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PULLUSTERRIER 《プルステリア》  作者: 杏仁みかん
Section3:揺れる魂(アニマ)
24/94

23:激戦! はじめての運動会 - 1

 西暦2203年10月3日

 仮想世界〈プルステラ〉日本サーバー 第0631番地域 第553番集落



 季節は移ろい、集落周辺の鬱蒼とした森はいつからか夕暮れの赤と黄金色のツートーンが美しい紅葉に染まりきっていた。

 九月の二十日を過ぎた頃から気温もぐっと下がり、半袖ではなかなか耐えられない涼しさになっている。東京並の天候と聞かされていたが、現世では考えられない程涼しい気候である。


 収穫の秋。食欲の秋。たわわに実った作物をほくほくと収穫する作業に勤しむ者、慣れない竹箒で落ち葉を掃いて焼き芋を焼く者、わざわざ森にまで赴いてキノコ狩りに赴く者までいる。長年忘れられた秋の大自然を、忘れた伝統に則って楽しむ姿は誰が見ても「新鮮」そのものだった。

 防衛用の柵もいつの間にか完成していて、今度はより強固な壁を造ろうと冬に向けて新しい建築が始まっている。朝から晩まですっかり聞き慣れてしまった鋸やトンカチの音が絶えず集落に鳴り響いていると、秋のオリエンタルな渋さに合ってか、どこか風情を感じさせる環境音と成り果てていた。


 十月最初の月曜日。集落の人間もまた、慣例に倣って一斉に夏服から冬服へと変身を遂げる。あの初期仕様の麻服を着る者は誰一人としていない。ミカルやその他大勢のデザイナーによって作り出された様々なブランドの服は、通販による輸入物も含め、瞬く間にプルステラ中に混ざり、広がっていった。


 僕も早速ミカルから貰った冬服のチュニックに身を包み、ずっと楽しみだった(フリンジ)付きのモカシンブーツに履き替えて登校する。毎日使い回す制服よりも、私服で登校できるということがどんなに嬉しいことか。


「おはよ、ヒマリちゃん!」

「おはよー、ミカルちゃん!」


 集落の広場を過ぎた通りでいつものようにミカルと出会う。すっかり登校時間を合わせられるタイミングを掴んだことで、約束もせず、走ったりもせず、こうしてぴったりと肩を並べて登校できるようになっていた。


「……わぁ、今日は一段とファンタジックだねぇ」

「ふふーん。自慢のブーツに合わせたかったんだー」

「うんうん。似合ってるよー。あ、それで、今度新しい靴を作って欲しいんだけど……」

「いいよー。どんなのにする?」


 …………。


 慣れというものは恐ろしい。


 ちょっと前まで、僕にとってのヒマリの服装はゲームにおけるアバターのようなものだと考えていたのだが、自分の感覚で動かすとなると、やはりスカートにも抵抗があり、どこか恥ずかしいと思うのが常である。……だというのに、慣れというのは本当に恐ろしいものだ。ホットパンツや長ズボンばかりのアンダーで、よくてワンピース程度だった僕を見かねてか、ついにミカルが立ち上がり、何と、(ヒマリ)の着ている服を無理矢理引っ剥がし、強引に着せ替えてしまったのだ。その時の恥ずかしさは言いようのないものだった。

 とにかくその日からだった。僕の中の何かが吹っ切れて、もういいや、とスカートを穿くようになってから……慣れてしまったのだ。

 ……でも、今の性別は紛れもなく女性だし、女装なんかではないはずだ。断じて。



   §



 朝礼で「とある報せ」があり、一限前の休み時間はクラス中で大騒ぎになっている。


「運動会だよ、ヒマリちゃん!! うんっ! どうっ! かいっ! 運っ! 動っ! 会っ!」

「うっ! うぇっ!? ミ、ミカルちゃ……っ! わかったから、リズムに合わせて背中をべしべし叩かないで……!」


 そろそろかな、と構えていたら、何とほぼ一週間後、九日の日曜日に運動会が開催されることになった。

 集落はわりと小さいものだと思っていたのだが、それでも面積は現世で言う村以上だ。小学校に通う全校児童は現時点でおよそ四百人。今月末のハロウィンに増員される分を入れれば相当な数に昇るだろう。一クラスの人数にはばらつきがあるものの、大体二十五人から多いところで三十二人、全学年二クラスずつなので、一学年換算で平均六十人前後ってことになる。

 つまり、現時点で二クラスなので、運動会では一組と二組で分かれる紅白対抗戦となる。一組である僕らは赤組となり、この後の一限のホームルームで更に詳しい種目についての説明があるらしい。


