60:双つの魂、一つの器 - 2
どこか上品で気丈な振る舞いを見せる金髪の少女は、「上がってもいいかしら?」と尋ねてきた。
「どうぞ」
まるでお姫様を迎えるように恭しく礼をすると、ジュリエットはクスクスと笑って僕の脇を通り抜けた。
僕は、その背に呼びかける。
「寒く無かった?」
「ええ、寒いわ。海底に停泊したアークの中よりもね」
ほう、と僕は眉をつり上げた。
これは色々と期待出来そうだ。
その時、客人に気付いたヒマリ達が帰って来た。ゾーイは、いつの間にか眠そうな目を擦るエリカと切り替わっている。
「あれ、お客さん?」
ヒマリが問いかけると、ジュリエットはドレス姿ではなかったが、スカートの裾を持ち上げるように礼をした。
「ジュリエットと申しますわ。現世からキリルにお届けものをお持ちしましたの」
ゲストは皆驚愕し、突然の告白に動きを止めてしまった。
無理もないか。こっちの事情は全く説明していなかったのだ。
「まぁ、立ち話もなんだし、無駄に広いテーブルで話そうよ。ちょうど全員座れるし」
◆
「私は、とある国の陸軍……いや、元・陸軍、だったわね。今はアニマポートの管理局局長を勤めている人から特別に命を受けて、配達を承ったわ。中身については……」
ジュリエットの目配せに、僕は頷く。
「うん。話しても問題ない。元々、そのつもりで呼んだわけだからね」
「そう。だったら、話すけど」
ジュリエットはDIPを操作して、例のツールを手元に取り出した。
アイテム名は「伝書鳩」。幾何学的な模様が記された白い立方体の箱で、大きさは掌に収まる程。
「これは、一種の中継器。プルステラから現世への通信を可能にするためのアイテムよ」
「通信!? 現世と会話が出来るの!?」
テーブルを叩いて立ち上がったヒマリは、今まで見せたことがない、驚愕に満ちた表情を浮かべた。
目は大きく見開き、瞳は小刻みに忙しなく動いている。
そんな彼女にも動じず、ジュリエットは冷静に説明を続けた。
「……最も、これだけではまだ不充分なんだけど。キリルが一手間加えれば動くって言ってたわ」
「そうだね。僕の方で行き詰まっていた部分は、その箱が何とかしてくれる。そうなれば、音声だけでも通話が出来るはずだ」
「…………も」
ヒマリが俯き、何かを呟いた。小さくてよく聞き取れない。
彼女は顔を上げ、もう一度言葉を紡ぐ。
「カイとも……話せる?」
「……理論上は。けど、彼が何処にいるかは僕にも解らないんだ」
ヒマリは眉に皺を寄せた。
「連絡を取っていたんじゃないの?」
「僕がアニマリーヴするまではね。けど、これからガスや電気といった資源の供給が止まってしまうだろうから、どこかへ移り住む可能性が高いと思う」
僕だって心配だった。
カイが、本当にあんな理由で現世に留まったのかどうかも解らないのだ。
最後に会った時は、どうも、何かを隠しているようだった。僕にも、目の前にいる兄にも言えない何かを。
「とにかく、これは僕が解析して使えるようにしておこう。……なに、そんなにはかからないと思う」
「それより、さっきの続きを話してくれないか?」
と、タイキは身を乗り出して割り込んだ。
ヒマリは、不安を残した面持ちのまま、タイキを見上げた。
「さっきって、なに?」
「お前と、エリカの魂の事だ。……キリル、二人にもう一度説明してやってくれ」
僕は承知し、軽く頷いた。
「じゃあ、さっきの話も踏まえてもう少し細かい部分で話をしよう。……折角だから、ジュリエットも聞いててくれないか」
「ええ、分かったわ」
恐らく、ジュリエットには関わりがある話だろう。先程の話が本当なら。
「いいかい。僕らが今こうして会話をしているこの肉体……『器』は、アニマリーヴの手続きの際に作られたものなんだ。アニマリーヴのタイミングで作られたわけじゃない。その辺りは認識を改める必要がある。
そして、アニマリーヴに使ったカプセルは、一つのカプセルにつき一つの『器』と接続している。例えば、同じカプセルに二人以上いれば、二人分の人格……則ち、魂が、一つの身体に宿るってことさ」
