お家争い
本日は 「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です コミカライズ版21話」 の更新日!
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帝国の首都星では、カルヴァンが報告を受けていた。
リアムの領内が荒れていると聞き、集まった派閥の仲間たちが興奮している。
――そんな様子を、案内人が帽子姿で観戦していた。
「お前らの出番だ! 今ならリアムの領地を叩けるぞ!」
なりふり構わず行動する案内人が裏で煽動し、貴族たちは目の色を変えていた。
「カルヴァン殿下、これはチャンスです。リアムの領地を全力で叩くべきです!」
そんな貴族たちを前にして冷静な態度を見せるカルヴァンは――。
「――軽率な行動を取る連中を支援しろ。私たちは動かない」
「で、殿下?」
皆が驚いた顔をし、案内人も「What!?」と驚いていた。
あまり力が残っていないのか、カルヴァンを完全に支配下に置けなかったようだ。
カルヴァンは報告書を見ている。
「召喚魔法で行方不明など考えにくい。罠の可能性が高い」
「た、確かにそうですが、そんなことをするでしょうか? 実際に、バンフィールド家は荒れています。ここは全軍で叩くべきでは?」
「我らは力を失ったばかりだ。罠かもしれない状況に飛び込む必要はない。他の者たちで確かめるさ。本当であれば、リアム君の力は大きく削れる。その後が勝負だろう」
貴族たちが顔を見合わせる。
「無事に戻ってきても、沈静化には何年もかかるな」
「下手をすれば数十年――いや、もっと続く火種になる」
「今は時間を稼いでおくべきか」
カルヴァンの言葉に、皆が冷静さを取り戻していく。
逆に、案内人は不満だった。
「やれよ! ビッグチャンスだろうが! 何故ここで尻込みするんだ! この私が支援しているんだぞ!」
カルヴァンたちが思い通りに動かず、帽子に小さな手足が生えた姿で机を叩く案内人だった。
◇
『我々は、バンフィールド家の正統な後継者である! リアム様の意志を継ぎ、このクリスティアナが指揮を執る! ――従わなかったら殺す』
『ロゼッタ様を守護する我らがバンフィールド家の後継者ですわ! このマリー・セラ・マリアンは、ここに宣言します――逆らったらぶっ殺す!』
バンフィールド家の本星。
リアムの屋敷で冷や汗が止まらないのは、クラウスだった。
実力的には並みでしかないのに、騎士団のまとめ役をやらされている人物だ。
今は頭を抱えている。
「い、いきなりリアム様の腹心たちが裏切っただとぉぉぉ!!」
ティアもマリーも、リアムの騎士団の中心的な存在だ。
優秀で、そしてリアムが頼りにしている。
しかし、そんな二人がリアムの不在時に決起してしまった。
双方、リアムの不在を預かるのは自分たちであると主張しており、ティアはリアムの艦隊を勝手に動かしていた。
マリーなど、ロゼッタを連れ去って周辺に散らばった艦隊をかき集めている。
おまけに――。
『バンフィールド家の跡取りが不在とお聞きしました。私は先々代とは血縁関係にあり、このような非常時に手を貸したいと思いはせ参じました』
『バンフィールド家の後継者は、かつて分家だったアストリード家が相応しい。私にはクレオ派閥の重鎮たちが後押しをしてくれている。私を当主代理にしろ』
『リアム様の子供を身籠もっています! この子こそ、次のバンフィールド家の当主ですわ!』
――朝から、このような輩が押し寄せてくる。
明らかにバンフィールド家の財産や権力を狙っている者たちだ。
そんな輩の相手をするクラウスは、日に日にやつれていく。
そして、クラウスの胃を苦しめるのが――味方であるはずの騎士団だ。
「クラウス様、いつあいつらをぶっ殺しますか?」
「あの二人を殺せば、クラウス様が騎士団の筆頭ですね!」
「既に仲間を集めていますから、いつでも戦えますよ!」
血の気の多い連中が、クラウスを担ぎ上げてティアとマリーに戦いを挑もうとしている。
クラウスは胃の痛みに耐えながら命令を下す。
「――現状維持だ。リアム様がお戻りになるまで、我々は本星をお守りする」
この機会を利用して成り上がろうとする野心がないため、クラウスは現状維持に走った。
うまくすれば、バンフィールド家の一部を率いて独立できるのに、だ。