「ヒマリちゃんがいれば赤組は優勝だねー! 無敵だよねー!」

「そうだな。だってヒマリはリザード……むぐぐぐっ!」


 ミカルに釣られて言ってはならないことを言いそうになったレンの口を慌てて押さえつけ、僕は深いため息をついた。

 あの日の出来事は僕とレン、コウタだけの秘密なのだ。ミカルにだってまだ教えていない。

 怪訝そうに首を傾げるミカルに、僕は誤魔化すように言った。


「あのねー。わたし一人じゃなんにもならないよ? 出る種目だって決まってるんだし。出ない種目でも勝たないと得点足りないじゃない」

「でもでもっ、団体種目がほとんどらしいじゃん? プルステラでの身体能力だと、ただのトラック競技は面白みに欠けるからとか、先生言ってたもん」

「それにしたって、何チームかに分かれるでしょ。学年だって六つもあるんだから、六チームぐらいになるかもよ?」

「あー……それもそっかあ」


 チャイムが鳴り、集まっていた僕らは席に戻った。担任のフジノ先生は出席簿をオブジェクト化させ、名前をあいうえお順に読み上げていく。


 フジノ先生はおっとり、のんびりとした性格で、怒ったところは誰も見たことがないという、生徒なら誰もが羨む美人女性教師だった。欠点を挙げるなら、校庭に二股トカゲが入り込んだ時に「あらあら」で済ませてしまうところぐらいか。それ故に、「実は怒ると怖いらしい」というあらぬ噂が広まり、ちょくちょく怒らせようとスカートめくり等の悪戯を仕掛ける男子もいるそうなのだが、「めっ」で済まされ、逆に骨抜きにされて帰って来るのが日常茶飯事となっている。


「では、ホームルームを始めますねぇー。まずは運動会で使う帽子を配ります。配られたらオブジェクト化して下さぁーい」


 眠くなるような声で告げると、先生はまず各々の端末にアイテムデータを転送させた。

 それを早速オブジェクト化させると、つば付きのキャップ帽が現れた。色は真っ白である。


「私達は赤組ですのでー、これを赤に替えちゃいまぁーす。一番上の丸いボタンをダブルタップしてくださいねぇー」


 言われた通りにぽんぽんと叩いてみると、瞬時に赤に切り替わった。面白がって何度も色を替えて遊ぶ子もいる。


「インベントリからでも出来ますよー。その時はメニューが出てくるので、『色替え』を選択すると色が変わりますー。これは、『ギミックコスチューム』っていうもので、実は体操服にも同じ仕掛けがあるんでーす。……今日、皆さんは体操服を持ってきてますよねぇー?」


 はーい、と僕らは一斉に答える。現世なら間違いなく一人は持ってきていない子が現れるのだが、洗濯で持ち帰る以外は端末のインベントリに突っ込んでおいて問題ないものだ。誰もがそこにあって当然だった。


「体操服はズボンと、シャツの縁の色だけ色替えが出来まーす。帽子みたいにオブジェクトからは替えられませんけどー、サブメニューから色替えが出来ますよぉー。ただし、どっちも着ているとリンク機能が働いて、帽子の色の変化に合わせるようになってますー」


 知らなかった、という声が多数。本来の色は深緑色で、白組は紺色に変化するらしい。


「こういうギミックコスチュームは自分で作ることも出来ますねぇー。マクロっていう命令を組み込む必要がありますが、初心者でも出来る簡単なテンプレートがトレースミシンのメニューに用意されているので、興味がある方はやってみて下さいねぇー」


 実を言うと、僕とミカルは既に何度か試している。

 洞窟探索に行った時に着替えた革の防具は、マクロを組んだことでインベントリから直接着せられるように改造されていた。それもギミックコスチュームだったというわけだ。着せ替えや色替えの程度ならテンプレートのキーワードを選ぶだけで作れてしまうのだが、キーボードを使ってプログラミングするレベルになれば、もっと複雑な仕掛けを組み込むことだって出来る。

 例えば、体操服の帽子とズボンの色替えが連動するように、ベルトにパーツを組み込むと変身機構が発動してコスチュームに着替えられる……といった憧れの本格派変身グッズだって作ることが出来る。ミカルは何とかしてそれで魔法少女になろうと躍起になっているのだが、マクロが難しくて組み込めないらしい。既に上がっているコミュ内大型掲示板の専用スレによれば、色々とバグや物量に対する許容データ量といった問題が山積みになっているため、ちゃんとしたものはまだ作れていないらしい。とは言え、完成までは時間の問題だろう。僕自身も試しているうちに出来るんじゃないか、というところまでこぎ着けた。


