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ダグラスー3

 ローザには、背を低く見せようなどという可愛げはない。

 いつも堂々と背を伸ばし、でもしなやかな動作が人の目を惹く。

 彼女の評価は両極端で、倦厭される事が多いが、ハマる人には『女神』と呼ばれる事もある。

 若い貴族はそんな彼女に気後れしてしまうらしい。チラチラと様子を窺うが、中々声が掛けられない。声を掛けるのは実力があって自分に自信のある、所謂『出来る男』ばかり。自信があっても勘違いしているような奴は、彼等に淘汰される。

 ただ彼等は既婚者か、既にパートナーがいて彼女の結婚相手にはならない。ローザはジレンマに陥っていたらしい。「いい男は売れるのも早い」と嘆いていたので、隣にいるのは? と聞くと素敵な笑顔を見せてくれたが、コメントは無かった……。


 若い大人しい女性にも好かれている。

 酔っ払いや、強引な貴族に絡まれているのを助ける事が多いからだ。

 ただ彼女達はエリザベスの牽制にあって、中々話し掛けられないでいる。

「女性のお友達がホシイヨ」とぼやくローザの横で「親友の私がいるでしょ」とのたまうエリザベスは怖いと思う。


 あれからローザとは、ほぼ毎日会っている。ほぼ毎日誘いに行ってるからな。

 ローザと仲の良いエリザベスとも、それなりに親しく話すようになった。彼女との対話のコツは、説教が始まったら決して逆らわない事。これさえ守れば、後は普通に接して問題ない。

 

 多分。


 そうして楽しく過ごしていたが、ローザが悪意に曝されるようになった。

 なるべく側にいてガードするが、罠系だとローザが先に察知して、逆にこちらに指示を寄越す。『進行方向で立ち話をしている令嬢達』というのも罠に勘定されるらしい。応用力高いな。

 なので余り出番は無い。だがそれが油断に繋がり肝心の所でミスをした。


 家同士の付き合いがある侯爵との話に夢中になり、ローザが一人になったのに気付かなかったのだ。

 見知らぬ男が、彼女を庭へ連れ出したのをエリザベスが目撃し、知らせてくれた。慌てて追いかけると、男がまさにローザに手を掛ける所だった。

 声を上げようとした時、ローザが男の喉に手を伸ばした。


 今、男は股間を抑えて悶え、その手の上にローザの足が載せられている。

「お前、私の敵だな」

 それは攻撃する前に言うやつだね。

 それから彼女は『自分に敵対するな』ということをぎゅーぎゅーしながら説明していた。

 いい所なしの私だったが、後始末を引き受けようと近付くと、ローザの手が震えているのが分かった。

 私は馬鹿だ。何故直ぐ助けに入らなかった(そんなヒマも無かった訳だが)。怖いに決まってるじゃないか。

 慰めようにも、今は男の方を押さえなければならない。くそっ彼女に人を呼んでもらわねば。


「ロゼ! 無事なの!?」エリザベスが駆け込んで来た。

 弾かれたようにローザが顔を上げ、エリザベスに向かって駆け出す。

 身長差はあったが、何とかエリザベスが受け止めた。優しく声を掛け、なだめながら腰に手を当て誘導していく。


 恐らくエリザベスが人を呼んでくれるだろう。ローザも落ち着かせてくれるに違いない。とても良い事だ。

 

 持って行きすぎだと思う私は狭量だろうか。


 男が逆恨みでローザに危害を加えないよう、手を回そう。ローザの周りの友人関係にある紳士達も協力してくれるに違いない。

 そう思っていたが、それは杞憂に終わった。

 有り体に言えば、男はローザの犬になった。

 本名は違うがジョンと呼ばれている。今のところ、「待て」と「ハウス」が上手だ。本人も悪い事をした自覚があるらしく、顔を見せては即帰る事で、少しずつ信用してもらおうとしているらしい。うん、無理だろうな。


