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宇宙の騎士の物語  作者: 荻原早稀
第二章 騎士団
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4. 「少尉は散文的なのですね」

 宇宙は広大無辺で、人類が足跡を残した空間など塵芥のようなものだが、それでも局所銀河群を制するに至っている……ということになっている。

 銀河と銀河の間を行き来するのに必要な長距離星間航行技術が完成したのは、せいぜい五〇〇年ほど前の話で、それが出来るまでの人類は、標準星間航行という千光年未満の超光速移動技術をひたすらに繰り返して、天の川銀河の中を必死で泳いでいた。天の川銀河の直径が十万光年とされているから、どんなに頑張っても一日一回程度の時空跳躍が精一杯の技術では、そう気軽に闊歩できるものではない。

 長距離星間航行の確立は、人類の行動範囲を革命的に広げた。銀河の端から端まで行こうと思えば、最短でも一年近くの時間と莫大なエネルギーコストがかかっていた……それでも大したものではあるのだが……ところに、一発のワープで十万光年以上の距離を跳べる技術が現れた。銀河の直系に匹敵する距離を飛べるようになり、それを繰り返すことで銀河群の中を広く探索できるようになった。

 人類は天の川銀河を飛び出したが、自分たちが初めて銀河系を飛び出した、とはさすがに思わなかった。

 二〇〇〇年ほど前の「大崩壊」以前の人類は、すでに銀河団文明として百万光年単位の移動技術を持っていたとされていたからだ。

 そして、彼らは知る。

 広大な宇宙には、自分たちが忘れ去っていた「大崩壊」以前に雄飛した人類の生き残りが、各所で文明を守り抜き、生き抜いていたことを。



 復習しよう。

 人類発祥の地、地球を育んだ太陽系は「天の川銀河」にある。

 天の川銀河には一千億個の恒星があるとされ、この銀河だけでも、可住惑星として実際に人類が開発に成功した星が千以上ある。

 天の川銀河は多数の矮小銀河や球状星団を周囲に置いている。膨大な銀河の質量が生み出す重力によって従えられた天体群だが、こちらにも多数の可住惑星があり、「大崩壊」以前に進められたテラフォーミング(惑星環境の地球化)によって数多の人類の住処となっていた。

 その天の川銀河やお供の矮小銀河、球状星団、近傍のアンドロメダ銀河などを含んだ宇宙の大構造のことを「局所銀河群」といい、他の銀河団とは区別する。現在の人類が実効支配する領域だ。

 更に大きい「超銀河団」「ボイド」などの構造もあるが、人類の手はそこまでは届いていない。

 長距離星間航行技術が完成したのが一番早かったのが、たまたま天の川銀河だったのだが、「大崩壊」以前の文明は、少なくとも局所銀河群の全体にまでは生存圏を広げていたらしい。人類が既に滅び去ったあとの「遺跡」が、局所銀河群の至るところで発見されるからだ。

 天の川銀河以外の局所銀河群内の銀河、代表的なところではアンドロメダ銀河にも人類の文明がいくつか存在していたし、それ以外の銀河や球状星団にもたくさんの文明が存在していた。

 どの文明も「大崩壊」の衝撃で科学を衰退させてしまい、近距離星間航法すら失われ、光速を超える移動手段を失った文明圏も多かった。

 先述の通り、五〇〇年ほど前に長距離星間航法技術が再確立されて以降、自前で十万光年以上の長距離を旅することが出来る先進文明に対し、その先進文明に発見され技術供与を受けて宇宙に乗り出す後進文明が必死に追いかける、という構図が生まれた。



 フェイレイ・ルース騎士団の本拠地である都市国家ヴェネティゼータは、天の川銀河からずっと離れた、アンドロメダ銀河近傍の球状星団にある。

 フェイレイ・ルース騎士団が生まれた当時、その近辺はまだ長距離星間航法を知らず、一回のワープが一〇〇光年を上回らない近距離星間航法しか使えなかった。

 球状星団の中には可住惑星がいくつかあり、不可住惑星だが軌道上に可住設備を建設できたところもいくつかあった。

 やがて長距離星間航法を確立した文明によって「再発見」された球状星団は、局所銀河群内の文明と合流していくのだが、フェイレイ・ルース騎士団の発祥は、この「再発見」よりずっと早い。

 現存最古の病院騎士団であるこの組織の古さがわかる。

 ヴェネティゼータは可住惑星のひとつに作られた都市で、騎士団登場以前は「大崩壊」以前に作られた旧都市部に、数万人程度の人々が細々と暮らしているに過ぎない土地だった。

