18話 急落する他己
「ねえ、牧野くん!速水先輩とはどういう関係なの!?」
速水先輩と話を終えて教室に戻ってきた大和はクラスメイトから質問攻めにあっていた。
「もしかして付き合ってるとか?」
「さっきどんな話をしてきたの?」
そんなクラスの雰囲気が気に入らないのか、彼は不機嫌な表情をしている。
なにを聞かれても「先輩とは特になにもない」と言うだけで自席に座り、周囲のことなんて気にならないのか再び居眠りを始めた。
クラスの皆はそんな素っ気ない行動に温度差を感じたのか、その日以降積極的に話をしていく人が減っていき、大和は近寄りがたい存在というイメージが出来上がってしまった。
そしてそれから、彼と関わろうする人達は少しずつ減少していった。
♢
その日の放課後、いつも通り大和と徹と私の三人で下校している道中、私は今日の休み時間にあった速水先輩とのやり取りが気になって仕方なかった。
今すぐ大和に聞きたいことが沢山あった。
速水先輩と知り合いだったの?
なんで先輩はあなたを訪ねてきたの?
最近疲れているように見えるけど大丈夫?
そんな質問をしたかったけれど、初めて大和を怒らせてしまったため私は臆していた。
これ以上、彼の機嫌を損ねるようなことをしたくはなかった。
……絶対に大和だけには嫌われたくない。
そんな想いから私はいつも通り彼に話しかけることができなかった。
「なあ大和、速水先輩と顔見知りだったのか?」
私と大和の間で少し重い沈黙が流れていた中、それを打ち消してくれたのが徹だった。
「あ?……ああ……ちょっと、な」
「なんだよ、俺たちにも言えないのかよ?」
大和の機嫌は明らかに悪いけれど、それでも徹は遠慮なく言葉を返す。
徹のこういう性格は正直羨ましいと思ってしまう。
「少し前に生徒会に誘われたことがあったんだよ。今日も……その勧誘だったんだ」
「そうだったのか、ん?でも速水先輩って生徒会のメンバーじゃないだろう?」
「ああ……生徒会長と友達で、人手不足だから勧誘を手伝ってるみたいだ」
……心の底から安堵した。
「そっか……そうだったんだ」
大和と速水先輩がどこか親しく見えたけれど……クラスメイト達が憶測で話していたような関係じゃないことにほっとした。
「大和凄いな、生徒会に誘われるなんて。海明学園の生徒会って学内でも成績優秀者しか入れないんだろう?」
「べつに凄くないさ。成績で言えば、徹と葵だって入れるんじゃないか」
生徒会……か。
「それで……大和は生徒会に入るの?」
もしも大和が生徒会に入るのなら私もそこに所属したい。
お父さんとの一件があって学校の外では彼と時間を共有することは難しいけれど、学内ならそれが出来る。
「入らないよ。勉強も……しなくちゃいけないし、な」
「そ、そっか……」
勉強をしなくちゃいけいけない……そう言った彼の表情がどこか神妙な面持ちに見えたのは気のせいだったのだろうか。
♢
私は大和とどこかに遊びに行ったり一緒に勉強をしたりしたかったけど、彼は放課後になるといつも勉強をするからと言って、そそくさと帰ってしまう。
そして高校に入学してから1か月と少し経って、初めての定期試験期間がやってきた。
「大和、気合い入ってるね」
「ああ………まあな……」
休み時間になると彼は教科書を凝視していて、今回のテストに向けて相当気合いが入っている。
海明学園に入って確かにレベルが高い授業が多いけれど、大和ならもっと余裕を持っていいと思っているんだけど……
私もそんな彼に触発されて勉学にひたすら励んだ。
そして迎えたテスト当日……私はかなりの手応えを感じた。
(受験の時よりも……すらすら解けた)
直向きに頑張っている大和に置いて行かれないように努力してきた日々の成果を実感した。
確実に私の基礎学力が向上している。
「ねえ大和、テストどうだった?私は凄く良い感じだよ!」
「あ……ああ、ちょっと難しかった、かな」
「え……?あ、そう……だった?でも大和なら今回も学年一位だろうけど、私もかなり順位上がると思うよ!」
「……そうか」
テスト期間が終わってクラスの皆が解放感に包まれている中、大和の表情だけは暗く見えた。
それから数日して廊下に張り出された成績上位者の順位表。
それの前には沢山の生徒たちが集まっていた。
学年一位の大和にどれだけ自分が近づけているのか……それが楽しみで胸を高鳴らせながらその順位表に目を通した。
「……え……どうして……」
順位表の中で一番最初に視界に入ったのは、学年一位の該当者の名前。
「なんで……私が……」
この中間テストの学年一位の成績だったのは……宮野葵、私だった。
「凄いね!宮野さん、一位じゃんか!」
「村瀬くんも二位だって!二人とも凄いよね!」
私が一位で……徹が二位……?