 何故あんな行動を取ったのか尋ねると、あるパーティーに参加した際耳にした話が原因だった。

「彼女が僕を好きだと聞いたんだ。接点が無かったから可笑しいとは思ったんだけど、狩りで僕の勇姿をみたって言うし、馬や犬を大事にしてるところもいいって」

 そして少し強引な男性が好きだと唆されたそうだ。


 結構良いところを突いている。彼女は犬も馬も大好きだし、乗馬も得意だ。ヘタレよりは、自分に自信のある男性の方が好きだろう(本当はどちらかと言えば猫派だし、狩りはあまり好きじゃないが)。

 つまり話に真実味があったという事だ。コイツは気付かなかったようだが、話の内容は人を見下したものだ。

 更に聞くと、パーティーの主催者はフェリシティの家の親戚筋だった。


 もう、黒でいいだろう。

 ローザの男友達にも声を掛けて、経済的にやっちゃおう。


 流石に凹みがちになったローザの気分転換になればとオペラに誘ったら、素晴らしい衣装で着飾ってくれた。

 私も男だ。目を逸らさずガッツリ見させてもらった。賞賛も忘れない。

 オペラハウスでは、目を瞑って聴き入り、目を開いてはギャップに悩むローザを堪能した。


 勝手に休憩を長めに取ることにして、館内の散策を楽しんだあと、ローザが化粧室に寄るという。

 まさか化粧室の前で待ち構える訳にもいかないので、会場の入り口近くで待つ事にした。

 見通しも悪くないので大丈夫だろう。


 そうして学習能力の低さを露呈してしまった。

 令嬢が階段の方に行くのには気付いていたのだ。しかし、悪意があるようならローザが気付くだろうと思ってしまった。

 実際は、獲物も持たず真っ向からこられたら罠ではないし、違和感はあっても令嬢一人という視覚情報に騙されたらしい。

 

 人が疎らであったとはいえ目撃者は多く、令嬢はすぐ捕まった。

 経済制裁を受けた事で家族に責められ、追い詰められてヤケになったらしい。

 済まんローザ。もっと徹底的にやるべきだった。

 今回の件で罪に問われるのはフェリシティのみだが、関わっていたものは必ず追い詰めるからな。今度はちゃんとバレないように手を回して、じわじわ攻めるからな。


 一応ケジメとしてローザに告白もしてみたが、予想通りアッサリ玉砕した。

 ローザは発言が不味かったと気にしていたが、全く誤解はしなかった。クソ親父とは思ったが。

 リチャードについてどう思っているかも聞いてみた。今回の発端はアイツの勘違いだからな。

「んー。迷惑の元凶のような気もするけど、実は彼には、何も悪い事されて無いのよね〜」

 それに、大分評判も落ちてるし、結婚してから苦労しそうな気がすると言う。

 ローザの勘は当たるからな。

 二度に渡る婚約解消で、次の候補となると、確かに今までよりは相手の立場が強くなりそうだ。公爵もリチャードの手綱を握れそうな人を選ぶだろう。早く目を覚ませよ……。


 事件の後始末をしている最中に、一つ大事な事を忘れていたのに気がついた。

 慌てて、しかし静かに、速やかに調査した結果、色は白だった事が判明した。

 意外だ。黒か赤だと思ったが。


 口止めはしたが、後日ローザにバレた。

 目の前に赤がよぎったと思ったら、脳天に衝撃を受けた。かかと落としというらしい。「年がバレる」と言っていたが、二十歳だろう?じいさんの代にでも流行った技だろうか。

 今度は私しか見ていない。

 大事に記憶に留めておくとしよう。

 

 父とローザの結婚式は、とても晴れやかな日だった。

 丘の上の小さな教会で、花に彩られた幸せそうな二人を囲み、皆んなが笑顔だった。


 エリザベスと並んで二人を祝福しに行くと、ローザが「なんか二人が結婚するような気がするのよね〜」と言い出した。


 お前の勘は当たるから、迂闊な事を言うのはやめなさい!


 ただ、今日のような日は、自分も幸せな結婚が出来るような、そんな気がするのだった。






ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

心より感謝致します。


メアリーの話を入れるのを忘れてしまいました。まあいいか。

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