「えっ……!? だったら、この身体は? 私とゾーイの身体はどうなっているの!?」
エリカは早くも困惑し、矢継ぎ早に問いかけた。
「元々、そのつもりで作られた、としか思えない。メモリ容量が二人分確保されていたのもそういうことだろう。後でこの『伝書鳩』を解析してきちんと確かめるけど、アークに肉体を製造する機能は付いていないはずなんだ。一体どんなトリックを使ったのか、キミとゾーイが同じカプセルに入る事を百パーセント確信した上で、あんな身体にしたんだと思う」
「そ……そんな……!!」
大きな手で頭を抱え、クセのある髪を更にくしゃっと乱すエリカを尻目に、僕は、容赦なく話を続けた。
「そうなると、ヒマリの場合はどうか、ということになる。彼女の場合、元々肉体の持ち主であった現世のヒマリという人物――則ち、アニマバンクに預けられた彼女の魂が、当人の『器』に乗り移り、ここにやってくる予定だった。
……しかし、その肉体にはどういうわけか、二人目――ユヅキという魂が上乗せされ、想定外の事が起きてしまった」
「……メモリの事だね」ヒマリがそっと呟いた。
「そう。ヒマリという肉体は、元々エリカのように二人分を想定して作っていなかったんだ。そのせいでメモリ不足が起きてしまった。加えて、キミはヒマリとして生きていく内に、元々女性であるその肉体から生じた体内物質……いわゆる女性ホルモンやノルアドレナリンなんかを次々と摂取し、自分では演技のつもりが、いつの間にか本当に女の子のような性格に変わっていったんだ。
だから、精神面や記憶で必要が無くなった男性部分――つまり、ユヅキとしての部分はどんどん失われていき、気付けば、本当にヒマリとして生きるようになってしまった――。
もちろん、激しい運動なんかで処理落ちを起こしたことや、容量オーバーしたユヅキの部分が追い出されていった、という要因も考えられるだろうけど、一番の原因は、やはり体内物質による『適応』だと思う」
「…………」
「いいかい。キミがヒマリの身体に入ってしまったのが想定外なのであって、ユヅキの男性的な精神面が失われたのは、元々プルステリアに備えられた機能……つまり、仕様だったんだ。
問題なのは、如何にしてユヅキの魂がヒマリの身体に入ってしまったのかというところだ。キミが元の身体を望むのなら、まずはその辺から原因を突き止める必要がある。そのためにも、まず『伝書鳩』を解析して、現世で待っているブレイデンというウィザードと通話出来るようにしなくちゃならない。……今、僕が知っている部分は、ここまでさ」
一通り説明を終えると、暖炉の火の爆ぜる音だけが残った。
見回すと、一同は唇を結び、黙り込んでいる。
恐らく、ヒマリ達が絶句したのは、アニマリーヴに対する認識が思っていたものと違っていたことだろう。
その事実が、一体何を意味しているのか。
魂渡しとは何なのか。
少なくとも、騙された、と思ったに違いない。世界に対する認識をも改めただろう。
でも、彼らには知っておく必要があった。……特にヒマリ――カイの兄には。
……だが、一人だけ。
僕の方をじっと見据え、話を聞いた今も冷静でいる人物がいた。
「……それで?」
そのジュリエットが、落ち着いた口調で沈黙を破る。
「わざわざその子達と私を引き合わせたり、こんな内部事情をバラした理由はあるんでしょうね?」
「もちろん」僕は自信たっぷりに答えた。「その前に確認しておきたいんだけどさ、ジュリエット。キミはさっき、海底に停泊したアーク……って言ってたよね。それ、もしかして……」
「…………ええ、そうよ」
ジュリエットは自分の髪を指で巻き取りながら少しばかり思案し、それからそっと吐息を吹きかけるように低い声で話し始めた。
「私の正体は……某国のエージェント、とだけ言っておくわ。先程話した依頼主からアークのハッキングを頼まれたの」
「アークに、潜入したってことか?」タイキが言った。「しかし、あの中で眠っていなかったら、必ず係員に呼び止められるはずだろ? カプセルの生体センサーとかで感知されて――」
