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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第三章 決闘の季節
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9. ビューレン対チャウ3

「これはこれは」

 金髪碧眼の見目麗しき青年は、手を打って声を上げた。

「『オセールの薔薇騎士』を軽視したつもりはなかったが、大したものじゃないか」

 快哉を叫ぶようにして褒め上げる。

「ここまでの巧者だとは思わなかった」

 秀麗な美貌に笑顔を浮かべる主に対し、妖艶な秘書はその紅い唇を綻ばせる。

「ああまでも基力に差がありつつ、よく劣勢を支えていますわ」

「まったくだ。天晴だな」

 手放しで褒める青年の声が陽気なのは、手に持つブランデーを舐め続けるうちに酔ってきていたのかもしれない。

 その体を沈めるソファの素材には最高級の竜涎香が織り込まれ、室内にはほのかなベルモットの香りが漂う。秘書の体から香り立つ薔薇の香りもわずかに混じり、かぐ者を陶然とさせるような香りに包まれる青年だが、今はそれら以上に香り高いブランデーを存分に楽しんでいる様子だ。

 秘書はその青年の肩に触れるか触れないかの位置に立ちつつ、ソファの背もたれにわずかに腰を預けるようにしながら、青年の背後から決闘を映すモニター群を見つめていた。

 胸の下で重ねる腕に押され、豊かな乳房がお硬い印象のスーツを妖艶な衣装に変えてしまっている。前後に左右の足を並べているために、深いスリットからのぞくなめらかな太ももも、妖艶さをいや増している。

 青年の大きなダイヤのピアスがシャンデリアの光を受けてきらめき、秘書の胸元のコサージュに奢られた巨大なルビーが輝きを放つ。

 超長距離星間航行クルーザーの豪華な一室にふさわしい豪華な二人は、先程まで「始末」などという物騒な単語を並べていたわりに、決闘をしっかり堪能している。



 ……などと、各所から称賛を受けているとは露知らぬビューレンは、飛び道具や爆発を捨てて近接戦を仕掛けてきた「炎獣」に手を焼いていた。

 ただでさえ剣技には自信があるらしいチャオが、持ち前の基力強化された馬鹿力と超反応とで長剣を振るうと、嵐のような斬撃の渦に直面させられることになる。

 チャオが持つ武器は、通常なら刀身になり刃が打たれている部分にまで革が巻かれている。全長の半分までが柄という構造で、剣としての握り方と、槍としての持ち方とを両立できる。

 持ち方で当然ながら間合いが異なるのだが、それを持ち方を変えることで不規則に変化させてくるから厄介だ。

 長さは長身であるチャオ自身を超える。それを変幻自在に操られると、本来一対一の近接戦には向かないほど長いにも関わらず、間合いを超えて懐に飛び込むことも出来ない。

 かといって間合いを空けて隙を見よう、などと考えれば、即座に練られた基力の刃が飛んでくる。

 一定の間合いを取りつつ、つかず離れず、ひたすら相手の剣をさばきながら揺さぶりをかけていく、くらいしかやりようもない。

 ビューレンの全身には十分に基力がかけられ、強化されている。それでも、無闇に受け続けているととてつもない衝撃が続け様に襲いかかってきて、腕がしびれるどころかへし折られかねない。

 さばくだけでも大難事。

 互いの武器が模擬剣だから、折れたり刃こぼれしたりしないことだけが救いだ、と思いながら、闘技場の中を所狭しと駆け回りながらの斬り合いを続けていく。



 相手を膨大な基力にものをいわせた連撃で制圧する、というチャウの得意パターンを、ビューレンは涼しい顔でいなしながら突き破る機会をうかがっている。

 少なくとも、チャウにはそう思えた。

 爆発的な力のかかる斬撃は、実体剣と違い折れることが無いから、思う存分振るうことができる。

 遠慮無しに振るわれる彼の剣は、こめられた基力のおかげで切れ味も増し、身長大の花崗岩を両断するくらいは雑作もない。また衝撃で同様の石を叩き割る力もある。

 並の騎士など一撃で粉砕できるし、エース級の騎士でもまともに受け続けられる者は少ない。

 息を整えるため、筋肉に酸素を届けるための間をはさみながら、チャウが嵐のような剣撃を繰り返すのだが、ビューレンの鉄壁は崩れない。

 チャウの暴風のような剣をさばき続け、少しも崩れない。

 大したやつだ、と改めて感心する。

 基力の総量は、恐らく十倍以上の差がある。本来、全く相手にならないはずだ。

 それを、ここまで互角に撃ち合ってくるとは。

 なめらかな長刀の運び、足さばきの流麗さ、荷重移動の正確さと剣筋のぶれない軌道、それらを支える技術と全身のバランスよく鍛えられた筋力とは、チャウには芸術的にすら感じられる。

