14. 騎士長と青年貴族たち
薔薇騎士などというこっ恥ずかしい二つ名を奉られたベルンハルト・ビューレン少佐は、その見た目は相当ゴツい。もちろんその名に謂れはあるし、髪が赤いというだけで「薔薇」の名前を進呈された訳ではないはずだが、顔のパーツのひとひとつが大柄なので、あえて花でたとえるとするなら、薔薇の優雅さや華麗さより、向日葵あたりの健康的な存在感の方を想起させる。
すくなくとも、薔薇の騎士という文字の並びから想像される、華麗にして繊細な美貌の持ち主、というイメージからかけ離れていることは間違いない。
とはいえ、二つ名が与えられるだけのことはある。
訓練場に集まった歩兵科や艦隊陸戦隊の将兵の注目が集まる中、事前の訓練で三戦全勝した者ばかりの選抜訓練が始まる。その中で、ビューレンの強さは異彩を放っていた。
体つきも大きいが、その技術の高さが群を抜いている。
彼が扱う武器は刀身が七〇センチメートル程度の短い直刀と、五〇センチメートル程度の更に短い直刀の二刀流なのだが、両刃の模擬刀を使う彼の技術が高すぎて、二本先取の対戦で、一分と彼の前に立てる者がいなかった。
「イヴリーヌの死天使」エステル・ドゥ・プレジール中尉が出てきた時は、注目の度合いが他の者と違った。
薔薇騎士と死天使。
字面を見ると正義の味方対悪の裏ボスの対戦のようだが、見た目が完全に逆転している。
二つ名のあまりのギャップに、思わずクリシュナあたりが声なき爆笑をかましている間に、本人たちの至って真面目な訓練はあっという間に勝負がついていた。
ビューレン少佐の圧勝である。
エステルの高い技術と無駄の無い速さは、少佐のそれ以上に高い技術とパワーとに粉砕された。
「強い……!」
二本立て続けに取られたエステルが、悔しいという感情すら抱けないほどの完敗だった。
「なかなかやるな、中尉。このウェイト差で対等の条件で剣を交わすのは少々無理があるが、パワーと技術を突きつめていけばまだまだ伸びる。精進することだ」
パワーや体格差で押し切られたり、基力による筋力などの強化の差で負けたのならともかく、基力を使うことを規制した条件下の訓練で、エステル本人にもはっきりわかるほど技術に差があったから、エステルは素直にうなずいた。
「ありがとうございます少佐、機会がございましたら是非ご指導ご鞭撻くださるようお願い申し上げます」
まだ模擬刀が当たった衝撃のしびれが残る体でエステルが敬礼すると、ビューレン少佐は柔らかい微笑で答礼した。
薔薇騎士の二つ名を与えられるまでは「赤鬼」の異名を取り、誰からも「そっちの方が合ってるよな?」と思われながらなぜか訂正されないという不遇な青年将校ビューレン少佐。人柄の穏やかさと恐ろしいほどに研ぎ澄まされた戦闘技術、そのまま参謀が務まるといわれる頭のキレなど、軍人としての美点をずらりと取りそろえた人材として、上からは重宝され、下からは慕われていた。
新人時代にはクリシュナの元でひーひーいわされていたらしいが(本人談)、今は誰もが認める騎士団のエースの一人だ。
その彼が、エステルから視線を外すと、体の向きを少しずらして敬礼する。
その視線の先を見た人々が、一斉に彼に続いて敬礼した。
立っていたエステルは体の向きだけ変え、座っていたクリシュナは慌てて立ち上がる。
ビューレン・エステル戦の次の試合が始まろうとしていた訓練場に、白髪頭の長身の男が入ってきた。エステルのような色素欠乏ではなく、加齢と共に髪が白くなっていったことを示すように、黒髪が混じっている。
目が鋭い。ビューレンも決して甘い目をしているわけではないが、入ってきた男の目は遥かに鋭く、苛烈といって良い。下手に冗談口でも叩けばその場で斬られそうな目をしている。
フェイレイ・ルース騎士団騎士長、カルロス・デ・バサン中将。
