ダグラス
私はナンチャラ国、スタンフィールド伯爵家の三男に生まれた。
どういう訳か、昔からこの国の名に、物凄い違和感を覚えている。時々そういう人間が居るらしい。特別不都合もないので、放置している。
両親が結婚したのは母が二十歳、父は十四歳の時だった。
結婚年齢の下限はないが、成人と認められる十六歳頃が普通だ。
母が父を喰っちゃって子供が出来たらしい。別に知りたくも無かったが、年齢で大体想像はつく。周りから余計な事まで言われる前にと、小さい頃からそれとなく教えられていた。
二人の仲は良好で、立て続けに長男チャールズ、次男ヘンリー、三男の私ダグラスを産み、祖父母も含め七人で楽しく暮らしていた。
そんな幸せが崩れたのは、私が五歳、父もまだ二十一歳の時だった。
南の地方から広がった流行り病が、とうとうスタンフィールド領にも届いたのだ。
まず産まれたばかりの四男が罹った。
そこからはあっという間だった。
出産直後で体力の無かった母、祖父母と次々と罹り、そして為すすべも無く亡くなった。七歳の長男も罹患したものの、幸い一命を取り留めた。
そこから父は荒れた。祖父から継いだ領地も、残された子供達も碌に顧みず、呑んだくれてはフラフラと出掛け、暫く家には帰らなかった。そんな生活をひと月続けた後は、部屋に引きこもって出てこなくなった。
その間、領地と子供達の面倒を見てくれたのは、長く務めてくれている家令のジョンソンと、隣のフィッツウィリアム子爵、ジェームズ・ベントレーだった。
この二人の尽力が無ければ、打撃を受けた領地も、肉親を亡くしたばかりの自分達も立ち直れなかっただろう。
フィッツウィリアム領も罹患者は出たが、何故か他領よりは少なかったらしい。
のちにローザに聞いたところ、当時まだ七歳だった彼女が、衛生管理の徹底を求めたそうだ。
「碌に薬も無いのに、病気になるなんて怖すぎる。予防大事」と両腕をさすりながら言っていた。
病気に罹ったものに接する人数を制限し、自分も二重のマスクを着け、滋養のある食事の提供など尽力したと言うが、七歳はやっちゃ駄目だろう。親が泣くぞ。
事実、王都へ行っていた家族が帰って来た際に、即止められたらしい。当然だ。
ローザに心酔している侍女のメアリーも、その時に知り合ったそうだ。
そうして助けてくれていた子爵だったが、二ヶ月も経たないうちにキレた。
大体あのうちの人間は、あまり気が長くない。乗り込んできて、父の部屋に押し入り、何もしないなら自分の領で働けと言って連れて行ってしまった。
爵位は父が上だったが、倍も年上で、生まれた時からの知り合いに敵うはずもない。
チャールズとヘンリーは、隣国に住む叔母の家に一時預けられることになった。
まだ五歳だった自分は、父から離れるのが不安で残る事にした。
そして、ローザと出会うこととなる。
「ベン。娘のローザだ」
子爵に紹介されたローザは、麦藁のような髪を二つに分けて三つ編みにした、若草色の目の華奢な女の子だった。
子爵の後ろからひょっこり顔を出した彼女は、父の顔をみるなり「マントヒヒ!」と叫んだ。
当時私は、マントヒヒが何か分からなかったが、父がショックを受けているようだった。
「そこはせめて熊にしてやれ」と子爵に言われて、わかったと頷いていた。
今なら分かる。元々体格の良い父だが、あのときは痩せ細り背中も丸まっていた。彼女は体の印象から、子爵はボサボサの髪と髭から連想したのだ。
彼女は更に「ベンじい、遊ぼ」と追撃を加え、ヨロヨロになった父の手を引っ張っていく。まだ挨拶もしておらず、置いていかれそうになった私は慌てて追い掛けた。
正直に言えば、自分の父親を爺さんと思われ、面白くない気持ちはあった。しかしずっと自分を放って置いた父に仕返しをしてくれたように感じ、嬉しく思う部分が大きかった。
そして彼女に声を掛け、自分の名前がペーターになった瞬間、好意は半減した。
しかも父まで面白がってペーターと呼ぶ。お返しに自分もベンじいと呼んでやった。
呼び名は父がフィッツウィリアム領を離れる時まで続き、そのせいでローザが自分達の本名を知らないままであったことは、その時は気付かなかった。
親しくなったローザは、少し変わった子だった。
彼女の希望でごっこ遊びをする時の事だ。普通の女の子ならお姫さまや母親、姉などの役割を選ぶと思う。
彼女は狩人を選んだ。私は何故か姫で、無理矢理参加させられた父は盗賊だ。
そして姫を攫った盗賊に対し、「私は愛の狩人だ!お前を仕留めてみせる」と、盗賊役の父と結婚するのだ。
彼女が鍛冶屋、私がパン屋で父が熊という謎の配役の時もそうだった。
パン屋の(何故か)シチューで罠を張り、寄って来た熊に鍛冶屋が鋭く尖った傘の骨を突き付け、「私の恋人になるなら見逃してやる」といって付き合い始めるのだ。
…………うん、最初から望みは無かったな。
まだ続きます。




