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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第三章 決闘の季節
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3. ミコライの獅子

 傭兵稼業は、いかに要領良く動くかが肝心だ。自分の能力をどれだけ上げようと、貧乏くじを引けばすぐに死につながる。

 何が大事といって、戦場とリーダー選びに尽きる。

 自由傭兵団、つまり臨時に編成されたフリーランスの傭兵の集まりは、つまるところ良い戦場と良いリーダーがそろって初めて人が集まる。

 徴募兵ではないのだから、選ぶのは戦う兵士たちだ。

「マカロフ少佐、またあなたの下で戦いますよ」

 だから、集まった兵士たちにそういわれるのは、傭兵としての誇りである。

 オスカル・マカロフ少佐は、もとは母国の軍大学出のエリート士官だった。将来を嘱望される優秀な軍人だったのだが、少佐に昇進して間もなく、師団幹部の参謀と意見対立し、相手が激昂して斬りかかってきたのを一刀のもとに斬り伏せ、退役した。

 状況が彼の正当防衛を証明していたし、軍部も上司部下たちも慰留したのだが、どんな理由であれ戦友と呼ぶべき自軍の幹部を斬り殺した事実に変わりはなく、彼は振り返ることもなく軍籍を捨てる。

 優秀な士官だった彼には様々なセカンドキャリアの誘いがあったのだが、一人の男の存在が彼を今のような傭兵にした。

「人気じゃないか、オスカル」

 通りがかりにオスカルが兵士たちに囲まれているのを見つけた上官が立ち止まり、笑みと共に言葉をかけた。

 オスカルは額に右手を掲げる式の敬礼を返し、

「私はまたあなたの下で戦いますよ、大佐」

 と口にした。

「ありがたいな。『ミコライの獅子』がいりゃあ、俺も安泰だ」

 そういって破顔する指揮官サイド・セラールを、オスカルは眩しそうに見つめた。



 ミコライの獅子、という二つ名が彼に与えられたのは、四年ほど前の戦地である。

 当時、オスカル・マカロフはまだ傭兵ではなく、軍を退役したあとのアルバイトで某国要人のボディガードを務めていた。

 彼は軍大学出のエリートだが、レンジャー試験を余裕の一発合格で通るほどの身体能力の持ち主で、近接戦闘の訓練でも負けたことがなかった。

 それを買われて、かつて母国の大統領護衛部隊に配属されたこともある。

 その伝手で得たバイトの口で、短期な割に報酬が良かったので、当時あまり熱心に再就職先を探していなかった彼は、当座の生活費稼ぎには丁度いい依頼だと受けていた。

 その警護相手の要人が、政治的パフォーマンスの一環だったのだろうが、突然紛争地域に視察に行くといい出した。わざわざそんなところに行かなくても、という周囲の説得に、かえってやる気を焚きつけられてしまった要人は、せめて護衛を付けてくれという周囲の圧力までは跳ね返せず、オスカルをはじめとする民間警備会社の護衛を付けることで周囲を納得させた。

 これが、オスカルにはなかなかの苦行だった。

 彼よりニ〇歳ほど年上の要人が、逞しい体と理知的な言動で護衛スタッフたちを率いるオスカルに惚れてしまったからだ。

 バイセクシュアルである彼女には、既に女性の「公的」パートナーと、男性の「非公式」パートナーとがいたのだが、二人とも母都市に置いて紛争地帯に入った要人は、オスカルに一夜の情熱の相手を求めた。

 独り身ではあったが、そういう面倒な事に踏み込む気がない彼は、せいぜい失礼にならない程度にそれを断り、職務に専念した。

 雇用主とそのような関係にならないことが職業倫理だ、というオスカルに体よくふられたことで諦めればよいのに、要人は危険な土地での緊張感と恋心の高揚感とを取り違えてしまっていたらしい。よくある話だ。

 あげく、視察のためとして治安の悪い地域に入りながらテンション高く舞い上がり、現地の人々に迷惑を掛け追い出されるようにして移動する途中、現地のゲリラに襲撃された。

 オスカルと指揮下の兵士は、全員が基力持ちであり、特にオスカルは母国でも随一のエース級だったから、装備が整ってさえいれば、身代金目的の山賊めいた現地ゲリラごときに後れを取ることはない。