 フジノ先生が手を叩くと、騒ぎは一旦鎮まった。


「さて、次は種目について説明しますねぇー。皆さん、初めての種目が多いので、しーっかり聞いて下さぁーい」


 先生がペンを取り、デジボードに次々と種目名を書いていくと、僕らのデジタルノートにも自動的に内容がコピーされていった。

 その中で高学年である僕らが参加するのは、クラフト競走、開拓競走、チャンバラ騎馬戦という真新しい三種目で、リレーや百メートル走といった見覚えのあるものは申し訳程度にリストに載っている。


 ミカルが早速目を輝かせたクラフト競走のルールは、机に置かれているいくつかの材料を用いてその場で道具も使わずに簡単な工作を行い、上手く完成することが出来たらゴールまで走って行ける、というものだ。

 プルステラでの制作ルール上、ちゃんとした制作が出来ないものはエラーで消えてしまう。その性質を利用した種目だった。


 開拓競走も同様にプルステラの特性を利用したものだ。予め配られるいくつかの工具を自らのインベントリに入れた状態で障害物競走を行い、状況に応じて使用したりしなかったりしながら道を切り拓き、ゴールを目指す……というものだ。

 このために本格的で大がかりなセットが校庭に準備される。テーマは「開拓」らしい。いかに素早くインベントリを操作し、道具を選ぶか。どれだけ無駄を省いて走れるか……全てはそこにかかっている。


 最後のチャンバラ騎馬戦はいわゆる従来の騎馬戦に比べ、若干難易度の高いものになっている。

 違うのは頭全体を覆う専用の紅白ヘルメットと、胸元を覆うブレストプレート、スポーツチャンバラに使うようなスポンジ状の棒、小さな丸型の盾をそれぞれ装着して乱戦で戦うというところで、騎手役は相手のヘルメットとブレストプレートを狙って攻撃する。上手く防具の部位に命中させると、当て方や強さによってヘルメット上部に浮かんで表示される体力(HP)ゲージのバーが減っていき、全て減らしきるとそのヘルメットが自分チームのカラーに染まり、勝ちとなる。

 また、相手を落馬させた場合も体力の有無に関わらず勝ちだ。負けたものは速やかに退場し、残った面々で戦闘が続けられる。序盤にどれだけ稼げるかで勝てるか決まるのだが、勝負は従来のように一瞬じゃない。上手く立ち回りさえすれば、囲まれていても逆転を狙えるかもしれない。


 このチャンバラ騎馬戦についてフジノ先生は、


「この種目は本来なら凄く危険ですけどー、骨折ぐらいの怪我だったら直ぐに治せますからねぇー」


 と、さらっと恐ろしい補足を言い放ち、生徒たちは一斉に顔を引きつらせた。

 そんな重い空気を直ぐに取り払うかのように、フジノ先生はまたマイペースにポンポンと手を叩いた。


「はぁい! ではぁー、学級委員長さーん、後はみんなで種目に参加する人を決めちゃって下さぁーい」


 その合図を皮切りに、クラス中がざわざわと騒ぎだした。

 オリジナル種目は一人一種目のみ参加が許され、クラスごとに三組が選出される。謂わば、チームの代表だ。


「あたしはクラフト競走に出るよー!」


 と、最初に手を挙げたミカルにクラス中の誰もが反対しなかった。クラフトと言っても裁縫とは限らないのだが、モノ作りのルールを極めたのは彼女か僕ぐらいしかいなかったのだ。


