への褒美と受け止めておこうじゃないか」

「そう言うと、聞こえはいいでしょうね」


 私は窓側に、エリックは通路側に座る。

 ……別に、指定席というわけでもないし、わざわざ隣同士で座ることもなかったのだが。


「さて……と」


 私は、分厚い紙袋を二つバッグから取り出し、一つをエリックに渡した。

 ……ちょうど、機体は動き始めていた。


「では、交代で読むとしようか」

「はい」



 ◆



 ――これから読むのは、ジュリエットと行動している人物達の、現世観点での収集データである。

 ただし、ここにあるのは、一部を除いてそれほど重要でもなく、私にとっては再確認するためのデータがほとんどだ。


 問題は、彼らの「繋がり方」にある。

 私は、その概要を事前に自分で調べていて、驚いたものだ。だからこそ、エリックに足りないピースを補って貰ったのだ。


 まずは今回の作戦の首謀者と思われるミカゲ ヒマリという人物からだ。おおよそ、彼女が始まりであると見て間違いないだろう。





 ミカゲ ヒマリ、十二歳、女性。

 日本出身で、父親はミカゲ ダイチ、母親はミカゲ ユウリ。

 七歳の頃から大気汚染病にかかり、十歳で死亡。ただし、アニマバンクに(アニマ)データを預けており、七月七日に日本サーバーからプルステラへ無事アニマリーヴ――簡単に言えば、ログインしたことが確認されている。


 父、ダイチは、ゲームデバッグ会社である日本のバグトリア社に務め、VR・AGES社が現在プルステラにて運営中のVRMMORPG、「ヴァーポルアルミス・ヒストリア」のデバッグを担当した。それも、VR・AGES社の子会社であり開発会社である、フラットエンジン社に出向するという形で。

 しかし、ヒマリが死亡してからは会社を無断退社している。プルステラへ行くための資金やアニマバンクの費用に困っていたはずだが、ここであっさりと会社を辞めた理由は分かっていない。やはり、精神的なショックが原因だろうか。


 母、ユウリは、看護士の仕事をこなしつつ、ヒマリの入院後にプルステラ用の医療免許を取得していた。主にプルステラ行きのチケットと、娘の治療費及びアニマバンクのための膨大な費用を稼ぐためだと思われる。現状を考えれば、プルステラにおける彼女の必要性と重要性はかなり高いことだろう。



 ミカゲ タイキ、十八歳、男性。

 日本出身。ミカゲ ヒマリの実の兄。高校生。

 ヒマリが入院した十六歳の頃から、非合法なものも含め多種多様なアルバイトをしていた。理由は、ヒマリの治療費稼ぎと思われる。

 その中には、プルステラ行きの偽造パスの横流しや武器密輸にも関わったらしいが、いずれも短期間で足跡が付きにくいものであったため、決定的な証拠は見つからずにいる。……と言うより、その前にプルステラへ飛んでしまったので、法的には死亡した……ということになっている。まぁ、万が一、一年後に戻って来れるようなら容疑者に戻るのだが。

 度々、ダイチの出向先に顔を出していたところを目撃されているが、理由は不明。フラットエンジン社の社員とは何人か顔見知りがいたらしい。



 エリカ ハミルトン、二十一歳、女性。

 イギリス出身。高校卒業後、ロンドン大学クイーン・メアリーに入学し、地理学を専攻。

 ロンドンにて独り暮らしを始める。ペットに雌のアイリッシュ・セッターのゾーイを飼っている。

 実兄・エリック ハミルトンとは十五歳の頃に別離。……これは、説明するまでもない。

 無神論者で、プルステラに対しては強く反対し、自ら指揮を取って同じ大学の学生らと共に反対デモを起こしたが、私ことオーランド ビセットとの接触が原因か、急遽プルステラ行きを決意。七月七日にログインが確認された。

