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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第三章 決闘の季節
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6. 兵営での幕間劇

前回分の終わり付近、文脈のつなぎが悪くなるので少々いじりました。大した改編ではないので無視してくださって大丈夫です。

 た、助かった……!

 巻き込まれ体質全開のクリシュナに、思わぬ救世主が現れたのは、サイド・「雷帝」・セラール大佐率いる傭兵団との対決の、なんと当日である。

「いやあ、間に合っちゃったねえ、めんどくさいことに」

 豪放に笑いながら合流してきた上官を見て、クリシュナは本気で涙ぐんでいる。

「間に合うたか」

 と、カノンも若干ほっとした顔をしている。

「レイがどれだけ金かけてもいいからとか無茶いうからさ、イチかバチかでレイの私物借りて超長距離星間航行船団の編成に割り込みかけてみたら上手くいっちゃってさ」

 漆黒の肌に煽情的なほどの艶、大きな胸を隠そうともせず谷間をさらす着崩し、アイメイクや制服の小物に彩られた鮮やかなオレンジ。

 騎士団副団長メグ・「ルナティック・オレンジ」・ペンローズ大佐だ。

 本来このネオリュディアの戦闘には派遣されず、率いる旅団級の戦力の再編と訓練を行っていたのだが、急遽本拠地のヴェネティゼータから一人だけ召集を受けていた。

 もっとも、召集の理由はこの対決のためではない。召集した時点ではまだこんな対決が行われるなどと誰も知らなかったからだ。

 呼ばれたのは、小人数の限定された戦場で行われる戦いで、誰が一番指揮能力が高いかを考えた時に、動かせそうな人材では彼女がぶっちぎりの能力の持ち主だと上層部で意見が一致したからだ。

 敵である「雷帝」の実力を、騎士団中がそれだけ高く評価しているということだ。

 彼女一人を輸送するために凄まじい金額が動いているのだが、どうせ全額言い出しっぺのレイに請求が回るのだから、と騎士団上層部もかなりの無茶をしている。

 依頼したのはカノンだが、とかく資金に関することで無理があると、なんでもレイに回すというのが最近の上層部の流儀である。

 騎士団の財務を管理する鄧のボヤキが聞こえてきそうな話だ。

「ビューレンがいるならあたし来なくていいんじゃね? とか思ってたんだけどさ」

 宇宙港から兵営に直行してきたメグは、出された茶を一息で飲み干してからいう。

「こんなしょーもない展開になってるとは思わんじゃん?」

「まったくじゃな」

 カノンもうなずく。

 天才戦術家と称されるメグは、性格はともかく、能力はどこの戦場でも引っ張りだこだ。わざわざこんな妙な限定戦争に出す必要はない。メグ自身が認める若き英才カノンがいて、若手士官の出頭人ビューレン少佐もいて、下級士官や下士官も選りすぐりが集められているのだから。

 だが、敵が途中で「雷帝」を雇った時点で状況が変わった。セラール大佐は羊の群れを率いて獅子の大軍を破りかねない、傭兵の世界では有名なビッグネームだ。騎士団ももちろん最も警戒すべき人物としてマークしている偉才。

 彼を相手取るのには、どのような形式の戦いになろうと、騎士団側にもそれなりのカードが必要になる。

「五対五の決闘とはね。誰と誰が当たるか、お互いわからないと来てるし」

「誰と当たってもそなたならば鎧袖一触であろう」

「冗談やめてよ、『雷帝』と当たったら開始と同時にケツまくって逃げるからね」

 そう、逃げ足にも定評がある女だ。

「よもやそなたがおるとは連中も知るまい。反応が楽しみじゃな」

「やめてよそういうフラグ立てるの」

 メグとカノンは、騎士団内でお互い以上の友人がいない程度には親友であり、そのことは周知の事実だ。階級まるで無視の会話も、緩やかに許容されている。

 なにしろ、カノンが中尉だったころから、当時中佐のメグはカノンとタメ口の会話を交わす仲を成立させている。現在は階級的には逆転しているが、頓着するような二人ではない。

「で」

 と、メグはあたりを見回しながら、突然冷たい声を出した。

「あのクソガキはどこいんの」

 途端に周囲の温度が下がる。声の温度が低いだけでなく、最前線で幾多の敵を屠ってきた殺気がその声にまとわりついている。

 そばで聞いていた歴戦のビューレンや将校たちが思わず半歩引いてしまったほどだ。

 さすがに騎士団幹部が「生意気も規範破りも許容せざるを得ない実力」と認める将校である。豊満な体からにじみ出る迫力の鋭さは、それなりに色々な戦士を見てきたエステルでさえ冷や汗を禁じえない。

