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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第三章 決闘の季節
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2. 『雷帝』登場

 ネオリュディアの限定戦争は、佳境を迎えている。

 複雑な経緯があるのだが、本筋とは関係無いため詳述はしない。

 現在、この限定戦争は、最終決着に向けた準備段階を終え、最後の決戦の様式を決めるための戦いを迎えている。

 この戦いで勝った方が提案した決戦により、戦争の最終的な帰趨が決まる。

 この戦争が始まるまでにはネオリュディアでは政治闘争や暴動、過激な市民によるテロ行為や略奪などが多発した。その長い混乱に終止符を打つものだとして、全コロニー内の人々が固唾を呑んで見守っているのだが、戦場に立たされる当事者たちにとっては背景はあまり関係がない。

 自分たちが死なないよう、全力を尽くすだけだ。

 戦いは傭兵を中心に、義勇兵的なコロニー住民なども交えて繰り広げられている。

 大きな破壊力を持つ兵器は使用を禁じられており、また降伏した兵士に対しての殺戮行為も禁じられているため、それほど多数の死傷者が出ているわけでもない。

 傭兵は命あっての物種だから、たとえ負けて報酬が支払われないような状況になったとしても、それほど粘って敗北を回避しようとはしない。コロニー志願兵は粘ったとしても、周囲が敗北を認めて降伏してしまえば、もろともに降伏させられてしまう場合も多い。

 それでも、訓練弾を利用するわけでも、模擬剣を使用するわけでもないのだから、死傷者は絶えず生まれる。

 ある程度の支度金や前払金はもらっていても、勝たなければギャラを満額もらえることはないのだから、多少の無理が必要となれば、一部を犠牲にしてでも勝ちを狙いに行くことは多々ある。

 佳境に入った現在、市民の興奮も最高潮に達しつつあり、無様に負けでもすると、戦場から戻った途端に群衆に囲まれ撲殺されかねない状況でもあった。

 そんな中で、サルディス党側とエフェソス党側とにそれぞれ一つずつ、戦いの鍵を握るとされる一団があり、否が応にも注目を集めていた。

 サルディス党陣営はいわずと知れたフェイレイ・ルース騎士団。

 エフェソス党陣営は、高名な傭兵が集めた臨時の傭兵集団で、ごく安直に「エフェソス自由傭兵団」と名乗っていた。

 サルディス党がフェイレイ・ルース騎士団を招聘したあと、追いかけるようにしてエフェソス党が大枚をはたいて組織したのだが、それを組織した傭兵の名を聞き、騎士団の将兵は露骨に嫌そうな顔をした者が多かった。



「『雷帝』サイド・セラールか……」

 渋い顔をしたのはビューレン少佐だ。宇宙のあちこちで戦い、多くの傭兵たちと顔馴染みになっている彼は、その名を当然のように知っていた。

「ゴーシュは知っているか?」

 と話を振ったのは、クリシュナも負けずに渋い顔をしていることに気付いたからだ。

 場所は戦争用区画の端にある兵士達のための宿舎で、フェイレイ・ルース騎士団に割り当てられている兵舎の中央部にあるロビーで、クリシュナ、エステル、ビューレンと、他に何人かの士官が集まり、軽く一杯やりつつ夕食後の会話をしていた。

「知ってるも何も」

 と、この場ではクリシュナはフランクだ。一応上官の前ではあるが、青年士官たちがこんな空間に酒を持って集まれば、この時間だけは上下の区別などほぼ無くなる。

「一緒に戦いましたよ。自由傭兵中心の合同部隊に参加した時、上官がセラール大佐だったから」

 一介の兵士から下士官に抜擢された頃から、異様なほどあちこちを転戦させられ、あげく騎士長の側近まで務めさせられたという、年齢の割に経験がやたら豊富なクリシュナは、叩き上げの少尉という非エリートでありながら、若手士官からはある種の畏敬の念を持たれている。

「どんな男だ」

「まあ、いい男ですよ。苦み走った美形です。うちにいたら絶対人気出ちゃう系の」

「いや、そういうことじゃなくて……」

 騎士団女子は、世間知らずの甘い美形より、現実を飲み込む術を知った大人男子を好む、というのが定説だ。顔も考えも甘い美形など、死の予感しかしないからだという。

「……凄腕の傭兵として宇宙に名を轟かす男が、実際のところどうなのかという話だ」

「わかってますよ、当たり前のボケに真面目に突っ込むのやめてください」

 真面目か、といわんばかりにビューレンをにらむクリシュナは、別に酔っているわけではなく、人は良いのだが話にひねりがないビューレンに対しては、昔からこういう突っ込みを入れている。いわれる方も慣れているから、スルーする。

