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PULLUSTERRIER 《プルステリア》  作者: 杏仁みかん
Section5:守護者
38/94

37:槍兵の桑の木人形(マルベリー・ドール) - 1

「大佐!? 何があったんですか!? お怪我は!?」


 どこかで噂を聞きつけたのだろう、エリックが珍しく取り乱して部屋に乱入してきた。いつもの敬礼とかそんなことすら忘れてしまっている。

 私の右肩には包帯が縛られているだけで、それも替えの上着に隠されている。指先が多少動かないのを除けば、外観はいつも通りなのだが。


「エリック……大丈夫だよ。大げさだな。ちょっと肩をやられただけじゃないか」


 と、軽い口調で安心させようとしたのだが、エリックはそんな言葉をも遮って私のデスクを両の拳で強く叩いた。


「どこが大丈夫なんですか!? 一歩間違えていたら死んでいたかもしれないんですよ!?」

「『あっち』がその気なら死んでいたさ。……いいか。この件は私に任せろ。下手にVR・AGES社に追求したりするんじゃないぞ」


 エリックは視線を逸らし、やってしまった行為を誤魔化すかのように眼鏡の位置を中指で正した。


「……いったい、何を考えてらっしゃるんですか?」

「お前は何も聞かなくていい。とにかく、依頼した調査の報告を急げ。それと、ブレイデンの方もな。話はそれだけだ」


 私はPCに視線を移し、作業に戻った。

 エリックはまだ何か言いたげに突っ立っていたが、やがて、諦めたように形だけの敬礼をし、出て行った。


(……すまないな、エリック)


 私は心の中で彼に謝った。

 エリックは本当に忠実で有能な部下だ。だからこそ、彼は最後まで失いたくない。


 ――いつかまた、プルステラで会いましょう。


 最後にそう言っていた彼の妹。もしかしたら、私は約束を果たせないのかもしれない。

 彼女はまた、私を恨むだろう。気丈な態度で振る舞ってはいたが、アイツはとにかく寂しがり屋なのだと、エリックも言っていた。

 彼女は、兄が軍人だということを知らない。エリックとは……ややこしい間柄だが、とうに縁を切っていて、もう五年ぐらい顔を見せていないのだと言う。


 約束を破った償い、或いは、兄を内緒で奪ってしまった償いとでも言うべきか。

 いずれにせよ、エリックを死なせはしない。

 私は最後までここを守り、どんな手段を使ってでも二人を再会させるのだ。


 別に、一個人の感情だけで動くわけではない。私という立場からしても、今抱えている問題にブラックボックスが多すぎるのが気になっている。

 七月七日に起きたサーバートラブルに関しても、未だに原因は不明。中にいる人々が安心して暮らしているのか、それさえも判っていない。

 アニマリーヴは、本当に移民計画として実行されたのか。……どうも、それだけに留まる気がしないのだ。


 やはり一度内部を探ってみたいが……現状がそうであるように、きっと容易にはいかない。

 鉄壁のセキュリティーを誇るバベル。外壁は核シェルター以上に分厚く頑丈に出来ており、壁面透過レーダーですら内部を伺うことは出来ない。戦闘機が上空に近付けば蜂の巣にされ、地上はおろか、地下からも侵入出来ないような驚異的な迎撃システムを配備しているという。


 そこまで堅固なのは、バベルの中に(アニマ)を管理するための膨大な数のサーバー機器があるからだ。これに衝撃を与えてしまったら、プルステラ内に預かっている大陸全土の(アニマ)を破壊することになる。例え、無事内部に潜入出来たとしても、銃火器だけは絶対に使用出来ないだろう。……それ故の絶対的な守りである。


 そもそも、どうやってバベル内部へ潜入すればいいのか。

 以前、私がここに着任した際に、VR・AGES社にバベルの視察を要求した事があったが、「既に一度来ている、知りたければ資料映像で再度確認するように」の一点張りだった。

 実際にその映像を確認してみたのだが、やはり肝心な部分は編集でカットされたり、上手く隠れるように撮られていた。

 唯一判ったのは、施設内を含む全ての壁が衝撃だけでなく、強力なレーザーをも吸収出来る素材で造られているということだけで、私の肩を貫いたレーザー照射式のガンカメラを設置出来る、ということだけは間違いない。


