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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第二章 騎士団
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13. 訓練場

 半透明で燐光を放つ刀身同士が激しくぶつかり、バチバチと耳障りな音が響く。

 エステルの基力による筋力強化は圧倒的だが、体重が少ないというだけで大きな不利を背負う。どんなに力があろうと、相手が自分の倍はあろうかという体重の巨漢であれば、そのウェイト差だけで弾き飛ばされそうになる。

 だからエステルはその不利をあえて背負おうとはしない。飛ばされそうになるのなら、はじめから受け流してしまえば良い。

 模擬戦闘用の剣の柄は重いが、刀身は電気的な模擬剣だから重量が無い。刀身同士が当たれば絶対に透過しないが、体に当たれば衝撃と麻痺に襲われるだけで斬れはしない。

 実剣とは違い、重量が手元に集中しているのだから、手首の回転だけで瞬時に動かせる。その特性を活かし、自らの敏捷性と合わせ、エステルは相手の剣戟をまともに受け止めずにいなし、かわし、流す。

 ちょこまかとすばしっこい、とエステルの動きを評する者は、彼女の最小限の動きで最大限の効果を生み出そうとする技術をごっそり見落としている。

 相手の上からの斬撃を、半身を引いていなしながら肘を落とし、すぐに脇を締めて回転させるように剣を振るうことで相手の腕を切り落とす。

 横からの斬撃に対しては、腰を落として摺り上げるように相手の剣をいなし、その力を利用してさらに潜り込むようにしながら剣を流し、半歩踏み込んだ力を足して手首を返し、相手の胴に斬撃を入れる。

 相手はエステルと同じ騎士団地上軍の歩兵科下士官や下級士官、つまり対人戦闘の現役のプロフェッショナル。生きる死ぬの戦場相手に過ごしている彼らの中に、図体がでかいだけの筋肉バカはいない。剣の技術を重視する伝統がある騎士団だから、そのレベルは高い。

 その中でもトップクラスの実力者と見なされるエステルは、控えめにいっても化け物だ。

 控えめにいわなくてもせいぜい平均的なクリシュナから見たら、だが。

「『死天使』は『狙撃者』の弟子だと聞いていたが、剣術にも優れているんだな」

 試合形式の訓練で三連戦し一勝二敗で終えていたクリシュナが、訓練場の隅っこで座り込んで休んでいると、隣に顔見知りの士官が座ってきた。

「弟子じゃありませんよ、中尉は今の上官です」

「この前の海賊相手の迎撃戦、砲二つぶっ潰して無人機を壊滅させたあのやり方は、ゴーシュのいつもの手口だろう」

 短い赤い髪と何もかもが大振りなパーツでできている顔とが強い印象を与える男で、少佐の略章が訓練服の襟元に付いている。

「いつものって事はありませんよ。小官は砲や銃を無駄に破壊しません」

「すれすれの事はよくやるだろう」

「まれに、です。ごくまれに」

「そうだったか?」

 ビューレン少佐、かつての上官だ。曹長になりたての頃、大尉大隊長だった彼の直率小隊で戦った。

「ご昇進おめでとうございます」

 その時には大尉だったビューレンにいう。三ヶ月ほど前に昇格したばかりのはずだ。

「ゴーシュの少尉昇進の方がはるかに価値があるな。おめでとう」

「ありがとうございます。ですが、小官の昇進はドゥ・プレジール中尉のおまけですから」

「そう卑下したものではないぞ。うちは下士官から士官への昇格は他の軍より基準が厳しいのだし、大きな戦傷も無く前線勤務を続けてここまで来た事自体、賞されて然るべきだ」

「そうおっしゃる少佐こそ、貴族出身でも列強出身でもないのに、十年やそこらで佐官にご出世されておいでです。素晴らしいではありませんか」

 クリシュナがいった台詞には、多少の説明が要る。

 フェイレイ・ルース騎士団は独立系騎士団、つまり特定の国家や宗教などの勢力に属さない組織だが、設立当初から大貴族や大商人などの支援で成り立ってきただけに、その影響を受けずにはいられなかった。