「ヒマリはどうする? お前、どの種目でも行けるだろ?」


 席から離れてわざわざ話しかけてきたレンに、僕はうーんと考え込んだ。

 女子の中でも体力自慢の僕は、わざわざクラフト競走に参加することはないだろう。だから、残る二つの種目から考えなくてはならない。

 開拓競走はわりと楽しそうな部類だ。百パーセント安全なレーザー鉈や鎌、斧なんかを振るい、木をなぎ倒し、草を刈っていくというのは実に爽快だと思う。

 ただ、レンとコウタは、どうやら僕をチャンバラ騎馬戦に推薦したいようだ。種目の中でもメインイベントであり、絶対に盛り上がるからと理由まで添えてきた。


「わたし、開拓競走にすごく興味あるんだけど……」


 そう言って断ると、レンはいかにも意地悪な顔で食い下がってきた。


「でもあれ、泥沼があるって言ってたじゃん。身体中ぐっちゃぐちゃになるぜ、きっと」

「う……」

「ゴールする頃には飴拾いの小麦粉と泥でおもしれーことになってるだろうなー」

「…………んもー! わかったよー! チャンバラ騎馬戦やればいいんでしょー!?」


 レンとコウタは「いえーい!」とハイタッチをして喜ぶ。

 確かにそんな格好になるんじゃ、友達はおろか、家族からもいい笑い物になるだけだ。書き換え不可のROM(ロム)に立体録画されるのもイヤだ……。

 まぁ、チャンバラ騎馬戦も面白そうだから構わないのだが。


 そんなわけで、僕とレンはチャンバラ騎馬戦に立候補し、誰からも異論はなくあっさりと決まってしまった。

 ちなみにコウタは僕が諦めた開拓競走に出場となる。苛められ役にふさわしい末路でないことを祈ろう。


「えっと……? クラスごとに三組ってことは、騎馬役三人の人数も入れると一組四人ってことになるのかな?」

「まーな。後は力の強い男子がいいんだけどな」


 騎手じゃなきゃいいや、と半ば消去法で選ばれた十二人の男子に加え、力はないが頭脳明晰なムツミが騎手に抜擢。実にクラスの半数近くがチャンバラ騎馬戦に参加することになる。

 残った生徒は自然と他の種目に流れていった。特に楽そうなクラフト競走だけは女子を中心に人気が高く、僕らがチャンバラ騎馬戦の参加者を決めている間にくじ引きを引くまでに至った。

 一方、開拓競走はコウタ以外にアウトドアが趣味な男子二名が選ばれ、選手選びは綺麗に収まったのだった。


「まぁ、やりたいものってよりは、能力で決まった感じだな」


 決まってみるとレンの言う通りで、僕自身もチャンバラ騎馬戦に参加するのが一番だったと思う。何せ、開拓競走は道具の力が九割、後はスタミナと道具に慣れているかぐらいで済まされるのだ。

 逆に、チャンバラ騎馬戦は、騎馬も騎手もその人が持つ体力次第となる。更にリザードマンとの攻防をした僕には判断力と反射神経が研ぎ澄まされている。自分の足で回避出来ないのは辛いが、近接武器を使った実戦経験はきっと役に立つことだろう。


 チャイムが鳴り、一時限目が終わると、レンは再び僕の席に寄ってきた。


「よぉし、ヒマリー! 早速、今日の放課後からムツミ入れて練習すっぞ」

「いいよ。でも、騎馬は?」

「あっちはあっちで先に別で練習してもらおうぜ。まずはチャンバラの極意をお前に教わらないとさ」

「えっと……教えるの、やっぱわたし?」


 何て言おう。剣道でもやっていたなんて言えばいいんだろうか。

 ムツミは頭がいい。何か誤魔化そうとするなら、必ず原因を突き止めようとする性格だ。


「ムツミはオレが何とかするよ。ヒマリは道場通ってた、とか嘘言ってさ」

「それで信じたらいいけど……」

「……んなわけないだろう」


 と、いきなり割って入ったムツミに、僕らは思わず大声を上げてしまった。


「ム、ムムム……ムツミ!? いつからそこに!?」

「今だよ。でも話は聞かせてもらった」


 ムツミは腕を組み、眼鏡越しに呆れた目をレンに向けた。

 ちなみにプルステラでは失われた視力が回復するので眼鏡は要らないのだが、現世でかけていた慣れとかで、度のないものを使っているらしい。お陰で一際キザに見える。


「……ミカゲさん。キミがこのバカを連れ戻すためにたった一人で危険な洞窟へ行ってきたという話は聞いている。巨大なコウモリも出没したらしいじゃないか」

「えーっと……」


 実は、あの事件がどれだけの人に知られたのかは自分でも把握していなかった。

 ミカルの安否を確認した後、担架に乗せられた時には疲れが押し寄せて自然と眠ってしまい、目が覚めたら自室のベッドだったのだ。その時にどれだけ噂が広まったかは僕にも知らされていなかった。

 ただ、「ミカゲ ヒマリが洞窟に遊びに行っていたレンとコウタを探し、怪我をしながらも救い出した」……という話が広まったことだけは確かだ。中でどういうことが起きたのかはレンとコウタ、そしてタイキを除いて知られていないはずなのだ。