 この時起きた不可解な事件として、ペットのゾーイがアークのカプセル内に侵入した形跡があり、後日、ブレイデンの解析したデータから「異常」が確認された。

 別室に入れられ、尚且つ檻に入っていたはずのゾーイが抜け出せた理由は未だに不明だ。しかし、逃走経路として、天井の通気孔を伝って行った事だけは判明している。

 驚くべきことに、このような例はエリカだけではなく、世界中で起こっていた。


 ちなみに、エリカの反対デモに関わった他の学生達は、私からエリカ同様に説得、プルステラ行きの予備パスを渡しておいた。彼らも無事にログインは果たせたが、何せ予備のパスだ。どの集落にログイン出来たかは、私にも分からない。



 キリル トルストイ、十四歳、男性。

 ロシア出身。世界でも五本の指に入るウィザード級天才プログラマーだ。

 実の父であるセルゲイは、キリルの出産時に育児放棄。以後、母親であるアデリーナが一人で育児を続けてきた。

 彼がハッカーとして噂を広めたのは、八歳の頃に近所の主婦のPCを直すために原因となるウイルスを自ら退治、アンチウイルスのワクチンプログラムを自らその場でプログラミングし、提供したことがきっかけである。

 この噂を嗅ぎつけたセルゲイは、キリルで一儲けするために何度も接触した。無論、ストーカー行為だ。これに対し、キリルはアデリーナに引っ越しを提案。ウラジオストクの安いアパートへ移住した。


 十歳の時、学校で数回に渡って事件を起こし、停学処分を受けた。が、最後の一回を除いた全ての事件は、同級生の悪戯と担任教師の極度なPC嫌いによる冤罪によるものだ。これについては、キリルの停学後に、悪戯を起こした張本人である生徒が供述しており、生徒がキリルに罪を被せるためにやったことだった。

 停学後、キリルとアデリーナは、旅行をしにバイカル湖へ向かうため、自宅から車でウラジオストク駅を目指して出発したが、濃いスモッグの中、対向車――白い改造バンと正面衝突、上層道路から転落する。これにより、運転席にいたアデリーナは死亡、キリルは奇跡的に生還したが、脊髄損傷により下半身不随となる。

 意識を取り戻したキリルは、自ら警察を呼び、母親の仇を撃つために事故の解析を自ら志願。白いバンに残されていた記録から犯人が泊まっていたホテルを特定した。そのお陰で、警察は直ぐに追跡し、シベリア鉄道に乗って逃げようとしていた真犯人――つまり、実の父親でもあるセルゲイを取り押さえられた。

 半年後、キリルは実家に帰宅。以後、母親の保険金を支えにソフトウェアの開発を一人で行い、プルステラ移住の資金を稼ぎながら生活する。

 同時に、VRオンラインゲーム、「ヴァーポルアルミス・ヒストリア」にて、ブレイデンを始めとする、数々のプルステラ攻略を計画するプログラマー達と接触。中でも、カイと名乗る少年と仲が良かったと噂されている。

 そして昨年の十月三十日、プルステラへのログインが確認された。





 ――問題はここからだ。

 以降の資料は、キリルという人物がもたらした情報から辿っていった結果になる。





 オオガミ カイ、十六歳、男性。二人兄弟の次男。

 日本出身。四人家族。高校生だが、そのほとんどをアルバイトに費やしている。目的はプルステラ移住のための資金稼ぎだ。

 父、オオガミ ミナトはサラリーマンで、VR・AGES社系列の貿易会社で勤務。

 母、オオガミ マナは、カイが十歳の時に死亡。原因は大気汚染病だった。


 彼もまた、VAHヴァーポルアルミス・ヒストリアの一プレイヤーだった。ブレイデンの話によると社交的な性格で、プログラマーでもないのに、他のプログラマー達と親交を深めていたらしい。