 初代団長フェイレイや、その補佐役としてナンバーツーの騎士長を長く務め、その後釜にも座り騎士団の基礎を築いたといわれる二代目団長の頃は、この二人の行動力や支配力が図抜けていたために、金は出すが口は出さないというスポンサーの態度は一貫していた。

 だがそれ以降は、スポンサーやその属する勢力の影響から逃れることは出来ず、様々な政治状況に大なり小なり振り回されてきた。

 病院騎士団として非常にわかりやすい形で高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)を実現できる組織だから、名誉を欲する上流階級の子弟が集まりやすく、そうなれば高級貴族間の抗争や企業家たちのいさかい、貴族と非貴族間の階級闘争など、争いの種は尽きなかった。

 世代を重ねる中で「中興の祖」と呼ばれる人材が出ては、そんな状況を正して組織を立て直すのだが、その人物が死ぬなり引退するなりすると、しばらくはその余光で安定していても、いずれ抗争が芽吹き、増悪し、組織を侵食する。その繰り返しであることは、長く続く国や組織の宿命であり、騎士団もその例外ではなかった。

 今でも、騎士団の中枢はスポンサーでもある大貴族出身者が占める。本人たちにそのつもりはなくても、貴族が出世しやすく、平民出身者が佐官以上に進むには相当な苦労がある。

「まあ、な」

 ごく普通の家庭から出て大学を卒業後に騎士団の士官養成課程に進み、歩兵科将校になったビューレン少佐は、実はクリシュナと同い年である。クリシュナが若く見えるのか、ビューレンが老けて見えるのか、恐らく両方の理由で、十は年が離れて見える。

 軍歴十年そこそこの平民出が、大学出の士官養成課程卒業生であったとしても、以前の騎士団であれば、よほどのコネがあるか出頭人の上司にでも引き上げられない限り、佐官になれるものではなかった。

 クリシュナはそのことをいっている。

「だが、今の会長が買収して以来、変わったよ。ゴーシュも感じるだろう」

「それは、まあ」

 この前出会った時の、お行儀がいいんだか悪いんだかわからない、あまりにも目立たず、あまりにも力感や存在感に欠けた姿が思い浮かぶ。

 確かに、変わった。

「なにしろ、子弟を送り込んでいる大貴族が口を挟まなくなった。挟めなくなったが正しいな」

 理由は簡単。

 どう考えてもそれが出来る人間には思えないのだが、レイ・ヴァン・ネイエヴェールという青年は、その凄まじい財力と銀行団からの無尽蔵とも思える資金注入のおかげで、貴族や商人からの寄付など頼る必要が無い、強力な財務体質を築き上げた。ごく短期間のうちに。

 今では、寄付という行為を続けなければ面子が立たないかつてのスポンサーたちが、レイに資金の受け入れを頼むという事態になっている。

 奇観、というべきだった。

 そんな状態で貴族たちが口を挟めるはずもない。

 幹部クラスの貴族出身者たちも、騎士団の物資を支えるVT社やVTロジスティクス社を完璧にレイが抑えているために、余計な行動を取ろうものなら即座に干上がってしまう。不満があろうとも、沈黙する他ない。

「かといって、貴族が逆差別されるということもない。騎士団の歴史始まってしばらくはそうだったという、完全実力主義だ」

 どの時代の団長も、掲げるお題目は常に「実力主義」だったが、実現した試しはない。近づいたことはあっても、すぐに反動主義者の手によって門閥主義が復活してしまう。その繰り返しだった。

「いつまでも続くとは思ってない。会長がうちの経営に飽きれば、あるいは資金が途絶えればそれまでだ。だからこそ、今のうちに上がれるところまで上がっておかねばな」

「まあ、そうですね」

 クリシュナもうなずく。

 こんな体制がいつまでも続くなどと考えている者はいない。

 今の団長は買収の経緯からいってもレイ寄りだが、ナンバーツーの騎士長はレイとよく衝突しているし、他の幹部や副団長クラスはほとんどが門閥貴族出身者だ。レイの資金が枯渇した瞬間、牙を剥くだろう。

