第21話:名前のない花が、咲き誇る明日へ
ついに、最終回を迎えました。
ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
数式でしか世界を愛せなかった孤独な男と、全てを覚えていることでしか存在を証明できなかった少女。
二人が辿り着いたのは、何もかもを失った先にある、ただの「温もり」でした。
『孤独王と完全記憶の零』。
その最後のページを、どうか心に刻んでください。
あの日から、3年の月日が流れた。
王都を支配していた鉄の壁は取り払われ、かつての実験場には、名前も知らない色とりどりの野花が咲き乱れている。
私は、あの高台の教会にいた。
私の『完全記憶』の中には、今もおじさんの声、手の温もり、そして最後に見たあの笑顔が、1秒の狂いもなく鮮明に残っている。
「……おじさん。世界は、とっても綺麗だよ」
私は、おじさんがかつて大切にしていた、あのボロボロのウサギのぬいぐるみを抱きしめ、風に揺れる白い花を見つめた。
おじさんは死んだ。あの日、タワーと共に。
誰もがそう言い、歴史もそう記録している。
けれど、私の心の中に生き続けるおじさんの「数式」は、まだ解が終わっていないと言い続けていた。
その時。
教会の古い扉が、ゆっくりと音を立てて開いた。
逆光の中に立つ、一人の男の影。
私は息を呑んだ。その歩き方、その肩の揺れ。私の記憶が、激しく警鐘を鳴らす。
「……すみません。ここへ来れば、大切な何かに会えるような気がして……」
男が顔を上げた。
そこには、かつての鋭さはなく、けれどどこか懐かしい、穏やかな瞳があった。
おじさん……。
あの日、脳をシステムに直結させた代償として、肉体は再構成されたものの、全ての記憶を失い、一人の「人間」として再生した奇跡。
「……君は、誰だい? ……どうして、そんなに泣いているんだ?」
3年前と同じ問いかけ。
私は涙を拭い、彼の手を強く握りしめた。
今度はもう、悲しい涙じゃない。
「……私は、零。……おじさんに命を救ってもらった、世界で一番幸せな女の子だよ」
おじさんは不思議そうに、けれど優しく微笑み、私の手を握り返してくれた。
記憶はなくても、その温もりは間違いなく、私の知っているおじさんだった。
私たちは、並んで丘を歩き出す。
空はどこまでも青く、計算できないほどに美しい。
「……ねえ、おじさん。お腹空いてない? 近くに、すごくあまいパンを売ってるお店があるんだよ」
「それはいいね。……なんだか、すごく懐かしい味がしそうだ」
孤独だった王と、孤独だった少女。
二人の物語は、ここで終わる。
そして、名前のない花が咲き誇る明日へと、新しい「幸せの計算」が続いていく。
全20話にわたり、孤独王と零の旅路を見守ってくださった皆様へ。
執筆中、皆様からいただいた「続きが気になる」「泣ける」という熱いお言葉は、私にとって孤独王が零に見せた「あまいパン」のような、何よりの励みでした。
数字や効率が優先される冷たい世界の中で、それでも「不器用な愛」や「意味のない時間」に価値があると信じる二人の姿に、多くの読者様が共感し、涙してくださったこと。それは作者として、これ以上ない幸せです。
「計算外の奇跡」は、物語の中だけでなく、読んでくださる皆様の心の反応の中にこそ存在していました。二人の物語はここで完結しますが、皆様がふとした瞬間に「あまいパン」を食べて、大切な人の温もりを思い出すとき、おじさんと零は皆様の隣で笑っているはずです。
孤独だった彼らを、一人にしないでいてくれて、本当にありがとうございました。
また別の物語、別の「正解」を探す旅でお会いできることを願っております!