 中でも特に親友関係にあったのが、キリル トルストイだ。出会った当時、傷心だったキリルを慰めたのが、他でもない、カイだったと言う。

 カイがログインしていたのは主に朝から昼にかけてで、キリルもその時間帯に合わせる形でログインしていたらしい。


 ……そう、これはおかしいことだ。


 学校を休んでまでアルバイトをしていたはずが、朝から昼まではVAHにいたのだから、矛盾が生じている。

 どこかの企業から銀行に金が入ってきた形跡はなく、替わりに、カイが自ら何度かに分けてATMを通じて入金をしていたことは記録に残っている。

 考えられるのは、夜中に秘密裏に何らかの仕事をしていたか、裏で資金を手渡しで調達していたかのいずれかだ。残念ながら、これに関する記録は見つけられていない。


 そして昨年七月七日、日本サーバーからログインをする予定だったが、途中でアークから退出したことが監視映像による記録で確認されている。

 その後、少なくともカイの自宅は不在であり、空港の警備が甘くなっているせいで確認は取れていないが、日本国内にいないという可能性の方が高い。



 オオガミ ユヅキ、十八歳、男性。

 日本出身。オオガミ カイの実兄。

 私立の名門校に通うほどの勉強家ではあったが、高校は途中から登校せず、アルバイトに集中していた。理由はやはり、プルステラ移住のための資金繰りだ。

 中学までは、カイと同様にVAHヴァーポルアルミス・ヒストリアを遊んでいた形跡がある。だが、ちょうど受験の時期と被っていたこともあり、キリルとの面識は全く無かったらしく、カイの交流についても知らなかったと思われる。





 ……ここで気になる記述がある。





 十二歳で母であるオオガミ マナを失った直後、二週間ほど家出をしていた期間があり、行方不明となるが、その後、交通事故の連絡により所在が判明。

 搬送された病院の関係者の証言によると、ユヅキは事故の影響で頭部を挫傷し、一部分で記憶喪失になっている。母親の死については鮮明に覚えているが、その前後の記憶はところどころ抜け落ちていたらしい。


 そして昨年、七月七日。事実、オオガミ カイに裏切られるような形でログインに成功した……らしいが、実際にログインした履歴はなく、アークから抜け出したという形跡もない。

 ……ただ、関係あるかは不明として、同じアーク内には遠隔転送によるアニマリーヴを行った、ミカゲ ヒマリ用の無人カプセルが配置されていたそうだ。



 最後に、オオガミ ミナト、五十歳、男性。

 先に述べたようにVR・AGES社の関連企業である貿易会社に、営業担当として勤務していた。

 ユヅキやカイと同様に七月七日にプルステラへ移住予定ではあったが、彼もまた、カイ同様にプルステラへログインした形跡がない。監視カメラにもアークから抜け出した形跡がないと言う。


 無論、カイやユヅキと同じアークでのアニマリーヴだった。

 恐らく、七月七日に起きたサーバートラブルが原因で転送時に「データロスト」し、そのまま帰って来れなくなったのではないだろうか。



 ◆



「……ふむ……」


 ファイルを閉じた私は、グラスにブランデーを注いだ。

 エリックは食い入るようにもう半分のファイルを見つめている。……その視線が揺らいでいるのを私は見逃さなかった。


「…………こちらも、読み、終わりました」


 エリックは、消え入るような声でファイルを差し出してきた。

 私は読み終えたばかりのファイルをエリックに手渡す。


「私が読んだファイルよりも、断然衝撃的なんだろうね?」

「……さあ。これからそのファイルを読むわけですから、なんとも」


 だが、エリックの態度を見れば分かる。現実的でない何かが起こったのだろう。

 私は、逸る気持ちを抑えながら、まずはブランデーを飲み干した。


「さて……」


 ――数分後、私はブランデーを飲み干してしまったことを後悔することになる。



 ◆



 ――このファイルは、ジュリエット達と交信した際にブレイデンがついでに拾ってきた、プルステリアの実情をまとめたテキストファイルを印刷したものである。

 テキストの送信源は、もちろんジュリエットからだ。彼女の体内には、ログをテキストにまとめる簡易ツールが入れられている。


(……こういう形でまた、ジュリエットを裏切ってしまうとはな)


