リメイク
「家族殺した子と、ハムスター持って来た子が、どっちも同級生か。ほんであの子アドレナリン出すぎたんかな。無理も無いな。すれてない素直そうな、お坊ちゃんやったな」
鈴子は、数種類のピザの1ピースずつを食べている。
携帯電話片手に。
写真に撮り、文字入力しながら。
大量のピザは全種試食の為か。
「ハムスター1匹。ちっこいやん。女子の小ぶりのバッグに入るやん」
薫は濁り酒を飲んでいる。
片手に携帯電話。
何やら熱心に見ている。
「カオルさん。1匹じゃないです。4匹です。一匹は柔らかかった。あとの3匹はミイラ。骨と毛の塊」
悠斗が補足する。
「ミイラ? なんやそれ。……ちょっとエリカは変わっとるんか? 病んでたんかな……次はキノコとベーコンの、コレ食べよ」
薫は、さほど興味は無いのか、携帯電話から視線を動かさず、
ピザを美味そうに食べている。
聖は、エリカが病んでいたとは限らないと思う。
古いハムスターの死骸を持って来た、もっともな理由はある。
ハムスターの寿命は短い。(2、3年)
おそらく、ハムスターを飼い続け、プランタン埋葬も続けていたのだろう。
4匹まとめて持って来たのは、ベランダのスペースが限界だったのか。
あるいは浅く埋めてしまってカラスがやってきたとか。
小さなペットの亡骸は、生ゴミに出す人も多い。
ハムスターや小型の鳥を動物霊園に埋葬してやろうと、あまり考えないのが普通。
エリカは、死んでもなおハムスターに愛情を注いでいた、
だだ、それだけのコトじゃないかと。
キノコが美味しいとか
トマトたっぷりが好きとか
それぞれがピザを語る。
楽しい会食タイム。
……1時間程が過ぎた。
時計を見て、鈴子が帰り支度を始めた。
「余りそうやな。熊さんがおらんからな。無理して全部食べなくていいからな」
鈴森も誘ったが、豚の出産で来られなかったと、
鈴子は説明する。
「社長、セイと夜食にしますよ。もったいない。残したりしません」
薫は残ったピザを数箱に収めている。
「セイ、俺たちも引き上げよか。悠斗は明日仕事やんか。今夜はちゃんと寝なアカン。一緒に遊ばれへん。俺は午後出勤やからな、ほんで、朝、単車取りに来る」
薫はピザの箱4個を抱えて
場所移動を開始。
今夜は工房に泊まると勝手に決めている。
「カオル半分持つよ」
「それはアカン。2人共両手が塞がったら懐中電灯もたれへん。セイは一升瓶(鈴子がくれた濁り酒)、頼む」
確かに。
明かり無しで真っ暗な山の中は歩けない。
シロとトラは自由意志で着いてきている。
大雨後の山道は危険。
土砂で足場がデコボコ。
「おっとっと」
薫が足を滑らせ転倒しかけた。
「カオル、俺のすぐ後を着いてきて」
「うん。俺が転んだらピザが台無しや……なあ、エリカは何をしていて、ベランダから落ちたんやろか。何かの上に載って足を滑らせたんかな」
カオルに聞かれて、珍しい事故と気付いた。
ベランダには柵があるはず。
乗り越えなければ墜落できない。
危険を知らない幼児の転落事故は時折起こっている。
しかし、大人は滅多にベランダから落ちない。
「あんな、大阪府警の奴にラインで聞いたんや。エリカちゃん、えげつないコトになってたらしいで」
ずっと携帯触っていたのは、それか。
やはり無関心では無かった。
「えげつないって……どうよ?」
「ふふふ。それは酒飲みながらゆっくり……怖い話やからな」
薫は裏声で言う。気味悪い。
聖は足を速めた。
「エリカちゃんは、串刺し状態で発見されたのやで」
薫は、濁り酒を飲みながら話し出した。
「串刺し?」
聖は<串>が何なのかイメージできない。
「竹に突き刺さったんや。ベランダは竹林に面している。運悪く切り口の尖った竹の上に落ちた」
「誰かが切った跡か。……ホントに運が悪かったね。惨い死に方だね」
「しかも即死では無い。時間をかけて身体の重みと、暴れたせいで、竹は腹から背中に突き抜けた」
エリカは4階のベランダから転落した。
自殺の可能性は薄い。
密集した竹林めがけて投身自殺は無いだろうと推測。