クラスメイトが私たちの好成績を大いに祝福してくれる。
でも今の私はそんなことどうでも良かった。
(や、大和は……!?)
大和の順位は……六位、だった。
「あ、牧野くん、今回は残念だったね。もしかして苦手な分野が多かった?」
順位表を見に来たのか、こちらへ歩いてきた大和に気がついた同級生たちは彼に声を掛ける。
「あ……いや……そんなことは、ないんだけど……」
「でも満点合格の首席の天才なんだし、牧野くんだったら巻き返せるよ」
励ましの言葉を掛けてくれているクラスメイト達の言葉に適当に合図地を打つ彼は速足で教室に戻ろうとする。
「や、大和……なにかあったの?」
そんな大和の手を強く掴んで私は彼を引き留めた。
「体調でも悪かったの?大和が六位なんて……」
納得できなかった。
「……べつに……普通だよ」
「じゃあ、なんで一位じゃないの?」
「なんでって……今回のテストは……難しかっただろう?それで単純にこの成績だったってことだ」
私は彼の力量を良く知っているつもりだ。
そんな大和が……。
「それは……そうだけど……。で、でも、私が一位だったのに大和がそれより下なんて!」
「今回葵は凄く良い感じって言ってたじゃないか。俺よりできたって……不思議じゃないだろ」
……嘘だ。
「それに……六位って順位も……そんなに悪いものでもないだろう?」
こんなの本当の彼じゃない。
私が追いかけている大きな目標。
大好きな幼馴染。
……牧野大和じゃない。
♢
学校が休みの日やGWにどこか一緒に出掛けようと誘ってはみたけど断られてしまった。
勉強があるからとか……今日は家でゆっくりしたいとか……。
中学までは用事なんてなくても、私たちはどこかに集まって遊んだり勉強したりしていたのに……。
「私……避けられてる……?」
少しそう思ったけど、仲が良い徹にも放課後寄り道しようと誘われても彼は応じない。
クラスの誰とも深くは関わらないし……。
社交的だった性格もすっかり影を潜めてしまっている。
あまりしつこく誘って、この前みたいに彼の機嫌を悪くしたくない私は……この状況に蟠りを感じながら悶々と毎日を過ごしていた。
「中間テスト……六位……か」
確かに学年六位は立派な成績だ。
でも……彼ならもっと……。
「難関大学……か。まあ、大和なら大丈夫だよね」
今から2年後の受験のことばかり気にするのは精神的に疲れてしまう。
お父さんが提示した条件が頭をかすめるけど、彼の成績が降下したことは深く考えないようにした。
♢
高校生になって時間が過ぎるのがより一層早く感じる。
学校へ登校するだけでびっしょり汗をかくほどの猛暑日が続く夏になった。
そして始まった学期末テスト。
中間の時よりも難易度が高く設定されているのは明らかで、多くの生徒が苦戦を強いられた。
学年の平均点がドンと落ちる中、私の成績は……。
「また学年一位だってな、宮野さん」
「村瀬君も二位だろう?あの二人別格って感じだよな!」
恒例の順位表、そこには私と徹の名前が一位と二位で連なっている。
「おい葵……順位表に大和が……」
隣で徹が何か言っているけど、順位表を眺めていた私にはまったく聞こえていなかった。
(名前が……ない……!? 大和の……名前が……)
学年上位者20名の中に牧野大和の名前はなかった。
信じなれなかった。
彼の名前が無いなんて……。
今回こそ彼は学年一位だと思って……。
ううん、少なくとも前回よりも順位を上げてくると思っていたのに……。
「ねえ、牧野くんってさ……本当に頭良いのかな?」
「そりゃあ、首席合格だし……でもなぁ……」
大和の学力に疑問を感じるようになってきた生徒たちが多くなってきている。
満点首席合格……その肩書が大和のことを天才だと思わせてきた。
「でも多いらしいよ。中学までは勉強できたけど高校生になってから成績落とす人。科目数も増えるしね」
「牧野くんって天才っていうより、秀才だったってことか?」
教室で大和のそんな話をしているクラスメイトの話が耳に入ってくる。
当の本人である大和にも聞こえているだろうけど、彼は自席に座って特に気にした様子もなく呆然と教室の小窓から外を眺めていた。
『天才』から『秀才』へ。
それからこの後、一度も大和の名前が順位表に乗ることはなかった。
そして『落ちた秀才』と、彼を形容し揶揄する言葉が学年全体で広まっていった。




