『第11話:世界を書き換える方程式』
第10話、第一部完結への応援ありがとうございました。
「不完全でも、生きていていい」
その答えを出した孤独王が次に選んだのは、あまりに過酷な「自己犠牲」でした。
脳が焼き切れる限界の中で、彼が見出した『世界を書き換える方程式』。
それは、零の未来と引き換えに、自分のすべてを消し去るという、最強の天才による最後で最大の「誤算」でした。
絆が深まったからこそ訪れる、あまりに切ない別れ。
新章の幕開け、涙の第11話をお読みください。
研究所の爆破から数日が経った。
俺と零は、王都を一望できる寂れた高台の教会に身を寄せていた。
だが、安息の時間は長くは続かない。俺の脳は、目に見えない「世界の歪み」を感知していた。
「……おじさん、また鼻血……。休んで、お願い」
零が、震える手で俺の顔を拭う。
研究所で俺が強制的に行ったオーバークロックの代償は、俺の脳を内側から焼き尽くしていた。
今の俺は、計算をするたびに自分の命を削り、意識が消えかける「死の淵」にいた。
「……計算しろ、零。俺が動けなくなったとき、貴様が一人で生き延びる確率を。……王都の監視網を抜けるには、あと一つ、決定的な『変数』が足りない」
「やだ、そんな計算したくない! おじさんと一緒じゃなきゃ、意味ないもん……!」
零は俺の胸に顔を埋めて泣いた。
その涙の温度を感じながら、俺は脳内の深淵に眠る、禁断の数式に手を伸ばした。
『世界を書き換える方程式』。
それは、この国の管理システムそのものにハッキングを仕掛け、零という「バグ」を、最初から存在しなかった「正当な市民」へとデータを改ざんする唯一の方法だ。
だが、その書き換えを行うには、俺の『神の頭脳』の全演算能力を投じ、俺自身のこれまでの記憶――孤独王としてのすべてを、燃料として消去しなければならない。
「……零。俺が俺でなくなったとしても、貴様が自由になれる確率は**99.9%**だ」
「おじさん……何言ってるの? まさか……」
俺は零の頬を、汚れた指先でそっと撫でた。
彼女の笑顔、パンを「あまい」と言った声、研究所で俺を庇った背中。
それらの記憶が、数式となって脳内を駆け抜けていく。
「……計算、完了だ」
俺は零の額に、静かに自分の額を合わせた。
視界が真っ白に染まり、俺の中から「孤独王」という人格が、砂のように崩れ落ちていく。
最後に残ったのは、計算式でも復讐心でもなく、ただ一つの願いだった。
「……忘れるな、零。貴様は、失敗作なんかじゃない。……俺の世界における、唯一の『正解』だったんだ」
「おじさん……? おじさん!! 嫌だよ、私を置いていかないで……! 覚えてて、私のこと……忘れないでぇ……っ!」
零の叫びが遠のいていく。
俺の脳から、すべての数値が消えていく。
愛おしい「ノイズ」さえも、光の中に溶けて消えた。
……数時間後。
教会の椅子で目を覚ました男の瞳には、かつての冷徹な光はなかった。
目の前で泣きじゃくる少女を見て、男は不思議そうに、けれど優しく微笑んだ。
「……君は、誰だい? ……どうして、そんなに泣いているんだ?」
零は、絶望に顔を歪めながらも、その温かい微笑みを見て悟った。
彼は救われたのだ。自分という重荷からも、国への復讐からも。
そして彼女は、涙を拭い、彼の手を握り返した。
「……私は、零。……おじさんに、命を救ってもらった……ただの女の子だよ」
世界の方程式は、書き換えられた。
孤独な死神は消え、そこにはただ、一人の少女を愛した「名もなき男」が残された。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
孤独王が選んだのは、自分の記憶を代償にして零を自由にする道でした。
「私を忘れないで」という零の願いと、それを叶えられないほどに彼女を愛した孤独王。
『世界を書き換える方程式』の本当の意味に、執筆しながら私もうるっと来てしまいました。
記憶を失い、ただの男になった孤独王。
そして、彼を守るために立ち上がる零。
二人の立場が完全に入れ替わった新章、ここからが本当の戦いです。
次回、第12話。
「記憶の欠片、繋ぐ手のひら」。
守られるだけだった零が、今度は彼を取り戻すために動き出します。
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