騎士団の士官である「騎士」の長であり、全軍の将兵の代表であり、オーナー会長を除く序列では騎士団長に次ぐ第二位。
なぜ艦隊陸戦隊の訓練所などという場末も甚だしい部署に顔を見せたのやら想像もつかないレベルのお偉いさんだ。
軍歴がそこそこ長いクリシュナは、実はこの老人の部下であったこともあるのだが、別に久闊を叙するような間柄でもないし、そもそもそんなに口をきいたことも無い。
はず。
上司部下の関係といっても、騎士長職のデ・バサン中将の副官の従卒、という関係性で、直接話をする機会が多くあったわけでもない。
はず。
顔を覚えていない可能性だってある。
はず。
いや、きっとそう違いない。
人々の敬礼に軽い答礼を返す騎士長デ・バサン中将は、周囲の将兵たちと同様の訓練服を着て、一〇名弱のの随員を連れている。
「ご苦労、私を気にせず続けよ」
手を上げて告げる騎士長は、長身で身体も厚い。うっかり殴りつけられたら、大の男でも吹っ飛びかねないような迫力がある。若いビューレンと並んでも遜色のない体つきをしているが、御年八〇歳である。
眉が鋭く騰がった彫りの深い白皙の容貌には、その年齢を示すかのようなしわが刻まれているが、それすら彼の重厚な雰囲気に箔をつける効果になっている。老いてなお熾んであり、衰えなど微塵も感じさせない。
八〇歳という年齢が、この時代においては定年は多くの企業で百歳であり、一般的にはリタイアするにはまだ早いという年齢であることには気を付けなければいけないが。
騎士長閣下は、少し訓練場を見回すようにして、ビューレン少佐の姿を認めるとまっすぐに歩み寄ってきた。訓練場にいた最上級者が少佐だから、当然といえば当然だ。
その気配を敏感に感じ取ったクリシュナは、騎士長が少佐を見つける前から気配を消し去り、いつの間にか少佐の側から離れている。さすがの嗅覚というべきだった。
エステルにはまだそんなスキルは身についていない。
騎士長の接近に緊張を高め、先輩のクリシュナの陰に隠れようかと横目に姿を探し、見事に姿を消していることに気付いて愕然としていた。
許せエステル。このスキルまでは教え込めなかったんだ。
やましいことがなくとも、面倒そうな上司の前からいつの間にか姿を消すスキルは、叩き上げ下士官の必須スキルの一つだ。優秀な下士官であったクリシュナにその技術が備わっていないはずも無く、狙撃手として敵から姿を隠す術を知っている彼女は、むしろ仲間内では畏敬されるほどの高い「上司の眼前から消え去る」スキル持ちだ。
この辺は一般企業や官公庁と何も変わらない。どこの業界でも古参兵は上手くやるのだ。別に自慢できるスキルでもないが。
無情にも先輩に置き去りにされたエステルは、なまじビューレン少佐のすぐ近くにいたために、逃げることもできずに立ち尽くした。
「艦隊陸戦隊の再訓練の結果と評価についてはこれからブリーフィングを受けるが、担当としての感覚はどうだ」
デ・バサン騎士長はいきなり本題から入る。直接のやり取りに慣れているビューレンは遅滞なく答えた。
「計画通りであります。計画以下の進捗ではありませんが、計画以上の進捗も見られませんでした」
「それは失敗とみなせば良いのか、消極的な成功と評すれば良いのか?」
「任務としては成功かと。心情的にはもう少し鍛え上げたかったというところです」
「満足感の話であれば付き合えんな」
エステルが直立不動で敬礼する横で、二人が軽く会話を交わす。
体同様太く低い声のビューレン少佐に対し、デ・バサン騎士長は意外に伸びやかなよく通る声をしていた。
「教導連隊の創設に伴う準備作業についても詳しく聞こう。すぐに準備を整え、出頭するように」
「はっ」
ビューレン少佐が敬礼すると騎士長はうなずき、隣で直立不動の姿勢を取っている小柄な中尉に視線を移した。
「ドゥ・プレジール中尉か」