 さっさとゲリラをつぶしたオスカルたちだったが、困難はむしろそこからだった。

 ゲリラの死体を見た要人が、惑乱した。要人は平時の人で、決して危険な土地に馴染む性質ではなかったのだが、護衛の男たちを侍らせた観光旅行ついでの視察行とでも考えていたのか、状況を楽観しすぎていた。

 突然危機に巻き込まれ、生死を賭けた行動を強いられ、ゲリラの死体を見せられた要人は、今の今まで自分を守ってくれていた護衛たちを口を極めてののしり、人殺しと罵倒し、近付くなと泣き叫び、手近なものを投げつけながらわめき、彼らをその場で解雇しようとした。

 さすがに「はいそうですか」と帰るわけにもいかず、やむなく鎮静剤を打って落ち着かせ、治安が確保された都市部まで連れ帰ったのだが、そこで彼らは本格的に解雇されてしまった。

 ばかばかしいことに、要人の母国のマスコミが彼女の惑乱に乗っかって彼らを非難した。過剰な警護で善良な現地人を殺害した狂人たちと。

 ふられた腹いせもあったのか、惑乱した自分を見てしまった彼らを社会的に抹殺しなければ気が済まなかったのか、要人とそのシンパである一部マスコミは、執拗かつ一方的に彼らを非難した。武力では圧倒的強者の彼らだが、社会的には完全な弱者だった。

 なんともバカな理由で首になったうえ、理不尽な理由でマスコミから叩かれる羽目に陥ったオスカルは、身の不幸を嘆いている暇は無かった。食うためには働かなければならないが、没義道といえる要人の逆ギレのおかげで、もはや母国では就職の当てはおろかまともに社会生活を送ることも難しい状況になってしまった。

 他に食う道があるわけでも、持ち芸があるわけでもないオスカルには、傭兵になるくらいしか将来が無かった。

 だが、一軍でエース格と見なされた男が、ただ傭兵になることを良しとするはずがない。それなりにプライドもあるし、バカの下で働けば早死にするだけなのだから、そうならないよう立ち回る必要がある。

 自由傭兵になったオスカルが最初に選んだ上官こそが、サイド・セラールだった。

 その頃にはすでに名声を確立していた「雷帝」サイド・セラール大佐だが、べつにオスカルに彼へのルートがあったわけではない。

 だが、蛇の道は蛇というやつで、かつての軍仲間や、友好国の元軍人たちなどのルートで当たりをつかみ、割と苦労せずにセラール大佐とコンタクトを取ることができた。

 ちょうどそのタイミングで大規模な軍事作戦への参加が決まっていたセラール大佐は、中級指揮官に人を得ずに苦労していたところだった。

 ちょっと調べれば優秀な軍人であることがわかるオスカルを、セラール大佐は直接面談も行わないままに雇う。

 指定の場所に急行したオスカルが初めてセラール大佐と会ったのは、戦場に向かうため臨時の基地としていた某星系の大型埠頭に繋留された輸送艦の中だった。

 もちろんサイド・「雷帝」・セラールの勇名を知っていたオスカルだが、能力程度には高い自尊心を持つ男だから、多少の気負いはあったらしい。柄にも無く肩に力が入っていた。

「『ミコライの獅子』オスカル・マカロフ少佐か。この時期に志願してくれるとは実にありがたい」

 サイドの笑顔には曇りが無く、力みも無い。自分を大きく見せようという意図も無いようで、将兵の中に入ると中背ではあるが一分の無駄も無く鍛え上げられた身体からは、去勢やハッタリなどが微塵も感じられなかった。