「で?」

 クリシュナの隣りにいるエステルは、クリシュナの騎士長に対する不遜としかいいようがない態度を経験して免疫がついたようで、少佐相手の失礼な言動にも平然としていた。

「恐ろしく有能な男ですよ。軍務もそうですが、政治的な立ち回りもうまいし、段取りだの地均しだの根回しだの、裏での動きで表の成功をがっちり掴んでいくのが滅法上手い」

 クリシュナの言葉に、青年士官たちが一斉にため息をついた。

「一番嫌なタイプじゃないか」

「敵に回したら厄介な相手の筆頭だな」

 サイド・セラール。

 自由傭兵としての凄腕を謳われる男で、負け戦を強引に勝ち戦に持っていく手腕と、勝てないとなったら味方も呆然とする速さで戦場を離脱する嗅覚の鋭さとで、とくに同業者から畏怖されている男だ。

 戦士としても一流とされる彼だが、最も恐れられているのは、彼が率いる傭兵たちが、結束や集団への愛など鼻くそほどにも思っていない連中の寄せ集めだというのに、集団戦で圧倒的な力を示すことだ。

 もともと結束が強く所属集団への愛がある兵士を率いてすら、集団戦で思うように組織を動かすのは容易ではない。そんな中で勝とうと思えば、事前にしっかりと根回しをし、補給などの段取りを整え、万全の体制を整えて戦いに臨めるようにするしかない。

 傭兵という、本質的に隷従を嫌う連中相手にそれを万全にしうるという時点で、並大抵の能力ではない。

「しかも、子飼い無しでそれをやるんですよ、あの男は」

 というクリシュナの言葉に、周囲はうなるしかなかった。

「聞いたことがある。ろくに側近も連れてこずに現れ、短時間でがっちり組織を固めて、怒涛の戦術で敵を蹂躙し、風のように去る『雷帝』セラール」

 セラール大佐の有名な二つ名が「雷帝」だ。彼自身は封建的な意味での権力は少しも持たないが、機動力を最大限に生かした雷撃戦を得意とするところと、どんな荒くれ共でも平然として指揮を執り、逆らおうものなら雷のように鮮烈にそれを排除する実力と気概を持つところから、その名が広まった。

「当たりたくないな。なんとか潰してくれないだろうか」

 と他の士官がいった。現在、セラール大佐率いる「エフェソス自由傭兵団」は、騎士団とは別のサルディス党の軍団と交戦中だ。戦力的に充実している彼らが「雷帝」率いる軍団を潰してくれれば、騎士団は楽になる。

「次の戦闘でうちが勝てば、今やってる連中の勝者と戦うことになる。時間もそんなに無いから、うちができるだけ無傷で次に勝ち、今やり合ってるサルディス党側の連中ができるだけ粘って『雷帝』陣営を削り取っといてくれれば、実にありがたい」

 そんなことをいっている間に、セラール率いる自由傭兵団がどんどん攻め、彼らがデータを見つめている前で圧勝劇を演じてみせた。

「勝ったか。早いな」

「ほぼ損害なし。がっかり」

「やってることは囮を使っての中央突破からの半包囲、教科書通りだが、とにかく速い」

「攻めの速さも大したものだけど、囮の小集団が異様に強いね。エース級はそっちに固めたのかな」

 すぐ分析が始まる。多少の酒など、判断力の邪魔にはならないような連中ばかりだ。

 公開データをもとに様々な分析を加えながら、士官たちは真剣だ。

 今回の出動は、リーダーとして筆頭副団長が選ばれているが、率いる数は一個大隊に満たない。限定戦争は数の制限もあり、兵員は多く連れてくるだけ損になる。

 ただし、エステルやビューレンら騎士団内の若手エース級をわざわざメンバーに加えるあたりからもわかる通り、それなりの実力者ばかり集めた贅沢な陣容だ。

「問題は『雷帝』の陣容じゃないけどね」

 と、不意にクリシュナがいった。大きな声ではないが、彼女の隣がすっかり定位置になったエステルにはよく聞こえた。

「というと?」

 ネオリュディア産のやや甘さが立つ葡萄酒で唇を湿していたエステルが、コンタクトのせいで葡萄酒と同じ色のように見える瞳を向けた。

 肩が触れる距離にいるクリシュナは、ニュースサイト各社のトピックスを呼び出しながら、気怠げに応えた。

「方法が大事でしょ。次の戦闘条件、まだ発表されてないけど」

「ほんと、それですね」

 エステルはため息をついた。

 そうなのだ。

 この戦いは、実際に戦う側からしたら腹が立つほどにエンターテインメント化されていて、次の戦いの方法が直前まで発表されないという、正気を疑う運営がなされることがあるのだ。