エステルは自分が有名人であり、将来的にメディア帝国高位宮廷貴族の伯爵家を継ぐ身であるとして注目を集めやすいことは知っていたが、騎士長に顔と名前を憶えられているという自覚は無かったから、少し驚きながら敬礼する。
「は、ドゥ・プレジールであります」
「早速活躍しているようだな。報告は聞いている」
「お耳汚しでございました」
「頼もしいことだ。これからも励め」
「ありがとうございます」
高位貴族出身のエステルは、相手がカノンでもなければ、そう緊張することはない。とはいえ、上司の上司の上司くらいにあたる雲上人、しかも基力持ちの自分が本気で喧嘩を売っても多分片手で制圧されてしまう力を持つ規格外の老人に見つめられれば、それは緊張もしようというものだ。
「で、どうして逃げるか、その師匠たるゴーシュ少尉」
ぐは、とクリシュナが息を吐いた音がかすかにエステルの耳に入る。
なんて失礼な、とエステルが内心慌てていると、すぐにクリシュナの声が続いた。
「逃げているわけではありません、閣下。立場を弁えただけであります」
眼光厳しい騎士長の言葉に、クリシュナが諦めたように前に出て敬礼する。
「相変わらず逃げ足の速いことだ」
「小官のごときをご記憶頂いておられることに感激しております」
「忘れるものか。私の軍歴上特筆すべき部下だからな」
「まことに心外であります」
「相変わらずの調子だな。息災で何よりだ」
「ありがとうございます」
敬礼しながら、クリシュナの顔には緊張感がまるでない。彼女の図太さはよく知っているエステルだが、この緊張感の無さは明らかに親しさの表れだ。
ちら、と視線を騎士長の副官に向けると、若干驚いているようにも見える。それは驚くだろう。謹厳な騎士長が交わす会話とも思えない。
周囲の微妙な空気に気付いているのかどうか、騎士長は眉一つ動かさずに続けた。
「尉官昇進を果たした以上、人事は私も介入できるということだ。色々覚悟しておけよ」
下士官以下の人事は担当部署で処理されるため、騎士長クラスの幹部にまでいちいち報告は来ない。が、尉官以上なら、異動ひとつにも騎士長ないし騎士団長の承認が必要になる。
脅しといえば相当な脅しだ。が、聞いているクリシュナは平然として答える。
「人事の恣意的な運用をことのほか嫌われる公明正大な閣下の思し召しとあらば、いずこの戦場なりとも喜んで参ります」
しゃあしゃあと答えるクリシュナの凛とした立ち姿に、騎士長はわずかに苦笑したようだった。珍しいその表情に、副官の驚きの表情が深くなる。
「口の減らん奴だ。まあ、色々と期待している。また近いうちに会うこともあるだろう。せいぜい励め」
「は」
クリシュナがかかとを鳴らして完璧な敬礼をする。姿だけを見たら、男装の麗人が凛と背を伸ばし礼を取っている美しい光景なのだが。
騎士長はクリシュナとの会話を切り上げるとその場に背を向け、艦隊陸戦隊のこの場の責任者と話し始めた。
敬礼を解いたエステルたちは、訓練である試合形式の残りの戦いに戻っていくのだが、エステルはクリシュナにすり寄って尋ねる。
「……先輩、騎士長閣下をご存知なのですか?」
「うん、まあ。前の前になるのかな、騎士長の副官をしていた少佐の従兵をしていたことがあって」
副官は二年を基準に定期的に交代するので、前の前ということはそんなに昔ということでもない。
「佐官の従兵って下士官の仕事じゃありませんよね」
「騎士長と騎士団長の副官従兵はね、臨時で護衛分隊の指揮も執ったりするから、一等軍曹以上があてられるんだよ」
従兵は、通常は佐官以上の将校に付けられる世話役の兵士のこと。現役に組み込まれない幼年兵や老兵があてられる場合が多いのだが、騎士長や騎士団長クラスの副官ともなれば公の舞台に出ることも多く、その従兵といえど外見の良さやや能力が求められる。
「先輩は本当に色々やってるんですね」
「器用貧乏の典型だよ」