 申し訳ないとは思うが、恐らくジュリエットのことだ、感づいていることだろう。

 「伝書鳩」の通信時間だけでは物足りない。だから、接続時にまとめてテキストを送信すれば、少ない時間で多くの情報が得られる。


 ――さて。そのテキストをまとめてくれたのは他ならぬブレイデンだ。

 どれほど上手くまとめられているか……。





 ここからは、ジュリエットの会話から得られた情報と、ブレイデンの解析データから得られた情報を主としてまとめたものだ。


 ――まず、行動の中心となっている人物、ミカゲ ヒマリについて。

 日本サーバーから接続したミカゲ ヒマリは、転送時にトラブルに巻き込まれたと見られる、オオガミ ユヅキのアニマを宿していた。

 つまり、身体データは紛れもなくミカゲ ヒマリのものだったが、実際にはオオガミ ユヅキがその身体を動かしていた、ということだ。

 こうなってしまった原因は多数考えられる。この段階で特定は不可能だが、可能性としては――


 1、ミカゲ ヒマリのカプセルに入ってアニマリーヴを行った。

 2、転送時のトラブルが原因でアニマデータの入れ換えが起こった。(※後述)

 3、何者かが故意に転送中のデータを移しかえた。

 4、役所での手続きの段階で入れ違いが起こった。


 ……など、他にも不確定の要因がいくつかあるだろう。


 一つずつ検証をしよう。

 まず、1は不可能に近いはずだ。何故なら、カプセルは指定席でありながら、そのどれに入ってもその場でID照合が行われ、例えカプセルを間違えたとしても、同じアークの利用者であれば席の入れ換えが行われるからだ。無人のヒマリのカプセルは、他の搭乗が行われた後、空いたカプセルに向けて転送されたはずであり、故意に同カプセルに(アニマ)を重ねることは出来ない。

 ただし、例外として、先客がいた──つまりID照合を終えた場合のみ同じカプセルに入ることが出来る。先客の同意が得られた、と判断されるからだ。これについては後述するエリカ ハミルトンのケースが参考になるだろう。


 3も不可能に近い。アーク内で一定時間内にボタンを押さなかった場合、センサーの感知により、直ぐに係員がやって来て、アーク出発までの間に速やかに外へと連れ出されるからだ。この迅速な対応は、無防備になった他の利用客に影響を与えないためである。


 4は人為的なミスになる。つまり偶然ということになるが、念の為調べてみたところ、役所にあるデータではそのようなミスは見受けられていない。


 残る2については後述。


 ――さて、そのミカゲ ヒマリことオオガミ ユヅキだが、プルステラへアニマリーヴしてきた当初は、二つのアニマを一つの身体に内包していたことになる。

 ここからは症状から考えられる憶測を含めて説明しよう。


 そもそも、プルステラにおける人間――則ち「プルステリア」とは、デジタル化した心とデジタル生成された体とを一つにしたデータの塊だ。

 あらかじめ役所が用意した身体的特徴と性能データ――つまり「体」に、記憶や経験、無意識的な部分の脳のデータ――つまり「心」を結合化(マージ)したもの――そのパッケージが(アニマ)なのだ。


 ……だが、オオガミ ユヅキのケースは特殊だったと想定される。

 ミカゲ ヒマリの「心」と「体」は、確かにアニマリーヴ時に結合化(マージ)されてはいたが、そこにオオガミ ユヅキの「心」だけが追加でマージされていたと見られる。何故「心」だけがアニマリーヴしたのかは分からない。

 この現象を起こす原因は、先述の1が最もな理由として挙げられるが、ヒマリはアニマバンクからの自動識別転送によってカプセルにアニマのデータが送られてくるため、同一カプセルに重なることはあり得ない。よって1は、ヒマリにとっては最もあり得ない可能性であり、プルステラへのログインも確認されていることから、ミカゲ ヒマリのアニマリーヴ自体は成功していることになるだろう。



 ――次に、エリカ ハミルトンについて。

 彼女は同じカプセル内にゾーイが入り込んでしまったことで二人の(アニマ)結合化(マージ)されてしまった。結果、獣人という特異な体となり、「心」が二つ内包された状態になっている。

 この症状はエリカだけではなく、プルステラ世界内に何人もいるという情報が得られている。


 しかし、それではユヅキとヒマリとの間に起こった件と比べ、矛盾が生じてしまう。つまり、獣人とは、先述の1によって引き起こされた問題なのだ。


 ユヅキ=ヒマリの場合、一人分の器に一人半のデータが入ってきたことが原因でメモリ不足に陥り、症状が現れた。これについては、キリルがヒマリのメモリ容量を二人分に拡張したことで対応されている。