両手に、竹を掴んで出来た擦り傷があった。
落下途中で助かろうとしたのだ。
「発見されるのが遅かったの? 叫んだり出来なかったのかな」
「落ちたのが夜中やからな。第一発見者は同マンション2階の住人や。翌朝トイレの窓から見たんや」
エリカはK市内のファミリーレストランで働いていた。
事故当日は帰宅したのが0時台。
シャワーを浴びた直後の転落、と見なされている。
着衣はショーツとロングTシャツ。
長い髪は濡れていた。
ドライヤーで乾かす前に転落したと見なされた。
「事件じゃないの? 誰かに突き落とされたほうが有り得るかも」
「誰でも同じ事思うやろな。ほんでエリカが生前、ある男に襲われる夢を見たと喋ってたら、あの坊やのように、その男に疑いの目がいくかも知れん。しやから、大阪の奴に確認した。……事件性は無い。入り口は施錠され、他室のベランダから侵入不可能な構造や。事故には違いないねん。けどな……ここからが怖い話や。セイ、『河内4人串刺し事件』知ってる?」
「カワチヨニンクシザシ?……多分知らない」
「そうか。ほんなら検索するで」
薫はパソコンデスクに移動しながら言う。
聖はヨウムの剥製(マユが宿っている)を
抱きかかえて薫の隣(マユの椅子)に。
明治43年(1910年)
河内K村の鈴●鶴吉15才が
近隣住人4人を次々に手製の竹槍で襲い殺害。
鶴吉は父親所有の葡萄畑で自死。
家人の証言では、鶴吉は邸宅の自室に籠もること3年。
かねてより近隣住人が自分に向けて舌打ちをすると訴えていた。
「無差別殺人事件一覧サイトや。閲覧数は30万超えや。鈴●は鈴石ちゃうかと憶測が拡散してる。K村は今のK市や。鈴石家はかつて葡萄畑を所有していた。鈴石猛は御先祖の猟奇殺人をリメイクしたんやとネット上の噂になってる」
「リメイク?」
「うん。鈴石猛の凶器は手製の竹槍やったからな」
「そっちも竹槍?……知らなかった」
就眠中の、父と母と姉の
腹部に先が鋭利な竹を突き刺し
胴体を突き抜けるまで我が身の体重をかけた。
「手製の竹槍……竹……鈴石猛の家とエリカって子の家は近いの?」
「そう。竹林を挟んで東西に向き合ってる」
「じゃあ、犯行に使われた竹槍は……」
「エリカが落ちた竹林の竹やと思うやろ。鈴石猛が切断した竹がエリカを串刺しにしたのかも」
「電ノコで先が鋭利になるように切ったのかな」
「ほんでな、余計にオカルトちっくになってきたみたいやで。昔の事件の死者は4人、鈴石猛が殺したのは3人、やった。ところがエリカが串刺しで死んで……死人は4人になった。ますますリメイクやと」
「そんな……ホラー映画のリメイクじゃあるまいし」
「話題としては怖面白いからな」
「本当に鈴石猛は明治の事件の子孫なの?」
「ソレは分からん。どの記事も<鈴●>と一文字伏せ字や。当時の新聞記事が出何処や、」
鶴吉の犯行動機(舌打ちをされる)は精神疾患の妄想が疑われる。
名字が一字伏せられている事情は有った。
鈴石猛が鶴吉の子孫であったかどうかは不明。
100年以上前の事件記録を閲覧する理由は無い。
「カオル、鈴石猛はなんで家族を殺したの?」
聖はこの事件は知ってはいたが詳細は知らない。
関心が無いので記事を読んでいない。
「報道では黙秘、やけど。それも気になるから確認してみる」
「気になるの?」
「うん……エリカは事故死に間違い無いんやけど。なんかな、同じ竹林のあっちとこっち、やんか。気色悪いねん」
一家惨殺事件が起こった家の、
裏の竹林で、若い女が転落死
それだけでも恐ろしい連鎖。
そのうえ、凶器は同じ竹。
惨殺事件の犯人、転落死被害者は同級生。
「ただの偶然やったら、怖いやんか」
偶然が怖い?……
聖は、
的場真も同じ思いだったのかと、推測した。
惨殺事件に続いて起こったエリカの死。
死の連鎖は怖かったに違いない。
避けられたであろう事故だったなら、運命のようで恐ろしい。
恐ろしいから、
避けがたい理由で死んだと考えたい。
夢に出てきたストーカーに殺された。
……そうであって欲しかったのかも知れない。




