『第14話:忘却の淵、目覚める残響』
第13話、たくさんの感想ありがとうございます。
「……幸せな偽物と、苦しい本物」
平穏なエデンに現れた王都の魔の手。
危機に陥った零を守るため、孤独王の体に眠っていた「戦いの本能」が、無慈悲に牙を剥きます。
けれど、そこに「心」はありませんでした。
血に染まった手を見つめ、絶望するおじさん。
彼を本当の意味で救うため、兄・皇が差し出したのは、あまりに重すぎる「最後の光」でした。
加速する運命と、兄弟の絆。
第14話、涙の決断の物語。
地下都市「エデン」に、紅い警告音が鳴り響いた。
王都の特殊部隊が、ついにこの隠れ里を捕捉したのだ。無数の追っ手が、平和な街を土足で蹂躙し、私たちを追い詰めていく。
「……おじさん、こっち!」
私はおじさんの手を強く引き、行き止まりの倉庫へと駆け込んだ。
外からは、兵士たちの怒号と重厚な軍靴の音が近づいてくる。
「零さん、ごめん……。僕が、君の足を引っ張っているんだね。僕は……何の役にも立てない」
おじさんは、震える自分の手を見つめて唇を噛んだ。
その瞳に、かつての圧倒的な自信はない。ただ、私を危険に晒していることへの純粋な自責の念だけが溢れていた。
「そんなことない! おじさんは、生きてるだけでいいの!」
私は鉄パイプを構え、倉庫の扉を見据えた。
扉が爆砕され、黒い防護服に身を包んだ兵士たちが一斉に流れ込んでくる。
私は必死におじさんの『戦い』を模倣し、立ち向かった。……けれど、限界はすぐに見えてきた。
数に押され、私は壁際に追い詰められる。
一人の兵士が、銃尻で私を殴りつけようとしたその時――。
「……あ、……ぁぁあ……ッ!!」
おじさんが、叫びながら私を庇うように飛び出してきた。
兵士の容赦ない打撃が、おじさんの頭部を直撃する。
「おじさん!!」
崩れ落ちるおじさん。
その瞬間、おじさんの脳内で、焼き切れたはずの神経回路が異常な放電を起こした。
瞳の焦点が定まらなくなり、口からは真っ赤な血が溢れる。
「……ターゲット、捕捉。……生存確率、算定。……0.00……2……%」
おじさんの口から、掠れた、けれど極めて冷徹な声が漏れた。
それは、私の大好きで、大嫌いだった、あの「死神」の計算式。
「おじさん……? 記憶が、戻ったの……?」
おじさんは立ち上がった。
けれど、その瞳に「私」は映っていなかった。
記憶が戻ったのではない。ただ、あまりの衝撃と危急の事態に、脳が強制的に「戦闘プログラム」だけを再起動させたのだ。
おじさんは、まるで機械のような無駄のない動きで、兵士の喉元を突いた。
銃弾の軌道を読み、踊るように弾丸をかわし、素手で敵を解体していく。
凄まじい光景だった。けれど、その姿におじさんの「心」は感じられなかった。
「……やめて、おじさん! もういいの、もうやめて!!」
私は血の海の中で立ち尽くすおじさんに抱きついた。
おじさんの手が、私の喉元に伸びる。……けれど、指先が私の肌に触れた瞬間、彼は激しく痙攣し、その場に膝をついた。
「……れ、い……? ……ごめん、……今の、僕は……」
一瞬だけ戻った「心」が、自分の手が血に染まっているのを見て、絶望に染まる。
おじさんは、自分の手を見つめ、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
そこへ、闇から皇が現れた。
彼は静かに、ボロボロになったおじさんの背中を見下ろした。
「……言ったはずだ。あいつはもう、空っぽの器だとな。……器の中に残っているのは、戦いという呪いだけだ」
皇は、おじさんの首筋にそっと手を当てた。
「零。こいつを元に戻したいなら、一つだけ方法がある。……俺の『神の目』に残された最後の視神経データを、こいつの脳に直結させるんだ。……そうすれば、失われた計算領域を補完し、記憶の断片を呼び戻せるかもしれない」
「……でも、そんなことしたら、皇の目は……」
「……構わん。俺はもう、十分すぎるほど絶望を見てきた。……最後くらい、こいつに『お前の顔』を見せてやりたい」
皇の独白が、静かな地下都市に響いた。
おじさんは私の服の裾をぎゅっと握りしめたまま、眠るように意識を失った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
戦う機械として目覚めてしまったおじさん。
その姿は、零が一番見たくなかった「孤独な王」そのものでした。
守るために戦うほど、おじさんの心が壊れていく……そんな残酷な矛盾に、皇が救いの手を差し伸べます。
自分の目を犠牲にして、弟の記憶を取り戻そうとする皇。
彼もまた、孤独王と同じように、不器用な「愛」を持っているのかもしれません。
次回、第15話。
「光を分かつ瞳、再会の計算式」。
皇の「目」がおじさんの「脳」と繋がるとき、失われた記憶のパズルが埋まり始めます。
「……第15話:光を分かつ瞳、再会の計算式」
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