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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第三章 決闘の季節
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8. ビューレン対チャウ2

 下馬評では明らかに「炎獣」チャウ少佐有利だ。

 それは、騎士団の内部でも変わらない。

 直前まで相手のオーダーがわからない中、先鋒を任されたビューレンだが、カノンもメグも、口には出さないが勝利は期待していない。

「あいつは」

 と、闘技場内に姿を現したチャウを見てメグがいう。

「あんな巨体であんな肉食獣面で、喧嘩っ早くて軍をクビになるような奴のくせして、神経質で細かいんだよ」

 知った風な口をきいているが、知っているのだ。以前、まったく別の戦場で同じ傭兵の立場で共闘したことがあるという。

「そなたに似ておるようで全き別物というわけじゃな」

 神経質で細かい、という評判だけは誰も聞いたことがないメグに対し、カノンが冷然という。

「あたしが肉食獣面ってことかよこら」

 そっちに食いつくのか……、とそばで聞いていたエステルは少し呆れた。

「神経質だからこそ、有象無象の兵士たちなどいちいち相手にせず、基力で吹き飛ばすのであろうよ」

 カノンはことさらにメグのツッコミを無視し、述べる。

「正統派のビューレンには、『ミコライの獅子』あたりの出馬とあらば良い勝負になったのじゃろうがの」

 オスカル・マカロフがチャウと比べて弱い、ということではない。相性の問題だ。

「チャウがごとき基力の暴虐ともいうべき攻撃をさばけるか、という点では、そこのぼさぼさ頭の男ほど得手ではあるまい」

 ちらりとバイダルに視線をやりながらいった。

 いわれたバイダルは、カノンの言葉通りのぼさぼさの頭をかきながら応じる。

「基力制限がありゃあ、ビューレンの勝ちだろうけどな」

 武技の腕の冴えでは乗り越えられない差がある。

 基力を使う者のことを旗士という。騎士、とは身分のことで、日本語だと混同しやすいが、旗士と騎士とは別の言葉だ。

 旗士同士の戦いではやはり基力運用の規模と巧みさが物をいう。そのことは骨まで染みて理解している者ばかりだ。

 バイダルの言葉に反論する者はいなかった。



 バイダルがいうことくらい百も承知のビューレンである。

 チャウの基力攻撃をさばき、わずかな隙をかいくぐって剣を入れるしかない。そのための技術が、歴戦のチャウに通用するかどうか。

「まあ、やってみるさ」

 各種デバイス越しに観戦する市民の大歓声を、わざわざ闘技場内にバーチャルで再現する大音声の中、ビューレンが模擬刀を握る左手を目の前に、肘をぐっと体に引き寄せて絞ると右手を柄の鍔元に添え、切っ先をチャウに向け構える。

 静かに腰を落としたビューレンが、左足前の半身になって構えを終えた時、闘技場内に試合開始のブザーが鳴り響いた。



 初撃はチャウ。

「薔薇騎士とは戦場でこそ相見えたかったがな」

 そうつぶやいた「炎獣」は、ブザーの響きと同時に、いきなり基力を爆発させた。

 基力はダークエネルギーの一つである。観測できない、あるいは存在について理論的に説明できない、仮想のエネルギーのことを指すダークエネルギーのうち、極小ではあるが人類に恩恵をもたらす力として存在する。

 既知のエネルギーに変換するにあたり、人間の意志の力を介在させる。

 その仕組みはいまだに解明されていないが、大崩壊前の文明が生み出した技術がその鍵を握っていることだけは間違いがない。

 理論的解明が為されていなくても、人類はその技術を使い、研ぎ澄ませる。

 チャウが使う、「炎獣」の異名の元となった超高温の電離体(プラズマ)の嵐も、その顕現の一つだが、この時チャウはそれを使わない。

 あんなものは素人相手の目くらましのようなもので、本物の戦士に通用するものではない。

 まともに育成された旗士なら、自らの基力を集中的に使用することで防壁を作り、指向性の低い爆発など散らしてしまう。

 ビューレンは基力量で自分に遥かに及ばないようだが、練達の士官だ。その程度の実力は備えているだろう。

 そう考えたチャウがこの時に使ったのは、ツヴァイヘンダー様の模擬刀に一時的にまとわせた基力を圧縮し、極薄のカミソリのような様態に加工し、模擬剣を振る勢いで飛ばすというもの。

 筋力を基力で強化した士官級の戦士が本気で長剣を振れば、切っ先は容易に音速を超える。その速度に基力同士の反発力も加えると、成形された基力の塊は、火薬式の拳銃の弾丸と同等かそれ以上の速度で敵のもとに飛んでいく。実体を持たないエネルギーの塊である基力には空気抵抗がかからないから、減速することも無い。

 チャウの技術の高さを証明するかのように、模擬剣表面に張り付かせた基力を、彼は輪状に規則正しく刻んでいた。

 細切れになった基力の輪は、そのふちを鋭利に尖らせたまま、時間差で軌道を微妙に変えながら敵、つまりビューレンに向かって音速を遥かに超える速度で飛ぶ。

 爆轟と共に放たれた基力の輪は、人間の視力では当然追いきれない。拳銃の弾丸より速い、そもそも光を透過するから目には見えない輪は、瞬時にビューレンのところに到達したが、その事実をリアルタイムで捉えられた人間などほとんど存在しない。

