17話 嫉妬と蟠り
「葵、どうかしたのか?浮かない表情をして」
「え、ううん、別に……高校生活楽しみだなぁって思って……」
迎えた入学式当日。
真新しい制服に袖を通した私たちは今日から高校生になった。
「葵、大和、おはよう」
海明学園高等学校の正門を潜ろうとした私と大和に声を掛けてきたのは、村瀬徹だった。
彼とは昔から少し顔なじみで、今日から三人一緒にこの学校に通うことになる。
「徹、おはよう」
「ああ。大和、新入生代表の挨拶しっかり練習してきたか?」
「それを言わないでくれよ。緊張してるんだからさ」
今の徹はとても落ち着いた性格に成長している。
昔は何かと大和に突っかかっていた印象があったけれど、今では二人本当に仲が良い。
「葵、制服よく似合ってるな」
「あ、うん。ありがとう」
小学生の時は徹に対して警戒心のようなものがあったけれど、今では私も彼を信頼している。
「俺たち三人とも同じクラスじゃないか?やったな」
校舎前の大きな掲示板にクラス名簿が張り出されていて、私は大和と同じクラスになることができた。
(や、やった!大和と同じクラス!)
気持ちがパッと明るくなって、笑みが零れそうになるけれど……。
『大和くんがそれを乗り越えて難関大学へ合格できたのなら……』
『できるよ!大和なら!』
少し前のお父さんとのやり取りを思い出して……また気持ちがどんよりと沈んでしまう。
「葵、本当に大丈夫か?」
気分が落ち込んでいるのを悟られたのか、大和は私の顔を覗き込んで心配してくれる。
「あ、うん、大丈夫だよ!元気元気!」
大和には頑張って難関大学へ合格してもらわなくちゃ……なんて、私が今から勝手に意気込んでいても仕方がない。
先は長いんだ。
とにかく彼と同じ高校にこうして入学することができたんだ。
その喜びを今は噛みしめたい。
「楽しみだな、高校生活」
こうして私たちの高校生活が幕開けとなった。
♢
体育館での入学式では大和が堂々と新入生代表挨拶を行っていて、とてもカッコよかった。
本人は緊張で上手く喋れるか不安がっていたけれど、まったく問題なかった。
「ねえ、牧野くんだよね!?首席で合格した!」
「あ、うん。そうだけど……」
入学式を終えて教室へと戻っていく最中、大和を見つけて声を掛けてくる同級生たちが集まってくる。
「どんなふうに普段勉強してるの!?」
「満点で合格したって本当!?」
「すげぇ!マジで天才じゃないか!」
偏差値が高い学校なだけに首席合格した大和に皆が興味津々だった。
「あれが今年度の首席の牧野大和くんか」
「ええ。満点での首席合格者は過去に一度しかなく、彼で二人目だそうです」
同級生たちの輪の中心にいる大和を見つめている教師たちが、そんな話をしていた。
学園創設以来、二人目の満点首席合格。
「先が楽しみですね」
その事実が彼に対する期待値を高めているに違いない。
「大和、大丈夫か?行こうぜ」
「あ、ああ」
多くの生徒に囲まれて身動きが取れなくなっていた大和を徹が連れ出したところで、私も速足で二人についていく。
「さすが首席合格、人気者だな」
「揶揄うなよ、徹」
大和が人気者になってしまって……少し心が乱れてしまっている。
さっき彼を取り囲んでいた同級生たちは女の子が多かった気がするし……。
こんなことでやきもちをやいてしまうなんて……。
自分の心の狭さを初めて認識した。
それでも……。
「大和!絶対に大学も一緒に行こうね!」
お父さんに提示された条件の話もあったせいか、そんな言葉を彼に投げかけてしまった。
今、高校に入学したばかりなのに大学にも一緒に行こうなんて気が早い話だと思われるだろう。
「ああ、そうだな」
それでも彼は真剣な表情でそう答えてくれた。
「ほ、本当に!?約束だよ!」
「ああ、約束だ」
こうして私と大和は約束を結んだ。
絶対に同じ大学へ行く。
そしてその時に、内に秘めている気持ちを告白して……。
ずっと大和の隣を歩いていくんだ。
♢
ついにスタートした高校生活。
授業は確かにレベルが高いけれど自学自習をしっかりやっていればついていけないことはない。
公立の中学とは違って勉強ができる同級生ばかりで、授業中は皆が集中して先生の話に耳を傾けている。
「牧野くん!さっきの小テストどうだった!?」
「え、ああ……まあまあ、かな」
授業中に小テストが行われることも多く、それが終わるとクラスメイト達は大和の周りに集まって一気に教室が賑やかになる。
「あー……ごめん、俺ちょっと眠くてさ」
クラスメイト達は大和と仲良くなりたい様子だったけど、なぜか彼はそんな周囲の期待を他所に素っ気ない態度を取っていた。
「そ、そうなんだ、ごめんね」
最近の大和は休み時間になるといつもこうだ。
誰かが話しかけても塩対応というか……。
「大和、大丈夫?体調でも悪いの?」
「いや……ただ眠いだけだから」
「夜眠れてないの?」
「あ……最近漫画にハマってさ、面白くてつい夜更かししちゃったんだよ」
「へー、そうなんだ。それってどんな漫画なの?」
「あー……うん……色々、だよ」
私は大和とお話したいのに……彼は曖昧な返事ばかりで、あげく机に顔を伏せて居眠りを始めてしまう。
「せっかく同じクラスなのに……」
そう呟いた私の声は眠ってしまった大和には聞こえていなかった。
♢
「放課後なんだけど久しぶりにどこか遊びに行かない?」
毎日大和と学校へ一緒に登下校しているけど高校生になってから新しい環境や勉強が忙しかったため、どこかに遊びに行くなんてことを一度もしていなかった。
彼と寄り道をしてどこかに遊びに行ったなんてことを知られたら、また面倒なことになりかねないけれど、ここ数日お父さんは多忙でほとんど家に帰ってくることもない。
今が大和と楽しい時間を共有する絶好のチャンスだ。
「いや…………やめとくよ」
でも、大和の返事は私の期待を裏切るものだった。
「え……な、なんで?久しぶりにどこか行こうよ」
「俺は……いいよ……。帰って勉強もしなくちゃ……いけないし」
なんだろう……?