 幹部ならともかく、レイに直接目を掛けられているわけでもないビューレン少佐やクリシュナ辺りが多少出世したとして、レイが例えば失脚したとしても、あおりを受けるほどのことも無い。貴族たちの勢いが戻れば多少やりにくくはなるだろうが。

 であれば、レイが頑張っているうちにせいぜい出世しておかねば損というものだ。

「お、『死天使』の三連勝で終わったな」

 ビューレン少佐のいうとおり、視線の先ではエステルが試合形式の訓練を三連勝で終えていた。

 美少女の華麗な奮闘に、場は湧いていた。

「本人の前でその二つ名はいわないでやってくださいよ。本人、決して気に入ってませんから」

「そうなのか。神話の『死天使』は超絶美少女と相場が決まっているんだがな」

「容姿と出自を褒められるのが癇に障るお年頃なんですよ」

「なるほどな」

 少佐はうなずいた。

 若手士官の少なくない数が、そのような時期を通過する。自分は血筋でこの地位にいるわけでも、更に昇進を重ねていくわけでもない、誇り高き実力主義の騎士団で自らの力だけを頼りに昇り詰めていくのだ、と。

 大体、門地あっての地位であり優遇なのだが。

 その現実を認識し、受け入れたあたりから、そういう士官はゴリゴリの門閥主義者に変貌する、というのがお馴染みのパターンだ。

 彼女もそうなるのだろうか。

 どうしても無垢性を想起せざるを得ない、白銀の髪と透き通る白い肌、驚くほど整った容貌に、門閥主義者独特の、平民や自分より下位の貴族を蔑み見下すような視線が加わっていくのだろうか。

 うーん、それはそれで似合いそうだから困るな、とクリシュナはしょうもないことを考えた。

 目の前に、そのエステルが来る。

「先輩、ちゃんと勝ってきましたよ。今夜のおごりの約束は覚えていらっしゃいますよね」

「ええ、覚えてますよ、中尉」

 若干ドヤ顔のエステルに、クリシュナは階級呼びで答える。自分の隣に上官がいますよ、と注意したつもりだ。

 エステルはその意味を過たずに理解した。

「失礼しました、少佐」

 襟の略章を見て敬礼するエステルに、ビューレンは苦笑した。

「休憩中まで堅苦しくならんでいいぞ中尉。中尉同様、ゴーシュ少尉にかつてしこたましごかれた同輩だ。ベルンハルト・ビューレンという、よろしくな」

「ああ、ご同輩でしたか」

「少尉の指導はいい経験にはなるが大変だろう。耐えられなくなったらいつでも声をかけてくれ。もっとも、耐えられない限界をギリギリで切り抜けてくると思うがね。真のドSだから」

「ありがとうございます。仰る意味がよくわかるようになってきた所です」

 エステルが笑った。

「こら待てなにわかり合ってるていうかそろってドMかお前ら」

 ビューレン大尉とゴーシュ曹長として戦った事があると先述したが、実は士官養成課程卒業後の新人少尉だった時代、下士官になったばかりながら既に狙撃兵としての有能さを買われていたクリシュナに、ビューレンはじかにしごかれている。

 今と同様、部下イジメや新人イビリとは無縁の性格をしていたクリシュナだが、訓練などというものは厳しければ厳しいほど良いと素で思っているので、その指導ははっきりと厳しい。

 ただ、エステルに砲の限界領域での特性を教えこんでいた事からもわかる通り、戦場での生死に関わる生きた知識をしっかりと教え込んでくるため、後の配属先からの評判は良く、それが人事評価の上乗せとなって今回の昇進に繋がったのだろうと周囲は受け止めている。

 エステルもビューレンもそんなことは百も承知だし、信頼できる先輩部下だとも思っている。からかいは二人の愛情表現だ。

「今は艦隊陸戦隊の鍛え直しを担当しているが、近々歩兵科部隊に戻る予定だ」

「前線ですか?」

「恐らくな。エーカー大佐の声掛かりだ、後方任務は考えにくいな」

「『鉄仮面』フィル・エーカー大佐ですか。そりゃ前線でしょうね」

 クリシュナはうなずいた。この前の「大平原の会戦」でも大戦果を上げた新進の副団長で、「ルナティック・オレンジ」メグ・ペンローズ大佐と並び、騎士団の攻撃の要と呼ばれている。後方で支援任務に就く想像がつかない。