 ビューレンは、だが知覚し、剣閃の向きや角度から予測した軌道を勘だけで読みきって動いている。

 直線で来る輪を左足前の半身を後ろに倒すようにして避けたビューレンは、目の前から伸ばしている切っ先に込めた基力を、最大の出力で一点に集中するようにして輪の一つを弾く。

 同時に後ろ足である右足を大きくずらして重心を移し、鍛え上げた筋力を基力で思い切り強化しながら、左斜め前に跳躍する。

 数トンの爆発的な力で蹴り出された体は、あまり良くない体勢での不自然な加速にも関わらず、瞬時に輪の攻撃範囲から逃れ、次の一歩でチャウへの攻撃態勢に入る。

 チャウも、輪を撃った直後には飛び出して、位置を変えている。一撃必殺の技だが、フェイレイ・ルース騎士団の現役士官相手に通用するとは思っていない。

 基力で勝っていることは確かなようだから、接近を許さず手数で勝負すれば良い。近付けば、この輪の餌食だぞと初手から警告するための攻撃だ。



「あれをかわすのか」

 と腕を組んで仁王立ちしながら大型三次元スクリーンを睨みつけていたサイド・セラールがつぶやいた。

「輪の一つも撃ち落としているし、その後の動きもいい。うちに欲しいな」

 威風堂々、男女ともに惚れ惚れしてしまうような立ち姿だ。

 もちろん、彼にはすべて見えている。

 チャウの攻撃はまだまだこれからだが、初撃をかわせるかどうかは、相手の実力を測る良い材料になる。

 チャウの勝利を微塵も疑っていない「雷帝」だが、基本的な技術をしっかり身につけたビューレンのような戦士が、彼は大好きだ。

 大げさな基力任せの戦いより、よほど彼を楽しませてくれそうな、ビューレンの出足だった。



 チャウは、初撃を放ってその場を離れると、続け様に輪を作り出しつつ、闘技場内をとてつもない速度域で駆け回った。

 当然、各種メディアも観衆達も、何が起きているのか全くわかっていない。

 ただ、二人が試合開始時にいた場所にはおらず、闘技場の全域でパチパチと光る現象といい、四方八方から聞こえる爆轟といい、何かが起きているのはわかる。

 試合後のスロー再生と解説無しには理解不可能だが、普通の人類の常識をはるか彼方に投げ飛ばした非常識な戦いが目の前で繰り広げられていることだけはわかる。

 ナノマシンで脳の処理速度を亢進させている、あるいは旧文明の遺産たる遺伝子操作のおかげで処理速度が異常亢進している人々には、チャウが高速移動を繰り返しながら基力の光の輪を飛ばし続け、ビューレンがその動きを予測しつつ必死で避けたり弾いたりしている様子が見えている。

 ビューレンにとって厄介なのは、チャウが決して遠間の攻撃にこだわってはいないことだ。

 チャウは、距離を変え、角度を変え、ありとあらゆる間で輪を放ってくる。ある程度予測することができたとしても、体の反応はまた別の話だし、チャウが仕掛けた手順に従って避けると最後には必ず当たるように動きを誘導されることだってある。

 その程度のことは当たり前に仕掛けてくる相手だ。

 ビューレンは可能な限りチャウを撹乱するように動きながら、基力を本人の限界まで込めた直刀を振り回して、輪を跳ね飛ばし続けるしかない。

「呼吸する暇も与えない気だな」

 舌打ちする余裕も無い。

 動き回るための筋肉も、そう無限にいうことを聞いてくれるわけでもない。

 基力で筋力を強化したり、外骨格のように装備した補助器具を強化することで、人間を超越した動きを実現するのは、その能力を持っていれば難しいことではない。

 問題はそれを維持し続けることだ。

 どんな手段で強化しようが、筋肉は燃料であるATPと酸素を必要とするし、発生した乳酸を捨てなければならない。生身の体である限り、どんな方法で強化しても、筋肉がタンパク質で出来ていることに変わりはないし、使いすぎれば動かなくなる。

 筋肉が動かなければ、どんなに強化しようが、その体は動かなくなる。

 ビューレンを仕留めようとしつつ、実はそこをチャウは、狙っているに違いない。

「バカにされたものだな」

 不規則なリズムでバラバラの方向に地を蹴り、必死で超音速の輪を避けつつ、ビューレンはチャウの姿を目で捉え、同時に予測し、相手が輪を撃つその瞬間の隙を狙って動き続ける。

