人殺しですか?
聖は、的場からの電話を待った。
あれきりでは終わらないだろうと。
鈴石猛の友人に心当たりは無いか、聞き出してみようと考えていた。
なんで<首>の写真を自分に送ってきたのか、
さほど気に留めていなかった。
たまたまポケットに自分の名刺があったと、
その程度に受け止めていた。
あちこち連絡して、ついでに知らせてきたと。
的場真が他の誰でもなく<霊感剥製士>だけに電話したとは知らない。
翌朝、的場からの電話。
午前8時だった。
「昨夜は有り難うございました」
で始まり
「厚かましいお願いなんですけど、神流さんに会わせて欲しいと言う奴が居るんです。地元の同級生なんですけど……神流剥製工房に行きたい、5分で良いからか神流さんと話したいと……無理ですよね?」
申し訳なさそうに言う。
そして午後は在宅かと、聞いてきた。
俺と話したいって、剥製に興味がある奴なのか?
何だか知れないが的場はそいつを連れて、此処に来たいらしい。
しかも今日。
的場への聴取は電話で充分だ。
けど……連れてくるのは<地元の同級生>なんだ。
鈴石とエリカを知っているかも。
そいつからも情報を得られるかも知れない。
「自宅が仕事場ですからね、居ますよ。長い時間は空けられませんが」
「あ、ホントに?……有り難うございます。5分だけ……お願いします。霊感剥製士の神流さんと知り合いだと、僕が自慢して喋ってしまって……すみません」
「へ?」
霊感剥製士だって。
そっちか。
剥製に興味がある子、じゃないんだ。
とたんに訪問が面倒臭くなる。
「昨晩、パトカー来たときにね、テツは見に来たんです。近所だから。それで貴方にゴムマスクと教えてもらった話を……テツは検索して、『奈良の霊感剥製士、結構有名ヤンか』って……」
家は事件現場近くなのか?
なんらかの情報を得られそう。
やはり、ぜひ会うべきだ
「いいですけど。霊感なんて、ただの噂ですよ」
午後3時と、面談時間を決めた。
シロは昼飯の後、動物霊園に預けに行った。
悠斗に、
いつぞやの大学生が尋ねて来る、
<霊感剥製士>に会いたがっている友人を連れてくる、
と、事情を説明。
「そうですか」
悠斗の口調は穏やか。
でも目が、煌めいている。
なんか、戦闘モードになったような……?
「セイさん、用心してください。『霊感剥製士神流聖』と検索すると『人殺しは見れば分かる』と出るんです。訪ねてくる者は『人殺し』かも知れません」
「あ……」
そうだった。
<人殺し>の方からやって来た事が、あったじゃないか。
霊感などインチキだと確認する為に、訪ねてくるかも知れないんだ。
的場の連れが、鈴石猛の事件に関わった<友人>の可能性はゼロでは無い。
……いや、待てよ、近所に住んでいる同級生、だよな。
……可能性、高くない?
「セイさん、ヤバい時はね、窓開けて叫んでさいね」
柵の中で、じゃれ合ってる犬二匹、指差して言う。
「……叫ぶんですか」
もしかして
こいつらを放つ、つもり?
「セイさんの声が、窓から聞こえたら、分かると思いますよ。非常事態だと」
シロを預ける時は作業室に籠もっていると、多分シロは知っている。
作業室で料理するし、トイレも作業室側のドアから行く。
宅配他不意の来客で、ドアを開ける必要はあっても、
窓を開ける理由は無い。
シロはそれも分かっていそうだ。
俺が窓開けて叫んだら非常事態と受け取るかも。
「そうか。犬の聴覚は侮れませんからね……」
しっかし、
シロはともかく
トラは、……ヤバくない?
春になって、また少しデカくなってるし。
犬が<人殺し>になっちゃいそう。
悠斗さん、それ嫌でしょ?
「大丈夫ですよ。ちゃんと『躾』しています。もう、人を噛んだりしませんよ」
セイの心配を見透かしたように言う。
「躾……。身体を傷つけないで動きを制御する技? 警察犬の訓練みたいなの?」
実際、どんな訓練か知らないけど。
(セイはシロを、全く躾けてない)
「それです。警察犬の訓練シーンの動画、カオルさんが送ってくれたんです。1日1回トラに見せるように、アドバイス貰いました」
悠斗は、携帯電話の、動画をトラに見せる。
トラは、動画の犬達に同調して吠え出す。
尾を振り嬉しそう。
トラだけでは無い、シロも熱心に動画を見てる。
これが躾?