「そう。本来ならね。現世での私は……ちょっと特殊な身体だったから、毒を飲んで心臓を止めても、自然治癒出来る術を持っていたのよ」
なるほど。英国軍が人造人間のエージェントを開発したって噂があったけど……彼女がそうだったのか。
人造人間は、最低限そうと解るよう、素体は白髪に白めの肌、赤い瞳が基本と定められているらしい。まるで人間の手で改良された白兎の如く。
目の前にいるジュリエットは、多分アバターをいじってあるのだろう。見事な金髪と深海のように蒼い瞳は、北欧人と何ら変わりがなかった。
「その後、停泊したアークの中で、隠し持っていたハッキングツールを使って制御コンピュータを解析し、必要なデータをブレイデンに送った……ってところか」
僕が説明を補うと、ジュリエットは、ご名答、と応えた。
「そのデータを入手した事で、ブレイデンはアークのログインシステムを掌握したわ。だからこそ、アークじゃなくてもアニマリーヴ出来るようになったのよ」
「ブレイデンや依頼主は、キミを送るためにどんな装置を用意したんだ?」
「え? ……えっと、即席の……美容室とかで見るような椅子だったわね。革張りの」
「じゃあ、カプセルじゃないんだね? アークの時みたいに」
「ええ、全然違うわよ。だって、即席の装置だし、ボタンは車のサイドブレーキで代用したぐらいですもの」
ジュリエットはその事を思い出したのか、いきなり吹き出し、お腹を抱えて笑ったが、僕は逆に背筋が凍る想いだった。
――ブレイデンのやつ、一体何を考えているんだ……!?
僕の想像が正しければ、ジュリエットは恐らく……。
……いや、結論を出すにはまだ早い。
僕は一刻も早く、この『伝書鳩』を解析する必要がある。
「キリルくん……まだ何か、隠してることあるの?」
「…………」
ヒマリは胸元に手を合わせ、声を震わせながらも、僕から視線を逸らそうとはしなかった。
「ない。少なくとも、今は」
「……そう……」
諦めたように、彼女はテーブルの上に視線を落とした。
僕は最後に、ヒマリの顔を覗き込み、囁くように告げた。
「キミを呼んだ理由は、解析が終わってから、ちゃんと話をしよう」
「…………」
「今、僕が何を述べても、ただの仮説に過ぎない。きちんとした証拠が要るんだ。解ってほしい」
ヒマリは首を小さく、縦に動かした。
その頭が、そのまま持ち上がり、もう一度僕に向けられる。
「あのね、キリルくん」
――その表情は、どこか諦めたような――或いは悟ったかのような、実に穏やかなものだった。
「ちょっと……ほんのちょっとだけ驚いた、だけだよ? だって、もしかしたら、そうだったんじゃないかなって、心のどこかでいつも考えてたんだ」
「……どういうこと?」
「そもそもおかしかったんだよ。わたしがこの世界に来る時、転送中にサーバートラブルがあったし……きっと、何か起こったんだろうなって思った。
その後には怪物がいっぱいやってきて……村を目茶苦茶にしたし、絶対的平和を約束していたはずなのに、人がいっぱい死んでいった……目の前で何人も……」
……その話は僕も知っている。
僕がここに来る前の話だ。コミュニティのBBSでは散々話題になっていた。
七月七日。アニマリーヴ中に転送画面でサーバーエラーのメッセージが生じ、実際にアニマリーヴを成功させたのは五割程度だった。
そして、同日の夕方から夜にかけて。空に現れた、挑発とも言える何者かのメッセージの直後、プルステラの世界各地でドラゴンを初めとする怪物達が集落に強襲をかけてきた。それまで先行で訪れていたプルステリア達も、こんな怪物は見たことがなかったらしい。
怪物には毒――というか、プルステリアのデータを破壊するウイルスを持っていて、噛みつかれた者は消滅。一つの集落につき四割程の死亡者が出たという。その後、あちこちの集落で柵や武器の製造が研究され、一先ずのところは戦う準備を整えた。……どういうわけか、その生産ルールを打ち破って武器作りに成功した第一人者の一人……それがヒマリだったという話だ。
八月一日。一部の集落でドラゴンの襲撃に遭う。死傷者は初日のそれ程ではなかったらしいが、集落そのものの被害は初日を超えるものだった。