 なにより、笑顔が良い。

「獅子、というのは……」

 オスカルが首を傾げると、サイドは従兵が入れてくれたコーヒーを礼をいいながら受け取り、

「知らんか? つい最近、大隊規模の現地ゲリラを数人の傭兵で壊滅させただろう」

「……ああ」

 あまりにも実力と装備に差がありすぎ、弱い者いじめでしか無かった戦いなので、その後の経緯もあって、オスカル自身が忘れ去っていた。

「阿呆の相手をさせられた挙げ句、馬鹿なマスコミのおかげで身ぐるみ剥がされた悲劇のヒーローとして、今や少佐は傭兵界隈の有名人だぞ」

「お恥ずかしい話で……上司の人を見抜けず安易に任務を受けた報いでした」

「あの阿呆の阿呆さ加減を見間違えたとして、誰も非難はせんよ。性欲も含めて人知を超えているからな」

 色々詳しく伝わっているらしい。今更だから気にはしないが、あの要人、こんな噂が立つようじゃ次の選挙でボロ負けだろうな、とオスカルは彼女の失脚を予見した。

 ちなみにミコライというのは、オスカルたちが現地ゲリラを壊滅させたアジト周辺の地域名。

「とりあえず少佐には、機動歩兵ニ個大隊をまとめた臨時編制の連隊をひとつ率いてもらう」

「連隊を、ですか? 少々大きすぎはしませんか」

「新参だからか? 少佐という階級上か?」

「双方です、大佐」

「構うものか。新参もクソも、この兵団は今回限りの編制だし、構成員は傭兵ばかり、一期一会が当たり前の連中ということだ。階級に至っては所詮名刺代わりに使っているだけなんだから、使える奴を使いたい場所に配置するしかない」

 こめかみから頬にかけて刻まれた傷痕が恐ろしげだが、声も表情も穏やかで、口調も発音が丁寧で聴き取りやすく明快だ。

「実績は充分、人は今俺が見た。少佐は大丈夫、こちら側の人間だ」

「ありがとうございます。で、こちら側、とは」

 サイドは片頬だけで笑った。

「同じ言葉で話せるということさ。言語じゃないぜ。価値判断の基準の話さ」



 本名サイード・アブドゥッラー・アル・サッラール、本人の名乗りによりサイド・セラールとして知られるこの男は、強烈な基力の持ち主だった。

 と同時に、世間が「騎士」に期待する剣技などの近接戦闘技術を、高度に身に付けた戦士でもある。そのことを、ごく短時間でオスカルは思い知らされた。

 なにしろ短期間で集めた傭兵たちだから、関係性が出来上がっておらず、あちこちで喧嘩騒ぎが起きる。サイドはそれを待ち構えていた節がある。

 喧嘩が起きれば、仕事を放り出してその場に飛び込み、「喧嘩両成敗だ」と称し手当たり次第にぶちのめし、傭兵たちに「俺がボスだ」と最も単純明快な暴力という形で刻み込んでいった。

 その暴力のキレが、オスカルの目から見ても異常だった。

 一流の騎士を自任するオスカルは先述の通り戦闘技術でも一流だったが、その彼が、勝てる気がしない。

 サイドの得物はごくありきたりの模擬剣で、その構えも、技も、特殊さは感じない。ごく当たり前の歩兵操典通りの動きなのだが、その速度域が常軌を逸しており、かつその正確さは群を抜いていた。

 体の動きに無駄というものが一切なく、荷重移動も、剣の軌道も、素早い上にきわめて正確だった。

 基力が強い人間は、強力なブースターを積んだレース機のようなもので、その力の繊細な制御を行うより、あふれ出る力をいかに引き出すかに注力する傾向がある。力を引き出し、相手を上回ることでねじ伏せようとする。

 技術に優れるオスカルでさえ、その傾向がある。

 サイドは、底知れないほどの基力を持ちながら、徹底的に繊細さを極めていて、ほとんど基力による強化など用いずに、腕自慢の傭兵たちを蹴散らしていた。

 この人が基力を全開にしたら、どれほどの力を発揮するのだろう。

 それを思うと、オスカルは戦慄せざるを得ない。

 それ以上にオスカルを戦慄させたのは、サイドが暴力で傭兵たちを黙らせた後、笑顔でポンポンと肩や腕を叩きながら傭兵たちに語り掛け、たちまちのうちにその忠誠心を得て行ったことだった。