「キミがこのバカに推薦されたのはそれが理由なのだろう? そこまで知られていながら何故隠そうとするのかは知らないが……まぁいい。大目に見ておいてあげよう」


 そう言ってムツミは、くいっと眼鏡を中指で直す仕種をする。

 僕は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。コイツ、本当に僕らと同じ歳なのか。


 その後、休憩時間には運動会の話に盛り上がり、授業はつつがなく行われ、気付けば約束の放課後になっていた。

 練習には屋上を借りた。体育館は四、五年生の出し物である組み体操で使っており、校庭も低学年が練習のために占拠している。白組の連中と鉢合わせたくないし、このような場所で練習するしかない。


 しかし、練習とは言ったものの……。

 僕の剣法はオリジナルの型であって、剣道のような、ちゃんとした剣法なんかではない。

 強いて言えば、VRゲームで磨いたものだ。反射神経が要求されるゲームだったので、どうにかしようとデュエルや練習を重ねるうちに自分なりの流派が築かれてしまった。それを教えろと言われても、自然に身についたのだから教えようがないし、真似させようとしたって付け焼き刃だ。

 その事を改めて伝えると、特にレンは「なんだ」と残念そうに肩を落とした。


「でもさ、要は胸にある鎧と頭のヘルメットに当てられなきゃいいと思うんだ。防御さえしっかりすれば、相手のスキを突いて倒せると思うよ」


 そんな補足を足して告げると、ムツミは「いや、」と首を振った。


「そうは言っても、身体の自由が上半身しか利かない騎馬戦だ。盾によるガードがあるとは言え、ガードをしたら頭か、或いは胸のどちらかが必ず無防備になるだろう」

「ん。つまり、頭をガードしたら直ぐに胸が狙われるし、胸をガードしたら直ぐに頭が狙われるってことかな?」

「ああ。それをどう防ぐかだ。それに、肩紐にもダメージ判定があるらしいぞ。ヘルメットへの攻撃を首を捻って避けたとしても、肩に当たればHPが減らされることになる」

「うひゃー、そりゃ厳しいなあ」


 レンが苦い顔をして呟いた。


「でもそこは、剣で防ぐしかないよな」


 ところが、チャンバラ剣は、どういうわけか非常によくしなる。受けたと思ったらすり抜けて身体に当たるかもしれないし、刀身の半ばで受け止めれば先端がしなってギリギリ頭に直撃、ということもあり得るのだ。

 そうして受けたダメージは勢いを減らしているので致命傷には至らないが、蓄積させれば負けに繋がる。時間制限もあるため、結局は攻める方がいいということになる。


「防御を捨て、カウンターで致命傷を与える。それしか方法はないだろう」


 眼鏡を上げながら極論を言うムツミに、僕は肩を竦ませた。


「……もう剣法どうのって話じゃ無くなってるよね」

「それを言うなって……」


 結局、基本的な戦法は避けやすい頭をガードせず、首を捻って肩に逸らして最小限のダメージに減らすこと。盾は胸に構え、剣は常に振るい、空いたところを徹底的に攻めていく――そんな作戦となった。

 チャンバラは組み手で練習するとして、後は騎馬の動きを如何にするかということだ。むしろ、そちらの方がチャンバラ以上にメインとなる。これについてはムツミが作戦を練った。


「騎馬ごとに役割を与えた方がいいだろう。速い馬なら囮になり、背の高い馬なら攻撃に適している。……ミカゲさん、恐らくこの中ではキミが一番軽い。一番小柄な馬で機動性を活かしながら囮役を引き受けてくれ」

「りょーかい」

「レンは僕よりも背が高い。ミカゲさんを狙う騎馬を、高さを利用して後ろから狙うんだ。挟み打ちにすれば後はひたすら叩き込めばいい。もし囲まれたら、ミカゲさんの騎馬は逃げていいが、機動力を重視しないレンは戦いを続行すること」

「おう。……で、お前は?」

「僕は、役割としてはレンと同じだ。この中では平均的な騎馬になりそうだし、いざという時に代役が出来るようにするよ」


 作戦はこのようなもので決定し、後は五年生のチームと相談ということになる。

 チャンバラ騎馬戦は五年生と六年生で行われるので、合計六名ずつ。五年生に大柄な男子がいるなら、攻撃役を彼らに任せてもいいだろう。


 練習は五年生を交えて次の日から行われた。ミカルやコウタもそれぞれの種目の練習を連ねている。

 運動会まで僅か一週間。昼休みと放課後しか時間がないので、連日、日が暮れるまで練習が行われたのだった。


2018/04/05 改訂

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