「…………」
この世界が絶対的平和だというルールは、早くも破かれていた。
人々は戦う術を手に入れ、世界の在り方は早くも根本から覆されている。
法も、秩序も、そんなものは既に保証されていない。この数カ月間は、平和ではなく、むしろ、戦いが必要なんだってことを、嫌というほど見せつけられたのではないか。
僕がここに来た当時も、現世では見たこともない怪物が、時折真新しい集落の防壁を破ろうとしていた。そいつらはいつも、防壁を守っていた住民の手によってあっさりと倒されていくのだが――こうした積み重ねのせいだろうか、人は明らかに戦うという事に慣れ始めている。
この一連の事件のきっかけと噂されているのが、『ハッカー』なるものの存在だが、七月七日の事件以来、それらしいメッセージは何もなく、本当にこの世界で悪さをしているのか……それを確かめることすら出来ない。
単なるハッカーだとしたら、行動を始めてから、あまりにも時間をかけすぎている。運営側だってそうだ。それなりの事件だと言うのなら、ここまで放っておくこともないはずだろう。集落を襲ってくる得体の知れない怪物が何よりの証拠だ。
「……わたし、不安で仕方ないんだ」ヒマリは、淡々と話を続けていた。「これからどうなっちゃうんだろう。わたし達、ずっとここで生きられるのかな。……だって――」
ヒマリはそこで息を飲み、口許を押さえた。
続く言葉が出て来ない。代わりに、行き場を失くした感情は涙となり、二つの涙腺からボロボロと溢れだす。
一息、二息と絞り出すように息を洩らした後、ヒマリは呼気を落ち着けて、もう一度口を開いた。
「…………だって、わたし達……一度死んでるんだよ……?」
……胸元を短剣で突き刺されたような、鋭い痛み。
――ああ……解るさ。僕にだって、その気持ちは……。
「もう……、戻る場所も、死ぬ場所だってないのに……」
「…………」
――僕らは、一度死んでいる。
死の縁を彷徨い、それでもどうにもならなくて……死という形を選んで、ここへ来たんだ。
ヒマリやエリカ、タイキ、ジュリエット――彼らがどういった経緯でここに来たのかはまだ解らないけど。
少なくとも僕は、母さんを失ったことで、一度死んでしまった。
事故の一連の騒動が片づいた後、ネットワークを切断するように全ての繋がりを断ち切り――思えば、本当に死ぬために今まで生きてきた。
……いや、僕だけなんかじゃない。世界はとうに死んでいたのだ。
環境汚染、人口爆発、資源の枯渇――どれを取っても、人類は滅ぶしかなかったじゃないか。
――アニマリーヴ。言い得て妙な名だ。
そんな手段を用いて勝ち取ったはずの楽園は、楽園ではなく、死後の世界。
人類が跡形もなく、遺恨を遺さずに滅ぶための最終手段だと言える。
そうして人類が逃げるためにこの世界を創った、とでも言うのか、VR・AGES社は。
魂だけでもあれば、人類は生き長らえるとでも思ったのか。
「……まずは、出来ることをしよう。結論や、今後の施策を考えるのは、それからだ……」
その時、僕に言えるのはやっと、それだけだった。
――解っている。ヒマリが言ったことは、だいぶ前から考えて、自分の中で気付いていたことだ。
なのに、ヒマリがその気持ちを言葉に示した時、僕の中で抑えていた感情が脈打った。
「僕が解析を終わるまでは、少しばかり時間が要る。来月になるかもしれない。……もし、本当に帰りたかったら、帰ってもいいよ」
せめてもの、情けだった。
彼女がここに残っていたら、僕は――彼女を壊してしまうかもしれない。
だから、出来ることなら、自ら「帰る」と、一言言って欲しかった。
「……残りたい」
……なのに、この子は。
意地でも何でもなく、強い意志を示したのだ。
「どうして?」
「わたしの……ユヅキの母さんが……望んでいた世界だから」
――その瞬間。
ユヅキという人間の強さが、ヒマリの表情に表れた。
彼は、死んでなんかいなかった。まだ、望みを捨てずに生きていたんだ。
「だから、世界の全貌を識るまでは、絶対に逃げたりしない! それがわたしの……大神悠月としての、最後の希望だから……!」