 また、バベル周辺で人の姿は一人として確認されていない。内部にどれだけの人間が配置されているかも不明だ。

 しかし、人類の殆どがアニマリーヴすることを考えると、無人でも運用可能なセキュリティーにしているのは確かなはずだ。

 その場合、有事の際に外部から人が入り込めるような「鍵」が必ず存在するはずである。それを何とかして手に入れなければ物理的に近寄ることは不可能と言える。

 ……となると、やはりMi6が調べているVR・AGES社員の情報が必要不可欠だ。現存する社員の数、その行動についても知っておくべきだろう。


(やれやれ、順番に片付けていかなければな……)


 ふと、PCのカレンダーに目を向ける。ハロウィンまで、あと二日だ。

 恐らく今夜、大勢の人間がこのアニマポートに集まり始め、明日の朝頃には溢れ返るほどの長蛇の列が出来上がっているだろう。

 そして、明後日の午前零時にはアニマリーヴを開始し、多少のラグやトラブルがあったとしても、その翌日昼頃までには全て完了する。順調に進めば、このアニマポートから発つアークは全て、海底にあるシェルターへと送られるだろう。


 しかし、アークは毎回、必ず人数を揃えて出発するわけではない。

 内部の状況は船内に設置されたカメラで監視されており、アニマリーヴのボタンを押せなかった者が一人でもいたと判断した場合、係員が該当者を外へ連れ出すようにしている。アークのメインコンピューターに対して不正な処理を働かせないための、絶対的なルールである。


 ……と、そこまで考えた時、私の頭の中でひとつの名案が閃いた。


(そうか……! なるほど、コイツは使えるかもしれんな)


 目的とは多少異なるが、この際何でもいい。

 針の穴程の隙間が通れるなら、まずは試してみようじゃないか。



   §



 その日の深夜一時。セキュリティ的には何の問題もない会議室という閉鎖空間で、私とブレイデン、エリックは、それぞれテーブル席に着いていた。

 ドアの外には二名の少佐が待機している。防音室なので、会話は一切漏れていない筈だ。


 元々夜型だったブレイデンは、いつにも増してパッチリとした目つきでニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべていた。五時間の時差を考えても彼の今日はこれからということになる。

 エリックの様子はいつもと変わらない。夜に集まることを聞いてから、多少仮眠を取ったらしい。


 一同が席について準備出来たところで、私は口を開いた。


「今日集まって貰ったのは他でもない、例の作戦についてである」


 念のため、私は「プルステラ」「バベル」「アーク」「アニマリーヴ」といった単語を一切使わないよう、あらかじめ二人に個別に伝えてある。作戦の内容も、例え盗聴されても、事情を知っている我々にしか理解出来ないだろう。


 ……まず、私はこのように述べた。


「近日、『とてもいい機会』に見舞われるのはご存じの事と思う。そこで、そのまたとないチャンスを利用し、ある者に相方のいない『槍兵の桑の木人形(マルベリー・ドール)』を演じて貰う予定だ」


 その一言で一瞬考えたのだろう、少し間を置いてから、ブレイデンが口笛を吹き、エリックが目を丸くした。

 私生活では読書家であるエリックはともかく、ブレイデンにもこの洒落が通じるか心配だったが、幸い、理解してくれたようだ。その事に驚かざるを得ないが、わざわざ追求している時間はない。


「……なるほど。かなり回りくどいネーミングですが、意図は大体理解しました。しかし、本来の目的とも大分異なるようですが?」

「通る道は大体同じだ。実行者はそれから数日間、『その場』で潜伏を試みる。……どうだ、ブレイデン。この手は通用しそうか?」


 ブレイデンは舌の上で飴を転がすように目をキョロキョロと動かし、それからいつものように小さく肩を震わせた。


「ひ、ひひ。面白い作戦、だねぇ。で、で、出来るよぉ。た、ただ、潜伏したら、なな、何かで、ご、誤魔化さなきゃだけどねぇ。せ、せ、生体感知センサーとかあったら面倒だよぉ。そ、そ、それと、い、居場所なんかを知らせる通信手段も、か、考えないと、だねぇ」


 私は「大丈夫だ」と軽く左手を挙げた。


「そこの回線を上手く利用する。アレは個々が独立しているから、『郵便物』が届く間に上手く割り込めば、『住所』は割り出せるだろう。『検疫』についても手段があるから問題ない」