周囲が不満そうにしている。
(い、いかん、このままでは誰かが暴発して、本当に戦争を始めるぞ。リアム様、早く戻ってきてください)
◇
アイザックが連れてきた騎士たち。
かつては譜代の家臣だった者たちは、屋敷内の幹部クラスが使用できるラウンジにいた。
そこに入り浸り、高級酒を楽しんでいる。
また、彼らに取り入ろうとする者たちも集まり、飲み食いを楽しんでいる。
役人たちばかりではなく、野心あふれるメイドや役人たち。
バンフィールド家の領地は、急拡大を繰り返しているために野心あふれる者たちも大勢入り込んでいた。
そこには軍人たちの姿もある。
中には、カルヴァンをはじめとした敵対派閥の工作員たちもいる。
外国の工作員も参加しており、バンフィールド家の領内をかき乱そうとしていた。
「百年の間に随分と発展したじゃないか」
髭を生やした騎士が、ソファーに座って美女を侍らせている。
リアムの祖父の代にバンフィールド家を捨てた男だ。
アイザックが連れてきた騎士たちの中では、一番の実力者である。
そのため、アイザックの筆頭騎士を務めている。
ラウンジを占拠し、屋敷内の味方を増やしていた。
内部から崩していく作戦――だが、やっているのはリアムの金で豪遊しているだけだ。
騎士たちは、屋敷内を荒らし回っている。
「見てくれよ、この剣! 業物だぜ」
「格納庫に親衛隊用の機動騎士があったんだ。俺の専用機にするわ」
「それよりお前らも見ろよ!」
一人の騎士が、人形を引きずって笑っていた。
天城がリアムに頼み購入した量産機だった。
既に衣服が破け、関節が折られている。
殴り、蹴り、ボロボロになった人形の頭を掴んでラウンジに乗り込んできた。
「屋敷に人形なんておいているのか? やっぱりリアムは駄目だな。貴族の誇りがない」
「プライドがないんだろ。海賊退治で粋がっているのさ」
「どうせ奴は戻らない。戻ってきたところで、当主はアイザック様さ。カルヴァン皇太子殿下が、アイザック様を後押ししてくださる」
戻ってきたところで、リアムに居場所などない。
そのため、彼らは身勝手に振る舞っていた。
そんなラウンジに乗り込んでくる男がいた。
「何をしているのですか!」
――ブライアンだ。
ブライアンが乗り込んでくると、アイザックの筆頭騎士が立ち上がる。
「よう、久しぶりだな」
「朝からラウンジで騒ぐばかりか、リアム様の所有する者たちにまで手を出すとは何事です! 早く解放しなさい!」
「おいおい、人形一体くらいで怒るなよ」
ブライアンは青ざめた表情をしており、筆頭騎士は自分に怯えていると思い込んだようだ。
「執事殿、あまり騒ぐな。アイザック様の心証が悪くなるぞ。お前も、まだこの屋敷で働きたいのだろう?」
ブライアンの目つきが鋭くなった。
「このブライアン、リアム様を裏切るくらいなら屋敷など出ていきます」
「忠義者だな。お前の考えが理解できないよ」
「そうでしょうね。そうやって、貴方たちはバンフィールド家を捨てたのですから」
「先々代様をお守りするためにここを離れていただけだ。それにしても、新参者たちが幅を利かせているようじゃないか? これは、近い内に教育が必要だな」
自分たちこそ譜代の家臣であると言い、ほとんどが新参であるリアムの騎士たちを下に見た発言をしていた。
ブライアンは言い返さずに、人形を回収するとラウンジを出ていく。
去り際に、かつての同僚に向かって忠告をした。
「リアム様は情け深いお方ですが、同時に恐ろしいお方でもあります。――覚悟をしておくのですね」
それを聞いた筆頭騎士が、両手を挙げて降参のポーズを見せる。
「それは怖いな。――だが、ここにいないリアムを恐れると思うか? あいつが戻ってくる頃には、バンフィールド家の全てはアイザック様のものだ」
乗り込んできた騎士たち、そして裏切り者たちが笑っていた。
◇
――その日、屋敷に激震が走った。
「嘘でしょ!?」
「ほ、本当だよ。騎士の人がいじめているのを見たわ」
「こ、壊されたんだって。まずいよ。私たちも処罰されちゃうよ」
朝からメイドたちが青い顔をしていた。
侍女長であるセリーナが来ると、三人のメイドたちが姿勢を正す。
「騒がしいですよ。こんな時でも自分に与えられた仕事をこなすのが、当家の侍女です」
だが、三人は怯えきっていた。