クリシュナは苦笑する。
「その当時に騎士長閣下と親しくなられたのですか?」
「親しくない。断じて親しくない」
クリシュナがやけに強く否定する。疑わしげな眼で先輩を見たエステルだが、別に追及する気も無く、それ以上は突っ込まない。
そのタイミングで、
「プレジール子爵」
と声がかかった。
エステルが振り向くと、士官が数名立っている。騎士長と一緒に入ってきた一団の中にいた若手士官たちだ。
反射的に振り向いて敬礼をしたエステルは、たとえ貴族の称号で呼ばれようと、騎士団の現場に立っている自分は軍人であると主張しているつもりである。
もし貴族の称号に対し貴族として応じようと考えたのなら、振り向いた際に敬礼はしない。
そして、視界に入った男性ばかりのその士官たちが全員貴族の出身であるととっさに看て取った。
看取した、そのことに意味はない。
ただ、階級社会の中で育ったエステルには、身分を外見から推測する癖がごく当たり前に染みついていて、宮廷社会のかなりえぐい所まで見てきた履歴がその精度を押し上げている。
四人いるその士官たちの、貴族としての階級順までが大体のところで推測できる。
どれも軍人らしくたるんだ体つきはしていない。
騎士長を見た後だと甘く見えるが、その表情などにも甘やかされて育っただけの封建貴族と比べれば、はるかにしっかりしている。
「お会いできて光栄だ。メディア帝国の次期伯爵と邂逅する機会などそうは無いからな」
そういったのは一同の中で多分一番爵位が高いだろう男だ。階級章には中佐の階級章。
「アランデル侯爵家相続人のヴィージー子爵サイモンだ」
といい、手をすっと伸ばしてきた。
相手が男性なら握手を求め、女性の場合は男の側が下から相手の手を取るようにするのが略式のあいさつの礼儀だ。
そして、身分が上位の者が名乗らない限り、関係性は成立しない。
エステルは、その手を取らずに敬礼を返す。
「エステル・ドゥ・プレジール中尉であります」
自分は貴族である前に軍人である、と宣言したつもりだ。
名門貴族出身だからこそ、エステルは自分が貴族であることを騎士団の中で押し出してくるような輩を、一切信用しない。
彼女が敬愛するカノン・ドゥ・メルシエを見るがいい。自らの実力や才能に関して少しも謙遜しない彼女が、自らの出自の高貴さについては一文の価値も無いように振る舞っている。エステルからの「殿下」の呼称や貴族礼を退け、軍人としての立場を通してみせた、その姿をエステルは思い起こす。
実際にカノンがどう考えているかなど関係がない。たとえ内心では超高位貴族である自らに誇りを持ち、他を見下しているのだとしても、身分制を組織の原理として採用していないこの騎士団で、その組織原理に従っているカノンの姿勢に共鳴しているだけだ。
伸ばした手を無視された格好になったヴィージー中佐は、その手を下ろしながら苦笑いしたようだった。
「君もネイエヴェールとかいう成り上がりの派閥、融和派というわけか」
その言葉にエステルは反応しない。レイの派閥に入ったつもりもないし、心情的にはレイが嫌いだからだ。
「結構、その姿勢がいつまで続くか知らんが、それなりの覚悟あってのことと受け取っておこうか」
苦笑いする中佐の目が、鋭い。
エステルは無表情なまま右拳を左肩に付け、敬礼を続けている。
中佐と並ぶ士官たちの顔も厳しい。にわかにエステルに対し敵意を向け始めている。
「身分にはそれに伴う義務がある。強い意志と行動力とで民を導き、守り抜くのが貴族の尊い義務であり、その存在の歴史的意義だ。唯々諾と利に走る平民の理想なき行動に従うことが、真の貴族の行動とは思わん」
アランデル侯爵家、というのがどこの貴族なのか、残念ながらエステルの記憶に無いが、気高き貴族の義務というものによほどの意義を感じているらしい。