 平然としているのは図太いクリシュナと上司のカノンくらいか。

 あのクソガキ、が誰を指すのかは、多少長く騎士団にいればわかる。少なくとも、クリシュナにはわかった。

「知ってるかい、ゴーシュ」

 メグとともに戦った経験もあるクリシュナは、顔と名前を覚えられていたらしい。慌てて敬礼しながら首を振る。

「まだ今日はお会いしておりません」

 ちっ、とメグが大きく舌打ちする。

「やめぬか、空気が悪うなる」

 カノンがたしなめた。

 誰の事を指しているのかわからない新入りのエステルなどは、突然激変した空気についていけずにおろおろしている。

 ただでさえ、代表に選ばれた緊張感で顔色を悪くしていたエステルは、半分泣きそうな顔になっている。

 つい、とエステルのそばまで何気なく移動したクリシュナが、さり気なく細い腰を抱くようにしてささやく。

「……バイダル中佐のことです」

 エステルが目だけをクリシュナに向け、かすかに首を傾げる。

 ぐ、あざとかわいい、と場違いにもほどがあることを思いつつ、クリシュナはささやきを続ける。

「仲がよろしくないんですよ。昔から。寄ると触ると口論か舌戦か果たし合いかという」

「うわあ……」

 エステルの顔が嫌そうにゆがむ。

「そういえば聞いたことがあるのを思い出しました。騎士団三大犬猿の仲」

「なにそれ」

 思わずクリシュナが素で聞き返す。エステルはどうにか薄く笑いながら答える。

「士官養成課程で先輩たちから色々教わる中の一つです」

「たとえば?」

「ペンローズ大佐とバイダル中佐。騎士長閣下とネイエヴェール会長。そしてドゥ・メルシエ少将と同じくネイエヴェール会長」

「会長大人気だな」

 クリシュナが突っ込むとエステルが薄くもなく笑顔を浮かべる。

「なにしろ嫌われ者ですもんね」

 いい笑顔だ。

 薄々クリシュナも気付いていたが、エステルはどうもあの会長がお嫌いらしい。

「メディア帝国では皇女カノン殿下を強奪した悪辣な商人として有名人ですし。全帝国の恨みを一身に集めていますよ」

 さらっというエステルに、クリシュナは絶句した。

 まあ、そう見えなくもない状況でカノンは騎士団入りした。その辺りの情景をクリシュナは騎士団の下士官として見ていたから、あの超絶美少女が捨ててきた母国の人間はそうとうショックだっただろうな、と想像はつく。

 こんな身近に、そのショックを未だに引きずっているらしい人間がいるとは思わなかったが。

「……まあ、ともかく、ペンローズ大佐とバイダル中佐の仲の悪さは有名でしてね」

 ささやき口調のまま、強引に話を戻す。

「あえて二人を同じ戦場に配置することは避けるはずなんですけど……」

 その言葉が終わらないうちに、元凶ともいうべき人物が姿を現した。

「いやあ、今朝の獲物がなかなか難産でなあ、ケツが壊れるかと思ったぜ」

 脳天気な馬鹿ゼリフとともに現れたバイダル。

 その姿を見たメグ・ペンローズの目がすっと殺気を帯び、いつものように厄介ごとに巻き込まれないためのセンサーが働いたクリシュナが、反射的に部屋の隅まで移動する。

 クリシュナに引きずられて移動したエステルが事態を把握する前に、メグが口を開いている。

「ほう、あたしが引き続き破壊し尽くしてやろうか」

 うかつにもその声で、メグが到着していたことを知ったらしいバイダルが、一瞬の空白の後、にやりと笑った。

「こりゃ珍しい、あんたと同じ戦場踏むなんざ何年ぶりだ」

「みんなが気を回してたからねえ、殺し合い始められちゃ迷惑だからさ」

 殺気みなぎるメグの声音に、総員震え上がる。

 約三名を除いて。

 そのうちの一名はもちろんバイダルで、肩をすくめると口を開いた。

「俺はそんな野蛮なマネはしねえよ。売られた喧嘩だって買わねえようにしてやったんだからな」

「なめた口きいてんじゃねえぞヘタレ、人がせっかく安く喧嘩売ってやってんのに逃げ回りやがって」

 言葉には燃え上がる激情がこもっているのに、声は氷点下の冷気。

 そしてメグの恫喝は基力を帯びている。

 この場合、メグから漏れ出た基力が周囲の大気を帯電させ、オレンジ色の稲妻が周囲にバチバチと走った。

「ルナティック・オレンジ」の名を轟かせるに至った、直接の原因はこれだ。彼女が怒気を発すると、制御が効かない漏れ出た基力が稲妻を起こし、辺りをオレンジ色に照らす。

 その様が異様に美しく、不吉で、狂的だからと付いた二つ名が「狂的(ルナティック)」である。メイクや衣服、装甲にオレンジ色を着けるようになったのは、この二つ名が通り名になってからのことだ。