「じ、侍女長、その、あの――リアム様の側付きが、乗り込んできた騎士たちに壊されたと聞きました。あ、あの、我々も――」
ガクガクと震えている。
リアムの側付き――表立って人形と言えないために、彼女たちはそう呼んでいる。
そして、セリーナは彼女たちが怯えている理由を理解し、落ち着かせるのだった。
「その場にお前たちがいないのに、処罰されるわけがないでしょう。それでも処罰するのなら、責任者の私を裁くはずです。さっさと仕事に戻りなさい」
「は、はい!」
三人がその場を去って行くのを見て、セリーナは腕輪型の端末を操作して周囲に映像を投影する。
そこには、自分の部下たちの出勤率が表示されている。
体調不良、有給、それらで出勤できない者たちを除外すると、数百人が持ち場を離れているようだ。
人形の破壊騒ぎで、裏切り者の半数が仕事に復帰している。
怯えていたメイドたちのように、まずいと悟ったのだろう。
「――ま、想定内だね」
もっと裏切ると考えていたが、思っていたよりも自分の部下たちは優秀だった。
「しかし、頭の悪い子たちがいるようだね。いや、小賢しいのか?」
リアムの人形を破壊した――これで目が覚めないなら、セリーナは救ってやる理由もないと諦めた。
◇
アール王国の王城。
ベッドに横になる俺は、クナイとお喋りをしていた。
横になっている俺の側で、クナイはベッドの上で正座をしている状態だ。
「リアム様、暗殺者を放った者が判明しました。大臣と、将軍が複数名関わっています」
「あ、そう。なら、処分しておいて」
「はっ! ――それから、あの香菜美という娘はどういたしましょう? リアム様に対して不敬極まりない娘です。一緒に処分しましょうか?」
「あいつはいいや。からかうと面白そうだから、そのまま放置しろ」
「よ、よろしいのですか?」
クナイが戸惑っているのは、普段の俺なら容赦しないからだ。
しかし、どういうわけか殺す気が起きない。
もっとからかってやりたいと思うのだ。
「気分が乗らないし、からかいたいからそれでいいや。だが、俺を殺そうとした連中は全員殺せ」
獣人たちを城に入れたという理由で、この国の大臣や将軍たちが怒り狂っていた。
俺が逆の立場でも激怒するが、それとこれとは話が別。
暗殺者を仕向けてくるなら、それなりの対処をするだけだ。
クナイは仕事が早いので助かっている。
「暗殺者たちの雇い主たちですが、どうやら勇者を召喚する前から暗殺の方法を考えていたようです」
「召喚しておいて殺す準備もしていたのか? ま、普通だな。俺でも同じ事を――しないな。普通にないわ」
追い詰められ、助けを求めるために勇者を呼ぶ必要があるとする。
そのような状況で、暗殺など悪手だ。
やっぱ、追い詰められる国って駄目だわ。
それ相応の駄目な理由がちゃんとあるね。
「女王が無能なら、その周りも無能揃いか」
「リアム様の言う通りかと」
「それにしても、あの女王様には――」
お喋りをしていると、部屋のドアがノックされた。
「香菜美か? あいつ、俺に何の用だ?」
ドアが開く前から、誰が来たのか予想がついていた。
クナイが開けてやると、香菜美が眉間に皺を寄せていた。
「あんたのせいよ!」
「あ?」
いきなり酷い物言いだ。
せめて主語をハッキリさせて欲しい。
どうして俺のせいなのか、をね。
「俺はエスパーじゃないから、もっと詳しく話して欲しいな」
ニヤニヤしながらからかっています、という雰囲気を出してやる。
香菜美が俺の態度に更に苛立ちを増していくのだが、それが面白かった。
「女王様の事よ! あの子、私たちと年齢がそんなに変わらないのに、女王様にされているのよ。それなのに、あんな酷いことを言うなんて――あんた、それでも男なの! エノラが落ち込んだじゃない!」
――何だこいつ? あの女王様が可哀想?
もしかして、あの女王様が個人的に善良だから同情したのか?
あ、こいつ駄目だわ。本当に駄目な子だわ。
「彼女は統治者だ」
「だから何よ? 女の子なのよ」
「統治者に年齢も性別も関係ない。その立場にいるなら、しっかりと義務を果たすことが求められるだけだ」
「でも!」
「お前は本当に馬鹿だな」
「ば、馬鹿ですって!?」
憤慨している香菜美が面白いので、柄にもなく色々と教えてやることにした。
どうしてだろうか? 見ていると放っておけない。
かつての――娘と同じ名前だからか?