 実は、ついさっきまで『雷帝』の部隊が戦っていたのは、勝った方が提案した形式でつぎの戦いが行われる、という条件付きの戦闘だった。

 その「提案」とやらはまだ明かされていない。

 戦い方が決まっていようがいまいが分析はしなければならないのだが、手段が決まらないのだから、分析は整理にとどまる。利用までは到達しないから、消化不良だ。

 お、とビューレンが「全部でかめのパーツで大雑把な造り」とクリシュナがいう顔に真剣な色を加えて声を上げた。

「出たぞ、次の戦闘方式」

 全員が、ビューレンが拡大したニュースの映像に注目した。

 そして六秒後、ものの見事に全員が「はあ?」と声を上げた。

「正気かよ」

「馬鹿なのか?」

「完全に剣闘士試合じゃねーか」

「戦争をなんだと思ってやがる」

 想像の外にあった方式が発表されていた。

 双方が代表五名を出して、一対一の一本勝負。三勝先取で勝利。

 個人スポーツの団体戦と同じだが、スポーツと違いルールは無く、彼我が降伏しなければどちらかが死ぬまで戦いは続く。

 もはや開き直ったとしか思えない発表に、しばらく罵倒の嵐が吹いたのだった。

「まあ、まだこいつで騒ぐのは早い」

 ひとしきり罵倒大会が盛り上がったあと、ビューレンは常識人らしくまとめた。

「すっかり勝った気で話しているが、明日の戦いで勝たなければ、そもそも我々が『雷帝』と戦うこともないんだしな」

「そりゃそうです」

 それを受けてうなずいたのはクリシュナだ。

「明日の敵は結構ガチで強いですよ。今までの本物の戦場を知っているのか疑問な腑抜けどもとは違う、まともな傭兵団ですから」

 カノンの側で毎日情勢の分析にも携わっているクリシュナの言葉に、一同粛然とする。

「まずは明日の勝利に集中しよう」

 ビューレンが締める。



 翌日のバトルフィールドに向かう途中、装備を固めた騎士団の将兵が輸送車から降りる地点で、指揮官として今回は陣頭指揮を執るべく戦地に降り立ったカノン・ドゥ・メルシエに、声がかかった。

 臨戦態勢にある中では場違いな軽装の士官が、ごく気さくに声をかける。

「将官に対し佐官の俺から声をかけるのは非礼だが、こんな場所だから許してくれ。ドゥ・メルシエ少将、お初にお目にかかる、サイド・セラールという。ご同業の(よしみ)で一度挨拶をと」

 ビューレンを一回り小さくしてよりほっそりさせたような体格の男だが、『雷帝』と呼ばれるような威圧的な迫力は感じられない。

 クリシュナがいっていたように、苦み走ったいい男だ。年齢は四〇を少し越えたというところか。向かって右のこめかみから目元にかけて戦傷と思しき傷があり、それが元は甘いマスクだった彼に凄みを与えているようだ。

 肌は小麦色で、短く刈った髪は赤茶けている。彫りの深い眼窩の中に光る瞳の色はヘイゼルに近い。意志の力を表すように引き締まった口元に、人によっては色気を感じるかも知れない。

「セラール大佐か。噂はかねがね聞いておる。わざわざの挨拶、痛み入る」

 カノンは優美な仕草で敬礼し、次いで握手に応じた。その碧眼にわずかな笑みと警戒感とが同居していた。

「次の対戦はあなた方との五対五の決闘になりそうだ。天下に名だたるフェイレイ・ルース騎士団との対戦を心待ちにしている」

「まだ戦えるとは決まっておらぬよ」

「決まったようなものだろう。あの程度の連中、貴官らの足元にも及ばないさ」

「高うご評価いただいて汗顔の至りじゃ。ご期待に添えるよう、せいぜい奮闘致すとしよう」

「『紅の女王』の戦いぶり、存分に堪能させていただく。ご武運を」

「感謝する。近日中に相見えんことを約束しておく」

 カノンは踵を鳴らして姿勢を正すと、それきり、歩き出す。

 一拍置いて、セラール大佐も踵を返した。



 ぶはあ、とクリシュナを始めとしたカノンの側近たちが息を吐く。

 柄にもなく緊張していたクリシュナは、突然現れたセラールの意図が云々よりも、誰が相手だろうが寸分も変わらないカノンのふてぶてしい程の態度に感心しつつ、もし相手が突然剣を抜いて襲いかかって来ていたとしたら、という方向に思考が働いて慄然としていた。

 なぜあの男をここに通したのか、と瞬間的に沸騰しかけたが、どうせネオリディアのどちらかの陣営が仕組んだ茶番劇に違いない。

 決闘を前に、両雄相見えた、というトピックスが欲しかった運営やマスコミのしかけではないか。

 表立って撮影している者はいないが、どうせ望遠で抜かれているに違いない。

 そう思うと腹が立つ。

 実際、彼女の基力の「目」は、そのような動きがあるらしいことをなんとなく感知している。わざわざそちらに注目して調べようとも思わないが。

 カノンの方は気にしていないらしい。

「なかなか骨の有りそうな男じゃな。肝が座っておる。敵に回すと怖そうじゃ」

 などと朗らかに論評しつつ、今日の戦いに参加するちょうど一〇〇名の将兵のバイタルチェックや兵装チェックのグラフを見ていた。

「あの男のことはもう良かろう。皆、切り替えよ」

 ちらりと側近たちを見てカノンがいう。全員、当然ながら敬礼でそれに応えた。

雷帝氏は若き日のジダンをスマートにした感じです。髪は、まあ、あるんですけどね。

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