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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第二章 騎士団
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15. 決闘

 どうしてこうなった。

 このところ続くこの台詞も、今回が最大級だ。

 クリシュナは、決闘の場に立っていた。



 騎士長に会った翌々日、陸戦隊の再訓練に付き合い、そろそろ締めに向かう訓練計画の最終段階、惑星重力下でのサバイバル訓練に向かった先でのことだ。

 惑星重力下といっても、惑星に降下はしていない。艦隊が新造艦の艤装を依頼している工廠がある人工天体の、訓練用施設内だ。

 屋内訓練施設とはいえ、そのスケールがでかい。長辺三〇キロメートル、短辺一〇キロメートル、高さ最大八〇〇メートル、元々人工天体内の観光や健康維持のための森林公園として整備された広大な空間で、ここ数日だけ陸戦隊が借り切っていた。

 常に訓練用施設として使っているわけではないので、所々にキャンプ場や観光用施設などがあるのだが、訓練中は一般客を入れず、普段出来ない修繕工事などが行われている。

 工廠がある区画はVT社の持ち物で、工場自体がVT社の子会社なのだが、人工天体は自治体の持ち物。森林公園区画も自治体の持ち物だし、VT社はあくまでレンタルを受けているだけなので、火力演習などもってのほかだ。

 だから、訓練の性質は重火器を使わない演習ということになる。

 サバイバル訓練に適しているかといえば、そう適しているわけではない。

 天候を荒れさせるには施設管理の料金がだいぶ多く上乗せされてしまうし、森林に被害が出るような天候設定にはそもそも出来ない。森林浴と天体内の酸素供給という意図があって作られているのだから、自然の厳しさを教えるようには出来ていない。

 ただ、いちいち人の手を入れていない森林は、痛めつける天候の異変が無いために非常に繁茂しており、地球でいう温帯雨林が形成されている。地形が複雑かつ植生が密で、ほぼ全面的に照葉樹林帯であるために、昼でも薄暗くなるほど緑が濃い。

 当然ながら、動物の生態系も多様で、わざわざ導入しなくても良さそうな山ビルなども数種生息している。多様性こそが生態系の要だから、人が見たがる動物だけ導入しても生態系など成立しないのだから仕方が無い。

 訓練としては、ヒルやアブや蚊や蛇などの嫌われ者の動物がいた方がいいに決まっている。それらに対する対処法を実地で学んでいない陸戦隊兵士など、現場で使い物にならない。

 クリシュナも、兵士として入隊した当時から、下士官への昇格を目指した時も、自分が訓練を指導する立場になってからも、様々な環境で訓練をし、想像もつかないような環境下で実戦を経験してきた。

 その経験からいうと、この施設はぬるい。

「ぬるすぎだね」

 訓練が始まって五時間、スタートからゴールまでを踏破するという訓練に管理方として参加していたクリシュナは、個々の兵士たちをモニタリングするデータを見ながら、不満げにつぶやいた。

「そりゃ、少尉から見たらどの訓練もぬるいと思いますが」

 と隣で応じたのはエステルではなく、陸戦隊の補給担当の曹長だ。

「私からでなくともぬるいだろ。環境がぬるすぎる」

 快適過ぎるのだ。

 気温は最低で摂氏一二度、最高で二五度。湿度が六〇パーセントを下回ることは無いので不快だが、密集した森林地帯ではそれほど高いというわけでもない。生態系に多様性があるといっても、熊や狼のような大型肉食獣がいるわけではなく、蛇はいても毒蛇はいない。

「サバイバル訓練じゃないよね。ちょっと地形が複雑な持久走だわ」

 本拠地ヴェネティゼータの乾燥した冷涼な気候の中での長距離行軍訓練も、別の惑星にある熱帯雨林の生態系が作られている地での行軍訓練も、ちょっと自然条件が悪く嵐にでもなれば「これは死ぬかもしれない」「これは死人が出るかもしれない」と覚悟しなければいけない状況が出るなど珍しくもない。