同一人物ということはないだろう。
違う世界、そして時代――もしも、俺が前世の娘とこの場で再会するなら、それは奇跡を超えた何かだ。
確率はほぼゼロで、起こりえない現象だ。
それでも実現すれば――それは運命。定められた出来事だ。
でも、俺と娘の間にそんなものはない。
血も繋がらなければ、心も繋がっていなかった。
――だから俺は子供が嫌いだ。
「お前は死んでいった民たちに言えるのか? 女王様は頑張りました。優しくて、とてもいい人なんです~って――それを聞いて、家族を失った民がどう思うか知っているか?」
「そ、それは、納得できないかもしれないけど、きっと――」
「お前本当に何も理解していないな」
極端な話をするなら、統治者に必要なのは能力だ。
貴族制ならなおさらだが――人間性など、二の次、三の次だ。
つまり、あの女王様は、個人としては善良で素晴らしい人間かもしれないが、統治者として失格というわけだ。
糞野郎だろうと、民を豊かにすれば名君扱いを受けるのが世の中だ。
――俺のように、最悪の糞野郎だろうと名君扱いを受けている。
香菜美が俯いているのを見れば、まったく理解できない頭でもないのだろう。
ま、俺自身は統治者としては失格だと自覚している。
俺の人間性は下の下だが、それを理解してうまくやっている。
民を騙し、好き勝手に振る舞っても名君だと崇められている。
世の中は悪い奴に微笑む。
「危機迫る状況で、頑張ったとか意味がないんだよ。頑張るのが普通なの。お前は、あの女王様は当たり前のことをしているから褒めて、と言っている子供と同じだ。――結果の出せない統治者なんて、民からすればゴミ屑なんだよ」
「で、でも!」
「家や家族を失った連中に言ってこいよ。女王様は頑張ったけど、無理だったんです、ってさ! だから、許してくださいね、って――お前、そんな理由を聞いて許せるの? 無能な女王様を恨むなと言えるのか? 庇うべき相手を間違っているぞ」
ま、人間は叩こうと思えば、いくらでも叩ける。
俺は人のことを言える立場ではないが、あの女王様の駄目なところはいくらでもあげられる。
というか、俺自身は民のことなど気にしたこともない。
重税で苦しむ姿を見たいと思っているだけだ。
――子作りデモなど起こして、俺を辱めた領民たちには必ず復讐してやる。
戻ったら真っ先に増税だ。
「お前の両親は、きっと愚か者だな。娘のお前を見ていればよく理解できる。いったい何を教えてきたんだろうな?」
他人を思いやれるいい子なのだろう。
俺も昔は、娘にそんな子に育って欲しかった。
そして、前世の俺は間違っていた――だから、前世の俺の願いや希望も間違いだ。
世の中を正しく理解できていない、愚者の戯れ言だ。
香菜美が顔を上げると、怒りが滲み出たような表情をしていた。
「お父さんの悪口を言うな」
「あ?」
「お父さんを悪く言うのを止めろ!」
「何だ? そんなにパパが好きなのか?」
「パパじゃない! お父さんは――お父さんだけは、悪く言わないで」
パパとお父さんを分けて呼んでいることに、何となく察してしまうものがある。
つまり、こいつの生温い考えは、そのお父さんの責任だな。
本当に苛々する。
そんな奴が俺以外にもいて、娘までいたなどと――最悪な気分だ。
「そうか。だが、お前のお父さんは、世間知らずで世迷い言を教えてきた大馬鹿者だな。お前を見ていると、それがよく理解できた。きっと、お前のお父さんが人には優しくしろと馬鹿なことを教えたんだろうな」
図星だったのか、香菜美が怒りで震えだしている。
本当に救えないお父さんを持った娘だな。
「言うな!」
香菜美が腰に提げていた剣を抜きそうになったので、クナイが腹に拳を叩き込んで気絶させていた。
目が血走り、ナイフを取り出して首を斬り落とそうとしていた。
ただ、気を失った香菜美を見て思うのだ。
駄目な父親の被害者だが、こいつの父親――お父さんは娘に愛されていたのだな、と。
俺とは大違いだ。
「クナイ、駄目だぞ」
「よろしいのですか? この者は、リアム様に剣を向けようとしたのですよ」
「いい暇潰しになった。部屋まで送ってやれ。――絶対に手を出すなよ。俺の玩具だ」
香菜美を見ていると、お父さんとやらが羨ましくなってくる。
前世の俺のように愚か者だろうが、子育ては間違えなかったらしい。
俺よりも立派な父親だったのは間違いない。
ブライアン(´;ω;`)「胃痛仲間が苦しんでいて辛いです」