 自分が、あふれる基力に頼った剣技に傾きがちだということは自覚がある。そのチャウにとって、ビューレンの鍛え抜いた技術と身体能力とは、憧れの域に達するものだ。

「やはりやるな薔薇騎士!」

 上半身裸の背中や胸の毛を、にじみ出る基力で発生する大電圧の静電気で逆立てるようにしながら、チャウが吠える。

 あんな凶暴な肉食獣みたいなやつに褒められても嬉しくないぞ、とビューレンが内心ため息をついていることに、当然だがチャウは気付いていない。



 馬鹿馬鹿しい程の体力勝負になってくると、ビューレンは分が悪い。

 何しろ相手は、無尽蔵とも思えるほどの基力で強化した身体能力で押しまくってくる。

 それを技術と度胸でいなし、さばき続けるのにも限度がある。

 刻一刻と体力と精神力を削られていく戦いの中で、集中力を維持するのにも一苦労である。

 変換しきれずあふれ出るチャウの基力が大気を帯電させ、発火させ、火花を散らし、途方も無い荷重を乗せながら衝突する模擬剣のエネルギーが、剣閃を明るく照らし出す。

 ビジュアル的にも派手な剣戟戦に、闘技場の疑似観客の疑似大歓声が沸き起こる。

 盛り上がるそんな声などビューレンには聞こえていないが、チャウの大技小技を合わせつつビューレンに隙を作ろうとする攻撃には、いい加減うんざりしていた。

 一方でチャウも、ビューレンのしつこいほどに罠を仕掛けようとする多彩な攻撃に閉口していた。

 闘技場の床を崩壊させる技を折り込みながら、それを中途半端に固めてみたり、剣先で床材を引っ掛けて投げつけながら、飛ばした床材と同等の速度で長刀を予想しないような角度から叩きつけてきたり、斬りつけながら腰を落として荷重を移動し軌道を思わぬものに変えてみたり、出してくる技の数もその精度も技巧の高さも、チャウの想像の域を完全に超えている。

 左腕を、チャウは斬られている。

 模擬刀での一撃だから物理的に斬られたわけではないし、二の腕を刃先がかすめた程度だから致命的なダメージではない。

 だが、斬られた箇所は痛むし、筋肉の一部は麻痺して力が入らなくなっている。

 脇腹も二箇所、右脚も一箇所、同様に致命的ではないが細かな損傷を受けている。

 基力で周囲の筋力を特に強化しバランスは取っているが、動きが悪くなるのはごまかしきれない。

 本当に、尊敬に値する奴だ。

 ボスであるサイド・セラール大佐にはあらゆる面で勝てないと思っているチャウだが、似たような感覚をビューレンに対して持ち始めていた。

 もっとも、負ける気は無い。

「よく保ったな、薔薇騎士」

 一度遠くに間合いを取り、大きく呼吸をしてからチャウが叫ぶ。

 当の薔薇騎士、ビューレンは、肩で息をしていた。

 チャウの呼びかけには応えず、度重なる衝撃のせいで半ば感覚が無くなっている手を左右交互に振っている。

 こちらはどうにか無傷だが、明らかに体力で負けている。これだけ技を出しまくっても仕留めきれない、という現実が彼の肩に重くのしかかっていた。体力的にも限界は近い。

「怪物め……」

 つぶやきには力が無い。力がこもらないのではなく、つぶやきに力を込めるようなもったいない真似をしていないだけだが。

「そろそろ終わりにするぞ」と、チャウが長剣の柄尻を左手で持ったまま、肩に担ぐようにして腰を落とす。右手は真正面に突き出し、その指がビューレンの喉元に突き付けるように伸ばされた。

 なにか、大技を発動しようとしていることは、素人目にでもわかる。

 間合いを空けられてしまったビューレンには、それを阻止するために懐に飛び込む余裕は無かった。

 長刀を目線の高さに掲げ、切っ先を相手に向けて基力を込める。腰を落として刺突の構えのようだが、見る者が見れば、それは防御の構えであることがわかる。

「さあ、勝負だ!」

 チャウが叫ぶ。

「吠えてないでかかってこいよ」

 伸びの無い声でビューレンが応じる。

 頭の中を仕切り直し、集中し直す。



 チャウが、その異様な構えのまま基力を瞬間的に爆発させた時、黙って大技らしきものを受けて立ってやる理由もないビューレンは、自身の出せる最大限の速度で踏み切り、その場を離れようとした。

 チャウも、相手が黙って自分の技を待つわけがないことくらいは百も承知である。

 エサ、だ。ビューレンが動いてくれさえすれば良かった。

 ビューレンが疲れていなければ、こんな詐術に引っかかるような真似はしなかっただろう。大技を出すぞ、というような態勢をチャウが取った時点で撒き餌を疑い、それなりの対処をしたに違いない。