「これでリタイアする奴とかいたら馘首(くび)だ」

 不機嫌そうにクリシュナがつぶやく。

 基力持ちの連中には、その使用を禁じている。人によっては持久力が異常に強化されている場合があるからだ。

 兵士たちと一緒に参加しているエステルも、基力使用を封じるデバイスをつけて走っている。

 クリシュナたち教官勢はゴール地点と中間地点に分かれているのだが、クリシュナはゴール地点にいる。たどり着くまでの間に問題が生じればすぐ駆け付けられるように、飛行型のバイクなども準備して待機しているのだが、通常の訓練であれば頻繁に出動するそれらも、今回は出番があるのかどうか。

 少なくとも中間地点の教官勢からは、出動の報告が一件しか来ていない。それも、ペースが比較的遅い連中の状況確認であり、なにかの事態が生じたわけではなかった。

 同行班に加わりたかった、と今更ながら思う。

 訓練生と共に行動する教官たちは、前後半に分かれて小さな班を組み、個別の行動評価を行ったり、時に指導を行ったりする。

 下士官時代にサバイバル訓練の教官資格試験を通過しているクリシュナは、今回参加している教官団の中では数少ない専門家といえるのだが、だからこそゴール地点に配置された。同行組には陸戦隊所属の資格持ち教官が入り、外様のクリシュナは留守番兼データ管理役になった。

 当然の配置案だから、よそ者の少尉風情が反対も出来ない。

 でも、同行してたら、もう少し充実感あるのになあ、と思わざるを得ない。街場育ちのくせにやたら自然環境への適応が早いクリシュナは、森林やサバンナ、雪中などで斥候任務に就けば、騎士団有数の実力者だ。

 彼女が狙撃術に優れるのも、持って生まれた才覚もあるが、障害物の間のごくわずかな隙間を縫って撃たなければならない環境で、期待される戦果を挙げるために必要だから特訓したおかげだ。

 まあ、愚痴をいってても仕方ないか。

 参加者のデータ推移を見比べて異常を監視しながら、クリシュナはため息をついた。

 この時の彼女に、油断していたというのは酷だろう。起きるかどうかはともかく、起きれば人命に関わるデータの監視を継続的に行っているのだ。

 大勢の他人の周囲を気にしてやっているときに、自分の周囲まで気を配れというのは無理がある。

 だから、訓練行動中の時間という非常識なタイミングで闖入者が現れても、警備兵に責任はあっても、クリシュナに罪は無い。

「おい、平民女。貴様に話がある、来い」

 背後からそう声をかけられた時、反応出来なかったのは当然だ。固有名詞でもなく、言葉も騎士団共通語である「条約標準語」でもない。列強のメディア帝国公用語やエサルハド帝国公用語、トゥール連合標準語でもない。

 メディア語の訛のきつい言語で、多分祖先は一緒なのだろうが、クリシュナにはどこの言葉かはわからない。意味は通じたが。

 その意味が頭に中に入るまで少し間があり、意味を理解するのにもうワンテンポ必要で、どうも自分に声をかけているらしいと気付くのに更にワンテンポを要した。

「貴様はまだ愚弄するか!」

 反応が無いクリシュナに苛立った闖入者が乱暴に肩をつかもうとするのと、生存本能が働いたクリシュナが相手の腕をつかみ、ひねり、腰を落として相手の足を払い、そのまま回転させてうつ伏せに倒れさせ、いとも簡単に制圧してしまったのとが同時だった。

「あ」

 ついやってしまった。

 実力があり暇を持て余した下士官などが集まると、自主練と称して不意打ちと迎撃を互いに狙い合う遊びが始まることがよくある。

 最近は無かったが、エステルと出会う病院勤務が始まる前まではよくやっていた。だから、この場で反射的に体が動いてしまった。難儀な体に育ってしまったものである。

「かっ」

 制圧された士官は胸を強打して息が詰まったのか、出そうとした言葉が出ず、それどころか呼吸困難に陥って危うく気絶しかけた。

「これはこれは」

 手を離して三歩ほど引くと、倒れている相手が、つい最近彼女につかみかかろうとした、あの青年士官であることに気が付いた。

「突然のことで失礼致しました。恐縮ですが、階級名か職名でお呼びいただけると、間違いが少なくてよろしいかと」

「……どこまでも愚弄して……!」

 顔を真っ赤にして激怒しながら、青年士官が立ち上がる。

 いや、この場合私に怒られてもなあ。十秒前の自分に怒ってもらわないと。ていうか、標準語喋ってくれ。

 などとふてぶてしく考えたクリシュナに、立ち上がってよろよろと距離を取った青年士官が、指を突き立てるように指しながら怒鳴る。

「貴族の崇高なる義務を嘲笑するが如き言動の上、上官たる私に手を挙げんとする貴様の行動、万死に値する!」

 公式にはなりえない呼称で呼び、命令系統に含まれない身分でありながら、「来い」の一言で状況内にある士官の肩を無理につかもうとする自分の非常識な行動を、天空遥か彼方にある棚の上に放り投げている。

