58:三度目の悲劇 - 2
57話の最後から大幅に追記したので1話分増えました。
「………………カイ、どうか僕に力を──」
僕を、孤独という檻から救ってくれた唯一無二の友人。それはきっと、お母さんでも成し得なかった功績だ。
そもそも、彼がいなければ、何も始まらず、変われなかった──そのことを、今になって思い出した。
そもそもあいつだって、何の悩みもないわけじゃない。僕が知らないってだけだ。
結局、百パーセントの本音は語ってくれなかったけど──なのに、たった一度きりしかないチャンスを棒に振って、数あるウィザードの中からわざわざ僕を選び、全てを託してくれた、唯一の存在なんだ。これは、偶然なんかじゃない。
そして、その実の兄の魂を宿したこの娘も──初対面にも関わらず、家族の反対を押し切ってまでして僕を信用してくれた。
恐らく、彼女の瞳の先にあいつの影が映っていたからで……それは、ただのきっかけに過ぎないのだろう。
──けど。
(……そうか、あいつは……、僕のためにも、きっかけを作ってくれたんだな……)
カイが遺したモノは、僕と彼の兄──ヒマリとを結ぶ、新しい接点そのものだった。
まるで、何億光年と離れた星の光が、長い時を経て地上に降り注ぐように。
それは確実で、誠実な──道標となったのだ。
──その事に気付かされた時。
僕は、自然とコンソールの上で手を動かし始めていた。
僕の──もしかしたら身勝手な解釈だったとしても──きっかけを作るには充分だった。
§
一時間が経過した。
最後のコマンドを入力し、実行ボタンを叩く。
「…………ふう……」
……よし、どうにか成功だ。
メモリの容量が二倍に膨れ上がったのがコンソールで確認出来た。
プルステリアの「再起動」を促す注射薬を首に投与する。
ガス圧で一気に押し込まれると、途端に再起動に移った。
モニタに表示される文字列の数々を目で追いながら、ステータスに問題がない事を一通り確認する。
ものの十秒で、ヒマリの身体がビクン、と跳ね上がった。
驚いたように起き上がり、パチパチと瞬きをする。
「終わったよ。……どう? 調子は」
「えっと……うん。頭の中がすっきりして……軽くなった感じ! 本当にありがと、キリルくん!」
問題はないか、って意味だったのだが、本人がそう言うのであれば、まあ、問題はないんだろう。
「どういたしまして」
……でも、その笑顔が本当に眩しくて、僕は、ヒマリを直視出来なかった。
ヒマリは、そんな僕の気も知らずに元気よく診療台を飛び下りると、部屋のドアを勢い良く開け放った。
「お兄ちゃん! エリカ!」
「ヒマリ!! やったのか!」
「うん!」
「わああー! マリー、おめでとー!」
喜ぶ三人。嬉し涙を零しながら、抱き合っている。
……そうか、それほどに嬉しいことだったんだ。
「…………はは」
……参ったな。僕まで貰い泣きしそうだ。
三度目の悲劇は、阻止出来たのだ。……この、僕の手で。
嬉しかった。ようやく、人の役に立てたんだ。
それに、カイに恩も返せた。あいつが聞いたら、きっと喜ぶに違いない。
「ママー! 治ったよー! 手術成功ー!」
『まあ! 良かったわあ! ……パパ、聞いてーっ! ヒマリがねー!』
その光景はまるで理想で、羨ましかった。いつか母さんをこのプルステラに蘇らせたら、僕もあんな風に喜べるだろうか。
(………………いや)
そうだ。本当は解っていた。例えお母さんを蘇らせたとしても、それは、自然の理に反した行為なんだって。
いくらそっくりに創ったとしても、それは限りなく百パーセントに近いだけで、お母さんそのものじゃない。
そんな事をしても、僕は喜べない。虚しいだけだ。
……もう、忘れるんだ、キリル。
この手で人を助けられるって判っただけでも、お母さんはきっと、喜ぶだろう。
僕は、軽く首を振って、暗い気持ちを振り払った。
そろそろ、言わなくてはならない。今度は僕自身が、この世界に相応しく生まれ変わるために。
「ヒマリ。しばらくみんなで、ここに泊まっていくといい。もうすぐしたら、クリスマスも近いからね」
「え? クリスマス?」
ヒマリはきょとんとした顔を僕に向けた。
「なんだ。何も知らなかったのか。どの集落にも、クリスマスイベントがやってくる、って話なんだよ。そんな美味しい時に帰っちゃうのは勿体ないじゃないか」
「そっか。じゃあ……そうしようかな。折角外国に来たんだもの。……お兄ちゃんも、エリカもいい?」
「私とゾーイはいいわよ」
エリカはタイキに顔を向けて言った。
「……で、タイキは?」
「ああ。俺も別に構わない。……ヒマリ、母さんには、後でもう一度連絡入れとけよ? あと、心配かけっぱなしの友達にもな」
「うん。ありがと、二人とも」
こうして、一時の間だが、新しい客人を迎え、単調だった僕の生活は一際派手なものになった。
……実は、ヒマリを呼んだ時に一度は思いついていたのだ。
せっかくここまで来るんだから、クリスマスパーティーをしよう、と。
あの時、フィリップを家に招かなかった僕は、現世での友達を完全に失ってしまったけど……。
今度は、僕の方から友達を作るんだ。……僕を導いてくれた、カイのように。
(感謝するよ、カイ。キミのお陰で勇気が出せた)
招待状を渡した客人は、あと一人。
彼女がクリスマスに間に合う事を、祈るばかりだ……。
小さな、クリスマスプレゼントと共に。