 だが、ビューレンは動いてしまった。

 チャウの全身の筋肉が躍動する。

 ビューレンが自らのうかつさに気付き、舌打ちをした瞬間には、チャウは次の動作を終えていた。

 チャウの基力の爆発は、ダミーの一度目のコンマニ秒後に二度目が炸裂し、足元の床を溶かすほどの爆発力で自らの体を加速させていた。

 超加速中の脳がビューレンの動き出しを捉え、爆発の向きと威力を調整し、それを輻射して加速を得るための基力の障壁の角度をピタリと調整する。

 剣術的には、その速度以外はごくありきたりの、相手の懐に飛び込む刺突攻撃でしかない。

 だが、人類が基力に出会う以前には決して考えられなかった速度は、ビューレンに対応を許さない。

 音速を遥かに超える速度で間合いをゼロにしたチャウの、異様に長い剣の刺突が、ビューレンの決して無防備ではない胴を捉える。

 ビューレンはとっさに左手を軸に長刀を回し、相手の長剣を払おうとした。

 反応できただけでも凄いのだが、確かに長刀はチャウの長剣を捉えたのだ。

 それは、その光景を見て理解できていたごくごく一部の人間たちを驚倒させたのだが、それだけだった。

 槍のように両手持ちで突き出したチャウの長剣の軌道は、微塵もゆらぎはしなかった。彼の剛腕は、ビューレンの苦し紛れを粉砕した。

 模擬剣は、ビューレンの胸を斜めから突き刺し、その刃の向きに逆らわずに斬り上げられた。

 ほぼ同時にチャウの巨体がビューレンの胴に当てられ、吹き飛ばす。

 模擬剣の一撃で全身の筋肉が自由を失ったビューレンは、その当て身を受けきれない。壮烈な加速度を得ていたチャウの体に、ビューレンは高速走行中の貨物車に衝突されたと同様の衝撃で跳ね飛ばされた。

 基力の強化で体は無事であるにせよ、戦闘力を根こそぎ奪われたビューレンは、おもちゃのように宙を舞い、着地と同時にごろごろと転がり、やがて止まったときには意識を失っていた。

 チャウの勝利だった。



「たいしたものじゃ」

 カノンがゆっくりと拍手する。

「あそこまでチャウを追い込むとは思わなかった」

 と、同じようにバイダルが拍手している。

 二人には、ビューレンの戦いが見えていた。

 最後の瞬間に何が起きたか、それが見えていないような者は、少なくともフェイレイ・ルース騎士団の出場者たちにはいない。

 メンバー中最も経験が少なく、最も実力が低いと目されるエステルでも、見えていた。 

 さすがにカノンの隣では露出を控えめにしているメグがいう。

「最後まで技術は明らかに上回ってたわね。まあ、負けてりゃ言い訳にもならないんだけどさ」

 そのとおり、言い訳にもならないのだが、「炎獣」という怪物を相手にこれだけ技術を示すことができれば充分だ。

 バイダルの次の一言が、よく事情を表している。

「基力無しで戦う気には絶対ならねえな」

 近接戦闘技術の教官としても活躍するビューレンの、面目躍如たる戦いであったといえる。



「欲しい、欲しいぞ」

 サイドがうめいた。

 彼の癖である。騎士団や傭兵団と呼ばれるような組織を作る気もないくせに、優れた人材を見るとすぐ欲しくなる。

 マカロフやチャウと同じように。

「ああいうのが欲しいんだ!」

 チャウだって技術に優れていないわけではないのだ。その「炎獣」を技術面では圧倒して見せるような男が、「雷帝」の興味を惹かないわけがないのだった。

 無理だと思うなあ、とマカロフは思ったが、あんな子供の駄々のようなセリフにいちいち反応していても仕方がないので聞き流す。

 サイドの稚気を愛する部分がないわけではないが、付き合いきれないという現実もあるのだった。




 チャウの勝ち名乗りと同時に、主催者側の医療スタッフに収容されたビューレンは、自らの体に循環させるように流していた基力のおかげで、大した外傷もなかった。

 胸から肩に向けて模擬剣で斬られたおかげで気絶していたが、十分ほどで意識を取り戻すと、収容先のベッドの上で大きくため息を吐いた。

「……疲れた」

 疲れたであろう。

 もとから勝てるとは思っていなかったにしても、基力の量という彼自身にはどうにもならない力の差で負けたことに、疲労感しか感じなかった。

 このあと、傑出した技術で絶望的な基力の差を埋め、「炎獣」を苦しめた名手として一躍名を高めることになるのだが、本人には何の慰めにもならないのだった。

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