「はあ……」

 ここまで愚劣な喧嘩の売り方に出会ったことがなかったので、クリシュナは、思わず脱力してしまった。

 相手の階級が大尉でなければ、「お前はバカなのか?」と正面から問いかけていた所だ。

 周囲にいた教官勢も同感らしく、バカバカしくて付き合えないと無視している者すらいる。

 そのしらけた空気が更に大尉の燃料を激しく燃やしたらしく、クリシュナを指しながら地団駄まで踏み始めた。

「粛清してやる! そこに直るがいい!」

 クリシュナは色々諦めた。

 どうせ標準語を喋ったところでまともに意図が通じる相手でも無ければ、理屈で説得できる相手でもない。

 黙って粛清とやらを受けてやる道理もなければ、こんな下らなさ過ぎて誰も笑ってくれない三文芝居に付き合う義理も無い。

 できるものならしてみろ、とばかりに背を向け、大尉の存在を完全に無視し、もといた席に座ったのだ。

 周囲も驚いたが、大尉も驚いた。喧嘩を売っている相手が、逃げたり反撃に出たりせず、謝ることなど無論無く、いきなり無防備に背中を見せて座ってみせたのだから。

「……ほう、大人しく斬られようというのか。その覚悟は素直に褒めてやろう」

 大尉の物騒な言葉に、ようやく周囲は介入する気になったらしい。

「お辞めください大尉」

 一人の曹長が立ち上がり、屈強な体を見せつけるようにして大尉に向かい言葉を出す。

「邪魔だ、どけ、下士官風情が何の口出しだ」

「大尉は現在、軍務中の部隊及びその構成員に対する重大な妨害行動をされておいでです。失礼ながら、訓練中とはいえ看過しがたい行動です」

「論をほざくなゴミの身分の分際で! 貴族の、誇り高き騎士団士官の存在意義をかけた闘争に、汚い口を挟むな下郎!」

 口は達者だが、曹長の威圧だけで人が殺せそうな迫力に呑まれ、腰が完全に引けている。

「ですが大尉……」

 曹長が健気にも組織の論理に従い辛抱強く言葉を継ごうとする。口調の遠慮深さと対象的な迫力の肉体にもー、大尉の腰がさらに引ける。

 そこに、更に登場人物が加わる。

「まあ待て、双方とも」

 これまたメディア語に近い強い訛りのある言語を喋りながら現れた人物に、クリシュナは目も向けない。

「子爵……」

 大尉がうめくような声を上げ、すがるように近付いていく。

「時と場所を選んだほうがいいぞ、大尉。下賤の女ひとり潰すのに、わざわざ任務中に行って君の経歴に瑕疵を残すこともないだろう」

 なんとか伯爵家の継嗣とかいうなんとか子爵か。

 代わり映えしないデータを見ながら、クリシュナは名前を本当に思い出せないでいた。

 正確にはアランデル侯爵の継嗣。爵位も間違えている。ヴィージー子爵サイモンという。

 本気でバカバカしいので完全に無視しているクリシュナの後ろで、得々となんちゃら子爵が喋っている。

「貴族には貴族の作法というものがあるだろう。組織の尊い任務を邪魔すること無く、威厳を持って事に当たろうではないか」

「作法、というと」

「決まっているだろう。決闘だよ」

 決闘、という言葉が飛び出たところで、クリシュナには相手の国がわかった気がした。

 何を決めるにもすぐに決闘といい始める物騒な国があるのだ。大国であるメディア帝国の流れをくむ中堅国家、名前はなんといったか。結局国の名前も思い出せない内に、青年貴族二人の間でどんどん話が進んでいく。