 命令系統を構築しなければ自分たちが死ぬとわかっているプロフェッショナル集団だけに、逆に簡単に人を信じたり心を許したりはしないはずの傭兵たちが、サイドの笑顔には思わずその心の障壁を開放せざるを得なかった。

 初めてサイドと出会った時のオスカルのように。

 人の心を溶かす術を、この男は知っている。

 あれだけ強烈な戦闘力を持ち、傭兵団を仕切るだけの実務能力を持ち、過去に実績を積み上げてきた戦術能力がある上に、このカリスマ。

 人を(たら)す力が、どれだけ貴重で、後天的に身に付けることが難しいか、指揮官経験もあれば様々な高級指揮官を見てきた経験もあるオスカルにはわかる。

 ただ笑顔を見せるだけで、傭兵たちが見る間に心の壁を崩してしまう人誑しの力など、オスカルには幻術としか思えない。自分がサイドという男にいつの間にか惚れ込んでいるという事実が無ければ、である。

 ああ、俺はこの人についていこう。

 オスカル・マカロフは、サイドに出会って数日後には、自分の人生をしばらくは傭兵稼業に捧げようと決意していた。



 ネオリュディアの奇妙な戦争に参戦したサイドに帯同し、マカロフは数少ない「雷帝」側近のスタッフとして働いていた。

 時にサイドと離れ、まったく別の戦場で働くことがあっても、オスカルはサイドへの忠誠心を忘れたことは無かった。

 サイドもこの使い甲斐がある有能な男を手放すのが惜しくなったようで、去年から常に同じ戦場を踏むようになった。

 自分のスタッフというものをほとんど持たないサイドには珍しいことで、おかげでオスカルがサイドの愛人ではないかという噂が流れたりもした。実際には二人とも異性愛者で、恋愛感情は欠片も持ってはいないのだが、だからこそ、その紐帯は強いものだといえる。

 恋愛や友情では説明できない強い信頼関係がそこにはあるということなのだから。

「次の相手は、どうやらフェイレイ・ルース騎士団になりそうだ」

 とサイドがいったのは、まだ眼前に控えた戦いの準備段階の時点だった。その相手など、サイドの眼中には無いらしい。

 オスカルも正直なところ、今度の相手が自分たちに敵し得るとは微塵も思っていなかったから、それについては突っ込まない。

「しかも対戦形式が五対五の決闘ときた」

「本当ですか? 運営の連中は正気ですか?」

「さてな、見世物の運営としては有能だと思えるがね。様々な戦術を限定された空間での半ば肉弾戦で見せておいて、盛り上がってきたところでグラディエーター同士の一対一(さし)の戦いをぶち込む。見てる方は興奮するわなあ」

「付き合わされる我々はいい迷惑ですな」

 オスカルが溜息をつく。

「どれほどのメンツをそろえているかは知りませんが、フェイレイ・ルースはもともと騎士対騎士の試合を得意とする伝統を持っていたはず」

「だからこそ面白い」

 サイドは不敵に笑う。

「俺は勝つとして、お前だってむざむざ病院騎士団の救急救命士崩れに負けはせんだろう」

 それに、とサイドはうれしそうにいう。

「敵さんのリーダーは、その名にし負う『紅の女王』、メディア帝国のもと皇太子殿下だ。あの老大国が誇る最強貴族の一人ってことだろう? 対決に出てくるかどうかはわからんが、出て来たら見物だぜ」

「はあ……ご自身がその相手をする可能性もあるわけですが」

「願ってもないな。あんな綺麗な女も珍しいんだからな、至近距離で徹底的に拝んでやるさ」

 どこまで本気かわからない軽い調子だが、その言葉の底にある幼いほどの強さへの渇望に、その無邪気さに、オスカルは苦笑を禁じ得ない。

 そう、こういう稚気に、男は弱いんだ、と。

F.S.S.の新刊が出てるなんて知らなかったんだ……!

本当に久々に本屋に行ったら、神々しく輝いていたんだ……!

というわけで、更新がしばらく滞ったら永野護御大のせいです。

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