あれだけ自分を失っても、彼はそこにいる。
その原動力は、カイも愛したという、母の姿だと言う。
やはり、カイの言う通りだった。
ユヅキは、カイが最後まで尊敬していた、一番のお兄さんだったんだ。
「……分かった。それでこそ、カイのお兄さんだ」
ヒマリは、涙を拭って、笑った。
雨上がりに咲く花のように、明るく煌めく笑顔だった。
「ジュリエットは?」
問うと、ジュリエットは腕を組んで小さく呆れた溜め息をついた。
「当然、残りますわよ。通信で報告するまでが任務ですもの」
「……そうか。……エリカとタイキは?」
彼らは声にしなかったが、首を縦に振った。
タイキは厳めしい表情で、エリカは未だに困惑気味に、といった感じだったが。
まぁ、それもそうか。可愛い妹が残るって言い張っているんだから。
「ありがとう。だったら、良かったら、その……」
僕は、一旦大きく息を吸い、そして、吐いた。
心を落ち着かせたところで、今まで誰にも言ったことのない言葉を伝える。
「僕と……友達になってくれないかな?」
この流れで、どうして? と、誰もが考えただろう。
だけど、僕には必要だったんだ。カイのように、信頼出来る友人が。
「ぷっ」
最初に笑ったのは、ヒマリだった。
彼女は呆れたような表情で席を立ち、僕の前に真っ直ぐ、勢い良く手を差し出した。
「同じことをとっくに考えてたんだ。……改めて、よろしくね、キリルくん。カイに負けないぐらい、仲良しになって欲しいな」
「ヒマリ……」
僕も立ち上がってその手を握り返す。……すると、その上からタイキの手が重なった。
「話の繋ぎがちぐはぐなのは、まぁ、大目に見るとしよう」
タイキは、今まで見せた中で一番柔らかい笑みを浮かべていた。
「それはともかく、俺たちは比較的、似た者同士だって気がしてさ。妹の命も救ってくれたことだし、これからも宜しく頼む」
「ありがとう、タイキ」
そして、一際大きな手が上に乗せられる。エリカとゾーイの手だ。
「……私達は正直、驚いてばかりだよ。でもね、友達を作りたくて作った最初の友達が、ヒマリだったから」
エリカが隣のヒマリを見下ろすと、ヒマリはくすぐったそうに笑った。
「そんなヒマリの友達だって、私達は、友達になりたいのよ。いいでしょ? キリル」
「もちろんさ。よろしく、エリカ。それに、ゾーイ」
最後に、ジュリエットの白くて柔らかい手がそっと乗せられた。
「まったく。何を言いだすかと思えば……。し、仕方ないから、私も付き合いますわ」
耳まで真っ赤にしながら、彼女はもごもごと白状する。
「……考えてみたら、ここには知り合いがいなくて……。私もその……お、お友達が欲しかったな、なんて……」
「分かってるよ、ジュリエット。僕からもよろしく」
エージェントだなんて強がってはいたが、彼女も歳相応の女の子だった。
人に造られたという、特別な環境で生まれた彼女には、気を許せるような、同年代の子供がいなかったのだろう。
「……みんな、ありがとう。本当に嬉しいよ」
僕らは一斉に手を放した。
みんなの手の温もりが、放した右手を暖かく包み込んでいる。その感覚は、しばらく手の中に残留していた。
「さ、そうと決まったら、クリスマスパーティの準備だね、キリルくん!」
「え!? ……あ、ああ、それもそうだね」
そう言えば、明後日はクリスマスイブだった。
解析のことですっかり忘れてしまっていた。パーティーをしようって考えていたのは、元々僕のはずだったのに。
「飾りつけが無ければ、わたしが造るよ! こう見えて、もの作りは得意なんだ」
「じゃあ、お願いしようかな」
気持ちは半ばクリスマスへ。
でも、それまでに、僕はあの箱をクリスマスプレゼントに替えなくちゃならない。
それとも、パンドラの箱に化けてしまうだろうか……。
緊張の生唾を飲み込みながらも、僕は、徹夜で解析を進める気持ちを整えた。
この解析が、僕らの運命を大きく変える事になろうとも。
既に、歯車は動き始めているのだから――。
2015/02/15 誤字修正