動画学習ではあるけど。
学習になっているのか定かでは無いが……、
「色々心配かけて申し訳ないです」
真面目くさった顔で、犬達に動画を見せている悠斗。
笑いそうになるのを堪えて立ち去る。
工房へ戻る途中で、薫に
(的場真が、地元の同級生と一緒に午後3時に工房に来る。名前はテツ)と
報告だけのラインを送った。
1時間後に電話を返してきた。
「セイ、テツはK署が行方を捜している『梅本テツ』やと思われる」
仕事モードの口調だ。
「事件に関わっているの?」
「例のゴムマスク、鈴石猛に確認したところ、」
当然、話はエリカの墜落死に触れる。
「エリカが死んだと知って非常に驚き、号泣や。そして完全黙秘は解除となった。マスクは梅本の物で、梅本がベランダに侵入したと証言した。さらに、エリカ転落に梅本が関与しているか調べて欲しいと要請してきよった。早速、K署は(本日朝)梅本の家を訪問した。不在やった。母親が昨夜から出かけ連絡が取れないと心配していた。まさか、そっちへ行くとはなあ。ほんでな、3時前にK署から2人そっちに行くんやて。梅本テツが神流剥製工房の中に入ったのを確認し、3分後に中に入る段取りや。逃走を視野に入れ工房内で確保する」
セイ、頼んだで、
明るい声で電話は切れた。
聖は判明した事実を再確認。
エリカが見たべランダの男は梅本テツ。
鈴石猛は、それを知っている。
そして梅本のエリカ殺しを疑っている。
ならばマユとの推理通り、一家殺しの真犯人も……。
で?……なんで俺に会いに来るんだ?
セイはそこまで考えて、
午後3時には答えが出るのだ。
今推理しても時間の無駄かと、気付いた。
午後3時丁度に、的場真は来た。
イギリスブランドの白シャツに黒いジャケット。
この前より随分大人っぽい。
連れは小柄で丸顔、五分刈り。
黒い細身のパンツにボタンダウンの白シャツ。どちらも畳み皺がはっきり。
さっき買って着替えたばかりのように見えた。
「突然、済みません。テツです」
的場は緊張した面持ち。
近くで顔を見れば
目が充血してる。
顔色が悪い。
うっすら無精髭。寝てないのか?
「梅本テツです。初めまして」
テツの声は掠れて小さかった。
笑みを浮かべてはいるが、
聖には泣き顔に見えた。
聖は最多4人の、<人殺しの徴>を
おぞましい手を見るのを覚悟して、
テツの手に視線を移す。
左手に、
ふっくらした白い手と
皺のある大きな手と
初老の女の手か?
たいてい半開きの聖の長い目は
今は全開。瞬きもせず凝視
1人、2人、3人
ゆっくり確認した後、
「まあ、座って話そうか」
と、テツの肩を叩いた。
「……はい」
答えたが、ソファまで行けなかった。
テツは立ってもいられなかった。
ボロボロ涙をこぼし、その場に座り込んだ。
「あ、えーと。僕はあっちに行ってます」
的場は部屋の奥へ移動。
「や、やっぱ、自分は『人殺し』なんですか?」
テツは嗚咽まじりに、言う。
「ソレ俺に、聞く?……なんで?」
「知らんのです」
「知らない?……記憶が無いって意味か?」
「真っ暗やったから、わからなかった。猛と、竹槍で刺して……どっちが刺して死んだのか。……うわー。やっぱり俺も殺してたんや」
テツはガタガタ震えだした。
この<人殺し>は善人なのか?
こんなに罪に怯えている。
「犯行時刻に鈴石の家に居たんだね。そして鈴石猛と一緒に、家族3人を殺した? それで合ってる?」
少しでも真実を聞き出したい。
「猛が殺るしかないなあ、と。あ、でも頼まれたんやない。自分から一緒に殺ると言いました」
「分かった。じゃあ聞くけど理由は? 殺すしかないと、なっちゃったのは、どうして?」
「僕がエリカのベランダに行ったのがバレたんです。親父さんがキレてしまって、僕を警察に突き出すと言いました。猛を窓の無い部屋に監禁すると、言いました。猛は絶望したんやと思います。僕にもう会えない、二度とエリカを見れない。そんな未来、生きる意味が無いと」
テツは(かわいそうに)と言いながら泣いた。
生きる意味が無いと言って、
自殺では無く家族殺しを選んだのか。
なぜか?
聖は、そこまで考えて
ここから先は警察に委ねようと思った。