「それがわからんというのなら、子爵、君の誇りなど程度の低い、安いヒロイズムに過ぎんことを知れ」
「恥知らずな」
別の士官が吐き捨てる。
さらに別の士官が隣に立つクリシュナを睨めつけた。
「『狙撃者』ゴーシュ、騎士長閣下の知己を得、プレジール子爵の意を迎え、よもや威を借る気ではあるまいな」
貴族主義者からの侮蔑的な言動には、クリシュナは慣れている。伊達に兵士から叩き上げてはいない。
「滅相もございません」
冷たい目で、緊張もせず、静かに、相手の目を射抜くように見返しながら、口調だけは丁寧に答える。
迎合するような下手に出た返答は相手を増長させるし、感情的になれば相手の思うつぼだ。そもそも、この程度の連中にビビるほど、クリシュナはうぶではない。
戦場で荒ぶる部下を実力で従え、戦果を上げてきたからこそ、一兵士から少尉まで駆け上がってきた歴戦の戦士である。その静かな自信と威が、貴族士官を圧する。
「……我ら貴族の神聖な義務を愚弄するか」
「小官のどの言動が『閣下』のお気に召さなかったのか、愚かな身にはわかりかねております。申し訳ございません」
凛々しい声でさらりという。優しいほどに柔らかな声が、そのふてぶてしいほどに余裕をたたえた立ち姿と相まって、相手を小さく見せてしまう。
貴族に対し「閣下」の称号で呼ぶのは、もちろん当たり前だ。クリシュナの発言はすべて貴族に対し礼を失してはいない。
だからこそ、底意にある本人の人格に対する侮蔑が透けて見える。
「……貴様、生意気な」
エステルほどではないが小柄で華奢に見える、といっても周囲が強面の陸戦隊将兵ばかりだからそう見えてしまうのだが、そう見えるクリシュナに気圧された士官が、激高しかけた。
微動だにせず、睨み返すでもなく、悠然とその士官を見返しているクリシュナには、相手が途端に小者に見えているのだが、そう見られていることに相手は気付かない。
胸ぐらをつかもうと手を伸ばしかけたところで、鋭い声が飛んだ。
「貴官らは何をしている」
騎士長デ・パザン中将の叱声に、青年貴族たちが姿勢を正した。
「行くぞ」
陸戦隊責任者との話を終えた騎士長に、この場での用事は残っていなかったようだ。すぐに背を向け、歩きはじめる。
なんとか子爵は大きく舌打ちし、その腰巾着らしき士官はそれに習うかのように舌打ちしながら地を蹴りつけ、それぞれに背を向けた。
エステルは敬礼を解きながら無表情にそれを見送り、クリシュナは何事も無かったようにとっとと視線を外している。
周囲はというと、異様なこの光景も特に珍しいことではないとばかりに静かで、それでいて貴族たちを見る目には明確な敵意がある。
この場の将兵に貴族出身者はほとんどおらず、当然貴族主義者もいない。
騎士団がその歴史から貴族階級の介在を排することが出来ないことを彼らは知っているし、少なくともレイの登場まではその貴族たちの介入で騎士団が生き残ってきたこともわかっているが、だからといって階級意識を露骨に出してくる手合に好感など持ちようがない。
貴族意識を全く出してこないエステルのような人間のほうが珍しいこともわかっている。だからこそ、出してくる人間には、敵意とはいわないまでも、嫌悪感を持たざるを得ないのだ。
「ま、ああいうのもいるよね」
と平然といい、相変わらずの図太さを証明してみせたクリシュナのような姿こそ、将兵たちが求める姿であり、希望ともいえる。
それを受け入れ、「先輩、かっこよかったですけど、あまり刺激すると搦手から撃たれますよ」などと階級的には自分が上位者のくせにクリシュナを目上に立てて心配しているエステルの姿には、好感しか抱けない。
いずれにせよ、騎士団がレイによって買収されて以降、貴族の価値が内部で急速にしぼんでいく中、まだまだ内部抗争につながるような感情的対立が無くなったわけではないということを証すような出来事だった。