 それを知っている騎士団将校たちは、震え上がらなかった三人のうちの一人であるクリシュナを除き、ほとんど気絶せんばかりになる。

 戦術家としての名は知っているし、騎士団有数の名将であるとしてその戦歴についてレポートを書いたこともあるエステルだが、戦士としてのメグを知らない。だから、当てられるメグの力に怯みつつ、周囲の畏怖や恐怖がいまいちわからず、もうひとつ首を傾げた。

 その仕草で、エステルの思考の軌跡がなんとなくわかったクリシュナは、ささやきを続けた。

「……無茶苦茶強いですよ。騎士長閣下も認めていますが、おそらく現役の騎士でペンローズ大佐に肩を並べられるのは、フィル・エーカー大佐、バイダル中佐、ほかにロジャー・キーン少佐くらいのものです」

 エステルはそれで周囲の反応に得心がいったらしい。どれも、化け物として知られる名前ばかりだ。

 ロジャー・キーン少佐などは、一兵も率いたことがないのではないだろうか。ただ腕っぷしの強さと剣の腕だけで騎士団に雇われ、少佐の階級にある。

「……哀れなババアにお目こぼしをくれてやってんだよ、わかれや」

 バイダルもにわかに基力を励起させ、制御しきれない基力によって無理矢理生み出された青い稲妻が周辺の大気を瞬かせる。

「あたしに勝てるとか思っちゃってんじゃねえだろうなあ小便ガキがぁ」

「いつまでも調子くれてんじゃねえぞババア」

 メグもバイダルも殺気全開、全身を強化する基力がフル回転である。

 二人の闘気に当てられ、ついに膝を着く者まで現れた。

 一触即発のにらみ合いは、だが、即座に中断を余儀なくされる。

「……大たわけ二人、妾が(じか)に斬り捨ててくれようか」

 簡易椅子に座っていたカノンがつぶやくと同時に、一瞬、別の基力がその場を圧する。

 爆発的な基力の渦が、場の力となって部屋のすべての基力を強制的に整流する。

 メグとバイダル、二人の基力の稲妻が吹き飛び、静寂を感じさせたほどに。

 それは本当に一瞬で終わる。

 白い肌にごくわずかも残滓をまとわせず、カノンは基力を収めていた。

 メグもバイダルも、毒気を抜かれたような顔で立ち尽くしていた。

「どうする、二人とも」

 微動だにせず、静かに、カノンが言葉を美しい唇に乗せる。

 メグもバイダルも、ふう、と息を吐く。

「……これ以上の大たわけになる気は無いよ」

「お嬢に逆らう気はありませんや」

 二人とも、あっさりと鉾を引いた。

 周囲が詰めていた息を吐き出す音に満ちる。

 エステルが、隣のクリシュナの腕を引く。

「……肩を並べる騎士なんて他に三人くらいしかいないんじゃなかったでしたっけ?」

 クリシュナは相変わらず図太くて、とっとと逃げ出した割には息も詰めてはいなかったらしい。平然とした顔で答える。

「肩を並べるのは、ですよ。明らかに上回ってるのが一人います。あのお方がおられるから、二人を同じ戦場に並び立たせたのでしょうね」

 なるほど、とエステルがため息をついた。

「……まあ、我が皇女殿下が規格外だなんてこと、昔からよくわかってますけれど」

「惚れ直した?」

「メディア人として誇りに思います」

 どちらかというと呆れて物もいえない、という顔をしていた。

「そろそろ時間であろう。代表は控室に移るぞ」

 そういうとカノンは立ち上がる。

 メグがそれに続く。その顔に、先程までの殺気は無い。

 続くのはビューレン少佐。相変わらずすべての道具が大振りで、その大きな瞳に気負いは無い。

 続いて、バイダル。こちらはもとから緊張感の欠片も無いが、先程までの物騒さが嘘のように怠惰な雰囲気をまとっていた。

 クリシュナは、自分の左袖を引いているエステルの手を握る。

「ご武運を」

 見上げてきた、すぐそばにある赤い瞳に短く告げる。

 赤い瞳の持ち主は、今の騒ぎで緊張も何も無くなってしまったようで、程良く力の抜けた表情でうなずいた。

「精一杯やって来ます。見ていてください、先輩」

 クリシュナは力強くうなずくと、可愛い後輩の腰のくぼんだあたりをぽんと叩き、送り出す。

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