 あらゆる方向から飛んでくる輪を避け、さばきながら予測までするのは尋常ではない高等技術。

 基力にまかせた高出力の防壁に依存するような大雑把な人間には、到底できないだろう。

 それができる程に卓越した技術を、ビューレンは持っていた。それほど巨大な基力を持たずに生まれてしまったからこそ、努力して身に付けた珠玉の技だ。

 ビューレンがタイミングを見て全力で闘技場の床を蹴り、その馬鹿げた応力に耐えられなかった床材が破壊され、飛び散る。

 ビューレンの大柄な体が一直線に飛び、直刀が横薙ぎに一閃する。

 左手で柄の一番根本を持ち、力強い手首の回転で加速された直刀は、片手持ちとは思えない衝撃波を生み出す。

 その衝撃波の軌道は、輪を飛ばしながら跳び回るチャウの、方向を変えようと着地しようとする右足の接地点と正確に一致する。

 つい最近、エステルたち騎士団の同僚たちを呆れさせた、針穴をも通す高等技術。

 とっさに着地点までは変えられないチャウだが、基力量で圧倒する彼は、普通人なら知覚することすら困難な極小の時間の中で、右足に基力を集中させる。

 十分に基力密度が高まったチャウの右足は、ビューレンの衝撃波を容易に弾く。軸足になる右足が無事なのだから、すぐ次の動きに移れそうなものだが、ビューレンの衝撃波はチャウの足を破壊するためのものではない。

 彼我の実力差、基力の差を知る彼が、自分の遠隔斬撃に自信など持つはずがない。彼はどこまでも現実的だ。

 ビューレンが狙ったのは、チャウの右足が踏む床だ。

 闘技場の床は、当たり前だが頑丈に出来ているものの、星間航行船の外殻すら破るといわれる基力持ちの一撃を支えきれるほど、非常識に強化されているわけではない。

 床の素材の固有振動数に合わせた周波数の振動を与える、という、神業とも思える衝撃波を撃ち込んだその床は、ビューレンの思惑通り、チャウが着地した際の重い衝撃も加わり、砂のように崩壊した。

 チャウの巨体と、処理しきれずに体に残る運動エネルギーとが、もろく崩れた足元をさらに崩す。

 思わずよろめいたチャウの巨体に、ビューレンの直刀が襲いかかる。



「やるな」

 ビューレンの妙技に、サイドが思わずうなる。

 玄人好みの、技術に優れた男であることはもちろん知っていたが、期待以上だった。



「やる」

 カノンも、同時につぶやいている。

 どちらも、自分の周囲くらいにしかこの勝負が見えていないことに気付いている。

 多くの基力持ちの戦士たちにすら見えない、超越者同士の恐ろしくハイレベルな戦いだった。



 チャウはその危険な斬撃を、長剣で受けながら、桁外れの基力を崩壊したばかりの床に叩きつけるように流した。

 同時に基力を変換し、砂と化して支持力ゼロになっていた足元の床材を強引に固めた。

 固めたというと正確さに欠けるが、砂になった細かな床材の粒子を核にして、大量の基力が変換された磁力線の振動が、瞬時に微細な立体格子構造を作り出して固定化される。

 チャウの足が着いた、わずかな間に崩壊した床は、わずかな間に固定化された。

 そのわずかなタイムラグがチャウの足を結晶化した元床材にめり込ませる。

 続け様のビューレンの直刀の重い一撃を、チャウはどうにかさばくが、足を取られた状態では、そう何合も受けきれるものではない。

 とっさに結晶化したことで、少なくとも不安定ではなくなったから、ニ撃目は受け止めることができた。

 だが、反撃に出ようとすれば、間合いを詰めてチャウの武器の長大さという特徴を短所にしてしまったビューレンの、技術に長じた反撃を食ってしまう。

 彼はとっさに思考を変えた。

 近接戦が不利なら、その状況を吹き飛ばしてしまうに限る。

 それが出来る能力が、彼にはある。

 チャウは、瞬時に上半身に基力をみなぎらせ、周囲の大気もろとも身にまとう服の分子構造を破壊するような、強力な電磁振動を放った。

 分子構造が瞬く間に破壊された繊維や大気中の分子は、チャウの異名「炎獣」の源になった、陽イオンと電子の奔流となって炸裂した。

 突然生じたプラズマの嵐に、ビューレンは舌打ちしながら飛び退り、二歩目でさらに後退し大きく距離を取る。

 ビューレンの力では、あの物理エネルギーの嵐から身を守ることは出来ない。

 悔しいが、攻撃にこだわるより仕切り直すことを選択する。



 ビューレンの衝撃波がチャウの足元を崩壊させた瞬間から、プラズマの嵐を避けてビューレンが距離を取った、そこまででわずか五秒弱。

 試合の開始からは三〇秒少々。

 完全に観客は置き去りだ。

 上半身裸になったチャウが、周囲のプラズマの嵐を払い、獰猛な笑みを浮かべる。

「やっぱり面白い奴だったな、『薔薇騎士』」

「そりゃどうも」

 一瞬ながら数千度のプラズマの中にいたはずなのに、傷一つないチャウの様子を見て、ビューレンは苦笑している。

 髪すら焦げてないじゃないか。

 改めて面倒な奴が相手になったものだ、と、両チームのリーダーが感心しながら見ていることも知らず、ビューレンは口の中で愚痴をこぼした。

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