 だが、エリカは違う。彼女は元々二人分だった。

 そもそも、獣人になった者は皆、二人分あったと思われる。……つまり、役所のデータ作成の段階で、どういうわけか器が二倍に拡張されていた、ということだ。

 理由は未だに分からないが、意図的なものを感じて止まない。



 ――次に、これまでプルステラで起きていた主な事件について。


 初めて事件が起こったのは昨年の七月七日だった。

 本来実装予定の無かった生物――竜やモンスターの類が突如出現。これまで平和だったプルステラの全ての集落において同時に襲撃が行われる。証言によれば、ファンタジー世界に出てくるようなリザードマンや竜族、巨大狼を初めとする獣が現れたそうだ。

 この襲撃により、プルステラの総人口がおよそ三分の二に減少。ジュリエットの話から、「冥主」と呼ばれている人物が仕掛けたものらしい。

 そして、冥主の配下には「皇竜」というドラゴンが何匹か存在し、それぞれが大陸を支配、管理する役割を持っているという。彼らは言葉が話せ、高い知能をも持っている。


 最初の襲撃の後、各集落では武器の開発法について研究され、やがて、生産のルールさえ守れれば武器が作れるということに気付いた。

 今では、集落に配備された自警団が、自作の武器を使って小さな人型モンスターを撃退出来るぐらいにまで成長しているが、いずれの集落も、皇竜に立ち向かえるほどの力はない。ようやく飛び道具が扱える、中世時代程度の戦闘力だ。


 こうした襲撃は頻繁に行われていたようだが、ドラゴンによる大規模な襲撃は、ヒマリの周辺に限れば七月七日の他にも八月一日、一月一日にも行われている。いずれも日にちはバラバラであり、何らかの統一性があるわけではない。

 ただ、各大陸において同時に行われていた、ということだけは共通している。



 ――最後に、プルステラに住むNPCについて。


 リザードマンのような人型モンスターを含め、各地に点在するプルステラの自律型の原住民――則ちNPCノンプレイヤーキャラクター達は、独自の文明と集落を持って生活しているらしい。

 ミカゲ ヒマリの証言では、まだ運営を開始したばかりのプルステラの中で、彼らの集落には、まるで何百年も歴史を重ねてきたかのような歴史の痕跡があったのだという。実際、対立する二つの種族(リザードマンと人間に似た部族)それぞれとコミュニケーションを取った彼女が言うのだから、信憑性は高いだろう。


 彼らNPCが、何故このプルステラに実装されたのか。何のためにいるのか。

 この件に関しては、これからジュリエットが調べることになっている。


 ――以上が、知り得た情報の全てだ。



 ◆



「……ふう」


 私は首を振り、ファイルを閉じた。

 隣に目を向けると、先に自分の分のファイルを読み終えたエリックは、何も言わずに視線で問いかけてきた。どうだったのか、と。


「VRの技術が使われている……というだけなら何もおかしなことはない。要はそこら中にあるゲームと同じ世界ってことだからな」

「でも、そこには生があり、死もあります」

「そうだ。だからこそ恐ろしい。人だけでなく、そこに住まう生き物さえもルールに則って生きているのだからな。

 分かるかね、エリック。怖いのはドラゴンやリザードマンのような、目に見える脅威などではない。これから起こるであろう全てが恐怖なのだよ」


 一見すればバラバラのピースも、組み合わさると形を成していく。

 まだ確証はないが、私には予感があった。


「我々の行動は正解だ。少なくとも、今のところは」


 エリックは正面に向き直ると、椅子を倒して落ち着いた姿勢に座り直し、天井を見上げながら一息ついた。


「でも、ゴールは見えてこない……そうでしょう?」

「まあ、そうだな」


 終わりが見えなくたっていい。

 我々の役割は、真実の道を示すことに他ならないのだ。

2016/01/12 書き忘れていた部分である「ヒマリの検証1」の「例外」を追記しました。

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