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春(脳内が)

 

「お嬢、何やってんだお前」

 そう言ってお見舞いに来てくれたベンじいは、ソファに座る私の頭をポンポンしてくれました。


 やっぱり。そうだと思ったんですよ。

 何度か遠目に見かけたことのある、ワイルドな色香のある紳士。ダグラスからベンじいが伯爵だと聞いて、彼がそうじゃないかと思ってたんですよ。

 王都にいる事の多い父に代わって領地を見て周っていたので、すれ違っていたんですね。


 という事は、その時は母が相手をしていたのか。

 あああ、何て惜しいことを。

 こんな事なら、ホームパーティーか晩餐会でも開いておくんだった。まあ貧乏で出来なかったんですけどね。参加も出来ませんでしたし。


「ベンじい、来てくれてありがとう」

 別に私が何かした訳じゃ無いのよと言いながらソファの隣を叩いて、座るように促します。

「そこじゃ話難いだろう」

 対面に座ろうとするベンじいですが、許しませんよ。バンバン叩いて猛アピールです。


「しょうがねえな」

 苦笑しながらも、ちゃんと隣に座ってくれました。

 少し斜めに体の向きを変えて、ベンじいに背中を預けます。

 微かに麝香と混じり合った体臭がします。男の人は体温が高いですから、ホワッと香りが広がりますね。ぐへへへへ、いい匂いです。


 ポツポツとこれまでの経緯を話します。

 ダグラスから大体の事は聞いていたと思うのですが、時折相槌を打ってあとは静かに耳を傾けてくれます。


 一通り話し終わったら。

 さあ、湿っぽいのはここまでですよ。

 黙って控えてくれていたメアリーに指示を出します。

「私の一週間分のおやつを持って来て」

「今週はとっておきのブランデーケーキもございますが」

「おおう? それもよ! いや、やっぱり……いいえ、持ってくるがいいわっ」


 ティースタンドにお菓子が盛られてきました。家にこんなのあったんですね。

 テーブルにセッティングして、メアリーが再び脇に控えます。


「さてここに、私が三度の飯並みに好きなお菓子があります」

「『四度』だろ?」

 ベンじいが迷い無く訂正してきます。

「何で夜食の事を知ってるの…」

「夫人に聞いたから」


 お母様……

「だんだん肉になってくるぞ」

 それは言ってくれるな。


 コホンと咳払いを一つして、仕切り直しです。

「順番を間違えました」

「客に菓子を勧めるのが先だな」

「ブランデーケーキ以外をどうぞ」

「さっき何で悩んだんだよ」

「は、話が進まない……」

 ヨヨヨと崩折れてみせると「はいはい」と言って頭を撫でてくれます。

 機嫌をとってもらえた上に、ケーキも守れて気分は急上昇です。悪かった訳でもないですけどね。


「では改めまして、ベンじいはいくつですか」

「ん? 34だな」

 思った以上に若い!

「成長期の殆どを育てたと言っていい私をみて、どう思いますか」

「とっくに出荷してよかったな」

「う、うぅん。気になるところはあれど話は早い! それです。そこ自家用でお願いします」

「何が」

「私と結婚してください」

「ええ?」

 理解が追い付かないようです。


「私は家を継ぐので、婿養子を取らなくてはなりません。なので、スタンフィールド伯爵は息子さんに譲っていただいて、家に来てください。まだ父は元気なので、実質的には伯爵領の管理をしてもらって大丈夫です。子爵領も基本的には私が見てるから、十年くらいは余裕があると思います。ただその間に既存のものでも新規のものでもいいので、ブランド化を」

「ちょっと待った! 待て待て待て」

 どうどうどうと宥めてきますけど、馬じゃありませんよ。

 融資の件が言えてませんが、大事なのはそこじゃありません。


「何より私は、ベンじいが好きなのです」


 キッパリ言ってやりましたよ。

 ふんすと少し鼻息が荒くなったのはご愛嬌です。


 考え込んでしまったベンじいを、ジッと見守ります。

 時間が止まったようでしたが、ベンじいが顔を上げました。

「本気なんだな」

「当然」

 目は逸らしません。


 ベンじいが立ち上がりました。

「返事は少し待ってろ」

 黙って頷きます。

「あと『ベンじい』は止めろ。ベンジャミンだ」

「長い。ジャミベンでどうだ」

「却下。ベンジャミン」

「ベンジャミン」

「いい子だ」


 前に影が落ちたので上を向くと


 ちゅっ


「んじゃまたな、ローザ」

 自分でドアを開けて出て行きました。




「こ、こ、ここここここここここ」

「にわとり?」

 今日の夕食はチキンじゃなくて魚ですよ、とメアリーが首を傾げながら答えます。

「これって脈ありじやない?!」

 彼女もうんうん頷いてますよ。

「お嬢様はどちらかといえば老け顔ですから、違和感は無かったですね」

「おい」

「珍しくテンパり気味のお嬢様も、中々の見ものでした」

「何という言い草! 許さん、ご褒美だ! このティースタンドの菓子達を一緒に食うがいい」

 と、一応出さない訳にもいかないかと持て成す体で準備された、その実振られた時のやけ食い用のお菓子を勧めます。

「機嫌が良いので、ブランデーケーキも食べていいです」

「ハハア。ありがたく頂戴致します」


 こうして菓子を前祝いの肴に代えて、女子会へと突入しました。

 この時はその後二週間も音沙汰が無く、トーンダウンして行く事になるとは思いもしなかったのです。


 そして二週間後、根回しを終え薔薇の花束を携えたベンジャミンが、プロポーズの為に訪れてくれました。


 全力で喜んだ後、懇々とホウレンソウの重要性を説きましたがね。






「私と結婚してください」

「いいよ」

「わーい」


くらいで終わると思ったんですが、意外と長くなりました。


お読みいただき、ありがとうございました。

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