「よ、よよ、よーし。だ、だったら、ボ、ボ、ボクがとっておきのを、わ、わ、渡してあげるよぉ」


 ブレイデンはポケットから小さく折り畳まれたペーパータブレットを取り出した。薄っぺらいものだが、無線通信を行っている箇所で使うとアドレスを表示してくれるという、ハッキング用のツールだ。まさに今回の作戦にうってつけで、電気を通さなければそれと判らない特別製だ。アニマポートで行う荷物検査程度でも引っかからないと言う。


「お、お、恐らく、外には電波が漏れていないだろうから、な、な、内部のどこかへ、つ、つつ、繋がるんだと思うよぉ。かか、片方がダメなら、も、も、もう一方で試したらいいねぇ」


 私は上着の内ポケットにツールを仕舞い込み、無言で頷いた。

 コイツは小さく折り畳めるので、後で歯に仕込ませておくとしよう。


「よし。決行は当日、このロンドンが誇れる時間にしよう。問題はないか?」


 つまり、世界基準の始まりの時を告げる午前零時だ。

 エリックは眼鏡に指を当て、ブレイデンは不気味にニタニタと笑った。


「問題ありません」

「も、問題ないねぇ」


 私も口の端を吊り上げ、笑みを浮かべる。


「二人が聡明で、実に助かったよ」



   §



 問題は、作戦に必要な「小道具」諸々だった。

 アークのシステムそのものを改造することは難しい。ほぼ裸で内部に侵入する以上、歯に仕込ませるハッキングツール以外にも他の何かが必要になってくる。


 特に、作戦の実行者が起きた状態でのアーク潜伏。これだけは何としても実行しなくてはならない。


 アークの仕組みはごく単純なものだ。世界人口分だけ存在するため、構造が複雑過ぎると予算が過ぎるからだ。

 故に、アークの外側のセキュリティーは厳しいが、内部にさえいれば大したものではない。つまり、その弱さを補うための身体検査であり、完全な「持ち込み禁止」なのだ。


 アニマポートでアニマリーヴに関わるスタッフは皆、VR・AGES社の人間だ。

 相手は私が軍人であることを知っているし、そんな人間が前置きもなしにアークに乗り込めば、十中八九怪しいと見抜くだろう。ましてや、その「相手側」に傷を付けられた事で、しばらくは変装という誤魔化しも通用しない。

 そのため、私以外の「ある代理人」が作戦を実行する事になる。より確実に、内密に進めるためにも、エリックやブレイデンにはまだ報せていない。


 私は、別途同じように会議室に呼び出した「実行者」に深々と頭を下げた。


「……本当にすまないな。非人道的だと自分でも思うよ。しかし、今はそれしか方法がないのだ」


 実行者は、小さく首を振った。


「いいえ、構いませんわ」


 まるで児童合唱団のような、透明感のある美しいハイトーンのボイス。口には出せないが、まさに今回の『劇』を演じるにふさわしい。


「それが、私にしか成せない任務とおっしゃるのなら、『桑の木の人形』を演じるのも喜んで受け入れるとしましょう」


 ゆっくりと視線を上げると、その見事な、絹のように透き通った白い髪が目に映った。

 その者は、私に屈託のない笑顔で微笑み、バラードを奏でるようにゆったりとした口調で問いかけた。


「……それで、後から救出してくれる優しい殿方、というのは貴方なんですよね? オーランド・ビセット大佐?」


 私は苦笑するしかなかった。殿方、と言われるには余りにも不釣り会いだからだ。


「歳の差さえ無ければ完璧だったんだがなぁ。こう言ってはなんだが、キミの活躍次第でもあるのだよ」

「ええ。善処します」


 恐らく、目の前の人物がエリックの目に止まれば猛反発されるだろう。アイツはそういう道徳には須らく厳しいのだ。

 だから、最初の連絡があるまで、アイツやブレイデンには内緒で作戦を実行させる。……極秘のエージェントと称して。


 白髪のエージェントは目を細めると、長い髪を指で弄びながら、最後に私に問いかけた。


「……ところで、大佐? 私の名前(コードネーム)はいつ戴けるのですか? ステキな名前にすると、前々にお約束したはずですが」

「ああ、そうだったな」


 しかし、私の答えはとうに決まっていた。それ以外に思いつかない程、ピッタリとハマるのである。


「『桑の木人形(マルベリー・ドール)』でどうかね?」


 相手も、その名を期待していたようで、無邪気な――しかし、どことなく妖艶な笑みを浮かべ、胸元で手を合わせた。


「ええ。そう言って戴けるのを期待しておりましたわ」


2018/04/09 改稿・改訂。ほぼ全面的に修正を行っています。

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