あどけない顔
次の日
マユは日没と同時に出現。
「セイ、その大学生から何を聞いたか、全部、教えて欲しい」
昨夜の、薫とのやりとりは聞いていたようだ。
「全部?……分かった。いいけど。長い話だよ」
再び、的場真が霊園に来た事情を、語ることになった。
鈴石猛との関係。
母親の予知夢
エリカに誘われた同窓会……。
「事件の凶器は竹槍。明治の串刺事件のリメイク………陰惨で怪奇だわ。セイ、事件現場の画像を見せて。エリカさんの転落事後の現場も」
マユは好奇心に目が輝いている。
「うん。いいけど」
聖は不思議だった。
不明なのは鈴石猛の犯行動機
これは、供述を待つしか無いのだが、
明治の事件を知っていて、なぞった、かもしれない。
残虐な人殺しが何を思ってリメイクしたのか
知りたくも無い。おぞましいだけ。
エリカの転落状況は、薫が詳しく調べるだろう。
つまり、(マユが解く)謎は存在しないのでは?
「大きな家が並んでいるのね。鈴石家の敷地内に竹林……エリカさんのマンションはこれね、」
マユは航空写真を熱心に見て、
次にマンションの、外観と間取りを見たいという。
マンション名で検索。
4階建。築46年。2K。
1階が駐車場。ワンフロアに2部屋。
閑静な住宅街に建つ老朽マンション。
画像では
ベランダは……狭い。畳一枚分もない。
クーラーの室外機がギリギリ収まる幅。
備え付けの物干し竿1本。
このスペースにハムスター4匹埋葬分の
プランタンが置かれていたのだ。
フェンスは低め。
身を乗り出しすぎたら、落っこちそう。
転落は単独事故で有り得る。
マユは一連の出来事を時系列に並べる。
「エリカさんが霊園に来たのは1月ね。鈴石猛の事件が起こったのは2月14日。同窓会はいつ?」
「えーと、確か事件の2週間後」
「2月の終わりね……エリカさんが亡くなったのは4月3日の深夜」
エリカの死亡記事は地方ニュースに小さく出ていた。
しかし、
「同窓会は関係なくない? その日、的場がエリカに会っただけ」
「会って『動物霊園の男に襲われる悪夢』を聞いた日よ」
「あのさ、夢の話でしょ? 夢なんて、何でもアリじゃん」
「重要なのは彼女が泣いて語ったという事実。『夢』の真偽は本人にしか分からない」
「真偽……作り話かも知れないと?」
悪夢が作り話だとしたら、エリカは<嘘つき>の<かまってちゃん>?
「エリカさんの話、霊園の出来事にも嘘が混じっていた?」
「送迎してもらってココア飲ませてもらって親切すぎたと。ありのままだな」
「一度会っただけの人に襲われる夢を何度も見た……。
けど、エリカさんが話す実際の接触からは、襲われる理由は無い。
変よね。わざわざ人に話す事かしら?」
「社長が推測したように、桜木さんがイケメンすぎて過剰反応、じゃないのかな。元々情緒不安定だったとか。飲み会だからさ、泣いて語ったのは、単に泣き上戸だったとか」
「それか、悪夢以外に実際の脅威があったか、ね。ストーカーされていたとか」
「へっ? 絶対無いよ、悠斗さんだよ」
「もちろん悠斗さんは関係ないわよ。
エリカさんはストーカーの顔をちらっと見た。霊園の男に似ていた。
或いは霊園の男に似ている知人に似ていた」
「悠斗さんに似てる奴?……的場? いや、それも無いだろ」
「絶対、無い?」
「絶対とは言えないか」
「ストーカーの顔をはっきりとは見ていない。けど悠斗さんか大学生かもしれないと。『悪夢』の話には続きがあったのかも。悪夢も見るし、窓から誰かが覗いていた、とか。大学生に話して反応を見たかったのかも。もし彼だったら、もう止めてと、けん制の効果もあるでしょうし」
「なるほどね。その推理通りだと、的場がストーカーなら、バレてると分かり、ストーカーは止めるか。で? エリカの事故死を知り『霊園』の男を見に……行かないんじゃ無い? 自分がストーカーだったなら、行く理由ないよ」
「行かないわよね……けどこれだけは確かよ。ストーカー出没は霊園を訪れた後。でなきゃ、悠斗さんを疑わないもの」
「まあ、そうかな」
マユがなぜ、ストーカ一存在説にこだわるのか、わからない。
エリカは事故死。
いまさら、居たかもしれないストーカーを探しても意味が無い。
「ねえ次は鈴石猛の、顔を見せて」
「顔?……ほとんど中学生の時のだよ」
鈴石猛も、イケメンかも知れないと思ったのか?
悠斗や的場に似た面立ちで、ストーカー候補だと。
中学生の鈴石猛は平べったい顔で、ぶあつい唇が個性的。
そして逮捕時の姿は、かなり肥満体。
まったく日焼けしていない白い肌。
長年太陽を浴びていないのだ。
残酷な犯行に似つかわしくない、あどけない顔つき。
パトカーの中で、顔を隠すでも伏せるでも無く
遠足に行く小学生のように嬉々としている。
「もう、いいだろ」
コイツを長々と眺めていたくない。
画像を閉じようとしたが、
現場検証の画像が目に留まった。
「あれ?」
拡大してみる
容疑者の上半身は警察官が布で隠している。
写っているのは腰から下。
むっちりした手が見える
白い紐で繋がれた両手が見える。
おぞましい<人殺しの徴>を視てしまうじゃないか……。
あれ?
「いや、そんな……まさか、そんな」
呟きながら画面を、手を、最大まで拡大していた。
「セイ、どうしたの?」
「いや、……そんな馬鹿な。何かの間違いだろ」
……鈴石猛の手に、<人殺しの徴>が無い。
……殺した3人の手が、無い。
聖は他の画像も確かめる。
どれも、むっちりした白い綺麗な手、だった。
「マユ、こいつは人殺しでは無いかも」
「えっ?……そうなの? 自首したのに?……それは、おおごとだわ。ねえ、カオルさんに知らせるんでしょ?」
「……。」
鈴石猛以外の誰かが、3人を殺した?
なんで鈴石猛は自首した?
聖は、自分が視た<事実>を、すんなりとは受け入れられない。
視える力が作動してないんじゃないかと思ってしまう。
引きこもり一家の息子が家族皆殺し。
そっちが<事実>っぽいじゃないか。
「セイ、家庭内殺人で犯人は犯行後に自ら通報。現場で確保された。犯人捜しの捜査は必要なさそう。……セイが口を噤めば、真犯人は野放しかも。とっても残虐な殺し方よね。まともじゃない……犯行を重ねるかもしれない」
「そうか。これっきりとは限らないんだ」
「初めての殺人とも限らないわ」
聖は、考えている場合ではないと我に返った。
一刻も早く、薫に知らせる、
自分できることは、それしかない。