「栄えある騎士団の士官ともあろうものが、よもや逃げはすまい。そこで存分に己の意志を貫けばよろしかろう」

「こんな下賤の輩です、我らの崇高な流儀に従わず、恥知らずにも逃げ出すことだってあり得るではありませんか」

「その時はその卑怯を存分に嘲笑ってやればよい。いやしくも『騎士』の身分にありながら、そのような恥辱に耐えられる人間などおるまいよ。耐えられるとしたら、人間を僭称する下等動物だ」

「なるほど、おっしゃるとおりですな」

 こいつら、どこまで本気なんだ? こんなバカバカしい会話、恥ずかしげもなく口にできる神経ってなんなんだ? 芸人のネタか? 滑りまくって一周回ってやっぱり滑ってるぞ?

 あまりにあんまりな会話に、クリシュナの内心のツッコミまでが滑っている。

 しょうもない展開に誰もが絶句していると、子爵が高笑いを始めた。

「くっははは、女などを前線に出す卑しい連中の便器がごとき、我らの敵ではあるまい。多少見れた面ではあるが、抱くにも値せんゴミのようなもの、汚らわしい、実に汚らわしい」

 聞いていた兵士達が青ざめるような、下世話を越えて人品を疑うしか無い下卑た言葉の群れ。

「大尉、卿がわざわざ相手するには及ばん。卑しい尻を振って少尉まで上り詰めた豚などに、我らの剣を向けるなど惜しかろうが」

 女性蔑視などというレベルの言動ではない。これらの言葉だけで騎士団の一員としての資格を失うに充分だ。何しろこの騎士団、創設者が女なのだから。

 ありえない言葉に、さすがに周囲がいきり立った。

「ゴーシュ少尉、到底看過できません。少尉のみならず女性全てに対する侮辱は罰されて然るべきです」

「貴族面したゴミ虫め、とっとと失せろ!」

「ゴミ虫だと、貴様!」

 収集がつかない混乱が一瞬で場を支配しようとする。

 ここで、データを見ながら背を向けていたクリシュナが立ち上がり、一喝した。

「静まれっ!」

 兵士の時代から下士官を経て、数々の戦場をくぐり抜けてきたクリシュナの一喝は、怒声が響く空間に凛と響き、男たちを圧した。

 瞬時に、誰もが言葉を失った。

 この場で最も小柄なクリシュナは、男たちを睥睨しながら、腰の左腰の模擬剣の柄尻に手の平を置いた。

「大尉、決闘がお望みでしたら、とっとと終わらせましょう」

 顎で出口を示す。表へ出ろ、というその仕草は、誤解のしようもない。

 このままではもう収拾はつかない。場を収めるには、決闘を受けるのが一番手っ取り早い。

 上官を呼んだところで、到着までに本当に死人が出かねない。

 背を向けて座ったのは、それでも掴みかかってくるようなら振り向きざまに斬ってやろうかと思っていたからだが、真正面から決闘で斬り伏せてやらなければ、貴族共以上に周囲の兵士達が納得しないだろうととっさに判断したからだった。

 私闘は当然ながら騎士団では禁止されているが、ここまで露骨すぎる挑発を受けたクリシュナがただ黙っていたら、他の兵士のだれかが確実に貴族たちを殺すだろう。

 自分が受けて立てば、処分を受けるのは自分と相手だけで済む。



 そう判断して決闘を受けたクリシュナだが、まさか貴族たちが代役を立ててくるなどとは微塵も想像していなかった。

「作法により、我々は我々の代表として彼を立てる」

 となんちゃら子爵が宣言し、大尉の代わりに決闘の場に出してきたのは、本国から従兵として連れてきたという、身長二三〇センチメートル、体重一八〇キログラムの筋肉ダルマのような巨漢だった。

 口だけでなく、やり方もいちいち薄汚く恥知らずな貴族たちの厚顔さに、彼ら以外の全員が呆然とした。

「ジョサイア二等軍曹であります。いざ尋常に勝負を」

 尋常じゃないだろ、色々と!

 と突っ込みながら、クリシュナは体重が自分の三倍以上もある相手を見上げ、冒頭のセリフを呟いた。

 どうしてこうなった。

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