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舌打ち

……コンコン


遠慮がちなノックの後、

静かに男2人、入って来た。

若いのと初老。知らない顔だ。


「K署の方ですね?」

 聖は、若い方に声を掛ける。


  初老の男が、警察手帳を見せる。

「梅本テツさんですな。K署のタドコロです。いきなり登場で、済みませんなあ。お話はなあ、盗み聞き、  

してましてん。続きはK市に帰って、ゆっくり聞かせて貰えますかなあ」


 刑事2人はテツを抱きかかえるようにして、立たせた。

 テツは嗚咽しながらも、しっかり頷いた。


 聖は出て行く3人を、外まで送りはしなかった。


 背後に居る、的場真の

「ち、ちっ」

 舌打ちが自分を呼んでるような気がして……。


 応接セットのソファの前に立って、

 的場は携帯を見ている。


「ち、ちっ、」

 また舌打ち。


 テツの告白にノーリアクション。

 事前に話は聞いていたのか。


「あ、有り難うございました」


 聖の視線に気付き、頭を下げた。

「なんの礼?」

「ぜ、全部です。あの……分かってはったんや。テツが人殺しと。それで警察官を呼んだんですね。……凄すぎ、これが本物の霊能力ですね」


「それは違うよ。警察が、彼の行方を捜しているとね、偶然ね、知っていただけ」


「偶然、このタイミングで? それこそ霊能力やないですか」

 

 もっともな感想だ。

 事のいきさつを説明するのは面倒。

 今はテツのことを聞きたい。

 それが最優先。


「まあ、座って。コーヒー飲もうか」

 

 作業室でコーヒーを挽く。

 タバコ片手に、何から聞こうかと思案しながら。


「昨夜、君は彼と会って、ずっと一緒に居たの?」


「はい。パトカーに続いて消防車が来ました。消防車の上からゴムマスクを取るのをテツと一緒に見ていました。テツがね、『なんでや、なんでやねん』って。変でしょ。『キャー、生首』って驚くのが普通やないですか。コイツ怪しいと思いました。ゴムマスクはエリカの転落事故に関係があるかも知れないんでしょ? そしたら、テツはゴムマスク被ってベランダに行ってエリカを……。最悪を想定して、テツを駅前のカラオケボックスに誘いました」

 テツは誘いに応じた。


「エリカに何かしたんか、って聞きました。暫く黙ってたけど白状しました。『1回ベランダに行ったけど、絶対殺してない』と。一体どうやってベランダに登ったか、謎やから聞きました。太い木に上って行った、猛の家から行ったと答えました」

 

(やはり、竹林にはベランダに届く大木があったのだ)

 テツは話しながら、泣き出した。

 この、くしゃくしゃの泣き顔に、見覚えがあると思った。


 子供の時、家に遊びに来ていた<泣き虫>だと。

 数人で遊ぶ中、いつも誰かに泣かされていた。

 ……それで? 泣いてどうした?

 ……<泣き虫>を慰めていたのは猛ではなかったか……。


「テツは猛と親友やったんです。猛が不登校になってから、テツは猛の部屋に、通っていたそうです」

 訪問者を嫌う家だった。

 家族が寝静まった深夜に、窓から入った。


「殺人事件にも関係していたんだね」


「ベランダに行ったのが猛の親父さんにバレたんです。親父さんは『明日から地下倉庫に監禁や。ソイツは警察に突き出す。お前は、いらんかったで』と言い渡したそうです」  

 猛は父とも母とも姉とも

 良好な関係だと信じていた。

 それぞれが個室に籠もり

 交わす会話は僅かであったが、

 愛されていると安心しきっていた。

 それだけに父の言葉に傷ついた。


 猛は(死んだ方がマシやで)と言って泣いた。

 泣いて、泣き疲れた後に、

(殺したろか)と呟いた。

 父への思いは悲しみから憎悪に変わったのだ。


(どうせ、俺は人殺しと、呼ばれてたんや)

  ……鈴石は人殺しや

 蹴られ、残飯を食べされられ、鞄に上靴に、便を詰められた。

    

「猛は『鶴吉』に習って竹槍で父親を殺そうと……いっそ家族皆殺しにしようかと」

 

 ……俺は終わった。 

 この家も終わっている。

 オカンは寝たきり。

 姉ちゃんは、ぶくぶく肥えて朝から晩までネット配信ドラマや。 

 全員消去やんな?