どこか……いつもの大和と違う。
「大和……どうかしたの?」
「は、はあ?なにがだよ……?」
心なしか……その表情も元気がないように見える。
それに……。
「その……体調でも悪いのかと思って」
「べつに……そんなことはない」
「じゃあ一緒にどこか遊びに行こうよ!」
私は無性に焦りを感じていた。
「だから……俺はいいって」
私がしたい事や困っていることに対していつも優しく手を差し伸べてくれた彼が……いつもとは違って、まるで……私を避けているかのような……そんな気がして仕方なかった。
「そ、そんなこと言わずに!」
「だから行かないって言ってるだろう!」
気性を荒くした大和の声が休み時間の教室中に響き渡り、何事かとクラスメイト達の視線がこちらに集まる。
「ご、ごめん……」
私は慌てて謝罪の言葉を口にした。
大和が怒った姿なんて今まで見たことがなかったから、彼の機嫌を損ねてしまった事実に動揺した。
「おい、どうしたんだよ?」
徹が慌てた様子でやってきて大和に声を掛けるけれど。
「……なんでもない」
彼の表情は険しいままで……。
「大和……本当にごめんね」
「あ……ああ」
強引に誘った私が悪いんだけど……彼の最近の様子がやっぱり少しおかしい事に蟠りを感じた。
「あの……すみません」
すっかり静まり返ってしまった教室の沈黙を透き通った女子生徒の声が破った。
声がした教室の前扉の方に目をやると、とても美しい女子生徒が室内を可愛らしく覗き込んでいて誰かを探している。
「おい、あれって速水先輩じゃないか!?」
「そうだよ!学校一番の才女って言われている三年生の速水先輩だよ!」
クラスメイト達は突然訪ねてきたその女子生徒を見て大騒ぎになっている。
私もこの人を知っている。
名前はたしか……速水渚……先輩。
「あの人が速水先輩か……凄い美人だな」
「うん、そうだね」
隣でそう呟く徹の言葉に私も同調する。
それぐらいその人は聡明で美しくて、気品があって……。
この人の噂話は学校の至る所で耳にしている。
大和と同じで首席で海明に入学した速水先輩は、一年生の時から定期試験で学年一位を取り続けているらしい。
先生たちもべた褒めしていて、優しいその人柄から性別学年関係なく多くの教師生徒から信頼され頼りにされている。
去年の生徒会選挙も立候補していないのに、生徒会長の票が速水先輩に集まったとか数多くの逸話もあるみたい。
そんな先輩が下級生のクラスをわざわざ訪ねてくるなんて、どうしたんだろう?
「あの……牧野大和くんはいらっしゃいますか?」
え…………?
速水先輩が口にしたその名前を聞いて、私を含めてクラスメイト達が大和に視線を向けた。
「お、おい!牧野くん、速水先輩がお呼びだぞ!」
「ああ。わかってるよ」
大和は気怠そうに立ち上がって、速水先輩の元へと駆け寄っていく。
そんな光景に私は固唾を飲んだ。
「どうしたんですか?先輩」
「ごめんね、急に……」
二人は小声で何か話をしているけど、会話の内容までわからない。
クラスの皆も大和と速水先輩に興味津々で二人を静かに見つめている。
そんな私たちの視線が気になったのか、先輩は大和を連れて教室を出て行ってしまった。
「ね、ねえ!あの二人ってどういう関係!?」
「もしかして首席同士付き合っているとか!?」
「知的なカップルでお似合いだよね!」
クラスはすぐに大騒ぎになって、色々な憶測が飛び交う。
「葵、大和って速水先輩と知り合いなのか?」
「し、知らないよ!そんなの!」
無性にイライラしてしまって、徹に強く当たってしまう。
「そ、そうか。初対面って感じには見えなかったよな」
さっきの大和と速水先輩の会話をする姿が……どこか親密な関係に見えてしまって。
胸が……とても苦しかった。