 文明が破壊されてしまったあと、旧文明の恩恵を忘れ、むしろ破壊していった例が多かったことは、地球時代の古代ローマ崩壊後とよく似ている。

 石造りの豪勢な建築物は、粗末な建物を立てる石の供給源になり、街道は整備されることもなく徐々に埋もれ、都市の生存に必要な上水道は悪魔の制作物として破壊され、衛生観念を失った人々は風呂の意味もわからずに遺跡を埋め立てる。

 さすがに石造りの建物や街道はないから、全く同じ光景ではないが、似たようなものだ。

 ヴェネティゼータもその例に漏れず、超光速航行技術だけではなく、軌道エレベータなど常にメインテナンスが必要な技術から消えていき、存在すら忘れ去られていった。エネルギー効率を極限まで高めた複合型生態系建築の集合体としての都市は崩壊し、太陽光の恩恵だけで都市を維持していた技術は失われた。

 騎士団が生まれた当時は多少はましになっていたが、それでも近距離星間航行技術もまだまだ高度で容易に扱える技術にはなっていなかったし、軌道エレベータを再建できるほどの資源も確保できていなかった。



 その歴史を知った上で今のヴェネティゼータを見ると、色々と思いも浮かんでこようというものだ。

 つい最近、訓練の中で宇宙史を復習させられたエステルは、惑星の衛星軌道上に建設された巨大なステーションから地表に向かって伸びる、恒星の光を弾いて輝く幾筋もの軌道エレベータを見て、感慨深い思いがした。

 惑星に直接航宙船を下ろすのは経費とエネルギーの無駄だから、軌道エレベータが設置されている惑星なら、人も物資もそちらを使う。物流と情報のために、軌道ステーションは必要不可欠だ。

 軌道エレベータには色々な形式があり、その星の条件に応じて選ぶのだが、共通しているのは安定したエネルギー供給の必要性だ。

 無尽蔵のエネルギー源といえる恒星光だが、意外に安定はしない。恒星の光自体が安定せずに揺らいでいる場合も多いし、恒星光を集める仕組みが安定しない場合も多い。

 なので、多くの場合、動力源として反物質の対反応を利用したり、核融合の超圧縮による縮退を利用した縮退炉などを利用する。どれも小惑星程度なら吹き飛ばしてしまうような超絶エネルギーだが、そのくらいのエネルギー源を制御し活用しないと、常時活動する軌道エレベータなど運用できない。

 それだけのエネルギーを発生させるためには、例えば反物質であれば、それをどうやって生成するのかという問題が出てくる。自然界で容易に採掘できるものではないのだ。なにしろ、通常の物質とぶつかったら対消滅で無くなってしまうのだから。

 縮退炉も同様だ。そもそも核融合でフェルミ縮退を起こすような圧力をどうやって生むのかという話で、恒星のようなとてつもない重力場を人類の手で生み出すのは容易ではない。

 それを可能にするために、人類がまだ太陽系内をウロウロしていた当時から活用してきたのが、恒星の重力や核融合の放射熱などをそのままエネルギーに変換してしまいましょうという、恒星至近の軌道上に設置するエネルギー採取プラントだ。

 強力な重力や放射熱、放射光をエネルギー源に、反物質や核燃料物質を生成するか、生じたエネルギーをマイクロ波や光子レーザーに変換して飛ばす方法で利用する。

 大昔からあるだけに技術は確立しているし、莫大なエネルギーといったところで、人類が使うエネルギーと恒星が発するエネルギーとでは規模の桁が違う。

 ヴェネティゼータでは、エネルギーを飛ばす形式だと色々障害が起きやすいということで、反物質の対消滅反応炉を利用する。巨大な電力を生み出す反応炉を抱えた宇宙ステーションが、その豊富なエネルギーを活用して、軌道エレベータを動かし、港湾を動かし、都市を動かしている。



 エステルたちが乗ってきた輸送艦は標準星間航行艦で、ここでは説明を省くが、単独で星間航行できる船としてはそれほど大きくない。

 星間航行には莫大なエネルギーが必要で、短距離だろうが標準だろうが長距離だろうが、普通は「ゲート」と呼ばれる常設の跳躍設備を設置して運用する。

 ゲートは必要なエネルギーをゼロにするわけではないが、少なくとも次元跳躍にかかる初期エネルギーコストは支払ってくれる。終期エネルギー、つまり到達したい点に出る際に必要なエネルギーもゲートに託せば、航行する船が自力で発生しなければならないエネルギーは半減どころか一割程度で済む。

 が、それでは利用上非常に選択肢が狭まってしまうので、軍艦や一部の商船は、ゲートを利用せずに単独でも次元跳躍を可能にするエネルギー発生装置を搭載する。

 当然ながら、どんな機械でも強力なエンジンはサイズもでかくなるし、エネルギーの安定供給と不慮の事故を避ける意味から、必ず複数必要になる。

 エステルが乗る人員輸送艦が小さいのは、商船などが積む大量の鉱物資源や食料などと比べれば、人間に必要な体積は限られているという理由もあるが、軍艦は小さい方が色々と有利だからでもある。