 

 テツは止めなかった。


「止めなかったのか……なんで?」


「自殺か家族殺しの二択やったらしいです。テツは自殺されるより、ましやと。ここで自殺は猛が可哀想過ぎる。3人殺したら死刑やけど、そっちの方がまだましやと。……聞いてびっくりしましたけど」

「……そう、なんだ」

 

テツは竹槍を削った。

凶器を製造し、

犯行にも、付き合ったのだ。

 

犯行前、猛はテツに全裸になるよう指示。

返り血が衣服に付かないようにと。

テツを共犯者にする気は無かったのだ。


 夜中4時。被害者の、それぞれの部屋に侵入。

 ふとんの上から2人で何度も竹槍を付き降ろし、

 布団を剥いでまた差した。

 真っ暗で布団の柄さえ見えなかった。

 血も、ただ黒く見えた。


「テツは、猛に言われて、シャワー浴びて服着て帰った。死体を串刺し状態にしたのは猛1人でやったみたいです」 

 

聖は(逮捕時に)鈴石猛が楽しげだったのを思い出す。

手に<人殺しの徴>はないが、紛れもなく主犯だ。

罪無き者では無かった。


2人で3人を突き刺したのに

結果が1人だけに3人殺しの徴

なぜか?

答えは1つしか無い。

猛は、刺すようなふりをして、実際には刺しはしなかった。

暗闇の中、無我夢中のテツには、まさかそんなこと、

分かるはずは無かった。


猛はいざとなったらテツに重罪を被せる計算か?

否、それはないだろう。

血が付いた竹槍に猛の指紋。

(自分は刺してない)は立証不可能。

つまり

真実は猛と聖しか知りえないのだ。



「あの……済みません。テツに自首しろ、って言ったら……自分が殺したの分からないと」

黙り込んだ聖が、ちょっと怖くて

的場の声はボリュームが落ちる。


「あ、成る程ね。そこで『人殺しは見れば分かる霊感剥製士』の出番となったんだ」

 聖は、連れてきたことを怒ってはいないと、笑顔で伝える。  


「で、なんでエリカさんのベランダに行ったか聞いた?」

 これは重要。


「猛は、屋根裏部屋の窓からベランダを覗いていたそうです」

 マユの推理は当たっていた。

 

「エリカさんがベランダに姿を現すのを、ずっと待っていたのか」

「そうじゃなくて、エリカは毎晩ベランダに長い時間居たらしいです」

「毎晩?」


「中学の時から毎晩。……雨でも雪でも台風でも」

「毎晩?……なにしてたんだろ」


「柵に身を乗り出して、あっち(手で右を差に)を見てたって。高校くらいからオシャレして化粧して。プランタンに足載せて。やっぱエリカは病んでたんですよ」


猛は<エリカ鑑賞>が日課だった。

一番の楽しみだった。

プランタンが無くなったのを見て、ベランダから室内の写真が撮れると思った。


カーテンは閉まっているが大抵隙間がある。

エリカは去年母親が急死してから一人暮らし。


猛は、万が一顔を見られた時の対策にと、

ネットでゴムマスクを探した。

頼まれ購入したのはテツ。

猛はマスクを被り侵入を試みたが、失敗。

筋力なく身体が重すぎた。


「猛は、テツに替わりに行って室内を撮って欲しいと頼んだんです。テツは目的を達成した。ゴムマスクは戻る途中で落とした。探したけど見付からなかった、言うてました。……エリカの転落には関わってないみたいです」


「なるほどね」


これ以上、聞くこともなさそうだ。

聖は、そろそろ解放してやろうと、思った。


「徹夜で相手して疲れただろう。送っていくよ。駅でも、家でも。君はよくやったよ」

 おかげで事件は解決に向かうだろう。


「あ、大丈夫です」

 言いながら携帯電話を触る。

「母がもうすぐ来ます。車で、県道に待機していましたから」


「お母さんが県道に?……それで来るって?」

 県道まで、君が行けば?


「経過はラインしてるんで。神流さんに、ご挨拶するそうです」

「挨拶、いらなくないか?」

 母親が出てくる年でも無いだろう。


「ですよね。……すみません」

 バツが悪そうに俯く。

 母の支配下に置かれているのか。


 聖は腰を上げ、ドアを開ける。

 的場も側に来る。

 (ち、っち)

 と舌打ちしながら。


 吊り橋に<母>の姿。

 紙袋を下げている。 


「このたびは息子がお世話になりまして」

 体型から顔立ちから息子にそっくり。

 薄紫のブラウスにベージュのスーツ。

 シンプルで上品な感じ。


「まあ、掛けて下さい」

 山道を歩いてきたのだ。

 立ち話で帰せない。

 <母>にもコーヒーを出し、

 聖は黙って、母の発言を待つ。

 暫しの沈黙の間


「ちっつ、ち」

 的場の舌打ちが響いた。


「マコト、あんた今、舌打ち、してたで。知ってるか?」

 と母。

「えっ?……してないよ。ちがうで」

 ちらっと聖を見る。

 舌打ちしたのは、その人だと言いたげに。


「神流さん、この子、自分の悪い癖を知らないんです」

 母の発言に

「癖?……僕が?……今の僕が音だしたん?」

 的場は目をまん丸にして母と聖に問う。


「そうだよ。無意識の癖だと思うよ」

 聖は答えながら、なんで今

 的場の癖の話かと妙な感じがする。


「霊感剥製士さんの立ち会いの下、マコトに言うとかなあかん話があります」

 何度も練習した台詞のように

 滑舌良く、よく通る声だった。



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