『第12話:記憶の欠片、繋ぐ手のひら』
第11話、涙の結末へのたくさんの応援ありがとうございました。
「……君は、誰だい?」
自分のすべてを犠牲にして、零の未来を書き換えた孤独王。
最強の知性を失い、穏やかな空っぽの男になった彼を連れて、零の孤独な逃避行が始まります。
奪われた記憶。繋がれた手のひら。
今度は、零がおじさんを「救う」番。
立場が逆転した二人が紡ぐ、再生の第12話。
どうか、彼女の決意を最後まで見守ってください。
「……綺麗な、夕陽だね」
教会のベンチに座る「彼」は、穏やかな声でそう言った。
かつて王都を震え上がらせた冷徹な計算機のような瞳はどこにもない。そこにあるのは、道端の草花を愛でるような、透き通った無垢な瞳だった。
俺――いや、おじさんから全ての「計算能力」と「記憶」が失われてから、一週間が経つ。
おじさんは、自分が誰なのか、そして私の名前さえも覚えていない。
「……ねえ、おじさん。お腹、空いてない?」
「ああ……少しだけ。でも、不思議だね。君が隣にいてくれると、なんだかとても、温かい気持ちになるんだ」
おじさんは、自分の手を見つめ、不思議そうに首を傾げた。
かつて血に塗れ、多くの命を奪ってきたその手は、今はただ震える私を安心させるためだけにそこにあった。
私は、街で買ってきた固い黒パンを半分に割り、おじさんに差し出した。
かつて、おじさんが私に無理やり食べさせてくれた時と同じように。
「……これ、あまいよ。食べて」
おじさんは一口食べ、驚いたように目を見開いた。
「……本当だ。ただのパンなのに、どうしてだろう。胸の奥が、ぎゅっとなるような味がする」
その言葉を聞いた瞬間、私の視界が涙で滲んだ。
おじさんは何もかも忘れてしまったけれど、心の一部は、あの「無意味な時間」を覚えているのかもしれない。
だが、静寂を切り裂くように、教会の扉が無慈悲に蹴破られた。
現れたのは、王都の追っ手。おじさんの演算能力が消え、防衛網が弱まった場所を、奴らは見逃さなかった。
「いたぞ! 記憶喪失の『死神』と、バグの娘だ!」
兵士たちが一斉に銃を構える。
おじさんは怯えたように肩を震わせた。今の彼には、敵を殲滅する計算式も、戦う術も残っていない。
「……君、逃げて。僕はいいから、君だけでも……っ!」
自分を「僕」と呼び、戦い方も知らないのに私を背後に隠そうとするおじさん。
その震える背中を見て、私の中で何かが弾けた。
「……逃げない。もう、おじさんに守ってもらうだけなのは、終わりにする」
私はおじさんの前に歩み出た。
私の『完全記憶』を、逆方向に回す。
おじさんが戦っていた時の足運び、銃を撃つタイミング、筋肉の動かし方。その全てを、私の脳は完璧に記録している。
「……トレース、開始。おじさん、見てて。おじさんが私を繋ぎ止めてくれたから……今度は私が、おじさんの道を作る」
私は落ちていた鉄パイプを拾い上げ、かつておじさんが見せた「最短・最速」の軌道で駆け出した。
「……あ……ああ……」
おじさんは、戦う私の後ろ姿に、失った記憶の残像を重ねる。
舞い散る火花。返り血。
それは地獄のような光景なのに、おじさんの目には、私を必死に繋ぎ止める『希望の手のひら』に見えていた。
弾丸を紙一重でかわし、私は兵士たちを圧倒していく。
脳が熱い。おじさんが感じていた痛みは、こんなにも苦しかったんだね。
戦いの合間、私は一瞬だけ振り返り、彼に微笑んだ。
「……大丈夫だよ、おじさん。私がおじさんの代わりに、全部覚えておくから」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
戦う術を失ったおじさんと、彼の戦い方を完璧に模倣して戦う零。
おじさんの記憶は消えても、彼が残した「強さ」は零の中にしっかりと受け継がれていました。
「私がおじさんの代わりに、全部覚えておくから」
零の言葉は、切なくも力強い、彼女なりの愛の形です。
次回、第13話。
「偽りの楽園、鏡の中の再会」。
二人が逃げ込んだ先で待ち受けていたのは、死んだはずの「あの男」に似た人物で……。
「……第13話:偽りの楽園、鏡の中の再会」
面白い、零ちゃん格好いい!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をよろしくお願いします。