 でかい船はそれだけ大食らいだし、動きも悪い。戦いの最中に生き残るためには、エネルギー効率が良くて機動性が高いほうが良いに決まっている。そしてその二つを向上させようと思ったら小型軽量化が一番手っ取り早い。

 荷をどれだけ積めるかが勝負の商船とは、根本的に違う。だから、複数積んである反応炉と、その補助を行う各種のエンジンも、できるだけ小さく軽く作られているし、その他の設備も実用一点張りで軽量化されている。

 というわけで、ヴェネティゼータの衛星軌道上にある「外港」つまり宇宙側のステーションに姿を表した騎士団の人員輸送艦は、周囲を巨大な商船に囲まれることになる。



 次元跳躍を行う星間航行船に窓はないから、スクリーンに投影された画像で外を見るのだが、エステルは貴族令嬢に生まれたために本国の惑星上からあまり動くことがなく、この手の景色にあまり慣れていない。

 無重力の空間を音もなく進む巨大な船舶の群れや、その外殻が恒星光を吸収する際にわずかに出る虹のようなきらめきや、管制灯が色とりどりに光る色彩や、小型の港湾用ボートが様々な構造物の隙間を縫って飛ぶ姿や、相対速度をゼロにするために細かく噴射されるガスの反射や、埠頭や桟橋を形成する鋼材と誘導レーザーの光の乱反射など、見ていて飽きることがない。

 分厚い円盤状のステーションは半径一五キロメートルほど、厚さ五キロメートルほど。円盤側面の外周はすべて港湾設備、天に当たる側は農業用のブロックが整然と並び、底に当たる部分は軌道エレベータの接続と管理運用を行うためのブロックになっていた。

 当然ながら、エステルたちの乗る船は、側面の外周部に停泊しようとしている。

 クリシュナはというと、特に景色を見ることもなく、ひたすら士官教育用の資料と格闘していた。

 年下の上官が食い入るように景色を見ているようだが、少尉にならされてしまったクリシュナは、とりあえず覚えることがありすぎてそれどころではない。

 共和制国家の物量企業に務める会社員の家庭に生まれ育ったクリシュナは、成人して騎士団に就職するまでは港湾のすぐ近くの住まいで育った。宇宙船も港湾設備も、珍しくもなんとも無いのだ。

「少尉……」

 とエステルがため息をつく。

 少々感激屋なところがあるらしいこの新人中尉は、旅行会社あたりがチョロい客として目をつけそうなくらいに感動しているようだ。

「美しいです……人の営みとはすごいものですね……」

 そんな詩的な感想を持ったことは一度たりとも無いクリシュナは、そう口にするエステルの感性を好ましく思わないでもないのだが、このクソ忙しい時に脳天気なことをいいだすことに若干苛立たないわけでもない。

 顔を見たらほだされそうなので、あえて資料から目を離さず、

「メディアの首都のほうがよっぽど見るところ満載だと思いますけどね」

 と応えた。エステルの出身地であるメディア帝国の首都惑星メディアは、なにしろ古く、巨大国家の起源都市でもあるだけに、観光するならヴェネティゼータの一万倍は見るべきとこが多いだろう。

 が、エステルがいいたいのはそういうことではなく、今の感動を共有したいわけで、クリシュナの反応は不本意でしか無い。

「少尉は散文的なのですね」

 ちょっとすねた声音になっている。

 かわいいじゃないか。

「我々庶民の出には見慣れた光景ですから。逆に私なんかが中尉のご実家を見たら、感動のあまり漏らすかも知れませんよ」

 冗談に紛らわそうとして少々品のない表現を使ってしまった。

 やべ、お貴族様には失礼に当たるか。いやでも、軍事組織にいてこの程度のソフトな表現をいちいち気にする奴なんかいるか? いやいや、このお嬢ちゃんならありえる。

 しまったと思いながらクリシュナがエステルの視線を伺うと、騎士団の黒ベースの通常服を来た中尉は、不機嫌そうに片頬を膨らませながら、かすかに上気した顔でクリシュナを睨んでいた。

「少尉も私をお貴族様って馬鹿にしてますか?」

 唇も血の色をきれいに透かすので、その赤さが口紅では絶対に表現できない澄んだ色になっている。それがへの字になりながら言葉を紡いでいる。

 そして言葉を出し終わると、むー、と唇を突き出すようにする。

 あざとい。

 狙ってやってないのがさらにあざとい。

 なんだこの可愛い生き物は。

 このあと、エステルが機嫌を直すまでにややこしいやり取りがいくつか生じたのだが、終始、エステルのすね具合の絶妙な可愛らしさに内心悶絶させられるクリシュナであった。

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