「ゴーシュたちはまだ未定か」

「ええ、まだ何も通達はありません。最近あちこち行かされすぎてすっかり根無し草です」

「うちに引っ張れないか、交渉してみるか。『イヴリーヌの死天使』が来るとなったら、大隊への手土産には最高だろうからな」

 死天使、というのは、字面があまり良くないが、立派な褒め言葉である。

 地球時代の信仰はどれも歴史的な存在としてのみ生き残り、特に文明社会が一度徹底的に破壊された「大崩壊」の時代以降、孤立した星系や船団単位で様々な信仰が生まれては消えていく中で、地球以来の宗教は完全に過去の遺物になった。

 代わって信仰を集めるようになった新宗教が様々ある中で、共通点として挙げられるのが、「大崩壊」による人類の滅亡を食い止め、その原因となったとされる「敵」を殲滅したという「天使」「神の戦士」「聖騎士」などと呼ばれる存在だ。

 特に「双子の天使」「双璧の戦神」と称される双子を信仰の対象にする宗教は多い。

 通常、男女の双子として描かれる。

 男子の方を「滅天使」、女子の方を「死天使」と表現するのが一般的で、これはそれぞれ「敵を滅するもの」「敵に死を告げるもの」の意だ。

 少年少女として描かれることが多く、どちらも絶世の美形であるとされる。数多くの美術工芸手法でその美しさを表現されてきた少年神と少女神の姿は、宇宙中の誰もがどれかを見て知っている。美形の代表格として、人類の記憶に刷り込まれている。

 滅天使や死天使にたとえられるというのは、だからかなりの褒め言葉なのだ。

 だからこそ、エステルがその呼び名を喜ばないということもある。

 自分が美形であるという褒め言葉は、物心付く前からうんざりするほど聞かされてきた。そして世間にはお世辞というものが存在し、日常的に飛び交っているということを知った幼い日に、自分が美しさを褒められてきたのもお世辞ではないのか、陰ではクソミソにいわれているのではないかと疑いを持って以来、エステルは自分の容姿を褒めてくる人間を反射的に疑い警戒するようになってしまった。

 ポジティブに褒めてくる人間ならばエステルの女性性に対して興味を持っているのだろうし、ネガティブに褒めてくるのなら嫉視や秘めた思惑を持っているのだろうし、どちらにしろエステルにとって警戒の対象にしかならない。

 死天使、という呼び名などはその極みといえる。絶世の美系である伝説の戦神、などという二つ名を奉られ、それを喜んでいると思われるのも心外だし、褒め言葉のつもりでそれをいってくる連中の神経も理解できない。

 ……というような前提があってのエステルの不機嫌面に、ビューレン少佐はニヤリと笑った。

「そろそろ慣れておけ、中尉。本人がどう思おうと、その二つ名はもはや貴官について回るものだ。いわれるたびに反応していたら身が持たん。俺の二つ名も大概だが、いちいち反論する気にもならんから放置している」

「……少佐の二つ名、ですか」

 エステルが警戒したままの顔でわずかに小首をかしげる。

 クリシュナが苦笑した。

「まあ、大概なのは同意します」

「お前が付けたんじゃないかと一時は疑っていたんだがな」

「そりゃ濡れ衣も甚だしい。小官は無実ですよ」

 クリシュナの苦笑が深くなる。誰が名付けたか、心当たりはあるらしい。本人でないことは間違いなさそうなので、ビューレンもそこは深く突っ込まない。

 この時、ようやくエステルはビューレンの二つ名に気付いた。なんとなく聞いたことがある、目の前の人物に一致しそうな二つ名があった。

「あ、もしかして」

 銀色のまつげに縁取られた紅玉(ルビー)の瞳が見開かれる。

オセー(ル・シュヴァリエ・ア)ルの薔薇(・ラ・ロゼ・ドゥ・)騎士!(オセール)

「本場の発音で大声はやめてくれ……」

「あははっ」

 ついにクリシュナが笑い始めた。

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